寿綾乃という女 第4部 56
しかし、菊池リンだったとは?
ナオキが、私の部屋を去ってから、考え込んだ…
だが、冷静に考えれば、これは、予想されたこと…
あらかじめ、予想されたことだった…
彼女が、五井の女帝、諏訪野和子の孫だから、こちら側…
こちら側=味方だと、思っていたが、それは、違うことは、予想されたことだった…
現実に、あの菊池リンは、私が、FK興産の社長室で、ユリコと対決したときに、陰から、それを、見ていた…
そして、その一部始終を、ジュン君に伝えた…
その結果は、御覧の通り…
もう何度、書いたか、わからないが、私は、ジュン君の運転するクルマにはねられ、五井記念病院に入院した…
その後、私は、菊池リンとは、あまり、会わなかった…
彼女と、縁が、切れたのだ…
何度か、会ったことは、あるが、敵…
明らかに、私に敵対した…
だから、驚くことは、ない…
今回の件は、驚くことでは、ない…
あらためて、思った…
思ったのだ…
彼女が、実は、私を嫌っていたことは、すでに、わかっていたことだった…
しかしながら、彼女とは、縁が切れたというか…
彼女と接することが、なくなった…
だから、忘れていた…
すっかり、忘れていた…
それが、大きい…
実に、大きい…
個人的には、もう、菊池リンと、関わるのは、御免だった…
菊池リンが、実は、私を嫌っていたことは、すでに、わかっていた…
自分を嫌っている人間と、関わりたい人間は、誰もいない…
私も例外では、ないからだ…
だから、もう、彼女と、関わりたくなかった…
それゆえ、彼女の存在を封印したというと、大げさだが、彼女のことは、忘れていた…
彼女、菊池リンの存在を忘れていたというのが、正しい…
が、
私が、今、あの諏訪野伸明と、関わっている以上、彼女に関わらないわけには、いかない…
なぜなら、菊池リンは、五井一族だからだ…
だから、関わらないわけには、いかない…
なにより、今現在、FK興産は、五井と、資本提携している…
そのFK興産の私は、非常勤の取締役…
その私の立場からも、五井と縁を切るわけには、いかない…
五井=諏訪野伸明と縁を切るわけには、いかない…
それゆえ、同じ五井一族である、あの菊池リンとも、接することになる…
これは、仕方がない…
仕方がないことだった…
翌朝、私は、ベッドから、起き上がり、ナオキと朝食を、とることにした…
朝になって、私が、ナオキが、朝食をとる際に、姿を現すと、ナオキも、驚いた…
「…綾乃さん、もう、いいの?…」
と、言って、驚いた…
私は、
「…まあ、だいぶ、良くなったから…」
と、言って、笑ったが、それが、ナオキには、作り笑いに、見えたらしい…
「…綾乃さん、無理をしないで…」
と、ナオキが、心配そうに、言った…
「…無理は、良くないよ…」
「…大丈夫よ…」
私は、答える…
「…自分のカラダよ…自分で、わかっている…」
私が、強弁すると、ナオキは、
「…」
と、なにも、言わなかった…
ただ、
「…綾乃さんも、なにか、食べる?…」
と、だけ、聞いた…
「…今は、いらない…後で、ナオキが、会社に出勤してから、一人で、食べるわ…」
と、答えた…
現に、今、ナオキが、口にしているのは、コンビニで、買った、サンドイッチやおにぎりなど…
それに、ボトルの缶コーヒーを近くに、置いて、飲んでいた…
それを、見て、
「…綾乃さんも、なにか、食べる?…」
と、聞かれて、まさか、ナオキの食べるはずのサンドイッチを横取りするわけには、いかない(苦笑)…
だから、
「…いらない…」
と、答えたのだ…
それゆえ、ナオキは、それが、わかっているのか、わかっていないのか、わからないが、なにも、言わなかった…
ただ、
「…だったら、綾乃さんも、なにも、食べたくないのだったら、せめて、なにか、飲めばいいよ…冷蔵庫の中に、なにか、あるだろ?…」
と、言ってきた…
おそらく、あらかじめ、冷蔵庫の中に、大量の飲み物や食べ物が、ストックされているのを、確認したのだろう…
私は、今、体調が、悪い…
それゆえ、先日も、マミさんといっしょに、外出した際に、大量の食料品を買い込んできた…
家で、籠城するためだ(苦笑)…
その食料品が、大量にある…
それを、ナオキは、事前に確認したに違いない…
私は、
「…わかった…」
と、言って、冷蔵庫の前に行き、冷蔵庫の扉を開けて、中から、缶コーヒーを、取り出して、ナオキの元に、戻った…
小さな缶コーヒーならば、飲めるからだ…
いかに、まだ、体調が、回復していなくても、飲めるからだ…
私が、缶を開けて、一口飲むと、ナオキも、安心したようだ…
私を見て、
「…綾乃さんも、少しは、良くなったらしい…」
と、言って、微笑んだ…
昨夜は、私は、ひとりで、寝た…
いや、
昨夜だけではない…
ナオキが、この家に戻ってきてからも、一度も、私といっしょに、寝たことは、ない…
ベッドを共にしたことはない…
それは、ナオキの優しさに他ならない…
体調の悪い私と同じベッドに寝て、私が、もしかしたら、体調が悪化したならば、困ると、判断したのだろう…
だから、近くにいるが、決して、同じベッドでは、寝ない…
そういうことだ…
しかし、
しかし、だ…
それとは、別に、目の前のナオキが、コンビニで、買ったものを、食べているのを見て、なんだか、切ないというか…
上場企業の社長の朝食が、これでいいのか?
