寿綾乃という女 第4部 36
が、
その笑いは、痛々しいというか…
傍から見ていても、伸明が、緊張していることが、わかる笑いだった…
伸明は、明らかに、緊張していた…
それが、近くにいる、私にも、手に取るように、わかった…
もちろん、マミさんにも、わかっただろう…
それを、見て、あらためて、この伸明は、気が弱いと、思った…
それを、見て、あらためて、このマミさんが、私を、この席に、呼んだことが、わかった…
まったくの他人の私を、この席に、呼んだことが、わかった…
きっと、マミさんは、心配だったのだろう…
自分と、伸明だけでは、心配だったのだろう…
二人だけでは、心配だったのだろう…
この後、西家の人間が、何人やって来るか、わからないが、伸明とマミさんの二人だけでは、人数的に、西家に圧倒されるとでも、思ったのだろう…
相手が、自分たち二人より、多いのは、わかる…
西家の当主と、当主夫人、そして、伸明の見合い相手…
最低でも、三人、この場にやって来るだろう…
だから、少なくても、数の上では、負けたくない…
マミさんは、そう思ったのかも、しれない…
私を含めれば、本家は3人…
数の上では、対抗できるからだ(苦笑)…
だから、私を呼んだ…
赤の他人の私を呼んだ…
そう、思った…
そう、思ったのだ…
そして、そう、思っていると、足音が、聞こえてきた…
この居間に、やって来る足音が、聞こえてきた…
「…いよいよか…」
伸明が、緊張した表情で、言う…
「…一体、どんな女性が、やって来るか? 楽しみだ…」
伸明が、言う…
だが、その表情も、声も、明らかに、緊張していた…
そして、それから、すぐに、やって来た…
すぐに、居間に、やって来た…
まず、姿を見せたのは、70歳ぐらいだろうか?
「…よお、伸明クン…久しぶり…」
と、愛想よく、伸明に話しかけた大柄な男だった…
一言で言えば、エネルギッシュ…
いかにも、強引に、この縁談をセッティングしたのが、わかるような相手…
何事も、強引に、ごり押しするような、キャラクターだった…
そして、次に、現れたのは、おそらくは、その夫人…
やはり、夫同様エネルギッシュな感じの女性だった…
「…伸明さん、久しぶり…」
と、言いながら、居間に入って来た…
伸明は、席から立ち上がり、
「…叔父様、叔母様、お久しぶりです…」
と、言いながら、頭を下げた…
そして、それは、マミさんも、同じだった…
伸明同様、マミさんも、席から、立ち上がり、
「…叔父様、叔母様、ご無沙汰しています…」
と、丁寧に、腰を折って、頭を下げた…
それゆえ、二人を、見て、この私も立ち上がらざるを得なかった…
私も、慌てて、立ち上がらざるを得なかった…
だが、私に、言葉はない…
なんと、言っていいか、わからなかった…
だから、とりあえず、席から、立ち上がり、無言で、頭を下げた…
こうして、おけば、礼を失しない…
相手が、私を見て、不快に思わないからだ…
が、
当然のことながら、二人は、私を見て、怪訝に思ったようだ…
「…伸明クン、その方は?…」
と、西家の当主が、聞いた…
私のことを、聞いた…
伸明は、すぐに、
「…マミさんの友人です…」
と、答えた…
「…叔父様も、おっしゃったじゃ、ないですか?…」
と、伸明。
「…言った? 一体、なにを、言ったかな? 伸明クン?…」
「…今日は、格式張らずに、やろうと…その際に、少しでも、緊張しないように、ボクに、友人でも、連れてくれば、いいと、おっしゃったじゃ、ないですか?…」
伸明が、指摘する…
そう、言われると、この西家の当主は、なにも言えなかった…
ただ、伸明の指摘に、苦笑した…
それを、見て、その夫人が、
「…でも、伸明さん…失礼だけれども、伸明さんの見合いの席に、女性を連れて来るのは、どうかと、思うけれど…」
と、やんわりと、抗議した…
が、
伸明は、ひるまなかった…
「…この女性は、マミさんの友人ですよ、叔母様…」
と、反論した…
「…それに、少しでも、今日の縁談を緊張しないように、友達でも、連れてくれば、いいと、おっしゃったのは、叔父様や、叔母様ですよ…」
伸明が、再度、指摘すると、二人とも、バツが、悪そうに、お互いの顔を見合わせた…
「…まあ、たしかに、言ったかも、しれないが…」
と、西家の当主が、歯切れ悪く言う…
「…でも、そんな美人の方が、伸明クンの見合いの席に、同席するとは、思わなかった…」
すると、すかさず、マミさんが、
「…このひとは、私の友人です…」
と、主張した…
「…だから、今日、来て、もらったんです…」
マミさんが、力強く、言う…
すると、西家の当主と、その夫人は、なにも、言えなくなった…
まさに、ナイスフォロー
今日、伸明の縁談に、伸明側の人間として、この席にやって来た甲斐があった…
伸明が、マミさんを、呼んだ甲斐があった…
まさに、マミさんの面目躍如だったからだ…
そして、二人が、このマミさんや、伸明の反論に、なにも、言わないのは、案外、弱い?
