寿綾乃という女 第4部 51
建造の優しさ…
それは、今、思えば、父の優しさだった…
私の知らない父親の優しさだった…
が、
建造が、存命中のときには、そのことに、気付かなかった…
建造の優しさの意味に気付かなかった…
もっとも、これは、同じ…
誰もが、同じかも、しれない…
失ってから、わかる…
あるいは、いなくなってから、わかる…
誰もが、そういうものだからだ…
そして、それは、私のような年齢なら、やはり、夫や恋人だろうか?
普通、私のような年齢だと、両親は、健在だから、例にならない…
失って、初めて、わかるのは、夫や恋人の場合が、多い…
要するに、なにか、あって、別れた…
が、
その後、他のひとと、付き合っても、以前、別れた夫や恋人のようには、自分を扱ってくれない…
あるいは、自分を大事に、してくれない…
それは、誰もが、失って、初めて、わかること…
以前、付き合った相手は、ここまで、してくれたのに、今度の相手は、冷たい…
だが、それが、わかっても、大抵は、元のさやに戻ることは、難しい…
自分は、元のさやに、戻りたいと思っても、すでに、相手には、別の夫や恋人が、できた可能性が、高いからだ…
そして、その相手にとっては、自分より、相性が、良い場合だって、ある(笑)…
だから、戻れない…
大抵は、戻れない…
あるいは、相手がいなくても、すでに、相手が、心変わりした可能性も、ある…
心変わり=考え方が、変わった可能性も、ある…
自分にとっては、ベストな相手と、思っていたが、別れた相手にとっては、振り返って、見れば、そのときは、楽しかったが、今、考えれば、別の男の方が、良かった…
あるいは、別の女の方が、良かったと考える可能性もあるからだ…
つまりは、いっしょにいるときは、楽しかったが、考え方が、変わった可能性もある…
要するに、大抵は、元に戻れない…
そう、言いたいのだ(笑)…
若干、話が、別の方向に行ったが、いつものことだ…
要するに、なくなって、初めて、そのありがたみに、気付く…
そう、言いたいのだ…
話を元に、戻そう…
母の話に、戻そう…
母は、私に従姉の寿綾乃になりすませと、遺言したが、その際に、もうひとつ、注文をつけた…
それは、私を守ってくれる男のひとを見つけなさいと言うことだった…
従姉の綾乃は、お金持ちの血を引く娘…
その綾乃になりすます以上、そのお金持ちと、やがて、巡り会うにしても、遺産相続の争いに、巻き込まれる可能性が高いと、思ったのだ…
それゆえ、私を守ってくれる男…
この場合の守ってくれるというのは、腕力では、なく、知力…
そして、財力がある男を見つけなさいと、遺言した…
つまりは、従姉の綾乃になりすませば、将来的には、財産が、手に入るかも、しれないが、遺産相続の争いに、巻き込まれかねない…
それゆえ、それを、防ぐために、私を守ってくれる男を探しなさいと、命じた…
つまりは、これから、まもなく、この世から、いなくなる自分に代わって、私を守ってくれる人間を探せと言いたかったのだ…
正直、そのときは、わからなかった…
なにより、そんな都合のいいことが、できるのかと、思った…
が、
それより、なにより、母は、自分がいなくなったときのことを、真剣に考えていてくれたのだろう…
今になって、思えば、そう、わかる…
実感する…
私は、その後、上京して、藤原ナオキと出会い、上昇気流に乗ったのは、知っての通り…
しかしながら、その代償というか…
病気持ちのカラダになった(涙)…
これが、報いというか…
神様は、私のしていることを、よく見ている(苦笑)…
実に、そう思う…
そして、そう考えると、もしや、夢の中に、母が、現れたのは、そのせい…
私のカラダの具合を心配した母が、夢に出てきた?
