寿綾乃という女 第4部 57
たしかに、あり得る話だ…
伸明が、西家の段取りで、見合いをした…
つまりは、伸明を西家が、取り込もうとした…
それを、知った他の五井一族が、面白いはずはない…
とりわけ、西家と東家を除いた、北家と南家が、その筆頭だろう…
五井は、本家を除けば、東西南北の分家が、力を持っている…
五井は、十三家あるが、主要なのは、本家と、東西南北の4家のみ…
というのは、五井を仕切る、五井の持ち株会社である、五井ホールディングスの株式を、持つ、五井一族の所有する株の割合…
五井本家が、30%、東西南北の分家が、それぞれ、10%…
残り、30%を、残った8家が、所有している…
つまりは、五井一族と言っても、本家を除けば、主要な一族は、東西南北の分家のみ…
そして、今、五井本家は、事実上、東家の手中にある…
それは、前当主、建造と、建造の弟の義春兄弟が、東家の娘たちと、結婚したからだ…
それゆえ、今、東家出身の和子が、当主の伸明の補佐をしている…
それを、思えば、同じ東西南北の一族で、悔しい思いをしている一族がいても、おかしくはない…
今、和子が、倒れ、その隙を縫って、西家が、伸明の見合いを仕掛けたのが、その証拠…
東家が、事実上、支配している本家に、一矢報いたい…
そんな気持ちがあっても、おかしくはない…
おかしくはないのだ…
そして、私が、そう思っていると、ナオキが、
「…それで、諏訪野さんは、困ったと、嘆いていたよ…一族から、文句が来るのは、予想は、していたが、予想以上に、嫌味を言われたらしい…」
「…嫌味?…」
「…そう、嫌味…まあ、西家の段取りで、見合いをした時点で、他家から、文句がくるのは、わかっていたと、言っていたけれども…」
「…」
「…でも、まあ、予想はしていたことだけだから、驚きは、ないと、言っていた…ただ…」
「…ただ、なに?…」
「…この前の見合いの相手が、また会いたいと、言ってきたのは、予想外だと、言っていた…正式に、西家には、断りの電話を入れた。その後に、まさか、見合い相手から、連絡があるとは、思わなくて、驚いたと、言っていた…」
「…」
「…そして、そこまで、言われて、諏訪野さんの心も、少し、動いたらしい…」
「…えっ? 動いた? どういうこと?…」
「…もう一度くらいだったら、その見合い相手と会っても、いいかなと、思ったらしい…」
「…ウソ?…」
「…ホント…」
ナオキが、断言した…
私は、考え込んだ…
たしかに、あのとき…
あの見合いのとき、伸明が、ハルカに惹かれたのは、わかる…
だから、たしかに、会いたくなったと言われても、納得する…
でも、
でも、伸明の立場がある…
一度、断った見合い相手に、会うのは、どうなんだろ?
そう、思ったのだ…
だから、私は、それを、指摘した…
「…でも、見合いは、断ったんでしょ? その見合い相手に、また会うのは、どうかと、思うけれど…」
「…諏訪野さんも、そう言っていた…」
「…だったら、会うのは、おかしいんじゃない?…」
「…そこだよ…」
「…そこって?…」
「…でも、会いたい…もう一度、会ってみたいらしい…」
なんと、もはや…
これには、驚いた…
いや、
驚かなかった…
あの見合いの席での伸明の態度…
明らかに、伸明は、あのハルカに、惹かれていた…
勝気なハルカに惹かれていた…
おそらく、伸明は、日常の生活の中で、誰かに、怒られたり、叱られたりする経験が、ないのだろう…
五井ホールディングスの社長だ…
そんなこと、あるはずもない…
だから、新鮮…
伸明には、新鮮に、映ったのだろう…
これは、見合いの後、私は、伸明に、指摘して、伸明も、また、そうだと、答えたが、やはり、仮に、あのときのハルカの態度が、伸明に、自分を印象づける作戦だとしても、伸明は、惹かれたのだろう…
男と女だ…
誰が、どんな相手に、惹かれるのかは、わからない…
身近な親、兄弟姉妹でも、わからない…
仲の良い、友人、知人でも、わからない…
それほど、男女とも、好きな相手の好みは、謎…
謎だ(爆笑)…
おとなしい男が、派手な女を好きだったり、その真逆だったりすることがある…
だから、わからない…
実に、わからない(爆笑)…
普段、仲の良い、家族だったり、友人、知人だったり、しても、そんな話をしなければ、どんな異性が好きか、わからないものだからだ…
だが、前兆は、あった…
前兆=予感はあった…
伸明の前兆はあった…
それは、私…
ほかならぬ、私を好き…
私、寿綾乃を好きと言った時点で、前兆はあった…
気の強い私を好き…
だから、伸明の好みは、気の強い女だからだ…
おそらく、自分を支えてくれる、気の強い女に、惹かれるのだろう…
潜在的に惹かれるのだろう…
そう、思った…
そう、思ったのだ…
そして、私が、そんなことを、思っていると、
「…でも、諏訪野さんも、悩んでいるらしい…」
ナオキが、続けた…
「…悩んでいるって? なにを、悩んでいるの?…」
「…さっきの見合い相手のこと…」
「…それが、どうか、したの?…」
「…諏訪野さんは、会いたい気持ちが強いが、やはり、立場がある…諏訪野さんの立場が、ある…一度、正式に見合いを断った相手と、会うとなると、それが、いいのかと、言うと…」
