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寿綾乃という女 第4部  作者: トモサン


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寿綾乃という女 第4部 67

 ナオキは、帰宅早々、顔色が、変わっていた…


 誰が、見ても、変わっていた…


 明らかに、顔面蒼白とまでは、いかないが、顔色が、普段と変わっているのは、誰の目にも、明らかだった…


 普段、ナオキを知らない人間でも、ナオキの顔を一目見れば、なにか、あったなと、思う顔だった…


 私も、例外ではなかった…


 当たり前だった…


 「…ナオキ、なにか、あったの?…」


 と、ナオキの顔を見るなり、聞きたかったが、止めにした…


 私が、聞かずとも、すぐに、話すに違いないからだ…


 だから、あえて、私からは、聞かなかった…


 ナオキが、自分から、話すのを待った…


 そして、予想通り、


 「…綾乃さん、大変なことになった…」


 と、告げた…


 続けて、


 「…会社が、売られるかも、しれない…」


 と、言った…


 まさに、予想外のことを、言った…


 私が、これまで、考えたことのないことを、言った…


 私自身、その言葉にパニクった…


 が、


 当事者のナオキは、私以上に、パニクっていた…


 動揺していた…


 まあ、なにしろ、自分の会社なんだから、しょうがない…


 当たり前だった…


 それゆえ、二人して、パニクっても、仕方がない…


 私は、パニクらないことにした(苦笑)…


 私は、必死に正常心を保つことにした…


 私は、冷静に、


 「…どういうこと?…」


 と、ナオキに返した…


 それで、ナオキも、ホッとしたというか…


 私を見て、安心したようだ…


 落ち着いた私を見て、


 「…綾乃さんを、見ると、ホッとする…」


 と、呟いた…


 「…いつもの、綾乃さんだ…いつもの、寿綾乃さんだ…」


 と、言って、実に、ホッとした顔になった…


 私は、


 「…ナオキ…アナタ、社長なんだから、まさか、会社で、そんな顔を見せたわけじゃ、ないでしょうね?…」


 と、ナオキを責めた…


 「…そんな顔って?…」


 「…そんなみっともないまでに、動揺した顔…そんな顔で、会社にいれば、社長になにか、あったのかって、社員が、騒ぎ出すでしょ!…」


 「…」


 「…だから、言ったの…」


 私が、言うと、


 「…」


 と、ナオキが、黙った…


 まるで、主人に叱られた犬のように、しょんぼりとした…


 それから、笑った…


 実に、屈託なく、笑った…


 「…まったく、これだから、綾乃さんは…」


 と、言って、笑った…


 私は、それを、見て、ホッとした…


 ナオキの顔に、余裕ができたからだ…


 だから、ホッとした…


 そんなナオキを見て、


 「…ナオキ…とりあえず、座ったら…」


 と、ソファに、座ることを、勧めた…


 「…立ちながら、話す話でも、ないでしょ?…」


 私が、言うと、ナオキが、頷いた…


 「…たしかに、綾乃さんの言う通りだ…」


 と、言って、頷いた…


 それから、私の勧める通りに、ソファに、座った…


 私は、そんなナオキを見て、


 「…ビールでも、飲む?…」


 と、聞いた…


 「…それとも、ハイボールにする?…」


 と、続けた…


 「…ハイボール?…」


 と、ナオキ。


 「…どっちも、缶だけれども…」


 私が、言うと、


 「…度数は、どっちが高い?…」


 と、ナオキ。


 「…度数?…」


 「…度数が高い方が、いい…酔える方がいい…」


 「…だったら、チューハイの方が、いいわ…9%があるから…」


 「…なら、それにしよう…」


 私は、冷蔵庫から、9%のレモンチューハイの缶を取り出した…


 それを、ナオキに出した…


 「…ありがとう…」


 ナオキは、言って、缶チューハイを開けて、飲んだ…


 一口、飲んで、


 「…うまい…」


 と、呟いた…


 それから、


 「…綾乃さん、今日は、ボクを叱らないね…」


 と、続けた…


 私も、ナオキの対面のソファに座った…


 「…叱る? どうして、私が、ナオキを叱るの?…」


 「…だって、いつもなら、そんな話は、まずは、お風呂に入ってから、してと、言うだろ?…」


 「…それは、いつもならね…」


 「…いつもなら?…」


 「…今日は、特別…ナオキ、すぐに、話したがっているから…」


 私が、言うと、ナオキは、また缶チューハイをグイッと、飲んだ…


 「…その通り、さすが、綾乃さんだ…」


 ナオキが、私を褒める…


 「…ナオキ、一体、私たち、何年、付き合っていると、思うの?…」


 私が、言う…


 「…ナオキが、すぐに、私に話したいのは、見え見えよ…」


 私が、言うと、ナオキが、飲みかけていた、チューハイを危うく、吹き出しそうに、なった…


 プッと、吹き出しそうに、なった…


 私は、それを、見て、苦笑した…


 そして、なんだか、楽しくなった…


 不謹慎だが、楽しくなった…


 私と、ナオキは、ソファで、互いに、テーブル越しで、向き合って、話している…


