寿綾乃という女 第4部 44
そして、それは、マミさんも、同じだったようだ…
私と同じだったようだ…
「…伸明さんの気持ちは、わかる…」
と、マミさんが、伸明に、声をかけた…
「…でも、だからと言って、お酒を飲むのは、正しくないわ…お酒を、飲むのは、楽しくなくちゃ…」
マミさんが、優しく、声をかける…
「…だから、伸明さん、それ以上、飲まないで…」
伸明は、なにも、言わなかった…
なにも、言わず、ハイボールの缶を口に運んだ…
「…ねっ、お願い…」
マミさんが、伸明に、懇願する…
さすがに、伸明も、マミさんの言葉を無視できないと、悟ったのか、
「…これが、最後…まさか、途中で、飲まずに、捨てるような真似は、できない…」
と、言って、一気に、残りを、飲み干した…
「…これで、終わり…」
伸明は、笑って言う…
それを、聞いて、マミさんは、ホッとした表情になった…
明らかに、マミさんの表情が、和らいだ…
そして、それは、伸明も、気付いたようだ…
「…マミさん…」
と、すばやく、声をかけた…
「…なに? 伸明さん?…」
「…こんなことで、へこたれて、いられないよ…」
「…」
「…こんなことで、いつまでも、このハイボールの缶を、5本も、10本も、飲んでたんじゃ、この先、どうなるか、わからない…」
「…」
「…いや、どうなるか、わからないんじゃない…わかる…」
「…わかる? どうなるの?…」
「…立派なアルコール依存症になる…」
伸明が、言って、笑った…
実に、楽しそうに、笑った…
が、
その笑いは、寂しそうでも、あった…
実に、寂しそうでも、あった…
それから、伸明は、私の方を、向き、
「…寿さん…」
と、私に、声をかけた…
「…ハイ…なんでしょうか?…」
「…どうして、そんなに、強いんですか?…」
「…えっ?…」
「…寿さんを、見ていると、いつも、堂々としている…」
「…」
「…病院に、見舞いに、行った時も、そう…ベッドで、寝ているのに、なぜか、堂々としている…」
「…」
「…寿さんは、生まれつき、強かったんですか?…」
「…」
「…教えて、下さい…」
伸明が、聞く…
真顔で、聞く…
それを、見た、マミさんが、
「…ちょっと、伸明さん、飲みすぎ…」
と、言って、伸明を制した…
それから、私に、向かって、
「…ごめんなさい…寿さん…」
と、私に謝った…
そして、
「…今日は、もうこの辺で…」
と、暗に私に帰るように、促した…
が、
伸明は、収まらなかった…
「…どうして、寿さんは、そんなに、強いんですか?…」
と、繰り返した…
それを、見て、マミさんが、
「…伸明さん、いい加減にして…」
と、伸明を叱った…
「…寿さん、迷惑よ…」
マミさんが、言う…
が、
そんなマミさんを、私が、制した…
「…全然、迷惑なんかじゃ、ありませんよ…」
と、言って、制した…
それから、続けて、
「…全然、強くなんか、ありませんよ…
と、ぶっちゃけた…
「…たぶん、強く見えるだけです…」
と、ぶっちゃけた…
「…強く、見えるだけ?…」
「…そうです…」
「…」
「…たぶん、みんな同じです…」
「…同じ…」
と、マミさん。
「…そう、同じです…」
「…どう、同じなんですか?…」
と、伸明。
「…ただ、強く見えるだけ…」
「…」
「…この歳になって、気付いたことがあります…」
「…なにに、気付いたんですか?…」
と、伸明。
「…ほら、学校でも、会社でも、集団の中で、リーダシップを取るひとって、いるでしょ?…」
「…」
「…あれは、一体、なんでか、考えたんです…」
「…」
「…要するに、頼れると、他の人たちから、思われるから…だから、リーダーシップを取れる…」
「…」
「…ぶっちゃけ、そのひとの生まれ持った才能です…」
「…才能?…」
と、伸明。
「…そう、才能です…」
「…」
「…ですが、それと、そのひとが、頭が、いいとか、仕事ができるかとは、あまり、関係が、ない…」
「…」
「…ただ、頼れて見えるだけ…それだけです…」
「…つまり、寿さんも、それと、同じだと?…」
と、伸明。
が、
私は、それには、答えず、
「…案外、そのひとの持つ、能力と、そのひとが、夢見ることって、違うと、思いました…」
と、言った…
「…どういうことですか?…」
