寿綾乃という女 第4部 43
「…五井家への復帰?…」
私の言葉に、マミさんが、仰天した…
文字通り、仰天した…
が、
伸明は、驚かなかった…
伸明は、長谷川センセイが、五井家の血を引く者だと、あらかじめ、知っていたからだ…
「…伸明さんは、ご存じですよね?…」
私は、聞いた…
が、
伸明は、なにも、言わず、缶のハイボールを飲んだ…
返事の代わりに、缶のハイボールを、飲んだ…
そして、それは、私から、見れば、今さらと、いう感じ…
今さら、そんなことを、という感じだった…
伸明が、答えないことが、肯定を意味したと、思った…
伸明は、ハイボールの缶を口から、離すと、
「…知っている…」
と、ぶっきらぼうに、答えた…
不機嫌そうに、答えた…
「…だったら、話が、早いです…」
私は、言った…
「…だから、それを、考えれば、今日は、あのハルカさんに、わざと、伸明さんに、あんな態度を取らせたのは、長谷川センセイの指示かも、しれません…」
私が、言うと、すぐに、マミさんが、
「…寿さん…どうして、そう思うの?…」
と、突っ込みを入れた…
「…簡単ですよ…マミさん…」
「…簡単?…」
「…そうです…」
「…なにが、簡単なんですか?…」
と、今度は、伸明が、聞く…
「…だって、伸明さんは、お金持ちで、五井家の当主でしょ?…」
「…それが、どうかしましたか?…」
「…ひとから、ちやほやされるのが、当たり前と言っては、言い過ぎですが、日常でしょ?…」
「…」
「…でも、だから、あんな態度を取られるのが、真逆に、新鮮なんじゃ、ないでしょうか?…」
「…ということは、寿さん、それを、狙ったって、こと?…」
と、マミさん…
「…ハイ…私は、そう、思います…」
「…」
「…ひとに、自分を印象づける方法は、いっぱいありますが、わざと、高飛車な態度を取って、相手の関心を引くというのも、常道です…」
私が、言うと、マミさんは、
「…」
と、黙った…
そして、私は、言い終えてから、伸明の反応を見た…
伸明が、どういう反応をするのか、見た…
伸明は、ハイボールの缶を飲みながら、私の話を聞いていた…
私の話を聞き終えてから、伸明は、二本目のハイボールの缶を飲み終え、三本目のハイボールの缶を開けた…
ハイボールの缶を開けながら、伸明は、
「…寿さん…」
と、私に声をかけた…
次いで、
「…それは、水商売の女の手口だよ…」
と、言って、笑った…
実に、楽しそうに、笑った…
「…古典的というか…実に、ありきたりな手法だ…」
が、
その笑いは、皮肉な笑いでも、あった…
「…でも、効果は、抜群…その手口に引っかかる男は、数知れず…実に、多い…」
伸明が、笑う…
「…かく言う、ボク自身も、今、寿さんが、指摘しなければ、引っかかっていた…」
「…引っかかった?…」
と、マミさん。
「…ああ、引っかかった…やはり、あんなふうに、接しられると、困惑すると同時に、新鮮に感じる…どうしても、普段、会社でも、なんでも、あんなふうに、ひとに言われることはないからね…だから、真逆に新鮮に感じる…そして、興味を持つ…」
「…」
「…だから、寿さんに。言われなければ、また、彼女と会いたいと、思った…」
伸明が苦笑する…
「…まったく、他人のことは、わかっても、自分のことは、わからない…その典型だ…」
伸明は、言って、三本目の缶のハイボールを、飲む…
私とマミさんは、そんな伸明を見た…
互いに、なんと言っていいか、わからなかった…
なんと、伸明に、声をかけて、いいか、わからなかった…
ただ、マミさんが、突然、思い出したように、
「…長谷川センセイの野心って、五井に認められることって、寿さん、言ったわね…」
と、私に言った…
「…ハイ…」
「…で、それから、どうするの?…」
これは、予想外…
考えてもみない質問だった…
「…仮に、長谷川センセイが、正式に、五井家の人間だと、一族に認められたとする…でも、それで、どうなるの?…」
「…どうなるって?…」
「…それは、一族に認められたという、単なる、自己満足…それとも、一族に認められたことを、周囲に公表して、それを、足掛かりに、大がかりに、なにか、事業をするとか…」
マミさんが、言う…
たしかに、あり得ることを、言う…
が、
私も、そこまで、考えていなかった…
長谷川センセイの野心の先を考えていなかった…
だから、率直に、
「…わかりません…」
と、答えた…
即座に、答えた…
そして、それを、聞いていた伸明が、
「…マミさん…いくらなんでも、それは、ムリだよ…」
と、マミさんを、たしなめるように、言った…
「…いくら、寿さんでも、長谷川センセイが、なにを考えているかまでは、わからないよ…」
