寿綾乃という女 第4部 53
結局、私は、ナオキの言う通りにした…
ナオキの言う通り、ベッドに横になり、ベッドの上で、過ごした…
我ながら、情けない…
実に、情けなかった…
肝心なときに、カラダが、動かない…
カラダが、言うことを聞かない…
それが、自分でも、情けなく、自分でも、もどかしかった…
自分のカラダなのに、自分の言うことを、聞かない…
それが、もどかしかった…
そして、こんな経験をしていると、つくづく、病人の気持ちがわかった…
自分が、病人で、あるにも、かかわらず、病人の気持ちがわかるというのも、おかしいが、それは、それほど、自分の体調が、悪くないからだろう…
だから、言える…
病人の気持ちがわかったと言える…
まるで、他人事のように、言える(苦笑)…
ただ、私が、運が、いいのは、体調は、たしかに、悪いが、どこか、痛いとか、気持ち悪いとかは、ない…
それが、幸運…
実に、幸運だった…
極論すれば、カラダが、自由に、動かないだけ…
頭は、動いている…
いつもと、同じように、動いている…
まあ、と言っても、たいした頭では、ないが(苦笑)…
高卒で、大学にも、言っていない…
が、
ひとは、私をそうは、見なかった…
才色兼備な女性だと、思っていた…
自分で、言うのも、なんだが、私は、あのフジテレビの美人アナウンサーだった、近藤サトさんの、若い頃に似た容姿…
それゆえ、落ち着いて見える…
他人様からは、落ち着いて、見えるらしい…
が、
これは、笑える…
自分でも、笑える…
私に言えば、見た目だけ…
自分で、言うのも、なんだが、そう見えるだけだ…
中身は、違う…
全然、違う(笑)…
そして、そんなことを、考えていると、昔、母が言った言葉を思い出す…
母は、自分の妹の美人の叔母を引き合いに、出し、
「…綾子…中身なんて、誰にも、わからないから…」
と、よく、笑って、言ったことがあった…
「…美人だったり、ハンサムだったり、すれば、それだけで、ひとは、憧れる…中身が、少々、悪くても、誰も、わからないから…」
と、言って、笑った…
そして、それは、私が、成長して、FK興産で、社長のナオキの秘書として、さまざまなひとたちと、接して、わかった…
身に染みて、わかった…
それこそ、皆、私以上の高学歴のひとたちが、私に、言い寄って来る(爆笑)…
そして、そのひとたちの誰もが、私を羨望の眼差しで、見る…
私のルックスが、良いから(苦笑)…
誰一人として、中身を、見ない…
自分たちより、はるかに、低学歴の人間だと、見ない…
相手が、私に、どう接するかで、その相手が、私を上に、見ているか?
あるいは、下に見ているか?
わかるものだからだ…
母が、言った通り、少し、私と接しただけでは、中身は、わからない…
私の頭の程度が、わからない(爆笑)…
その実例だった…
これでは、調子に乗る…
誰もが、調子に乗る…
自分は、美人だからと、調子に乗る…
が、
私は、調子に乗らなかった…
それは、やはり、母の影響…
母は、いつも、私を戒めていた…
「…綾子…少しばかり、他人様より、美人に生まれたからって、調子に乗っては、いけないよ…」
と、口癖のように、私に、言っていた…
それが、大きい…
そして、私の環境…
決して、裕福とは、言えない、私の生まれ育った環境も、大きい…
ひとは、どうしても、生まれ育った環境に影響を受ける…
私が、お金持ちに生まれたのなら、また、違ったかも、しれない…
調子に乗ったかも、しれない…
美人で、お金持ち…
最強だからだ(笑)…
が、
私は、違った…
そうは、ならなかった…
また、今、考えれば、母が、
「…綾子…少しばかり美人に生まれたからって、調子に乗ってはいけないよ…」
と、私に言ったのは、叔母の影響も、あるかも、しれない…
私に似た美人の叔母の影響もあるかも、しれない…
今、考えれば、そう、思う…
当時は、わからなかったが、叔母は、あの建造と、付き合っていた…
五井家の前当主と付き合っていた…
しかしながら、捨てられたと言うか…
結局、叔母が、身を引く形で、建造と別れた…
その経緯を、母は、知っていたのだろう…
私に似た美人の叔母が、どこまで、実の姉である母に、言ったのか、わからない…
ただ、結果として、別れた…
お金持ちのボンボンと、別れた…
それは、傍から見れば、捨てられたと、見るのが、普通…
別れたのではなく、捨てられたと、見るのが、普通だからだ…
だから、言ったのかも、しれない…
今になって、振り返れば、そう思う…
そう、思うのだ…
母もまた、叔母に、詳しい話は、聞いていなかったに違いない…
それは、叔母が母に、誰と付き合っていたか、明かさなかったこと…
それゆえ、母は、遺言で、私に亡くなった従姉の綾乃になりすませと、言ったにも、かかわらず、綾乃の父親が、誰だか、明かさなかった…
それは、母が、叔母から、相手が、誰か聞かされてなかったからだろう…
聞いていれば、私に教えたはずだ…
