寿綾乃という女 第4部 6
そういうことか?
カラクリが、わかったことで、返って、私は、安心した…
気が楽になった…
これまでは、なぜ、和子が、私を真明のお嫁さん候補として、推しているのか、さっぱりわからなかったからだ…
だから、それが、わかった今、気が楽になった…
ずばり、安心した…
そして、それが、わかると、さらに、和子の狙いが、見えてきた…
おそらく、和子は、伸明の妻として、一度は、私を迎え、私が死ぬのを、待っているのでは?
そう、思った…
突然、そう、思った…
もしかしたら、和子が、考える伸明のお嫁さん候補は、別にいて、それを、今、伸明の妻として、推すのは、ゴタゴタが、起きる可能性がある…
だから、いったんは、私を、推す…
私、寿綾乃を推す…
そして、私が、死ねば、本命を推す…
本命の女性を推す…
もしかしたら、その本命は、あの菊池リンかも、しれない…
なにしろ、あの菊池リンは、和子の孫…
伸明の妻としては、申し分ない…
伸明と結婚すれば、東家出身の菊池リンと結婚したことで、東家は、今以上に本家と結びつく…
それが、和子の狙いではないか?
私は、癌患者…
いっときは、オーストラリアまで、行き、日本では、まだ認められていない、最新の癌治療を施したが、癌は、消えなかった…
だから、このままでは、いずれ死ぬ…
いつ死ぬかは、わからないが、死ぬだろう…
そして、私が、死ねば、あの菊池リンを、伸明と、結婚させる気かも、しれない…
私と伸明が、結婚する…
いわば、ワンクッション置くことで、うまく、周囲の目をごまかすというか…
私が、死んだあとに、ゴタゴタしたときに、いわば、火事場の泥棒ではないが、ゴタゴタに紛れて、伸明の本命の妻を、伸明にあてがうのではないか?
そう、思った…
そう、考えた…
これは、私の妄想?…
私の被害妄想?…
あるいは、他人様は、そう言うかも、しれない…
が、
私は、そうは、思わない…
決して、そうは、思わない…
決して、今、病気で、うまく、しゃべれない状態だから、頭の中も、ちょっと、おかしくなっているのでは?
あるいは、他人様は、そう言うかも、しれない…
それゆえ、悲観的になる…
なにもかも、自分に、都合が悪く、考える…
いわば、自分は、被害者…
自分を悲劇のヒロインに見立てているのでは、ないか?
そう、思う人間も、いるかも、しれないが、
それは、違う…
断じて、違う…
私は、心の中で、叫んだ…
心の中で、大声で、叫んだ(苦笑)…
そして、その話題の人物である、伸明が、やって来たのは、思ったより、早かった…
マミさんが、私の病室を訪れた、わずか、三日後だった…
これには、驚いた…
ビックリ、仰天した…
こうして、ベッドの上に、寝ながら、過ごしていると、時間の感覚が、なくなる…
私は、癌患者だから、これまで、何度も、入院したことがある…
そのたびに、思うことだ…
が、
それが、わかっているから、私は、まだマシ…
マシに思える…
これが、癌がホントに悪化すれば、昼も夜も、わからなくなるかも、しれない…
痛みが、続けば、意識も朦朧として、自分でも、わけがわからなくなるかも、しれない…
正直、私は、それが、一番、怖い(涙)…
癌の痛みも、さることながら、自分で、自分が、わからなくなるかも、しれないのが、怖い…
これでは、まるで、ボケ…
言葉は、悪いが、老人のボケと、同じだ…
私は、まだ、32歳…
夢も、希望も、あるとまでは、言わないが、まだ、死にたくない…
やりたいことが、残っている…
それは、以前も、書いたが、子供を産むこと…
私の子供を産むことだ…
やはり、女として、生まれた以上、自分の子供を産みたい…
自分が、産んだ、子供を見てみたい…
それが、ひどく自然な感情だ…
もっとも、私が、そう願うのは、私が、癌患者だが、症状が、軽いことが、大きい…
決して、いますぐ、どうにか、なるほど、ひどい状態ではない…
だから、そんなことが、言える…
実際、癌患者にも、かかわらず、亡くなった女優の樹木希林さんは、自分が、癌患者であると、世間に、公表しても、女優の仕事を続けていた…
つまりは、癌患者といっても、皆一様ではない…
千差万別…
ひとくくりには、できない…
そういうことだ…
私の場合は、自分で言うのも、なんだが、症状は、軽い方…
それゆえ、仕事ができていた…
FK興産の仕事が、できていた…
また、いわゆる、抗がん剤の治療の副作用も、軽い方だった…
よく、抗がん剤の治療をすると、吐き気が、して、たまらないとか、カラダが、麻痺するとか、言われるが、私には、それが、ほとんどなかった…
珍しいタイプだったらしい…
これには、お医者様も、驚いていた…
まあ、単純に私が、ただ、運が、いいだけなのだろう…
私は、そう、思った…
私は、そう、考えた…
だから、今、子供のことを、考えていると、言える…
まだ、私には、未来があると、思えるから、言える…
そして、仮に、数年後、私が、子供を産むとしたら?
その子供の父親は、誰?
