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寿綾乃という女 第4部  作者: トモサン


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寿綾乃という女 第4部 61

 私が、彼女、菊池リンの姿に気付くと、彼女も、また、私が、彼女を、認識したことに、気付いた…


 互いに、視線が、合ったからだ…


 私と目が合うと、彼女、菊池リンは、その愛くるしい顔で、


 「…綾乃さん、お久しぶりです…」


 と、言った…


 実に、嬉しそうに、言った…


 思わず、私が、彼女に対して、警戒を解きかねないほど、愛くるしく言った…


 私は、心の中で、警報を鳴らした…


 …いけない!…


 …彼女に、心を許しちゃ、いけない!…


 と、自分自身に警報を鳴らした…


 彼女の笑顔に騙されては、いけない!…


 そう、思った…


 実に、そう、思ったのだ…


 すると、そんな私の心の中を、わかってか、わからないでか、彼女が、


 「…綾乃さん、偶然ですね…」


 と、ニコニコと、笑いながら、言ってきた…


 …偶然?…


 …そんなわけはない!…


 ここで、私を待ち構えていたことは、わかっている!…


 誰にも、わかる…


 なぜなら、この菊池リンの家は、私の家とは、まるで、別の場所…


 まさか、この近くへ、引っ越してきたわけでは、ないだろうからだ…


 それゆえ、私は、


 「…偶然?…」

 と、言いたかった…


 皮肉を言いたかった…


 が、


 その皮肉を言っていいのか、否か、悩んだ…


 なぜなら、それでは、ケンカを売っているようなものだからだ…


 私から、彼女にケンカを売っているようなものだからだ…


 だから、悩んだ…


 言っていいものか、どうか、悩んだ…


 そして、私が、悩んでいると、先に、彼女が、


 「…偶然なわけ、ないですよね?…」


 と、言って、笑った…


 実に、屈託なく、笑った…


 私は、その笑顔を見て、つくづく、彼女は、得だなと、思った…


 この笑顔を見れば、誰も、彼女が、腹黒い性格の持ち主だとは、思わない…


 誰もが、性格の良い女のコだと、思う…


 心の底から、思うからだ…


 だから、勝てない…


 彼女に、勝てない…


 仮に、ここで、彼女と、私が、口喧嘩をすれば、誰もが、彼女の味方につく…


 年上の女が、一回り下の、可愛らしい女をイジメていると、他人は、見るからだ…


 だから、できない…


 ここで、彼女、菊池リンと、ケンカは、できなかった…


 そう、思った…


 そう、思ったのだ…


 すると、私が、そう、思ったのと、ほぼ同時に、


 「…なーんちゃって? そんなわけないですよね…」


 と、彼女が、笑った…


 目の前の菊池リンが、笑った…


 「…そんな、偶然、あるわけないです…」


 と、言って、笑った…


 私は、安心したというか…


 やはり、自分から、突っ込まなくて、よかったと、思った…


 「…偶然なわけ、ないじゃない!…」


 と、突っ込まなくて、良かったと、思った…


 つくづく、思った…


 思ったのだ…


 そして、私は、


 「…菊池さん、なにか、私にごよう?…」


 と、言いたかったが、止めにした…


 口にしなかった…


 それでは、口実を与える…


 この菊池リンに、私に、話しかける口実を与えると、思ったからだ…


 率直に言って、この菊池リンとは、関わっては、いけない…


 この菊池リンは、危険!…


 実に、危険だ!…


 その愛くるしい顔の裏で、なにを、考えているのか、わからない…


 だから、極力、関わらないのが、一番…


 一番だった…


 それに、気付くと、私は、彼女を無視して、買い物を続けることにした…


 こうすれば、諦めて、帰る可能性が、あるからだ…


 だから、私は、彼女を無視して、買い物を続けた…


 そんな私の姿を見た、菊池リンは、


 「…綾乃さん、冷たいんですね…」


 と、口を尖らせた…


 私は、彼女の不満の声に耳を貸さなかった…


 耳を貸せば、彼女と、関わることになる…


 それが、嫌だったからだ…


 彼女に関わる=トラブルに巻き込まれることが、わかっているからだ…


 だから、耳を貸さなかった…


 彼女に、耳を貸さず、買い物を続けた…


 が、


 当然というか…


 案の定、彼女は、諦めなかった…


 彼女、菊池リンは、諦めなかった…


 わざわざ、自宅から、遠い、この場所まで、やって来て、すぐに、帰るわけはない…


 すぐに、諦めるわけはない…


 当たり前だった…


 そして、彼女は奥の手というか…


 私が、興味を引くことを、言い出した…


 「…そう言えば、FK興産の社長の藤原さんは、五井家のお嬢さんと結婚するんですって…」


 と、言ってきた…


 思わず、私が、興味を抱く話題を、言って来た…


 が、


 それは、想定内…


 想定内のことだった…


 私を振り向かすため…


 私の関心を引くために、彼女が、なにか、することは、想定内…


 実に、想定内だったからだ…


 だから、無視した…


 反応しなかった…


 反応すれば、どうしても、彼女と話さなければ、ならなくなる…


 それが、危険だったからだ…


 私が、なんの反応を示さないものだから、彼女、菊池リンは、チラと見ると、悔しそう…

 