「…」
「…だから、悩んでいるらしい…それに…」
「…それに、なに?…」
「…諏訪野さんは、仕事に忙しい…これは、ボクも同じだが、仕事に忙しいと、会いたい気持ちが、失せるというと、おかしいが、いつのまにか、仕事に忙殺されて、そのうちに、会う機会が、いつのまにか、消失してしまう…」
「…それって、もしかして、ナオキの過去の恋愛?…」
私は、意地悪く、ナオキに突っ込んだ…
ナオキは、絶句して、私を見た…
それから、
「…綾乃さん、それは…」
と、言い訳した…
「…まあ、いいわ…」
私は、笑って、許した…
その話は、今の本題では、ないからだ(笑)…
「…まあ、だから、どうなるか、わからない…」
ナオキは、少し顔を赤らめながら、言った…
「…どうなるか、わからないって?…」
「…今も言ったように、諏訪野さんも、その見合い相手と会いたい気持ちが、あるんだが、忙しいし、諏訪野さんの立場も、ある…だから、どうなるか、わからない…会いたい気持ちは、あっても、会うか、どうかは、わからない…」
そう、言うと、ナオキは、せわしく、朝食を食べ出した…
いつまでも、私をおしゃべりしている時間は、ない…
会社に行く時間が、近付いてくる…
私も、これ以上、ナオキに、意地悪をする気持ちは、なかった…
なにより、私は、秘書…
ナオキの秘書だった…
ナオキの社長秘書だった…
秘書は、仕える上司の時間を管理するのが、一番の仕事…
その仕事に従事した私が、ナオキの出社時間を妨げるわけには、いかなかった…
ナオキは、せわしなく、朝食をとると、家から、出て行った…
マンションの地下には、会社からの、迎えのクルマが、待っているからだ…
いつまでも、送迎用のクルマを待たせているわけには、いかない…
私は、残った缶コーヒーを、部屋で、ひとりで、飲んだ…
相変わらず、体調は、悪い…
正直、イマイチな感じ…
だから、小さな缶コーヒーを、飲み干すまでが、長い…
思いのほか、長い…
しかし、
しかし、だ…
今、まるで、ナオキを妻のように、送って、考える…
ずっと、以前、ナオキとジュン君と、小さなアパートで、三人で、暮らしていたときのほうが、楽しかった…
ふと、思った…
お金はないが、楽しかった…
笑いがあった…
今は、お金がある…
にもかかわらず、笑いがない…
日常生活に笑いがない…
お金は、なければ、困るが、お金は、必ずしも、自分を幸福にしてくれない…
あらためて、そう、思った…
思ったのだ…
そして、それは、もしかしたら、贅沢な悩みかも、しれない…
そう、思った…
世の中で、お金ほど、大切なものは、ない…
それが、シングルマザーだった母と、ふたり暮らしだった私には、身に染みている…
身に染みて、わかっている…
だから、今、お金があるにも、かかわらず、幸せではないと、思った自分の発言を悔いた…
悔いた=反省した…
同時に、考えた…
あの伸明のことを、考えた…
五井の若き当主のことを、考えた…
あの伸明には、お金の苦労がない…
それが、私やナオキとの、決定的な違い…
そして、それは、マミさんにも、言える…
マミさんは、五井家前当主、建造の愛人の子供…
しかしながら、お金に、困っていたようには、とても、思えない…
それは、お金の使い方…
使い方で、わかるものだからだ…
ずっと、以前、FK興産が、まだ、現在ほど、大きくなかったとき…
新卒で、入社した女性の中に、お金に汚い女のコがいた…
お金に汚いといったのは、例えば、会社での飲み会…
例えば、誰かが、奢ってくれると、いえば、ホイホイついていき、自分で、払うのが、わかる飲み会には、基本、参加しない…
そして、飲み会で、奢ってもらった相手でも、容赦なく、そのひとのいないところでは、そのひとの悪口を言う…
私は、当時、
…なんて、女!…
と、思ったが、今、振り返ってみると、おそらく、家が、貧乏だったのだろう…
それゆえ、自分が、お金を出さなくても、飲めると聞くと、すぐに、飲み会に参加する…
決して、自分の懐は、痛まないから、参加する…
つまりは、育ち方…
決して、お金に恵まれていないことが、わかる育ち方をしていることが、わかる(笑)…
もちろん、本人は、わからない…
うまく、他人を利用して、ただ酒を飲めたと思っているに違いない(笑)…
私も、当時は、そこまでは、考えなかったが、今、少しばかり、歳をとって、当時を振り返って見れば、そう、思う…
そう、思うのだ…
が、
私も似たような者…
似たような環境で、育った…
決して、裕福とは、言えない、環境に育った…
しかしながら、彼女のように、他人の懐を当てにして、お酒を、飲みたいとは、思わない…
決して、思わない…
自分の酒代は、自分で、出す…
これが、当たり前だからだ…
だから、必ずしも、同じような環境で、育っても、違う…
私と、彼女とは、違う…
あらためて、そう、思った…
そう、思ったのだ…
そして、そう、考えると、お金の使い方、ひとつで、そのひとの人間性のみならず、それまでの生きて来た環境まで、考えてしまう…
つくづく、怖い…
あるいは、恐ろしいと、思った…
思ったのだ…




