寿綾乃という女 第4部 63
私は、彼女の表情の変化に驚いたが、内心、
…なるほど!…
と、思った…
…なるほど!…
と、納得した…
それから、彼女が、今日、私に会いに来た目的は、これか?
と、気付いた…
平たく、言えば、
「…オマエは、いつから、五井の本家の人間になったんだ!…」
と、言いたかったわけだ…
「…アンタは、いつから、そんなに偉くなったんだ!…」
と、言いたいわけだ…
それが、わかった…
ようやく、わかった…
それゆえ、私は、
「…あれは、伸明さんに、頼まれたから…」
と、言った…
「…伸明さんに?…」
「…そう…」
と、言って、運ばれてきたコーヒーに口をつけた…
それから、まだ、コーヒーに口をつけていない、目の前の菊池リンに対して、
「…菊池さんも、飲んだら…早く飲まないと、冷めちゃうわよ…」
と、付け加えた…
菊池リンは、一瞬、戸惑ったが、すぐに、私の助言通り、コーヒーを飲み出した…
コーヒーは、当たり前だが、冷めたら、マズい…
それゆえ、運んできたら、真っ先に飲むに限るからだ…
菊池リンは、一口、口をつけて、
「…熱い!…」
と、叫んだ…
小さく、叫んだ…
それを、見て、私は、
「…菊池さんって、猫舌なんだ?…」
と、笑った…
が、
私の指摘が、彼女には、嬉しくなかったようだ…
一瞬、ケンカをするような、激しい表情で、私を見た…
勝気な素顔を見せた…
おそらくは、敵!…
彼女の中で、私は、敵認定!されている…
それゆえ、その敵に、自分の弱点をつかれるのが、嫌だった…
私は、そう、見た…
私は、そう、睨んだ…
そして、私が、そう見ていると、
「…たしかに、綾乃さんが言うように、私、猫舌なんです…」
と、笑いながら、言った…
「…でも、それって、私にあってますよね?…」
「…あってる? どうして、あってるの?…」
「…ほら、私、可愛いから…子猫のように、可愛いから…」
彼女が、笑いながら、言う…
自分の可愛いルックスを前面に出して、言う…
強気に、言う…
決して、私に負けたくない…
目の前の私に負けたくないから、出る言葉…
つくづく、この菊池リンという女は、勝気…
勝気だと、思った…
そして、そんな勝気な、菊池リンから、すれば、私が、伸明さんの見合いに、いわば、本家側の人間として、出席したのが、許せないのだろう…
なにしろ、私は、他人…
五井とは、なんの縁もゆかりもない他人だからだ…
それが、伸明さんや、マミさんに頼まれて、本家側の人間として、伸明の縁談に参加したのは、悔しいに違いない…
おそらく、悔しくて、悔しくて、仕方がないのかも、しれなかった…
私は、そう、見た…
私は、そう、睨んだ…
そして、そう、考えていると、
「…伸明さん、孤独なんですよ…」
と、ポツリと、菊池リンが、漏らした…
「…孤独って?…」
「…伸明さんには、血が繋がった兄弟も今は、いない…弟の秀樹さんは、すでに亡くなっているし、そもそも、伸明さんは、秀樹さんとは、気が合わなかった…マミさんは妹だけれども、血が繋がってないし、お父様も、亡くなって…」
菊池リンが、説明する…
私は、その説明は、わかったが、ようするに、
「…だから、アンタを頼ったんだ!…」
と、菊池リンが、言いたいのだと、気付いた…
孤独ゆえに、ちょっと、見知った、私、寿綾乃を頼ったんだと、気付いた…
私は、自分で言うのも、なんだが、頼りがいがあるらしい(苦笑)…
自分では、わからないが、他人には、そう、見えるらしい…
だから、伸明が、頼った…
そう、言いたいに、違いなかった…
そして、私が、そう、思っていると、彼女が、
「…伸明さんは、孤独なんですよ…」
と、繰り返した…
「…伸明さんは、今、当主、五井家の当主です…だから、会社では、五井ホールディングスの社長…社長だから、社員に弱みは、見せられない…だから、社内に、親しい社員は、いない…社長が、気軽に、社員と親しくするのは、おかしいからです…」
菊池リンが、説明する…
要するに、社内に、親しい人間は、いないから、
…アンタを頼った!…
そう、言いたいわけだ…
そして、そんな菊池リンの言葉を聞きながら、私は、考えた…
その言葉は、この菊池リンが、自分で、考えたことなのか、どうか、考えた…
そして、すぐに、
「…それって、おばあさまから、聞いたの?…」
と、聞いた…
今、入院している、五井の女帝、諏訪野和子から、聞いたのか、訊ねた…
彼女、菊池リンの祖母、和子から、聞いたのか、訊ねた…
すると、意外だったのか?