と、伸明。
「…誰が、見ても、イケメンなのに、女には、さほど、興味がなかったり、真逆に、イケメンでも、なんでもないのに、美人ばかり、狙ったり…会社で言えば、いい大学を出ているにも、かかわらず、出世志向というか、上昇志向がなかったり、真逆に、学歴も、ないのに、ただ、上昇志向が、高かったり、要するに、本人の実力と、本人が、思い描く未来と、なんの関係がないと、思ったんです…」
私が、言うと、伸明は、なにも、言わなかった…
マミさんも、同じだった…
が、
しばらくして、伸明が、
「…辛辣だな…」
と、ポツリと、言った…
「…辛辣でしょうか?…」
と、私。
「…それは、辛辣だよ…寿さん…」
まあ、それを、聞いて、内心、私も、言い過ぎたと、思った…
さすがに、言い過ぎたと、思った…
が、
マミさんが、
「…それは、わかる…」
と、私を擁護した…
「…寿さんの言うことは、わかる…私も小さいながらも、会社を経営しているから、わかる…」
と、言って、養護した…
「…自分が、できないことを、平然と口にするひとも、数は、少ないけれど、いる…だから、寿さんの言うことは、わかる…」
「…わかりますか?…」
「…わかる…」
私とマミさんの、そんなやりとりを聞いて、伸明が、
「…女は、辛辣だな…」
と、一言。
そう、言って、実に、愉快そうに、笑った…
「…男は、そこまでは、言わない…思っていても、言わない…」
と、言って、笑った…
が、
その辛辣な言葉で、この場の空気も、少しは、柔らかく、なった…
さっきから、比べれば、柔らかくなった…
そして、私が、そんなふうに、思っていると、
「…だから、結婚は、怖い…」
と、ポツリと、伸明が、漏らした…
私は、内心、
…えっ?…
と、思ったが、さすがに、口にしなかった…
さすがに、まずいと思ったからだ…
が、
私が、そんなことを、思っていると、伸明が、さらに、
「…この歳だ…子供じゃない…だから、余計に、結婚が、怖くなる…」
と、続けた…
それを、見たマミさんが、
「…伸明さん…飲みすぎ…しゃべり過ぎ…」
と、言って、伸明を制した…
が、
伸明は、止まらなかった…
「…だから、もう自分では、選べなくなる…」
伸明が、仰天の言葉を言った…
「…選べなくなるって?…」
と、私。
「…要するに、アレコレ、考え過ぎる…相手のルックス、性格、家柄…アレコレ、考え過ぎる…」
「…」
「…だから、できなくなる…結婚が、できなくなる…」
「…」
「…誰もが、ある程度、歳を取った人たちは、結婚は、勢いと言うけれども、ボクには、もう、その勢いもない…」
「…」
「…だから、ホントは、今回のように、半ば、強引な形で、結婚すれば、いいのかも、しれないけれど、それで、結婚すれば、今度は、西家の力が、強まる…だから、それも、難しい…」
伸明が、苦笑する…
「…ボクの気持ち…ボクの立場、相手の立場など、考えることが、あり過ぎる…だから、寿さんと、結婚したかった…」
「…えっ?…」
「…寿さんと、結婚すれば、そんなこと、悩まなくて、すむ…」
「…ウソ?…」
「…ホントです…それに…」
「…それに、なんですか?…」
「…寿さんは、頼れる…だから、いっしょに、五井家の運営を相談しながら、やっていけると、思った…」
伸明が、仰天の告白をした…
私は、呆気に取られたが、驚きは、なかった…
なぜか、なかった…
そして、それは、どうしてか、考えた…
答えは、すぐに、見つかった…
ナオキだ…
藤原ナオキだ…
私のパートナーである、藤原ナオキだ…
FK興産社長の藤原ナオキだ…
ナオキと、いっしょ…
ナオキが、よく、私に言うセリフだったからだ…
そして、それを、聞いて、あらためて、
…似ている…
と、思った…
この五井家当主、諏訪野伸明と、藤原ナオキは、似ていると、思った…
たぶん、人間の種類が、同じ…
ルックスも、長身のイケメンで、似ているが、性格も、似ている…
基本的には、おとなしい…
だから、気が合う…
二人とも、気が合うのだろう…
あらためて、思った…
思ったのだ…
が、
私が、そんなことを、考えて、伸明を見ていると、マミさんが、私を見ていることに、気付いた…
私を、ジッと、見ていることに、気付いた…