その父親候補の一人が、この伸明だった…
五井の若き当主、諏訪野伸明だった…
今、私のベッドの傍らにいる、伸明だった…
「…寿さん、お久しぶりです…調子は、いかがですか?…」
伸明が、聞く…
この伸明は、長身のイケメン…
性格も、悪くない…
それが、よくわかるのは、ナオキと仲がいいから…
結婚は、していないが、私の事実上の夫に近い藤原ナオキと仲がいいから…
だから、信用できる…
だから、信頼できる…
もちろん、心の底から、信頼できるわけでは、ない…
なぜなら、心の底から、信頼できるほど、伸明を、まだ、知らない…
まだ、知り合って、一年と、経たない…
おまけに、学生時代のクラスメートや、会社の同僚とは、違って、昼間、ずっと、いっしょに、いるわけではない…
長時間、長期間、いっしょにいるわけでは、ない…
だから、伸明のことを、よく知っているわけではない…
私が、よく知っている男性は、ナオキ…
藤原ナオキだ…
それ以外の男性で、ナオキほど、よく知る男性は、皆無…
誰も、いない…
そして、私が、そう考えていると、
「…寿さんが、入院していると、聞いて、いっときも早く、寿さんに、お見舞いに伺いたかったんですが、なかなか、都合がつかなくて…」
と、言った…
言葉は、悪いが、ある意味、お決まりのセリフを言った…
私は、それを、聞いて、無言で、首を横に振った…
別に、全然、たいしたことじゃない、と、言いたかったのだ…
だが、なにも、言わないにも、おかしい…
だから、
「…ありがと…」
と、だけ、言った…
まだ、言葉が、うまくしゃべれない…
だから、短く、言った…
短い、言葉だったら、しゃべれるからだ…
私の言葉を聞いて、伸明が、
「…寿さん…まだ、うまくしゃべれないって…マミさんから、聞きました…」
と、言った…
…マミさんから?…
心の中で、思ったが、うまく、しゃべれない…
それゆえ、伸明の言葉を、肯定するように、黙って、首を縦に振って、頷いた…
伸明の言葉が、わかっていると、伸明に知らせたかったのだ…
私が、頷くのを、見て、伸明が、
「…寿さんが、きちんと、ボクの言葉を理解しているのは、マミさんから、聞いて、これも、わかっています…」
と、続けた…
「…ですが、それも、ここ数日で、普通に、喋れるようになるとも、言ってました…」
伸明が、言う…
これは、事実…
事実だった…
ホントは、今、マミさんが、やって来た、三日前よりも、もっと、しゃべれる…
誰も、この病室に、いないときに、自分一人で、喋ってみた…
たしかに、昨日より、今日…
一昨日よりも、昨日の方が、しゃべれた…
しかし、いかに、ひとりで、病室にいようと、ひとりっきりで、アレコレ、ブツブツ言っていては、おかしく、思われる…
たとえ、ひとりっきりでいても、いきなり、センセイや、看護師の方たちが、病室にやって来て、そんな私の行動を目の当たりにするかも、しれない…
そのときに、
…このひと、もしや、頭がおかしくなったのでは?…
と、思われたら、たまらない…
正直、嫌だ…
だから、あまり、ひとりで、しゃべらなかった…
いかに病室で、ひとりっきりでも、しゃべらなかった…
が、
まったく、しゃべらなかったわけではない…
それゆえ、自分でも、日に日に、しゃべれるように、なってくるのが、わかった…
カラダも、そう…
カラダも、同じだ…
入院した当初より、徐々に、良くなった…
それは、私が、今回、倒れたのは、癌患者としてでは、ないのが、大きい…
原因は、軽い脳梗塞が原因だった…
それゆえ、うまく、ろれつが、回らない…
だが、まだ、若いゆえに、症状も、軽い…
そういうことだ…
これが、高齢者なら、死ぬか、後遺症が残る…
有名な例が、長嶋さん…
元巨人の監督だった長嶋茂雄さんだ…
が、
私は、まだ、若い…
だから、軽かった…
そういうことだ…
しかし、まだ言語に障害が残る…
カラダもマヒして、うまく動かない…
だが、それを、この伸明は、どこまで、知っているのか?
それが、わからない…
いや、
それは、どうでも、いい…
ただ、この伸明が、私をどう思っているのか?
それが、知りたい…
もちろん、今、私の見舞いに来ているのだ…
私を嫌いではないのは、わかる…
私を嫌いならば、わざわざ、私の見舞いにやって来るわけはないからだ…
いや、
真逆に、嫌いな人間だから、わざわざ、見舞いにやって来る場合も、ある…
嫌いな相手が、どんな状態なのか、知りたいからだ…
それゆえ、わざわざ、嫌いな人間の様子を見に来る…
そういうことだ…
私が、そんなことを、思っていると、伸明さんが、
「…寿さんは、ここで、寝ているのが、いい…」
と、意外なことを、言った…
私は、なぜ、いきなり、この伸明が、そんなことを、言うのか、わからなかった…
だから、
「…どうして、そんなことを言うんですか?…」
と、聞きたかったが、止めた…
先に、伸明さんが、話し出したからだ…
「…今、寿さんが、体調が万全なら、厄介なことになる…」
と、続けたからだ…
…厄介なことになる?…
…どうして、厄介なことになるの?…
それを、聞きたかった…
そして、私から、それを、促すことなく、
「…寿さんも、マミさんから、聞いているかも、しれませんが、今、和子おばさまが、体調を崩されて、いない…それを、いいことに、西家が、ボクの結婚を強引に進めてきて…」
と、告白した…
「…だから、今、寿さんは、今、ここにいるのが、いい…元気でいれば、ボクが、結婚したいのは、この女性ですと、寿さんを、西家の前で、紹介しなければ、ならなくなる…いや、西家だけじゃない…他の分家の前でも、紹介しなければ、ならなくなる…さもないと、ボクの縁談が、勝手に進められかねない…」
伸明が、切羽詰まった表情で、告白した…




