寿綾乃という女 第4部 54
「…リンちゃんって、あのリンちゃん…菊池リンちゃん…」
「…そう、彼女…」
「…まさか?…」
「…いや、そのまさかだよ…」
「…だって、彼女は、五井の女帝、諏訪野和子さんの孫よ…和子さんは、伸明さんの後見人よ…伸明さんの後ろ盾よ…それが、伸明さんに不利な情報を流すなんて…」
「…ボクも、最初は、信じられなかった…連絡をくれた諏訪野さんも、同じだった…でも…」
「…でも、なに?…」
「…彼女だったら、納得がいくって、諏訪野さんが、言ってた…」
「…納得がいく? どうして、納得がいくの?…」
「…リンちゃんは、当たり前だが、五井一族だ…だから、他の一族を知っている…」
「…
「…だから、納得するって、諏訪野さんが、言っていた…」
たしかに、そう、言われれば、わかる…
あの菊池リンは、五井一族…
生粋の五井一族だからだ…
なにしろ、五井の実力者、諏訪野和子の孫だからだ…
同じ五井一族でも、マミさんとは、違う…
なぜなら、マミさんは、婚外子…
ひらたく言えば、愛人の子供…
五井家前当主、建造の愛人の子供だからだ…
だから、正式に、五井一族とは、認められていない…
それゆえ、マミさんは、五井一族の中で、孤立していた…
なにしろ、前当主の建造が、外に作った子供だからだ…
正式に、婚姻関係を結んで、できた子供では、ないからだ…
それゆえ、建造は、マミさんに、資金を与え、会社を設立させた…
マミさんが、社長になり、会社を運営する…
その方が、五井の会社で、働くよりも、よいと、考えたからだ…
が、
実際は、それだけでは、なかった…
建造は、マミさんの性格を考慮して、そうさせたのだ…
マミさんの独立独歩の性格というか…
マミさんには、会社勤めが、似合わないと判断したからだ(苦笑)…
また、マミさんは、正式に五井一族では、ないから、一族から、疎外されていると、私は、思っていたが、そうでは、なかった…
決して、目立たない形で、一族から、援助を受けていた…
支援を受けていた…
それは、以前、和子が、私に言っていたことがある…
五井の強い女たちが、陰で、マミさんを支えていると、言ったことがあるからだ…
五井の強い女…
最初は、意味が、わからなかった…
もちろん、強い女の意味は、わかる…
だが、なぜ、そう言うのか、わからなかった…
だが、それは、後にわかった…
マミさんが、その意味を教えてくれた…
その意味は、五井の名前に隠されていると、教えてくれた…
なぜなら、五井一族にも、かかわらず、五井家の当主の名前は、諏訪野だ…
これは、普通に考えれば、おかしい…
五井で、あるはずだ…
ならば、なぜ、五井ではなく、諏訪野なのか?
その答えは、女系家族だった…
要するに、五井家の一族は、女たちが、そのときどきの時代で、経営の才覚がある、優れた男たちと、結婚して、代々の一族を繁栄させてきた…
だから、苗字が違う…
そういうことだった…
それゆえ、五井は、実質、女たちが、主導権を握っている…
だから、今も、和子が、五井の女帝と、呼ばれて、対外的には、五井の顔の役割を果たしていても、一族から、異論が出ないのだろう…
そう、考えれば、納得する…
マミさんが、陰ながら、一族の強い女たちに、支援されているのが、納得する…
つまりは、五井は、一族の中で、女性上位が、根付いているのだろう…
代々、五井の血を引く女たちが、外部の優れた男たちと結婚して、五井を発展させてきた…
それゆえ、女性上位の文化が、一族の中で、根付いているのだろう…
そう、考えれば、納得する…
マミさんの待遇も、納得する…
そして、それは、あの菊池リンにも、言える…
なにしろ、彼女、菊池リンも、苗字は、菊池…
諏訪野ではない…
五井の女帝、諏訪野和子の孫娘でありながら、諏訪野ではない…
菊池だ…
皆、苗字が、違う…
が、
それこそが、五井一族…
五井一族なのだろう…
要するに、五井の血を引いた女たちが、優れた男たちをゲットして、できた血族なのだからだ…
それゆえ、女たちの動きに寛容なのだろう…
私は、思った…
私は、考えた…
そして、そう、思っていると、ナオキが、いきなり、
「…あのリンちゃんは、綾乃さんを敵視している…」
と、言った…
いきなり、言ったのだ…
それゆえ、私は、現実に戻されたというか…
今の今まで、五井の一族について、考えていたことから、現実に戻された…
