寿綾乃という女 第4部 48
そして、そんなことを、考えていると、ナオキが、
「…綾乃さん、なにを、そんなに、難しい顔をして、考えているの?…」
と、聞いてきた…
私は、すぐさま、
「…今日、会ったひとたちのことを、考えていたの…」
と、返した…
「…今日、会ったひとたちって?…」
と、ナオキ。
「…今日、諏訪野のお屋敷で、伸明さんの見合いがあったの…それで、伸明さんの見合い相手のことなど、色々、考えて…」
「…諏訪野さんの見合い?…」
「…ナオキ、知っていた?…」
「…まあね…」
「…でも、どんなひとたちが、やって来たかは、知らないでしょ?…」
「…それは、そうだけれども…一体、どんなひとたちが、やって来たの?…」
「…五井西家夫妻と、長谷川センセイの妹さん…」
「…長谷川センセイって?…」
「…ほら、五井記念病院で、私が、ジュン君にクルマで、轢かれたときに、お世話になった外科医のセンセイ…ナオキも、会ったことが、あるでしょ?…」
「…そう言われれば、会ったことがあるかも、しれないが、その長谷川センセイの妹さんが、どうして、諏訪野さんの家に?…」
「…その長谷川センセイの妹さんが、伸明さんの見合いの相手なの?…」
「…ウソ!…」
「…ホント…」
「…でも、どうして、長谷川センセイの妹さんが、諏訪野さんの見合い相手なの?…」
「…あの長谷川センセイ、五井西家の末裔なのよ…ナオキに言ってなかったっけ…」
「…それは、もしかしたら、聞いたかも、しれないが、すっかり、忘れていたよ…」
ナオキが、答えた…
私は、それを、聞いて、当たり前だと、思った…
ナオキは、仕事で、忙しい…
なにしろ、FK興産の社長だ…
それゆえ、大勢のひとと会う…
だから、もしかしたら、私もナオキに長谷川センセイが、五井西家の末裔だと、話したかも、しれないが、それを、忘れていても、仕方がない…
覚えていなくても、仕方がない…
なにしろ、私自身が、ナオキに、それを話したか、否か、覚えていない(苦笑)…
それほど、記憶が薄い(爆笑)…
「…で、どうして、長谷川センセイなの?…」
ナオキが、聞く。
「…なんでも、五井西家の当主の方が、五井記念病院に入院して、そこで、長谷川センセイと知り合って、それで、その縁で、長谷川センセイの妹さんを、伸明さんの見合い相手として、紹介したの…」
「…そう言えば、つい、最近も、諏訪野さんが、近く、見合いがあるんだが、正直、気が進まない…でも、断ることが、できないと、嘆いていたよ…」
「…そう…」
やはり、ナオキには、言っていたか?
驚きは、なかった…
つまり、二人は、それほど、気が合うということ…
それほど、仲がいいということの証明に過ぎない…
だから、驚きは、なかった…
「…まあ、諏訪野さんほどの立場になると、色々、大変なんだろ? 同情するよ…」
ナオキが、あっさりと言う…
「…同情?…」
「…そうだよ…ボクも、会社を経営しているから、行きたくないけれども、仕方なく、行くこともあるし、会いたくないひととも、会わなければ、ならない…でも、諏訪野さんは、ボクの比じゃないだろ?…」
「…それは、そうでしょうね…」
私は、言った…
たしかに、子供では、ないのだから、誰でも、社会人になれば、付き合いで、仕方なく、どこかに、行かざるを得ないことも、あるけれども、伸明は、その比では、ないだろう…
しかし、
しかし、だ…
自分の結婚まで、その仕事の延長と、考えると、なんだか、やりきれない…
もちろん、五井家の当主なのだから、結婚は、自由ではない…
一族の了承を取らなければ、ならないことは、わかる…
つまり、結婚という、誰もが、もっとも、プライベートな事柄が、仕事に結びつく…
要するに、五井家当主という立場自体が、仕事に直結する…
なにをするにしても、五井家当主としてと、言われる…
だから、気が休めない…
そういうことだ…
私が、考えていると、ナオキが、
「…綾乃さんも、諏訪野さんに、同情しているでしょ?…」
と、聞いた…
「…ナオキ、どうして、わかるの?…」
「…綾乃さんの、顔を見れば、わかるよ…」
「…そう…」
「…ボクが、何年、綾乃さんと、付き合っていると思うんだ? それぐらい、わかるよ…」
「…そう…」
「…でも、だから、諏訪野さんは、綾乃さんを、好きだと、思うよ…」
意外なことを、言った…
「…えっ? なに、どういう意味?…」
「…綾乃さんは、損得なく、純粋に諏訪野さんと、接しているでしょ?…」
「…損得って?…」
「…いわゆる、見返りを求めない…だから、マミさんも、諏訪野さんも、安心して、綾乃さんと、付き合える…」
ナオキが、断言する…
たしかに、言われてみれば、わかる…
私は、伸明さんといても、マミさんと、いても、見返りを求めない…
損得を、求めない…
それゆえ、二人から、見れば、私といることが、楽しいのかも、しれない…
楽しいと言うと、おおげさだが、楽なのかも、しれない…
伸明も、マミさんも、五井一族…
つまりは、お金持ちだ…
お金持ちの周りには、そのお金を目当てに、やって来る人間が、大勢いるものだ…
また、伸明も、マミさんも、経営者…
だから、会社に行けば、ひとを、使う立場…
それゆえ、気疲れする…
ひとを、使う立場の人間も、ひとに使われる立場の人間も、気疲れする…
