寿綾乃という女 第4部 50
そして、そんな私を見た、ナオキが、慌てた…
「…どうしたの? 綾乃さん?…」
と、言って、慌てた…
私は、
「…なんでもない…なんでもないのよ…」
と、笑いながら、言った…
「…なんでもないって…」
「…いえ、自分の立場も、わきまえずに、いつも、自分の恩人に、向かって威張っている、おバカさんが、いると、思って…」
「…なに? なんのこと?…」
「…アナタの目の前のいる、おバカさん…」
「…それって、もしかして?…」
「…そのもしかしてよ…」
「…一体、なんで、そんなことを?…」
「…さあ、理由はないわ…ただ…」
「…ただ…」
「…きっと、私の体調が、悪いのよ…だから、そんなことを、思い出した…」
私が、曖昧に、説明した…
当然、ナオキは、納得していなかったが、それ以上、なにも、言わなかった…
ただ、
「…綾乃さん、顔色が、よくないから、さっさと、休んだ方が、いいよ…」
と、だけ、言った…
そして、そんなナオキが、愛おしかった…
ホントは、私に色々言いたいことがあっても、まずは、私の体調を優先する…
それゆえ、文句があっても、決して、言わない…
だから、ナオキの気持ちを優先して、
「…それでは、私も、これで、休むわ…」
と、言って、自分の部屋に行くことにした…
「…綾乃さん、それがいい…」
ナオキが、ホッとした様子で、私の背中に、声をかけた…
私は、ホントは、お風呂に入りたかった…
こう言っては、なんだが、私は、キレイ好き…
だから、ホントは、外から帰って、布団に入るときは、必ず、お風呂に入ってから…
それでないと、ダメ…
どうしても、ダメ…
でも、今は、そんな余裕は、なかった…
ナオキと、話してから、だんだんと、疲れて来た…
きっと、外では、気が張っていたのだろう…
それが、家に帰って、ナオキの顔を見たから、ホッとした…
それが、真相だろう…
だから、それを、考えると、ナオキは、家族…
つくづく、私の家族だと、思う…
家族ゆえに、ナオキの顔を見たから、ホッとした…
肩の力が、抜けた…
緊張が、解けたからだ…
これは、いくら、親しくても、あの伸明とマミさんでは、無理…
無理だ…
彼らと、いっしょにいても、どこか、緊張する…
肩の力が、抜けない…
意識せずとも、どこかで、身構えてしまう…
つまりは、その差…
いかに、彼らと仲が良くても、ナオキとは違う…
信用度が、違う…
信頼度が、違う…
それが、私の態度に現れている…
無意識に、私の態度に、現れている…
そういうことだろう…
私は、布団で、寝ながら、考えた…
そして、布団に入ると、まもなく、意識を失かった…
呆気ないほど、簡単に眠りに入った…
よほど、疲れていたのだろう…
次の日の朝まで、一度も、起きなかった…
そして、寝ていると、夢を見た…
夢の中には、母が、いた…
すでに、とっくの昔に、この世を去った母が、いた…
「…綾子…大丈夫?…」
母が、心配そうに、聞く…
「…大丈夫よ…」
私は、答える…
「…たいしたことじゃ、ないわ…」
「…なら、いいけど…」
母が、心配そうに、言う…
私は、母の前では、子供…
いくつになっても、子供だった…
母が、この世を去ったのは、私が、中学生のとき…
今、私は、32歳だから、もう、私の年齢の半分は、母と過ごしていない…
母と、いっしょにいたのは、15歳まで…
だから、その後の17年は、違う…
しかし、母と、いっしょにいると、私は、子供…
ナオキの前では、いつも、威張っているのに、そんな姿からは、想像もできないほど、子供に返る…
だが、まあ、これは、誰もが、同じ…
同じかも、しれない…
どんなに、歳を取っても、どんなに、偉くなっても、親の前では、子供に返る…
そういうものだからだ…
母は、私に、
「…綾子…私のアドバイスは、役に立った?…」