 そんなナオキを見て、つい、


 「…子供ね…」


 と、笑った…


 顔に、吹き出した、缶チューハイを、手で拭ったからだ…


 まさに、子供がやる仕草だったからだ…


 ナオキは、私に指摘されて、


 「…まったく、綾乃さんは…」


 と、嘆いた…


 「…いつも、ボクを子供扱いして…」


 私は、ナオキの言葉に、文字通り、苦笑した…


 「…綾乃さんと、いると、まるで、母親といっしょにいるみたいだ…」


 「…母親?…」


 「…そう、年下の母親…」


 「…だったら、その年下の母親に、なにが、あったのか、言って、みなさい…」


 私が、言うと、ナオキが、真顔になった…


 真剣な表情になった…


 「…さっき、会社が、売られるって、綾乃さんに、言ったね…」


 「…ええ…」


 「…実はアレは、ちょっと、おおげさなんだ…」


 「…」


 「…でも、それに近い事態になる可能性は、ある…」


 「…なにが、あったの? 一体?…」


 「…今日、諏訪野さんから、電話があったんだ…」


 「…伸明さんから…」


 「…そう…そして、言われたんだ…」


 「…なにを、言われたの?…」

 

 「…もしかしたら、五井が、持つ、FK興産の株を全額、売ることになるかも、しれないと…」


 「…えっ?…どうして?…」


 「…それは、持っていても、五井にとって、なんの得にも、ならないからだよ…」


 「…」


 「…FK興産が、赤字になって、資金繰りが、厳しくなりそうだったから、五井が、FK興産の株を買って、安定株主になって、経営が安定した…でも、五井にとって、たいしたメリットはない…」


 「…メリット?…」


 「…たぶん、将来的に、FK興産を五井の傘下に収めたかったのかも、しれないけれども、今、五井の女帝が倒れて、一族の中から、そんな会社の株を持つ必要は、ないんじゃないかと、いう声が出ているそうだ…」


 「…ウソ?…」


 「…ホント…」


 「…五井の女帝が、倒れて、一族内で、さまざまな声が上がっているらしい…FK興産の株の件も、その一つらしい…」


 「…らしい…」


 「…五井から、見れば、FK興産なんて、吹けば飛ぶようなチンケな会社だ…あの五井の女帝は、FK興産を、完全に五井の支配下に置いて、諏訪野さんの、当主就任の手柄にしたかったのかも、しれないが、どうも、諏訪野さんには、その気がないらしい…」


 「…えっ?…」


 「…だから、FK興産の株を持っているのも、中途半端…だったら、株を売れと、一部の五井一族から、言われているらしい…まあ、考えてみれば、それも、当然のことかも、しれない…」


 「…」


 「…とにかく、あの五井の女帝が、倒れてから、一族内で、それまで、堪っていた不満が、諏訪野さんのところに、寄せられているらしい…本人も、参ったよと、苦笑していたよ…」


 「…」


 「…まさに、弱り目に祟り目…五井の女帝が、倒れて、諏訪野さんの後見人が、いなくなった途端、これだ…溺れた犬は、叩けと、ばかりに、一族内から、不満が、いっぱい、寄せられているらしい…」


 「…」


 「…まさに、人間の本性を見た思いだって、諏訪野さんは、笑っていた…」


 「…人間の本性…」


 「…誰もが、弱ったり、困ったりしたときに、その人間に、どう接するかで、その人間の本性が、出る…」


 「…」


 「…調子がいいときに、やって来るのは、調子が、いい人間ばかり…ゴマすり人間ばかりだ…」


 「…」


 「…そして、苦境に立たされれば、真っ先に、そんな人間から、逃げ出してゆく…」


 「…ナオキ…会社で、なにか、あったの?…」


 「…まだ、ない…」


 「…まだって?…」


 「…今回の件が、漏れたら、会社の人間も浮足出す…どうなるかは、わからない…」


 ナオキが、言った…


 真剣な表情で、言った…


 「…ナオキは、それを、恐れているわけね…」


 「…いや、それだけじゃない…」


 「…それだけじゃないって…他になにが、あるの?…」


 「…会社を、ボクが、クビになること…」


 「…えっ?…」


 「…諏訪野さんが、FK興産の株を手放したら、その株を買った人間から、お役御免とばかりに、社長のボクは、引導を渡される危険がある…」


 「…」


 「…まあ、会社を買ったのだから、買った人間は、誰もが、自分が、思うように、会社を経営したがる…真っ先に、社長のボクをクビにしたいのは、当たり前といえば、当たり前…ただ、クビにされるボクは、たまらないな…」


 ナオキは、言ってから、また缶チューハイを、グイっと、飲んだ…


 それから、


 「…この缶チューハイは、効くな…」


 と、呟いた…


 「…すぐに、酔える…」


 私は、そんなナオキを間近に見て、なんと言っていいか、わからなかった…


 ただ、ナオキの気持ちは、わかった…


 痛いほど、わかった…


 なにしろ、自分の会社だ…


 自分が、作った会社だ…


 その会社から、クビ宣告される…


 お払い箱になる…


 その気持ちと言ったら、ない…


 なんと言って、いいか、わからない…


 そんな気分だった…


 そんな気分だったのだ…


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