「…綾乃さん、どうして、そう思うんですか?…」
と、私に聞いてきた…
「…だって、菊池さん、五井ホールディングスに行ったことは、ないでしょ? いえ、もしかしたら、行ったことは、あるのかも、しれないけれども、普段、伸明さんが、会社で、どんなふうに、しているのかは、わからないでしょ?…」
「…それは、そうですけれど、それは、綾乃さんも、同じでしょ?…」
「…そう、同じね…」
「…でしょ?…だったら、なんで…おばあさまが?…」
「…だって、菊池さんが、伸明さんの会社での様子を、まるで、見てきたように、語るのは、誰かから、聞いたからでしょ? そして、それは、たぶん、身近な人間…菊池さんの場合は、おばあさまが、一番、可能性が高い…」
「…どうして、そう、思うんですか?…」
「…だって、アナタのおばあさまは、伸明さんの後見人…事実上の後ろ盾でしょ? それならば、伸明さんの会社での評判から、私生活まで、把握しているんじゃないの?…」
私は、言ってやった…
「…どうやって、把握するんですか?…」
「…それは、伸明さんの、近くにいるひとたちから…だって、そうでないと、会社でも、私生活でも、伸明さんが、なにをしているか、わからないでしょ?…」
「…」
「…たぶん、アナタのおばあさまには、身近に、伸明さんの状況を、教えてくれるひとたちがいるんだと、思う…」
「…」
私が、言うと、彼女、菊池リンは、黙った…
私は、それを、見て、
「…菊池さん、コーヒーを飲んだら…冷めちゃうわよ…」
と、助言した…
「…もう、少しは、冷めたでしょ?…」
私が、助言すると、彼女は、カップを持って、飲み出した…
無言で、ずっと、飲んでいる…
猫舌の彼女でも、熱さを、感じないくらいには、冷めたのだろう…
私も、それを、見て、自分のコーヒーを飲み出した…
若い頃は、私は、コーヒーは、ブラック…
砂糖も、入れなかった…
その方が、コーヒー本来の味がするし、なにより、太らない(爆笑)…
だから、そうして、飲んだ…
が、
今は、違う…
しっかりと、砂糖を入れて、飲む…
その方が、おいしいし、カラダにも、良い…
若いときは、太るのが、怖くて、砂糖も入れなかったが、病気になって、考え方も、変わった…
砂糖を入れた方が、カラダに良い…
少量の砂糖を、入れた方が、ブラックで、飲むより、カラダに良い…
そう、医者の先生に言われてから、砂糖を入れて、コーヒーを飲むようにした…
すると、入れないよりも、格段においしい…
それまで、どうして、意地を張って、砂糖を入れなかったのだろう?
そう、思うほど、おいしかった…
そして、今、振り返れば、それは、若さ…
若さなのかも、しれない…
コーヒーを飲むだけのことだが、譲らない…
他人に、ブラックで飲むより、少量でも、砂糖を入れて、飲んだ方が、おいしいよと、言われても、譲らない…
自分を通す…
それが、若さなのも、しれなかった…
だから、目の前の、彼女、菊池リンが、頑固なのは、同じかも、しれない…
若さゆえに、傲慢かも、しれない…
そう、思った…
そう、気付いた…
が、
それは、ないか?
そうも、思い直した…
なぜなら、彼女は、お金持ち…
平民の私とは、違うからだ…
それゆえ、ずっと、傲慢のままかも、しれない…
そう、思い直した…
そして、そう、思いながら、目の前の菊池リンを見ていると、
「…綾乃さん、なにを、そんなに、ジロジロ、私を見ているんですか?…」
と、聞いてきた…
私は、一瞬、言おうか、どうか、迷ったが、
「…いえ、若いなと…」
と、答えた…
「…若い? ですか?…」
「…そう、若い…見ためも、言動も…」
言ってから、
…しまった!…
と、思った…
若いのは、言っていいが、言動は、余計だった…
そこまで、言ったのは、余計だった…
案の定、
「…言動ですか?…」
と、菊池リンが、言って、顔をしかめた…
彼女が、気分を害したのは、明らかだった…
「…たしかに、私は、子供っぽいから、余計に、言動も、子供っぽく、見えるのかも…」
と、独り言のように、呟いた…
それから、
「…だったら、綾乃さんは、有利ですね?…」
私に言って来た…
「…有利? なにが、有利なの?…」
「…綾乃さん、大人っぽいから、なにをやっても、余計に大人っぽく、見える…」
皮肉だった…
私に対する皮肉だった…
要するに、私に負けたくない!…
なにが、あっても、私に対抗する!…
それが、わかった…
あらためて、わかった…
それから、ふと、思い出した…
この菊池リンが、伸明と、ナオキの結婚の情報を、マスコミに流したことを、思い出した…
ガセの情報を流したことを、思い出した…
それは、この菊池リンの仕業であることは、明らかだが、彼女の発想だろうか?
あるいは、彼女だけの単独犯だろうか?
いや、
そんなわけはない…
彼女の背後に、誰か、いる…
同じ五井一族の誰かがいる…
それを、今、彼女に聞けば、彼女は、どう、答えるだろうか?
実に、興味津々…
興味津々な話題だった…




