寿綾乃という女 第4部 46
タクシーに乗って、自宅に向かった…
正直、諏訪野のお屋敷から、私の家までは、距離が遠い…
それゆえ、ホントは、タクシーを使いたくなかった…
料金が、高いからだ…
だから、使いたくなかった…
が、
そういうわけには、いかない…
私の体調があるからだ…
まさかとは、思うが、一人で帰って、途中で、倒れては、目も当てられないからだ…
そして、そんなことを、考えながら、一方で、あの伸明のことを、考えた…
あの五井の若き当主のことを、考えた…
伸明は、一体、あの豪邸で、何人といっしょに、暮らしているのだろうか?
と、考えたのだ…
あの豪邸だ…
お手伝いさんも、大勢いるだろう…
今日だけでも、何人も見た…
が、
それは、他人…
伸明と血が繋がっていない、赤の他人だ…
そんな他人が、家の中にいる生活って一体どういうのだろう?
ちょっと、想像ができない…
なぜなら、普通は、いっしょに生活するのは、家族…
血が繋がった家族だからだ…
だから、想像が、できない…
そんなことを、考えながら、一方で、
…いや、違う!…
とも、思った…
なぜなら、私も以前は、そういう生活を、していた…
血が繋がらないナオキとジュン君といっしょに、過ごしていたと、思ったからだ…
だが、それは、私が、事実上、後妻だったから…
事実上、失踪したナオキの妻のユリコの代わりだったから、できた…
小さな家庭だったから、できた…
そう、考え直した…
なにしろ、家の大きさが、違う…
私が、住んでいた家は、最初は、アパートだった…
こじんまりとしたアパートだった…
そこへ、ナオキとジュン君と三人で住んだ…
だから、違う…
あの諏訪野の豪邸とは、わけが違う…
あの諏訪野の豪邸で、伸明は、たぶんひとりぼっち…
お手伝いさんは、何人もいるが、立場が、違う…
伸明とは、立場が、違う…
だから、ひとりぼっち…
ひとりぼっちだ…
それが、わかっているから、マミさんは、残ったのだろう…
伸明を、ほっておけなくて、残ったのだろう…
今さらながら、思った…
そして、そんなことを、考えると、だから、私は、伸明のことを、好きなのかも、しれないとも、思った…
事実上の夫のナオキが、いるにも、かかわらず、惹かれるのかも、しれないと、思った…
私と同じように、心のどこかで、孤独を抱えている…
だから、惹かれるのかも、しれないと、思った…
私は、天涯孤独…
身内は、一人も、いない…
母が死んだ今、一人も、いない…
伸明も、また、同じ…
伸明の産みの母は、いるが、もはや、いないに等しい…
だから、ひとりぼっち…
伸明もまた、ひとりぼっちだ…
だから、惹かれるのかも、しれない…
互いに似たような境遇だから、惹かれるのかも、しれない…
そう、思った…
そう、思ったのだ…
そして、そんなことを、ずっと、考えていると、いつのまにか、自宅に着いた…
自宅のマンションに着いた…
私は、一体、料金は、いくらかかったのだろうと、思いながら、
「…すいません、おいくらですか?…」
と、運転手に、聞いた…
すると、即座に、
「…いえ、すでに、もらっていますよ…」
と、運転手が、言った…
「…もらってる?…」
「…そうです…」
運転手が、答える…
私は、驚いたが、さもありなん、五井だ…
お金持ちだ…
私のような庶民とは、違う…
当たり前のことなのかも、しれない…
ホントは、私が、このタクシーに乗って来たのだから、
「…私が、払います…」
と、言いたいところだが、言う相手が、いない…
言う相手が、この場にいない…
伸明も、マミさんもいない…
それゆえ、
「…それでは、ありがとうございました…」
と、言って、タクシーから、降りた…
仕方なく、降りた…
それから、自宅に、戻った…
自宅の億ションに戻った…
誰も、私の帰りを待つものが、いない、億ションに戻った…
正直、寂しくはある…
私は、これまで、ひとりぼっちと言いながら、その実、ひとりぼっちでは、なかった…
いつも、私には、家族がいた…
田舎では、母…
血が繋がった実の母…
そして、この都会では、ナオキと、ジュン君…
ふたりとも、血は繋がってないが、家族…
疑似家族だった…
ジュン君は、ナオキの血が繋がった息子だと、思ったが、違った…
血が繋がってなかった…
ナオキの子供では、なかった…