 実に悔しそうな表情だった…


 そして、なにより、その勝気な顔こそ、彼女の素顔だった…


 その愛くるしい顔に、隠された素顔だった…


 おそらくは、血…


 五井家の血に違いない…


 五井は、女系一族…


 五井四百年の歴史は、五井の血を継ぐ、女たちが、優れた男たちと結婚して、彼らの才能を生かすことで、発展した…


 それゆえ、五井一族と言いながら、皆、苗字が違う…


 それを、以前、マミさんが、教えてくれた…


 同じ五井一族にも、かかわらず、皆、苗字が違う謎を教えてくれた…


 そして、他家の才能ある男をゲットするぐらいだから、当然、五井の女たちは、皆、勝気なのだろう…


 勝気=気が強いのだろう…


 それゆえ、その血が、この菊池リンにも、色濃く表れている…


 そう、思った…


 実に、そう、思った…


 自分の思い通りにならないとき…


 それが、すぐに、顔に出る…


 勝気さ=わがままさんが、顔に出る…


 そう、思ったのだ…


 が、


 私は、それを、気にせず、買い物を続けた…


 買い物に、没頭した…


 とにかく、彼女と関わっては、ならない…


 そう、肝に銘じたからだ…


 しかし、彼女は、諦めなかった…


 そう、簡単には、諦めなかった…


 次いで、


 「…伸明さんも、五井家のひとと、結婚するんだって…」


 彼女が、続けた…


 が、


 私は、振り向かなかった…


 私は、反応しなかった…


 彼女の狙いが、わかっているからだ…


 だから、反応しなかった…


 が、


 彼女は、とどめを刺した…


 私を振り向かせるべく、とどめを刺した…


 「…でも、藤原さんや、伸明さんが、噂になった女のひとって、案外、同じ女のひとだったりして…」


 と、言う声がしたからだ…


 さすがに、これには、我慢ができなかった…


 これには、忍耐が切れた…


 それゆえ、つい、


 「…それって、ホント?…」


 と、言ってしまった…


 彼女の策に乗ってしまった…


 我ながら、バカ…


 大バカだった…


 私がつい、彼女の方を見たものだから、彼女、菊池リンは、勝ったとばかりに、ニヤリと笑った…


 実に、嬉しそうな顔をした…


 私は、その顔を見て、あらためて、自分が、彼女の策にハマったことを、実感した…


 実感したのだ…


 彼女は、笑いながら、


 「…綾乃さん、やっぱり、気になりますよね?…」


 と、言って、笑った…


 実に、楽しそうに、笑った…


 私は、彼女の楽しそうな顔を見て、


 …負けた!…


 と、思った…


 この勝負に、負けたと、つくづく、思った…


 思ったのだ…


 が、


 私は、それでも、自分の負けを認めたくなかった…


 だから、


 「…どうせ、根も葉もない噂でしょ?…」


 と、言った…


 わざと、言った…


 「…根も葉もない噂?…」


 菊池リンが、ポカンとした…


 「…そうよ…」


 私は、勝気に断言した…


 この菊池リンには、負けたくなかった…


 どうしても、負けたくなかった…


 だから、言った…


 あえて、言った…


 が、


 それは、功をなさなかったようだ…


 彼女は、それまでの勝気な態度とは、一転して、


 「…根も葉もないう噂じゃ、ないですよ…」


 と、あっけらかんと、言った…


 肩の力を抜いて、言った…


 それから、


 「…藤原さん、五井一族の持つ、伊豆の別荘に行って、女のコにメロメロだったんですって…」


 と、笑った…


 意地悪く、笑った…


 次いで、


 「…いけない…私、まだ、FK興産の社員だった…だから、藤原さんじゃなく、社長って、呼ばなきゃ、いけなかった…」


 と、付け加えた…


 私は、またしても、彼女の口車に乗ってしまった…


 「…社員? 菊池さんが…まだ、FK興産の社員?…」


 と、彼女に、聞いてしまった…


 「…そうです…」


 と、菊池リン…


 「…でも、今、菊池さんは、ここに?…」


 と、私は、聞いてしまった…


 彼女の会話に乗ってしまった…


 「…休職中なんです…」


 「…休職中?…」


 「…五井が、FK興産と、資本提携しているから、それぐらい、簡単に頼めます…」


 菊池リンが、告げる…


 当たり前のことを、告げる…


 そして、それは、おそらく、事実だろう…


 五井の資本が入ったFK興産が、五井の頼みを断れるわけはない…


 五井に頼まれれば、大抵のことは、断れるわけは、ないからだ…


 だから、勝負あった!…


 と、思った…


 この勝負あったと、思った…


 この勝負、私の負けだった…


 私、寿綾乃の負けだった…


 矢代綾子の負けだった…


 彼女、菊池リンが、五井の名前を出した時点で、私の負けだった…


 平凡な、私が、五井に勝てるはずがなかった…


 当たり前だった…


 五井の血を引く、菊池リンに勝てるはずはない…


 当たり前のことだった…


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