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寿綾乃という女 第4部  作者: トモサン


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66/225

寿綾乃という女 第4部 66

 そして、そう思うと、私は、


 「…それは、伸明さんに、言うことじゃ…」


 と、言った…


 「…伸明さんに、直接、言うことじゃ、ないの?…」


 「…どういうことですか?…」


 「…だって、私が、あの見合いの席にいたのは、伸明さんに、頼まれたから…決して、私が、好んで、伸明さんの見合いの席にいったんじゃないわ…」


 「…」


 「…伸明さんから、頼まれたから、仕方なく…」


 私が、言うと、菊池リンは、黙った…


 「…」


 と、黙った…


 「…私だって、嫌だったのよ…」


 「…嫌だった?…」


 「…だって、五井一族でも、なんでもない、私が、伸明さんの見合いの席に同席するなんて、おかしいでしょ? でも、伸明さんに、頼まれて…」


 そう言うと、菊池リンは、なにも、言えなかった…

 

 「…」


 と、なにも、言えなかった…


 真剣な表情で、私を見た後、


 「ですよね…」


 と、呟いた…


 私の言葉に、納得するように、呟いた…


 「…たしかに、綾乃さんの言う通りです…」


 菊池リンが、答える…


 私は、それを、見て、この菊池リンが、


 …言わされている!…


 と、思った…


 あらためて、思った…


 この菊池リンの背後にいる人物に、言わされている!…


 そう、思ったのだ…


 そえゆえ、私も、彼女、菊池リン同様、カップに残ったコーヒーを一気に飲み干した…


 それから、私は、立ち上がり、


 「…菊池さん…」


 と、菊池リンの名前を、呼んだ…


 「…なんですか?…」


 「…私に言いたいことが、あるのなら、直接、言いなさい…」


 「…直接って?…」


 「…菊池さんの背後にいる人物…今日、こうして、菊池さんに、言わせている人物…」


 そう言うと、彼女は、黙った…


 「…」


 と、黙った…


 そして、私は、その姿を見て、


 「…菊池さん…」


 と、再度、呼びかけた…


 「…綾乃さん、なんですか?…」


 「…和子おばあさあが、倒れて、困るのは、伸明さんだけじゃないようね…」


 「…伸明さんだけじゃない? それは、どういう…」


 「…菊池さん、アナタだって、困るのは、いっしょじゃないの?…」


 「…私が、困る? どうして、私が、困るんですか?…」


 「…アナタの後ろ盾こそ、あの和子おばあさまでしょ?…なんといっても、アナタは、和子さんの孫なのだから…」


 「…それは…」


 「…和子おばあさまが、倒れて困るのは、伸明さんも、でしょうけれども、それは、アナタの同じ…」


 「…」


 「…いずれにしても、和子おばあさまの身になにか、あれば、困るのは、いっしょ…五井家内のパワーバランスが、崩れる…それゆえ、アナタは、和子おばあさまに代わる、新たなる後ろ盾が、必要になった…そして、今、その後ろ盾に頼まれて、私の元にやって来た…でしょ?…」


 「…」


 「…だから、私に言いたいことがあるのなら、その人物に、直接、私に言いなさいと、言ってやりなさい…」


 私は、言うと、席を立った…


 菊池リンは、なにも、言わなかった…


 黙っていた…


 黙って、席に、座ったままだった…


 私は、買い物で買った、食料品を持って、スタバを出た…


 まさに、主婦…


 まだ、結婚もしていないのに、主婦だった(苦笑)…


 私が、ひとりで、買い物袋を持って、歩く姿は、誰が、見ても、主婦そのものだったからだ…


 そして、私が、主婦だという指摘…


 それは、半分正しい…


 半分というのは、曖昧…


 私とナオキの関係が、曖昧だからだ…


 結婚は、していないが、かつては、夫婦同然だった…


 今は、私の自宅に帰ってきているが、それは、今だけ…


 私の体調が悪いから、今だけ、心配になって、戻ってきてくれただけ…


 このまま、ずっと、いっしょに暮らすかと、なると、別問題…


 さっぱり、わからないと言うのが、答えだからだ…


 一体、私は、この先、誰と結婚するのだろう?


 ふと、思った…


 ずっと、前に、週刊誌か、なにかで、読んだ記事を思い出した…


 あるいは、母に聞いたのだろうか?


 就活中の女子大生が、就職が、決まった経緯だ…


 その女子大生は、当時、就職先が、決まらず、焦っていたそうだ…


 そして、たまたま、バイト先の年上の女性と、その話になり、


 「…だったら、パパに頼めば…きっと、なんとか、してくれるから、頼んでみれば?…」


 と、言われ、その通りにしたそうだ…


 パパと呼ぶから、てっきり、その相手のパパは、今でいうパパ活の相手だと、思ったら、実のパパだったそうだ(笑)…


 その女性が、派手な女性だったから、そんな女性が、パパと、呼ぶものだから、彼女のパパ活相手だと、勝手に、思っていたそうだ(苦笑)…


 そして、彼女の言われた通りに、彼女の父親の会社に、行ったが、すでに、その会社の今年の就職採用は、終わっていたそうだ…


 それゆえ、今さら、あらたに、ひとは、雇えない…


 「…困ったな…」


 と、そのパパさんは、頭を抱えたそうだ…


 実の娘に頼まれて、やって来た、その女子大生を無下にできなかったのだ…


 すると、たまたま、同席していた、会社の取引先の相手の方が、


 「…それでは、うちで、採用しましょう…うちは、まだ、採用が終了していませんから…」


 と、申し出て、その女子大生本人も、驚く展開になったそうだ…


 結果として、まったく、意外な会社に就職したそうだ…


 それを、思い出した…


 瓢箪から駒が出たというか…


 本人も思ってもいない、意外な結果になった…


 だが、人生では、そんなことは、たまにある…


 自分でも、思っていないことが、稀にある…


 となると、どうだ?


