寿綾乃という女 第4部 55
そして、そう考えていると、
「…あのリンちゃんは、綾乃さんに、嫉妬していた…」
と、ナオキが、繰り返した…
「…諏訪野さんが、言うには、おそらく、リンちゃんは、綾乃さんの美しさや、綾乃さんの堂々とした態度が、許せないらしい…」
「…許せないって?…どうして、許せないの?…」
「…リンちゃんは、可愛いい…誰が見ても、たとえ、駅やスーパーで、会っても、可愛いコだと、誰もが、振り返って見るくらい、可愛い…」
「…」
「…おまけに、家柄も、抜群…なんと言ったって、五井一族だ…お金持ちだ…それに、リンちゃん自身、頭も、いい…優秀な大学を出ている…」
「…」
「…にも、かかわらず、綾乃さんに勝てない…」
「…えっ?…私に勝てない?…」
「…綾乃さんと、いっしょに歩けば、男の視線は、間違いなく、綾乃さんに行く…」
「…そんな…」
「…それが、リンちゃんは、許せないらしい…」
「…ウソ?…」
「…ホント…」
「…」
「…要するに、リンちゃんは、綾乃さんに、勝てない…それが、許せないらしい…」
「…私に勝てない?…」
「…綾乃さんは、美人だし、態度が、堂々としている…リンちゃんは、可愛いが、それだけ…綾乃さんのような存在感がない…」
「…」
「…要するに、リンちゃんは、生粋のお嬢様だから、自分より、優れた人間が、嫌い…自分が、一番でいたい…そういうことだと、諏訪野さんが、言っていた…」
「…伸明さんが、言っていた…」
「…そう…」
そう、言われると、わかる…
実に、わかる…
彼女、菊池リンは、ルックスが、いい…
誰が見ても、可愛い…
おまけに家柄もいい…
頭もいい…
それが、私といっしょにいると、周囲の視線が、リンちゃんではなく、私に行く…
私、寿綾乃に行く…
それが、許せない…
自分が、一番でないことが、許せない…
そういうことだ…
そう、考えると、わかる…
彼女が、私を憎む理由が、わかる…
正直、私に瑕疵はない…
私に、罪はない…
彼女が、私を憎む理由は、理不尽そのものだからだ…
だが、だからといって、それが、おかしいとは、思わない…
ホントは、おかしいのだが、それが、おかしいとは、思わない…
世の中、そんなもの…
そんな理不尽そのものの話は、どこにも、転がっているものだからだ…
だから、おかしいとは、思わない…
そういうことだ…
そう、思うと、笑えてくると言うか…
自分自身が、かつて、あの菊池リンに、
「…綾乃さん…綾乃さん…」
と、呼ばれ、慕われていると、思っていたことが、思い出される…
きっと、あの菊池リンは、最初から、私に憧れているのではなく、憎んでいた…
その菊池リンの気持ちに、気付かない私は、大バカ者…
まさに、大バカ者だ…
だから、笑えてきた…
自分自身に笑えてきた…
そして、それが、おそらく、私の表情に、出たのだろう…
「…どうしたの? 綾乃さん、なんだか、笑っているような…今の話の中で、どこか、面白かったところは、ある?…」
「…あるわ…」
「…どこ?…」
「…そんな菊池さんに騙されていた、愚かな女のところ…」
「…愚かな女って?…それって、まさか?…」
「…そのまさかよ…」
「…もしかして、綾乃さんのこと?…」
「…もしかしてじゃなく、私のこと…」
「…」
「…菊池さんの魂胆も見抜けないなんて、実に情けない…同時に、笑えるわ…なんてったって、あんなに、菊池さんを可愛がっていたんだから…」
「…」
「…だから、大バカ…私は、大バカ…実に、笑える大バカ…」
私は、言った…
自戒を含めて、言った…
自分のバカさ加減に、呆れて、言った…
言ったのだ…
そして、そんな私を、ナオキは、驚いた顔で、見ていた…
だから、
「…どうしたの? ナオキ…そんな顔をして?…」
と、聞いた…
当たり前だった…
「…いや、綾乃さんが、そんなに簡単に騙されるなんて…」
と、驚いた表情で、言った…
「…ボクの知る綾乃さんは、完璧…隙が、なく、完璧に、見える…」
「…ナオキ…アナタ、なにを、バカなことを、言っているの…私は、高卒…大学も、出ていないわ…頭の中身は、アナタの足元にも、及ばない…」
私は、断言する…
「…でも、とても、そうは、見えない…」
ナオキが、反論した…
「…綾乃さんは、いつも、堂々として、完璧に見える…」
「…そう、見えるだけ…」
「…見えるだけ?…」
「…ナオキ、アナタ、何年、私と付き合っているの?…」
私は、言ってやった…
「…もっと、見た目でなく、中身で、判断しなさい…」
「…」
「…それでは、いつまで、経っても、女に騙されるわよ…」
私が、言うと、ナオキが、苦笑した…
「…たしかに、それは、言えてる…」
と、苦笑した…
それから、一転、真顔になって、
「…でも、綾乃さんが、騙されたのは、仕方がない…」
と、口にした…
「…どうして、仕方がないの?…」
「…ボクだって、会社で、綾乃さんと、菊池さんが、いっしょにいるところを、何度も見ている…あの頃、菊池さんは、綾乃さん、綾乃さんと、まるで、綾乃さんを、ホントの歳の離れた姉かなにかのように、慕っていた…傍から見ても、綾乃さんに、なついていた