反論に弱いのかも?
とも、思った…
それは、なぜか?
案外、押しの強いひとほど、反論に弱いものだからだ…
ごり押しするひとは、大概、相手を見て、ごり押しする…
つまりは、相手が、一見して、自分より、弱そうな人物だと、ごり押しを通そうとする…
が、
その一見、弱そうに見える相手が、強気に反論すると、慌てる…
相手が、反論しないことを、予想して、ごり押ししたのが、外れるからだ…
だから、突然の出来事に、対処できない…
そういうことだ…
そして、これは、今、起こったことも、同じ…
同じだ…
この西家の当主夫妻は、伸明が、反論しないと、思ったのだろう…
どうせ、この西家夫妻は、伸明を幼いときから、知っているに違いない…
それゆえ、伸明が、おとなしいことを、知っているのだろう…
だから、反論しないと、思ったのだろう…
また、これは、おそらく、マミさんも、同じ…
同じだ…
マミさんは、気が強いが、それでも、子供の頃から、見知っている自分たちに、歯向かうとは、思っても、みなかったのだろう…
だから、困惑して、なにも、言わなかった…
それが、真相だろう…
なにより、この二人の今の反論で、この伸明とマミさんが、自分たち二人に、好意を持っていないことが、わかった…
好意どころか、敵愾心を持っていることが、わかった…
それが、衝撃だったのかも、しれない…
自分たちは、強引に、伸明の見合いをセッティングしたが、それを、この二人が、そこまで、嫌がっているとは、夢にも、思っていないのだろう…
だが、案外、強引な人間とは、そういうものだ…
相手の気持ちを、考慮しない…
自分の都合だけ、押し付ける…
そういうタイプのひとたちだからだ…
私が、この西家の夫妻を見て、そう考えていると、伸明が、
「…叔父様、叔母様、さあ、席に座って下さい…」
と、私たち3人が座るテーブルに招いた…
西家の夫妻は、
「…ありがとう、伸明クン…」
と、夫の方が、礼を言ったが、すぐに、夫人の方が、
「…それよりも、今日の伸明さんの縁談の相手…」
と、切り出した…
「…ちょっと、遅れちゃって…」
この言葉には、私も驚いた…
いや、私だけではない…
伸明も、マミさんも、驚いたようだ…
とっさに、マミさんが、
「…叔母様、いっしょに、来るんじゃ、なかったんですか?…」
と、聞いた…
当たり前だった…
「…それが、お兄様が、急に、お仕事で、遅れることになって…」
と、西家夫人。
「…仕事ですか?…」
と、伸明が、聞いた…
「…ええ…」
と、西家夫人。
それに、マミさんが、口を挟んだ…
「…でも、それにしても、叔母様…西家に結婚適齢期のお嬢様は、いませんよね?…」
と、言った…
それに対して、夫人は、夫を見た…
おそらく、自分ではなく、夫に、言わせようと、思ったのだろう…
夫人の視線に気付いた夫が、
「…そうだ…マミちゃんの言う通りだ…」
と、答えた。
「…だったら、今日の伸明さんの見合い相手は、一体?…」
「…親戚のものだよ…」
「…親戚?…」
「…と言っても、五井一族で、知っているものはいない…」
「…それは、どういうことですか?…」
と、今度は、伸明が、聞いた…
「…いわゆる、血だ…」
「…血?…」
と、伸明。
「…要するに、西家と縁のあるもの…西家と、血が繋がっているが、今は、五井一族でも、なんでもない…」
「…それは、一体?…」
と、伸明。
「…つまり、先祖は、西家だが、今は、なんの関係もない…ただ、数代前の先祖が、西家だっただけ…」
「…叔父様…だったら、どうして、そんな女性を、今日、伸明さんの見合い相手に?…」
と、マミさん。
「…いや、病院で、知り合って…」
「…病院?…」
と、マミさん。
「…オレも、この歳だ…いろいろ、カラダに悪いところがあって、それで、知り合って…」
「…叔父様、どこの病院ですか?…」
「…五井記念病院に決まっているだろ? 五井の一族は、皆、あそこが、かかりつけだ…」
西家当主が、当然だというように、言う…
私は、それを、聞いて、どこかで、聞いたような話だと、思った…
たしかに、どこかで、聞いたような話だ…
私が、思っていると、伸明が、
「…叔父様も、叔母様も、席に座って下さい…」
と、言った…
私たち全員が、立ち上がったままだったからだ…
伸明が、席を進めたおかげで、今度は、すぐに、西家夫妻は、席に座った…
それを、見届けて、私たち3人も、座った…
なんだか、予想外の展開になって来た…
そう、思った…
そう、思ったのだ…




