寿綾乃という女 第4部 38
しかし、どうして、こうも、私が、敵視されなければ、ならないのか?
考えた…
私は、ただ、彼女を見ていただけだ…
たしかに、必要以上に、彼女をジロジロ見ていたのかも、しれない…
が、
それに、してもだ…
ここまで、敵視されることは、ない…
まして、相手は、初対面の女性…
今、初めて、会ったばかりの相手だからだ…
すると、伸明は、面白そうに、
「…センセイ、もしかして、妹さんは、寿さんに、嫉妬しているんじゃ、ないですか?…」
と、と、突然、口を開いた…
「…嫉妬? どういう意味ですか?…」
「…きっと、長谷川センセイ、寿さんのことを、妹さんに、言ったんじゃ、ないんですか? 五井記念病院に、美人の患者が、やって来て、ボクが、担当になったんだとか? それで、妹さんが、嫉妬した…」
「…どうして、妹が、嫉妬を?…」
「…妹さんは、長谷川センセイが、好きなんじゃ、ないですか? それで、寿さんに、嫉妬して…」
伸明が、解説する…
この伸明も、また、長谷川センセイと面識がある…
だから、話しやすいのだろう…
そして、伸明に、そう言われると、長谷川センセイは、黙った…
図星だったのだろう…
いわゆる、ブラコン…
この妹は、ブラコン…
ブラザーコンプレックス…
兄が、好きなのだろう…
だから、兄が、言った、私に嫉妬した…
兄が、話題にした、私に嫉妬した…
そういうことだろう…
そして、私を敵視する理由が、わかると、ホッとした…
実に、ホッとした…
なぜ、私が、初対面の相手に、こうも、敵視されるのか、わかったからだ…
また、そう説明されると、あらためて、この妹を、つい、見てしまった…
マジマジと、見てしまった…
小柄だが、たしかに、美しい…
歳は、二十代後半…
長谷川センセイは、この伸明と、同じぐらいの年齢だから、四十歳ぐらいか…
だから、この妹と、十歳以上、違う…
それゆえ、この妹が、長谷川センセイを、慕うのは、わかる…
長谷川センセイは、何度もいうように、ハンサム…
長身のイケメンだ…
おまけに、頭も、良いに違いない…
頭が、悪ければ、医者には、なれないからだ…
だから、たぶん、この長谷川センセイは、この妹のハルカが、子供時代から、憧れの兄だったに違いない…
憧れ=自慢の兄だったに違いない…
なにより、この歳で、長谷川センセイを、
「…お兄ちゃん…」
と、呼ぶのが、それを、表しているのでは、ないか?
いや、
百歩譲って、この歳でも、
「…お兄ちゃん…」
と、呼ぶのは、構わない…
子供の頃から、そう、兄を呼んでいたのなら、簡単に変えられないからだ…
が、
しかし、だ…
人前では、どうだろう?
家族や親戚など、身近なものたちの間ではいい…
しかし、他人の前では、違うだろう…
他人の前では、おかしいだろう…
まして、今は、見合いの席…
きちんと、
「…兄が…」
と、呼ぶのが、普通だろう…
それとも、私が、おかしいのだろうか?
なぜなら、今の高校生は、自分たちの両親を、
「…パパ…」
「…ママ…」
と、呼ぶのが、大半らしい(爆笑)…
普通は、すでに、高校生なのだから、
「…お父さん…」
「…お母さん…」
と、呼ぶのが、当たり前だと、私は、考えるが、そうではないらしい…
だから、私の常識が、怪しくなる(苦笑)…
この寿綾乃、矢代綾子の常識が、怪しくなる(爆笑)…
そして、そんなことを、思っていると、私の近くにいる、伸明が、楽しそうに、このハルカを、見ているのが、わかった…
実に、楽しそうに、見ているのが、わかった…
伸明が、このハルカを気に入ったのだろうか?
いや、
気に入ったと、いうよりも、むしろ、かわいいように、見ている…
まるで、子供を見るように、見ている…
無理もない…
この伸明は、四十歳…
十歳以上、年下のこのハルカが、可愛いのだろう…
たしかに、このハルカは、美人で、気が強そうだが、それが、かえって、可愛いのかも、しれない…
まるで、やんちゃな、子供を見るようで、可愛いいのかも、しれない…
一方、この長谷川センセイは、どうだ?