しかしながら、そんなことが、最近、わかった…
ベッドの上で、寝ていて、わかった…
つくづく、物事は、若いときは、わからない…
歳をとって、少しは、わかってくる…
その典型だった…
私にとって、母は、恩人…
かけがえのない恩人だった…
自分の母親のことを、恩人というのも、おかしいかも、しれないが、他に、言葉が見つからない…
それは、やはり、私が、母と二人暮らしだったから…
シングルマザーだった母と、二人暮らしだったからだろう…
その影響が大きい…
実に、大きい…
いわば、身内が、ひとりだけ…
母しか、身内がいない…
それゆえ、誰よりも、母の影響を受けた…
母の影響を受けて、育った…
だからだろう…
なにより、母は、私を溺愛していた…
自分が、産んだ、私を溺愛していた…
それは、娘の私から見ても、わかるほど、溺愛していた…
それゆえ、余計に母の言うことは、聞かねば、ならない…
母のアドバイスは、守らなければ、ならない…
そう、肝に銘じた…
そう、肝に銘じたのだ…
母が、亡くなって、すでに、十七年…
32歳の私は、母が、亡くなってからの方が、長く生きている…
長く、人生を生きている…
にも、かかわらず、私は、今も母に支配されている…
言葉は、悪いが、今も支配されている…
つくづく、そう、思う…
そして、それは、私のみならず、誰もが、そう…
誰もが、同じだ…
おそらく、90歳になっても、100歳になっても、同じだ…
仮に、親が、毒親と呼べるような親であっても、生涯、親に支配されている…
あるいは、親に影響されている…
自分は、決して、あんな親には、なるまいと、反面教師として、生涯、影響を受けている…
そういうものだ…
それゆえ、思い返せば、私が、決して、調子に乗らないのは、母のせい…
母のおかげだった…
普段は、決して、そんなことは、考えないが、こうして、ベッドに横になる時間が長くなると、どうしても、考えてしまう…
つい、母のことを、考えてしまう…
あるいは、もしかしたら、私の寿命は、もう、長くないのかも、しれない…
それゆえ、まだ32歳という若さにも、かかわらず、そう考えてしまうのかも、しれない…
まるで、まもなく死期を迎える、老女のように、考えてしまうのかも、しれない…
私は、思った…
私は、考えた…
それから、三日間、私は、ベッドの上で、過ごした…
まあ、ベッドの上で、過ごしたと言っても、一人で、トイレに行けるぐらいのことは、できた…
だから、たいして、困らない…
風邪で、寝込んだのと、同じようなものだからだ…
おまけに、ひとりで、食事もできた…
ナオキが、昼間、いない間は、冷蔵庫を開けて、冷食を、レンジで、チンをして、食べた…
少量だが、食べた…
幸い、食欲は、あり、普段と比べると、少しだが、食べられた…
だから、こんなことを、言うと、ナオキには、悪いが、ナオキが、いなくても、なんとか、なった…
ただ、ナオキが、いるのと、いないのとでは、安心感が、違う…
それが、大きい…
ナオキは、FK興産の社長だから、帰って来るのは、夜で。朝には、会社に行ってしまうが、それでも、ナオキが、身近にいることで、安心できる…
ひとりとは、違って、安心できる…
当たり前のことだ…
ナオキは、会社から、帰って来ると、
「…綾乃さん、調子は、どう?…」
と、真っ先に、聞いた…
この三日間、いつも、同じセリフで、聞いた…
だから、さすがに、三日目には、
「…ナオキ…毎晩、会社から、帰って来て、同じセリフは、ないんじゃない?…」
と、文句を言ってやった…
「…まるで、ビデオを見るように、毎日、同じセリフ…ほかに、なにか、言葉は、ないの?…」
と、言ってやった…
そして、言ってやってから、さすがに、言い過ぎたと、思った…
私のカラダを心配して、言ってくれているにも、かかわらず、こんなセリフは、言い過ぎたと、思った…
が、
さすがに、言い直すことは、できない…
私の性格上、できない(苦笑)…
が、
ナオキは、返って、そんな私の言葉に、安心したようだ…
「…綾乃さん、その調子じゃ、体調が、戻ったんだね…」
と、喜んだ…
私が、悪口を言ったにも、かかわらず、喜んだ…
「…そんな減らず口を叩くなんて、綾乃さんだ…いつもの綾乃さんだ…」
と、喜んだ…
私は、頭に来たが、さすがに、文句を言うことは、できない…
先に、文句を言ったのは、私だからだ…
だから、できない…
私が、そう、思っていると、ナオキが、
「…諏訪野さんから、今日、連絡があって、誰が、諏訪野さんの結婚の誤報を流したのか、わかったと、ボクに、言ってきた…」
と、言った…
私は、それを、聞いて、思わず、
「…誰なの?…」
と、聞いた…
当たり前のことだ…
ナオキは、顔色も変えず、
「…答えは、綾乃さんも、知っているひと…」
と、だけ、言った…
「…私が、知っているひと? 誰?…」
「…リンちゃん…」
ナオキが、答えた…
間髪入れずに、答えた…