…だから、綾乃さんが、菊池さんの魂胆に気付かなくても、驚かない…むしろ、菊池さんの狙いに、気付いた方が、驚く…」
ナオキが、言う…
熱弁する…
たしかに、そう言われれば、わかる…
そう、言われれば、納得する…
あの頃、菊池リンは、私になついていたというと、おかしいが、実際、時間があれば、私の近くに来て、
「…綾乃さん…綾乃さん…」
と、寄ってきた…
それゆえ、傍から見ても、私になついていた…
犬や猫のように、なついていた(苦笑)…
にもかかわらず、ホントは、私を憎んでいた…
ホントは、内心、私に嫉妬していたと、言っても、誰も、信じないだろう…
なにしろ、心の中で、思っていることと、実際にやっている行動が、真逆…
真逆だからだ…
あれほど、
「…綾乃さん…綾乃さん…」
と、私に言ってきて、実は内心、私を憎んでいた…
私に嫉妬していたと言ったら、周囲の者は、仰天するだろう…
が、
これは、実際に、よくあることだと、聞いたことがある…
ホントは、大嫌いな相手に、それと、気付かれるのが、困る…
それゆえ、真逆な行動をとる…
大嫌いな相手に、あえて、大好きだというように、真逆な態度をとる(爆笑)…
実は、大嫌いだと、相手に悟られるのが、困るからだ…
だから、あえて、真逆な行動をとる…
だったら、そんな嫌な相手とは、付き合わなければ、いいじゃないか、と思うかも、しれないが、会社でも、学校でも、嫌な相手と付き合わなければ、ならないときだって、誰にだってあるものだ…
それゆえ、相手に、本心を悟られるのが、困るから、真逆な行動をとる…
嫌いなのに、好きなような態度をとる…
そういうことだ…
だから、私も、それ…
それと、同じだ…
あの菊池リンは、私を大嫌いなゆえに、あえて、大好きなように、装った…
それゆえ、オーバーアクションになる…
どうしても、無理やり、心の中で、思っていることと、真逆なことを、するから、オーバーアクションになる…
今さらながら、それに気付いた…
その真実に、気付いた…
だから、今、思えば、余計に、あの菊池リンに、用心しなければ、ならなかった…
あんな行動をする女は、あまりいない…
あんなベタベタする行動を、とる女は、あまり、いない…
それゆえ、余計に、用心しなければ、ならなかった…
今、振り返れば、そう、思う…
そう、思うのだ…
が、
これは、誰でも、同じ…
同じだ…
後に、なって、気付く…
なにが、あったのか、気付く…
それゆえ、ホントは、こうしておけば、よかったと、気付く…
誰もが、同じ…
同じだからだ…
そして、私が、そんなことを、考えていると、ナオキが、
「…綾乃さん…ごめん…」
と、いきなり、私に謝った…
「…ごめんって、ナオキ…アナタ、どうして、いきなり、私に謝るの?…」
「…だって、こんな話、綾乃さんが、体調を崩して、寝込んでいるときに、話す話じゃ、ないだろ?…」
「…」
「…だから、すまないと、思って…」
ナオキが、実に、申し訳なさそうに、言う…
私は、そんなナオキを見て、笑った…
つい、笑って、しまった…
「…ナオキ…アナタ、私と何年付き合っているの?…」
と、笑いながら、言ってしまった…
「…綾乃さん、なにを、いきなり…」
「…私は、そんなことで、へこたれる女じゃない…ナオキ、アナタも、それが、わかっているでしょ?…」
私が、そう言うと、ナオキが、一瞬、驚いた顔をしたが、すぐに、
「…それは、そうだ…」
と、笑った…
「…綾乃さんは、こんなことで、へこたれる女じゃない…」
「…当たり前よ…こんなこと、たいしたことじゃない…どうでも、いいことよ…」
「…どうでも、いいこと?…」
「…そうよ…菊池さんが、私をどう考えようと、それで、私が、どうこうなるわけじゃない…」
「…綾乃さん、どういう意味?…」
「…それで、私が、殺されるわけじゃ、ないでしょ?…」
「…殺される? そんなおおげさな…」
「…いえ、私は、病気持ち…だから、おおげささじゃなく、どうしても、そう、思ってしまう…」
「…」
「…変な話、病気が、私を強くした…」
「…綾乃さんを、強くした?…」
「…こんなことで、負けてたまるかと、思うようになった…だから、カラダは、しんどいけれど、気持ちは、強くなった…」
私が、言うと、ナオキが、ふいた…
「…綾乃さんが、これ以上、強くなったら、大変だ…」
と、言って、ふいた…
もちろん、それが、ナオキの本心では、ないことは、わかる…
ナオキは、私を笑わせるために、わざと言ったのは、わかる…
だが、私も、ナオキのお芝居に付き合わなければ、ならない…
「…ナオキ、これ、笑うこと?…」
と、わざと、怒って見せることで、お芝居に付き合わなければ、ならない…
「…だったら、ここで、ボクは、怒れば、いいの?…」
ナオキが、笑って言った…
私は、それには、答えなかった…
どっちが、いいか、わからなかったからだ…
だから、答えなかった…
代わりに、
「…沈黙は、金…」
と、答えた…
すると、ナオキは、すぐに、
「…雄弁は、銀…」
と、答えた…
それから、いきなり、私にキスをした…
私は、一瞬、驚いたが、すぐに、受け入れた…
私とナオキは、いいコンビだった…
実に、いいコンビだった(苦笑)…