 案外、私の結婚も、そうなるかも、しれない…


 ナオキでも伸明でもなく、第三者の男と結婚するかも、しれない…


 そう、思った…


 そう、思いながら、一方で、


 …そんなわけ、ないか!…


 とも、思った…


 そんな夢みたいなこと、あるわけないか?


 と、思った…


 そして、そんなバカなことを、考えながら、家路に着いた…


 まさに、バカな女の典型…


 32歳のバカな女の典型だった…



 家に帰ると、張り詰めていた緊張が、一気に解けたというか…


 実に、ホッとした…


 病気のせいか…


 はたまた、歳のせいか、家に帰ると、実に、ホッとする…


 さすがに、若い頃は、そんなことは、なかった…


 昔は、もっと、活動的だった…


 会社では、ナオキの手伝い…


 家では、幼いジュン君の面倒を見ていた…


 それゆえ、同世代の女のように、遊び回ることなど、できなかったが、それでも、いまより、ずっと、活動していた…


 今より、ずっと、動いていた…


 それが、今は、できない…


 できなくなった…


 年寄りでは、ないが、できなくなった…


 寿綾乃、32歳…


 まだまだ、老け込む年齢ではない…


 まだ、結婚もしていない…


 まだ、子供も、産んでいない…


 さすがに、老け込むには、早過ぎる…


 いくらなんでも、早過ぎる…


 病気のせいもあるが、いくらなんでも、早過ぎる…


 私は、自分で、自分を奮い立たせた…


 自分自身を叱咤激励した…


 それで、なんとか、平衡感覚を維持したというか…


 いつもの私になった…


 いつもの、寿綾乃になった…


 いつもの、矢代綾子になった…


 いつもの、私になったのだ…


 誰かに見られているわけではない…


 部屋にひとりでいるだけ…


 それでも、私は、いつもの、私になった…


 会社で見る寿綾乃になった…


 そして、そうなって見て、考えた…


 もしや、私は、不器用な人間ではないのか?


 ふと、考えた…


 それまで、考えたことのないことを、考えた…


 なぜなら、私には、オンとオフの区別がない…


 会社でいるときと、家にいるときの差がない…


 いつも、同じ、私…


 いつも、同じ、寿綾乃だからだ…


 だから、私は、不器用…


 もしかしたら、不器用なのかも、しれない…


 今さらながら、思った…


 器用な人間は、オンとオフを使い分ける…


 二重人格では、ないが、使い分ける…


 会社でのオレ、アタシ…


 家でのオレ、アタシと使い分ける…


 が、


 そんなことは、私には、無理…


 私には、できない…


 だから、私は、変な話、会社でも、家でも、制服を着た寿綾乃…


 自分でいうのも、おかしいが、やり手の秘書だ(苦笑)…


 それ以外の顔がない…


 それ以外の姿が、ない…


 だから、もしかしたら、そんな私が、結婚して、子育てに奔走する姿は、会社の人間には、想像もつかないことかも、しれない…


 いや、


 会社の人間だけではない…


 私自身も、想像がつかない…


 私が、子育てしている姿は、私自身、想像が、つかない…


 私は、赤ちゃんに、授乳したりする姿は、自分でも、想像がつかない…


 だから、まだ、結婚ができないのかも、しれない…


 なにしろ、自分が、子供を産んで、その子供を育てる姿が、自分でも、想像ができないのだ…


 そんな自分が、結婚や子供を産んだり、育てたりすることが、できるとは、思えない…


 自分自身のことだが、まったく、思えない…


 しかし、


 しかし、だ…


 買い物から、帰って来て、こんなことを、真剣に考えるとは?


 もしかしたら、私は天然?


 私は、少しばかり、抜けている?


 そう、思った…


 そう、気付いた…


 同時に、気付いた…


 こんなバカなことを、考えている私は、実に、平和な人間…


 平和な女と、思ったのだ…


 癌も、まだ、完治していない…


 先日は、脳梗塞で、入院した…


 まさに、満身創痍…


 傷だらけの身だ…


 それゆえ、天然の方が、いい…


 少しばかり、抜けていた方が、いい…


 その方が、深刻に考えないからだ…


 物事を深刻に考えない…


 軽く考えるからだ…


 だから、いい…


 少々、抜けていた方が、いい…


 そう、思った…


 自分勝手に、そう、思ったのだ…


 しかしながら、そんな平和な時間は、夜になって、ナオキが、家に帰って来て、吹き飛んだ…


 見事なまでに、吹き飛んだ…


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