「…それは、そうでしょうけど…」
マミさんが、答える。
「…それよりも、寿さん?…」
伸明が、私に、聞く。
「…藤原さんは、帰って来たんでしょ?…」
いきなり、聞いた…
私に、聞いた…
私は、戸惑ったが、すぐに、
「…ハイ…」
と、答えた…
この伸明が、まさか、いきなり、ナオキのことを、聞くのは、予想外というか…
思っても、みないことだった…
だから、慌てた…
「…そう言えば、藤原さん…寿さんの見舞いに、来なかったそうね…」
これも、マミさんが、いきなり、言った…
私は、この話をマミさんに、話したか、どうか、考えたが、その前に、伸明が、
「…藤原さんは、どこに、いたんですか?…」
と、私に、聞いた…
それゆえ、
「…たしか、伊豆の別荘だと、聞きました…」
と、答えた…
「…伊豆の別荘?…」
と、マミさん。
「…そこに、事実上、幽閉されていたと…」
「…幽閉? それは、どういうこと?…」
と、マミさん。
「…携帯電話を取り上げられて、そこで、女のコたちと、一日中、飲んだり、騒いだり、釣りをしたり、過ごしていたと…」
「…それが、幽閉?…」
と、マミさん。
が、
そんなマミさんの言葉に、
「…立派な幽閉だよ…」
と、伸明が、口を挟んだ…
「…ケータイを取り上げられ、そこから、帰ることも、できない…一日中、飲んだり、女のコと、騒いでも、楽しいのは、最初だけ…じきに、不安になる…」
「…」
「…で、藤原さんが、幽閉されていた場所が、伊豆…」
伸明が、意味深に、言う…
即座に、マミさんが、
「…伊豆って、五井の別荘が、いくつもある…」
と、返答した…
「…もちろん、西家の別荘もあるね…」
と、伸明。
「…それって、まさか、藤原さんを、幽閉したのは、西家の叔父様と叔母様…」
と、マミさん。
「…それは、わからない…まだ西家の叔父様や叔母様の仕業と決まったわけじゃないし、それに、今、マミさんが、言ったように、西家以外に、伊豆に別荘を持っている、五井一族も、いる…」
「…それって、まさか、他の分家のどこかが、西家と共謀して、藤原さんを、幽閉して…」
「…考えられるシナリオだね…」
伸明が、ハイボールの缶を飲みながら、言う…
「…それに…」
と、言って、また、伸明は、ハイボールの缶を飲んだ…
「…それになに? 伸明さん?…」
伸明は、ハイボールの缶を口から、離すと、
「…今回の藤原さんの件も、そうだけれども、偶然とは、思えない…」
「…偶然じゃない? それって、どういうこと?…」
「…おそらくは、西家だけじゃなく、他の分家も、西家と組んで、本家に揺さぶりを、かけているんじゃないかな?…」
「…揺さぶりって?…」
「…要するに、和子叔母様の存在は、それほど、大きかったってこと…」
「…」
「…だから、和子叔母様の不在時の今、本家が、どうでるか? 試しているんだと、思う…」
「…そんな…」
「…現に、藤原さんが、五井一族の娘と結婚したという情報も流れたでしょ?…」
「…ウソ?…」
「…ホント…寿さんは、知ってますか?…」
「…ハイ…知ってます…」
「…ボクは、今、その情報を探っているところです…」
「…情報を探っている?…」
「…誰が、そんな情報を、流したのか? マスコミを通じて、探している…」
「…それが、五井の分家だと?…」
マミさんが、聞く…
が、
伸明は、それには、答えず、ハイボールの缶を飲んだ…
それから、ハイボールの缶から、口を離して、
「…たぶん…」
と、だけ、言った…
不愉快そうに、言った…
そんな伸明の顔を見た、マミさんも、また憂鬱な表情に、なった…
普段は、明るいマミさんの表情が、まるで、別人のように、暗くなった…
そして、一言、
「…そういうこと…」
と、だけ、呟いた…
すると、それに、呼応して、伸明も、
「…そういうこと…」
と、だけ、言って、またハイボールの缶を飲み出した…
要するに、あの和子が、倒れたことにより、五井の分家の一部が、組んで、本家に牙を剥いた…
そういうことだった…
そして、それに、いち早く気付いた伸明が、対処すると、同時に、不機嫌になった…
あの五井の女帝が、倒れたことで、まさか、分家が、組んで、本家に歯向かうとは、予想もしていなかったのだろう…
それゆえ、西家の夫妻が、あの長谷川兄妹とやって来たときは、普通に対応したが、それが、終わると、不機嫌になった…
自分の置かれた状況を考えて、不機嫌になった…
それゆえ、ハイボールの缶を飲んだ…
一本では、なく、二本、三本と、飲んだ…
飲むことで、不満を、和らげるのだろう…
それが、目的だろう…
しかし、目の前で、それを、見るのは、痛かった…
実に痛かった…