いわゆる、人間関係が、一番、気疲れする(苦笑)…
だから、損得の関係ない、私といると、二人とも、ホッとするのだろう…
私は、二人に、なにも、求めない…
だから、ホッとするのだろう…
あらためて、思った…
ナオキの指摘で、あらためて、思った…
そして、そんなことを、考えていると、ナオキが、
「…で、綾乃さん、今日の諏訪野さんの、見合い相手って、どんなひとなの?…」
と、聞いてきた…
当たり前のことだ…
決して、興味津々というわけでは、ない…
ただ、話の流れから、聞いてきた…
そんな感じだった…
それゆえ、
「…美人よ…」
と、私は、答えた…
「…美人? 綾乃さんより?…」
「…それは、わからない…」
「…どうして、わからないの?…」
「…私とは、タイプが違う…」
「…どう、違うの?…」
「…私は、よく、元フジテレビアナウンサーの近藤サトさんという女性の若い頃に似ていると、言われるけれど、今日、伸明さんと、見合いしたひとは、女優の常盤貴子さんの若い頃の姿を小柄にした感じ…」
「…つまり、それが、美人だけれども、タイプが違うって、こと?…」
「…そう…」
「…だとしたら、悩むね…」
「…そういうナオキは、どっちがタイプ…」
「…わからない…」
「…どうして、わからないの?…」
「…だって、二人とも、キレイじゃないか? 男なら、どっちでも、悩むね…」
「…それは、そうでしょうけれど、私を前にして、その言い草は、なに?…」
「…どういうこと?…」
「…綾乃さんの方が、美人って、どうして、言えないの?…」
「…でも、諏訪野さんの見合い相手の方が、綾乃さんより、若いんだろ?…」
「…それは…」
「…だったら、悩むよ…諏訪野さんも、悩むよ…」
ナオキが、笑った…
実に、楽しそうに、笑った…
私は、頭に来た…
久しぶりに、頭に来た…
実に、久しぶりに、頭に来た…
「…ナオキ、どうして、綾乃さんの方が、キレイって、言えないの?…」
「…だって、ボクは、諏訪野さんの見合い相手を見ていないんだから、なんとも、言えないよ…」
真っ当な意見だった…
「…でも、それだったら、納得いくな…」
「…なにが、納得いくの?…」
「…諏訪野さんが、見合い相手の顔も知らないんだよ、と、ぼやいていた理由…」
「…どういうこと?…」
「…わざと、事前に顔を見せないで、当日に、予想以上の美人を連れてきて、あっと驚かせる…」
以前、私が、思っていたことを、言った…
「…誰もが、どんな女が、やって来るのかと、ワクワクする…それを逆手に取ったわけだ…実に、巧妙な手口だよ…」
「…」
「…諏訪野さんは、最初から、今回の見合いに消極的だった…立場上、断るわけには、いかなかったからね…でも、そんな諏訪野さんの心の中を見通して、相手は、この見合いを仕掛けたんじゃないかな…」
「…どういう意味?…」
「…今日の諏訪野さんの見合いを仕掛けたのは、同じ五井一族だろ? だとしたら、昔から、諏訪野さんを知っているだろ? だから、どうすれば、諏訪野さんが、見合い相手に、興味を抱くのか、考えたんだと、思うよ…」
そこまでは、考えなかった…
さすがに、そこまでは、考えなかった…
やはり、一人より二人…
二人より、三人いたほうが、知恵がつく…
自分では、考えられない、あるいは、思いつかないことを、言ってくれるから、役に立つ…
あらためて、そう、思った…
そう、思ったのだ…
「…で、もしかしたら、その美人の見合い相手も、気が強い?…」
いきなり、ナオキが、言った…
「…ナオキ…どうして、わかるの?…」
「…それは、諏訪野さんを、知っていれば、わかるよ…」
「…どうして、わかるの?…」
「…諏訪野さんは、基本、真面目で、おとなしい…そして、おとなしい男は、大概、気が強い女に惹かれるものだからさ…」
「…気が、強い女?…」
「…要するに、自分を引っ張ってくれると、思うんだろ…」
「…自分を引っ張ってくれるって?…」
「…今日、諏訪野さんの見合いを、仕掛けた、五井西家の方も、諏訪野さんの性格を見抜いているだろ?…諏訪野さんを、子供の頃から、知っているから…」
「…」
「…だから、それを、逆手に取った…わざと、事前に、見合い相手の顔も、見せないで、予想以上の美人を登場させ、さらに、諏訪野さんが、惹かれるであろう、気の強い女を、選んだ…そういうことだろ?…」
ナオキが、言った…
ナオキが、今日、見合いを仕掛けた、五井西家の手口をまとめた…
たしかに、言われてみれば、その通り…
その通りだった…
あの伸明は、おとなしい…
それゆえ、気の強い女に惹かれる…
言っていいか、どうか、わからないが、たぶん、伸明が、私に惹かれるのが、そう…
そうだ…
気の強い私に惹かれるのも、そうだ…
私が、伸明を導いてくれる…
あるいは、極端に言えば、守ってくれる…
そう、思っているのかも、しれない…
そして、もしかしたら、あの伸明は、マザコン?
言葉は、悪いが、マザコンかも、しれないとも、思った…
なぜなら、伸明には、母はいない…
実際は、存在するが、事実上、近くにいなかった…
それゆえ、母の愛に飢えている?
そうとも、思った…
自分を守ってくれる母の愛に、飢えている?
それゆえ、本能的に、強い女に憧れる…
自分を守ってくれる強い女に惹かれる…
そう、思った…
そう、思ったのだ…