そう、思った…
そう、思ったのだ…
そして、そう思うと、私は、親不孝…
実に、親不孝な娘だと、思った…
すでに、亡くなって、17年にもなる、母が、私が心配で、夢に出てきた…
そう、思ったからだ…
そして、朝、目覚めたときには、私は、泣いていた…
うっすらと、涙を流していた…
それから、つい、
「…お母さん…」
と、呼んでいた…
自分でも、無意識に、呼んでいた…
すると、近くで、
「…お母さん?…」
と、言う、声が、聞こえてきた…
見ると、枕元に、ナオキがいた…
ナオキが、驚いた顔で、
「…綾乃さんが、お母さんというのを、初めて聞いた…」
と、答えた…
それから、私の顔をそっと、触り、
「…鬼の目にも、涙というやつだな…」
と、笑った…
実に、楽しそうに、笑った…
私は、頭に来たが、その前に、
「…どうして、ここにいるの?…」
と、まずは、言った…
ナオキが、ここにいるわけが、わからなかったからだ…
私が、聞くと、ナオキが、驚いた顔で、
「…だって、昨日、ここに、ボク、来たでしょ? 綾乃さん、忘れちゃった?…」
と、聞いた…
真剣な表情で、聞いた…
「…それは、覚えているわよ…」
私は、不機嫌に答える…
「…でも、どうして、今、ここにいるのか、聞きたいの?…」
「…えっ? どういう意味?…」
「…だって、嫁入り前の娘の寝室よ…それを、勝手に、入って来て…」
私は、わざと、怒ったふりをする…
すると、ナオキは、おどけて、
「…それは、失礼しました…」
と、真剣な表情で、詫びた…
「…お姫様が、どんな症状か、心配で、この爺が、お姫様の寝室まで、つい、無礼にも、やって来てしまいました…」
ナオキが、おどける…
私は、それを、見て、
「…プッ!…」
と、吹き出して、しまった…
「…ナオキ、なに、朝っぱらから、バカなことを、言っているの?…」
と、文句を言った…
が、
ナオキは、そんな私を、見て、安心したらしい…
「…よかった…」
と、一言、呟いた…
次いで、
「…これで、いつもの綾乃さんに、戻った…」
と、笑った…
「…いつものって?…」
「…キレイな薔薇には、刺がある…」
「…どういう意味?…」
「…綾乃さんは、美人だけれども、性格が、きつすぎ…それが、刺…」
私は、呆気に取られた…
すぐに、言葉が、出なかった…
でも、少し考えて、
「…それって、褒めてるの? それとも、けなしているの?…」
「…さあ…」
ナオキが、とぼける…
私は、それを、見て、さらに頭に来た…
だから、わざと、声を荒げて、
「…答えなさい!…」
と、ナオキに、命じた…
が、
それを、聞いたナオキは、むしろ、嬉しそうだった…
「…綾乃さんも、その調子なら、全快は、近いかな…」
と、言って、笑った…
「…あと、2、3日、このまま、ゆっくりすれば、きっと、良くなるよ…」
ナオキが、笑って言う…
私は、頭に来たが、それでも、ナオキが、心配して、私の寝室にやって来たのは、わかったから、なにも、言わなかった…
が、
ナオキは、笑顔だったのは、ここまで…
ここからが、本番というか…
すぐに、別人のように、真剣な表情に、変わった…
「…綾乃さんは、このまま、最低でも、2、3日は、家で、寝ていれば、いい…」
と、繰り返した…
私は、それを、聞いて、ピンとした…
なにか、あったのだと、ピンとした…
それゆえ、
「…ナオキ、なにか、あったの?…」
と、聞いた…
当たり前だった…
ナオキは、難しい顔をしたまま、
「…諏訪野さんが、結婚を発表した…」
と、いきなり、言った…
私は、一瞬、ナオキが、なにを言っているのか、わからなかった…
意味が、わからなかった…
だから、
「…ナオキ…今、なんて言ったの?…」
と、聞いた…
聞かざるを得なかった…
ナオキは、
「…諏訪野さんが、結婚した…」
と、繰り返した…
「…ウソ?…」
「…ホント…」
「…だって、昨日、見合いをしたばかりなのに…」
「…それでも、結婚した…」
ナオキが、繰り返す…
「…ウソ?…」
と、私。
「…ホント…」
と、ナオキ。
私には、なにが、なんだか、わからなかった…
もしや、これは、夢…
夢の中の出来事かも、しれないと、思った…
思ったのだ…