とも、思った…
もちろん、コンビニの弁当や、ご飯類が、手軽であるのは、わかる…
しかしながら、テレビで、週一でキャスターを務める著名人の藤原ナオキの朝食が、これでは、いかにも、寂しいというか…
なんとも、言えなかった…
実に、なんとも、言えなかった…
そして、そんなふうに、私が、ナオキの食事をとる姿を見ているのを、ナオキ自身、気付いたのだろう…
「…綾乃さん、なにを、見ているの?…」
と、聞いてきた…
それゆえ、私は、迷わず、
「…ナオキ…アナタの食事…」
と、言って、やった…
「…ボクの食事が、どうかしたの?…」
「…上場企業、FK興産の社長の朝食にしては、寂し過ぎ…」
「…寂し過ぎって?…」
「…きっと、世間は、藤原ナオキは、もっと、いい食事をとっていると、思うでしょうね…」
私が、指摘すると、ナオキは、食べるのを止めて、私を見た…
「…だったら、綾乃さん、体調が、回復したら、ボクに、豪勢な食事を、作ってくれる?…」
と、言ってきた…
私は、答えられなかった…
なぜなら、私は、決して、料理が、得意ではない…
もうずっと前から、このナオキとジュン君の食事を作っては、きたが、得意ではない…
なんとか、作ってきただけ…
大半は、スーパーで、買った総菜を、食卓に並べただけだからだ(笑)…
それを、知っているナオキに、言われたから、絶句した…
答えられなかった…
それゆえ、
「…ナオキ、病人をイジメちゃ、ダメよ…」
と、釘を指した…
「…か弱い乙女をイジメちゃ、ダメ…」
「…か弱い? 綾乃さんが?…」
「…そうよ…」
「…綾乃さんが、か弱いなら、世間で、強い女なんて、誰も、いなくなっちゃうよ…」
「…なんですって!…」
思わず、強い口調で、反論した…
自分でも、自分の声が、思ったより、大きかったので、驚いた…
そして、それは、ナオキも、いっしょ…
目の前のナオキも、いっしょだった…
ナオキは、一瞬、驚いた顔をしたが、すぐに、
「…それだけ、大きな声を出せるのならば、もう大丈夫だ…」
と、ニコニコして、言った…
「…この調子なら、大丈夫だ…」
と、言って、ニコニコ、笑った…
私は、怒って、いいのか、笑って、いいのか、わからなかった…
ただ、怒る気は、失せた…
なにより、このナオキが、私の体調を第一に、考えていることが、わかったからだ…
あらためて、わかったからだ…
そして、私が、そんなことを、考えていると、
「…昨日、綾乃さんの部屋から、ボクが、出て行った後、諏訪野さんから、電話があったよ…」
と、言った…
いきなり、言った…
私は、食い気味に、
「…どんな電話?…」
と、聞いた…
聞かざるを得なかった…
「…見合いを正式に断ったと、言っていた…」
この言葉には、正直、落胆した…
なぜなら、それは、それは、予想通り…
予想通りだったからだ…
それに、驚きは、なかったからだ…
だから、落胆した…
が、
ナオキは、その後に、予想外のことを、言った…
「…で、その後に、その見合い相手から、連絡があったそうだ…」
「…えっ? 連絡があった…」
これには、驚いた…
当たり前だが、伸明は、お見合いは、断った…
ならば、それで、終わり…
終わりだからだ…
だから、連絡があると、聞いて、驚いた…
驚いたのだ…
ナオキは、私の顔を面白そうに、見ていた…
よほど、私の反応が、面白かったのだろう…
ナオキは、私に、
「…綾乃さん、その見合い相手から、諏訪野さんに、どんな連絡があったと、思う?…」
と、聞いた…
実に、面白そうに、聞いた…
私は、一瞬、考えたが、
「…怒ったの?…」
と、聞いた…
あのハルカのことを、考えたとき、その反応が一番、あり得たからだ…
あのハルカは、実に、気が強そう…
あの見合いのときは、おそらく、わざと、伸明の気を引くために、とんでもなく、気が強い女を演じたのだろが、それだけでなく、普段から、気が強そう…
それゆえ、伸明に、怒った?
見合いを断られた、腹いせに、怒って、伸明に、連絡をした…
そう、思った…
そう、思ったのだ…
が、
答えは、違った…
私の予想は、外れた…
ナオキは、ゆっくりと、顔を左右に振った…
私の答えを否定した…
「…綾乃さんの言葉の真逆…」
「…真逆って?…」
「…諏訪野さんに、この前の見合いは、わがままな態度をとってしまって、申し訳ありませんでしたと、電話で、詫びて来たと、言っていた…」
「…ウソ?…」
「…ホント…」
その言葉に、私は、考え込んだ…
これって、もしかして、トラップ?
トラップ=罠?
と、思ったのだ…
見合いでは、わざと、勝気な態度を装う…
そして、それが、通用しないと、わかると、真逆な態度を取る…
そう、思ったからだ…
そして、私が、そう、思っていると、ナオキが、
「…その続きがある…」
と、言った…
「…続き?…」
「…そう…」
「…どんな、続き?…」
「…見合いは、ともかく、もう一度、この前の、お詫びも兼ねて、会えませんか?と、諏訪野さんに、言ってきたそうだ…」
「…で、伸明さんは、どう答えたの?…」
「…保留…」
「…保留って?…」
「…今は、忙しいから、会えないと、答えたと言っていた…」
「…そう…」
「…でも、ことは、これで、終わりじゃないらしい…」
「…どういうこと?…」
「…他の五井一族…」
「…それが、どうしたの?…」
「…諏訪野さんが、西家の段取りで、見合いをしたのを、知った、他の五井の一族から、文句が、来たと言っていた…」
ナオキが、言った…
予想外のことを、言った…