「…私が、敵視されている?…」
つい、目の前のナオキが、言った言葉を繰り返した…
ナオキは、私が、ナオキを睨みつけるように、言うものだから、まるで、言い訳をするように、
「…いや、ボクが、言ったわけじゃない…」
と、言った…
「…じゃ、誰が言ったの?…」
「…諏訪野さん…」
「…えっ?…」
「…どうして、私が、菊池さんに恨みを買われるの?…」
「…それは、たぶん…」
「…たぶん、なに?…」
「…妬み…」
「…妬み?…」
「…リンちゃんは、綾乃さんに嫉妬しているんだ…」
「…私に嫉妬? どうして、私に嫉妬しているの?…」
「…綾乃さんが、美人だから…」
「…ウソ?…」
「…ホント?…」
「…だって、そんなこと言うなら、菊池さんだって、可愛いわ…」
「…でも、綾乃さんの方が、キレイだろ?…」
「…それは…」
「…それが、リンちゃんは、許せないんだ…」
そう、言われると、納得した…
実に、納得した…
あの菊池リンは、最初、私に憧れたと言って、私に近付いた…
ホントは、テレビ局に入社希望だったが、週一で、テレビ番組のキャスターを務める、ナオキが、テレビ局に出入りする際に、秘書として、ナオキに同行する私を見て、考えが変わった…
美人の私を見て、考えが、変わった(苦笑)…
美人の私に憧れて、FK興産に入社したと、言った…
が、
それは、ウソ…
真っ赤なウソだった…
ホントは、五井の女帝、諏訪野和子の命を受けて、私を探りに、来た…
私を、本物の寿綾乃と、思っていて、綾乃が、建造の娘だと知って、探りに来た…
もし、私が、建造の娘なら、建造が、亡くなったときに、建造の莫大な遺産を相続できるからだ…
そのために、私を探りに来た…
そういうことだ…
そして、それに、気付かない私は、菊池リンに、心を許した…
彼女の外見は、幼く、頼りない…
そして、愛くるしい…
私は、彼女にすっかり、騙された…
その結果、私は、本物の寿綾乃でないことが、彼女に知られた…
そして、彼女は、当時、少しばかりの間、交際していたナオキの息子のジュン君に、その情報を伝えた…
私が、当時、FK興産の社長室で、ナオキの妻だったユリコと対決したときに、だ…
互いに、暴露合戦をした(爆笑)…
ユリコは、私の出生地の田舎に、行き、私が、本物の寿綾乃でないことを、突き止めた…
それを、FK興産の社長室で、社長のナオキの前で、暴露した…
頭に来た、私は、以前から、感じていた疑問を口にした…
ナオキが、ジュン君の子供でないことを、暴露した…
理由は、簡単…
ジュン君が、幼いときに、ジュン君をナオキに預けて、失踪したユリコが、十五年以上経って、戻って来た…
なにくわぬ顔で、戻って来た…
にもかかわらず、ユリコは、決して、ナオキとジュン君と三人きりで、会おうとしなかった…
血が繋がった家族であるにも、かかわらず、三人だけで、会おうとしなかった…
それで、私は、ピンとした…
もしかしたら、ジュン君は、ナオキの子供では、ないのかも、しれないと、ピンときた…
それを、ユリコに、ぶつけた…
確信はないが、ぶつけた…
そして、案の定、それは、事実だった…
ジュン君は、ナオキの子供ではなかった…
ジュン君は、ユリコが、ナオキと結婚する前に付き合っていた男との間にできた子供だった…
二人の外見が、似ていたらしい…
ユリコは、面食い…
異常なまでの、面食いだ…
学歴も優秀で、仕事も、優秀…
非の打ちどころがない…
にもかかわらず、イケメン好き(苦笑)…
それは、おそらく、コンプレックス…
頭脳は、優秀だが、ルックスは、平凡なユリコのコンプレックス…
私は、そう、考えたが、違うかも、しれない…
ただのイケメン好きかも、しれない(笑)…
いずれにしろ、私の勘は当たった…
ユリコは、あっさりと、ジュン君が、ナオキの子供でないことを、認めた…
ナオキと血が繋がってないことを、認めた…
その一部始終を、陰に隠れて、聞いていた、あの菊池リンは、ジュン君に伝えた…
動揺したジュン君は、クルマに乗り、FK興産に向かった…
そして、FK興産から、出てきた私を偶然、見かけたジュン君は、私をクルマで、撥ねた…
自分が、ナオキの子供でないことを、知らされて、どうしていいのか、わからなかった…
その結果の行動だった…
そんな一連の出来事を思い出した…
今、ナオキの口から、菊池リンの名前が出たことで、思い出した…
思い出したのだ…