私が、思っていた以上の野心家…
なにしろ、この妹を餌にあわよくば、五井入りしたいと、考えたのだろう…
元々、この長谷川センセイが、五井西家の末裔であることは、知っていた…
本人が、話したからだ…
そして、西家の末裔と言っても、今は、なんの関係もない…
ただ、血が繋がっているだけ…
例えば、おじいさんのおじいさん、つまり、祖父のそのまた祖父が、五井西家の人間だと
いうことだ…
それゆえ、今は、なんの関係もない…
これは、冷静に考えれば、誰でも、わかる…
例えば、同じ西家出身でも、全員が、西家にいられるわけがない…
西家が、すべての子孫の生活の面倒をみれるわけが、ないからだ…
これは、皇族を例にとれば、わかる…
皇族に生まれても、女子は、一般人と結婚して、皇族から、一般人になる…
すると、母が、皇族の子供は、まだ、皇族と、付き合いが、あるだろう…
しかしながら、孫や、玄孫は、すでに、皇族との付き合いは、なくなり、一般人として、過ごすことになるだろう…
皇族としての血が薄くなるにつけ、皇族との付き合いがなくなるからだ…
それと、同じだ…
いくら、先祖が、五井西家と繋がっているとは、いえ、今は、なんの関係もない…
だが、だから、繋がりたい…
なんとしても、繋がりたい…
それが、長谷川センセイの欲望…
これは、ただ、単純に長谷川センセイの名誉欲なのか、どうかは、わからない…
なぜなら、長谷川センセイは、医者…
現役の外科医だ…
それゆえ、もしかしたら、開業医を、目指しているのかも、しれない…
開業医には、当然ながら、金がかかる…
もしかしたら、その金の援助を五井西家に望んでいるのかも、しれない…
私は、思った…
いや、
思いながらも、それは、たぶん、違うかも、と、考え直した…
なぜなら、何度も、言うように、この長谷川センセイは、外科医…
そして、外科医になるには、当然、お金がかかる…
それゆえ、親が、この長谷川センセイと同じ医者の可能性が、高いからだ…
でないと、学費が、出せない…
医者になるまでの、医大の巨額な学費が出せないからだ…
だから、金目当てでは、ないかも、しれない…
この長谷川センセイが、西家と繋がりたいのは、単にお金目当てで、ないかも、しれない…
そう、考え直した…
そう、考え直したのだ…
そして、私が、そう、考えていると、西家の当主が、わざとらしく、咳をした…
それから、
「…ようやく、関係者が、揃ったようだ…」
と、言った…
そして、あらためて、この二人を紹介した…
この長谷川兄妹を紹介した…
「…伸明クンも、すでに、知っているようだが、こちらが、長谷川センセイ…五井記念病院に勤務されていて、私も、お世話になった…」
と、西家当主が、切り出した…
「…それから、長谷川センセイの妹のハルカさん…彼女が、今日の伸明クンの見合い相手だ…」
西家当主が、あらためて、このハルカを、紹介する…
すると、どうだ?
いきなり、伸明が、席から、立ち上がり、このハルカに、対して、深々と、頭を下げた…
「…諏訪野伸明です…五井ホールディングスの社長をしています…」
と、言って、頭を下げた…
「…ハルカさんから、見れば、歳の離れたオジサンで、申し訳ありませんが、今日は、よろしく、お願いします…」
と、言った…
丁寧に、言った…
私は、驚いた…
まさか、伸明が、これほど、丁寧に、このハルカに、対応するとは、思わなかったからだ…
まさに、まさか、だ…
伸明の対応に、驚いた…
そして、それは、このハルカにしても、同じ…
同じように、伸明の対応に、驚いたようだ…
伸明が、席から、立ち上がり、わざわざ、ハルカに丁寧に頭を下げたことで、ハルカも、慌てて、席から、立ちあがった…
席から、立ち上がって、顔を真っ赤にして、
「…いえ、今日は、私の方こそ、よろしく、お願いします…」
と、返答した…
伸明を急速に、意識したのだろう…
おそらくは、それまで、伸明を意識していなかったはずだ…
伸明は、長身のイケメンで、お金持ちだが、意識していなかったはずだ…
たぶん、この長谷川センセイに、無理やり、この場に連れて来られたのだろう…
兄の長谷川センセイに、無理やり、この伸明との見合いをセッティングされたのだろう…
社会勉強という名目で、セッティングされたのだろう…
だから、乗り気で、なかった…
だから、私を睨んだ…
私が、ジロジロ見るから、睨んだ…
私が、ジロジロ見るから、睨むのは、わかるが、さすがに、見合いの席だ…
自分の立場がある…
見合いの当事者としての立場がある…
だから、普通なら、できない…
相手に、どう、思われるか、考えるからだ…
だから、できない…
にも、かかわらず、平然と私を睨み返すのは、この見合いを最初から、意識していなかったから…
ハッキリ言えば、この見合いが、どうなろうと、構わなかったのだろう…
だが、肝心の見合い相手の伸明が、予想外の下手に出たから、戸惑った…
あるいは、意識した…
そういうことだろう…
私は、そんな伸明を見て、
…それほど、彼女が、気に入った?…
…若くて、美人だから、気に入った?…
と、思った…
同時に、それとも、これは、単なる社交辞令…
今日、来てくれたことに、対する社交辞令なのかとも、思った…
思ったのだ…
いずれにしろ、この伸明は、楽しそうに、ハルカを見ている…
これは、事実…
まぎれもない、事実だった…
同時に、私は、なんだか、腹が立ってきた…
むかっ腹が、立ってきた…
もしかしたら、これは、嫉妬?
自分より、若く、美しい、このハルカに対する嫉妬なのかとも、思った…
どちらにせよ、私は、あまり、気分が、よくなかった…
実に、よくなかった(苦笑)