と、聞いてきた…
これには、面を食らった…
「…アドバイスって?…」
母が、なにを、言わんとしているのか、わからなかったからだ…
「…ほら、綾子の従姉の寿綾乃ちゃん、彼女に、なりすまして、生きなさいと、言ったでしょ? 綾乃ちゃんは、お金持ちの男のひとの娘…綾乃ちゃんになりすませば、きっと、綾子にも、大金が、手に入る…」
母が、言った…
以前、母が、亡くなる前に、私に言ったアドバイス…
お世辞にも、裕福とはいえない、私と母の母子家庭…
母は、自分が、いなくなった後の私を心配していた…
それゆえ、すでに、亡くなった従姉の寿綾乃になりすませて、生きろと、私に命じた…
従姉の綾乃の父親は、お金持ち…
そのお金が手に入る可能性が、高いから、綾乃になりすませと、私に命じた…
母が、亡くなる前に唯一できることだった…
母が、亡くなる前に、唯一、私に残した財産だった…
が、
母は、従姉の綾乃が、誰の子供かは、知らなかった…
母の妹である、叔母が、明かさなかったからだ…
叔母は、美人…
私に似た美人だった…
叔母の娘である、綾乃は、叔母ほど、美人では、なかった…
どちらかと、言えば、平凡な容姿の娘だった…
むしろ、叔母にとっては、姪である、私の方が、叔母に似ていた…
美人の叔母に似ていた…
そして、それゆえ、母は、叔母の娘である、綾乃になりすませと、私に命じたのだ…
その方が、自然だからだ…
そして、偶然というか…
あっけないほど、簡単に、従姉の綾乃の父親が、わかった…
しかしながら、それは、つい、最近…
一年ちょっと、前の話だ…
伸明の父親の建造と知り合った…
その建造が、綾乃の父親だった…
いや、偶然では、なかった…
綾乃の父親の建造との出会いは、偶然ではなかった…
どこかで、私を見た、建造が、私の正体に、気付き、マミさんを、ナオキに近付けた…
マミさんは、経営者…
会社を経営している…
それゆえ、雑誌の対談の名目で、ナオキに近付いた…
若手の経営者同士の対談という、名目で、藤原ナオキに近付いた…
ナオキは、長身のイケメン…
それゆえ、当初は、マミさんは、ナオキをゲットすると、宣言した…
それを、聞いても、周囲の人間は、誰一人、驚かなかった…
イケメンのナオキを狙うといっても、驚くことでも、なんでもないからだ…
だが、ターゲットは、ナオキでは、なく、私…
私、寿綾乃だった…
矢代綾子だった…
私の姿を、偶然、見た、建造が、驚いたのだ…
かつて、自分が、愛した叔母と、よく似た容姿の私を見て、驚いたのだ…
そして、直感で、私を、自分の娘かも、しれないと、気付いたのだ…
当時は、わからなかったが、今、振り返れば、そう、思う…
実に、そう、思う…
それが、わかるのは、建造の優しさ…
建造は、それまで、初対面だったにも、かかわらず、徹頭徹尾、私に優しかった…
私には、なぜだか、わからなかった…
ただ、建造の好意に甘えた…
が、
それは、今も、言ったように、自分の娘かも、しれないと、私を見ていたから…
だから、私に優しかった…
それが、理由だった…
が、
その反面…
五井は、執拗だった…
五井の女帝、諏訪野和子は、私の正体を探るべく、孫の菊池リンを、私に接触させた…
大学を卒業したばかりの菊池リンを、FK興産に入社させ、私に仲良くさせた…
菊池リンは、頼りなく、愛くるしい…
まるで、例えは、悪いかも、しれないが、小さな子犬のように、可愛い…
だが、それは、仮面…
私を油断させるための仮面だった…
素顔は、全然、違う…
が、
それに気付かない私は、安易にガードを下げた…
その結果、私は、彼女に丸裸にされた…
私が、寿綾乃の偽者と知った、菊池リンは、私を罠にかけた…
その結果、私は、ジュン君の運転するクルマにはねられた…
今、私は、母に会って、そんなことを、思い出した…
思い出したのだ…