しかも、それを、ナオキは、知らされてなかった…
ジュン君の母親のユリコから、知らされてなかった…
だから、疑似家族…
正真正銘の疑似家族だ…
それが、この一年近く前から、私は、ホントのひとりぼっちになった…
ジュン君は、私をクルマで、轢いて、警察に逮捕され、刑務所に、行った…
ナオキは、それ以前から、すでに、私とジュン君といっしょに住む家を出て、一人暮らし…
だから、私は、ひとりぼっち…
この一年近く、ひとりぼっちだった…
いや、
違う…
ひとりぼっちでは、なかった…
病院に入院していた…
五井記念病院に半年以上、入院していた…
オーストラリアの病院にも、入院していた…
だから、ひとりぼっちでは、なかった…
周囲に、大勢ひとがいるから、ひとりぼっちでは、なかった…
いや、
それを、言えば、このマンションも、私以外大勢のひとたちが、入居している…
だから、いかに、病院で、入院していても、身近に、家族がいないのだから、ひとりぼっちに違いない…
が、
そのひとりぼっちも、今も言ったように、せいぜい、一年前から…
それまでは、ずっと、家族と暮らしていた…
本物の家族や、疑似家族と暮らしていた…
だから、私が、ひとりぼっちになったのは、ここ一年あまり…
それゆえ、私は、ホントは、孤独に弱い?
今まで、ひとりで、いたことが、ないから、孤独に弱い?
とも、思った…
とも、考えた…
そして、そんなことを、考えると、落ち込んだ…
正直、落ち込んだ…
せっかく、自宅に戻ってきたにも、かかわらず、落ち込んだ…
やはり、誰も、いない家に帰るのは、寂しい…
いや、辛いとも、思った…
だから、男も女も、一人暮らしを経験したものは、結婚願望ができるんだ…
会社に自宅から通勤する男女と違って、結婚が、早いんだ…
あらためて、思った…
やはり、誰もが、ひとりぼっちは、寂しい…
それゆえ、誰かといたい…
その気持ちがわかった…
痛いほど、わかった…
が、
私は、へそ曲がりというか…
それでも、安易に、結婚することはない…
これは、断言できる…
それは、なぜか?
それは、会社関係で知り合ったひとの中にも、大勢の離婚経験者がいたから…
それゆえ、安易に結婚できないと、思った…
率直に言って、身近に、あまりにも、離婚経験者が、多すぎる(苦笑)…
もはや、笑っていいのか、泣いていいのか、わからないぐらい、多すぎる…
だから、それを、見ると、結婚に慎重になる…
当たり前のことだ…
それに、私は、女…
女ゆえに、子供を産む…
それが、離婚して、自分ひとりで、子供を育てるのは、苦痛…
たとえ、お金があっても、苦痛だ…
そして、そんなことを、つい、考えてしまうのは、母のせい…
言いたくないが、母のせいだった…
シングルマザ―だった母のせいだった…
母には、感謝していて、今も、敬愛しているが、やはり、心のどこかで、母のようには、なりたくない…
そんな思いがある…
母には、悪いが、そんな思いがある…
それゆえ、慎重になる…
結婚に慎重になる…
離婚したくないから、慎重になる…
そういうことだ…
それは、やはり、母には、すまないが、やはり、心のどこかで、母のようには、なりたくない…
そんな、恐怖がある…
間違いなくある…
認めたくないが、ある…
要するに、母を反面教師に、しているわけだ…
意識せずとも、しているわけだ…
母は、ずっと前に亡くなった…
にも、かかわらず、私は、母に縛られている…
今も縛られてる…
そして、そんなことを、考えると、これは、私だけ…
私だけ、縛られている?
とも、思った…
いや、
そんなわけは、ない…
誰もが、同じ…
同じだ…
八十や、九十になっても、生きている限り、両親のことは、忘れない…
いや、
忘れることが、できない…
そして、それに、縛られている…
仮に、両親が、毒親だった場合も、同じ…
反面教師として、縛られている…
自分が、子供が、できても、ああは、なるまいと、いう反面教師として、縛られている…
要するに、生きている限り、たとえ、親が、亡くなっていても、親の影響から、逃れることは、できないと、いうことだ…
私は、そんなことを、考えた…
私は、そんなことを、思った…
そんなことを、思いながら、自宅に戻った…
マンションの自分の部屋に、戻った…




