寿綾乃という女 第4部 35
そして、それは、当たり前だが、マミさんも、違和感を感じたようだ…
「…ちょっと、伸明さん、そんな見合いってある?…」
と、マミさんは、伸明に嚙みついた…
「…だって、これから、やって来る見合い相手は、伸明さんの顔を知っているわけでしょ?…」
「…それは、そうだろうけれど…」
「…ちょっと、おかし過ぎ…」
マミさんが、怒った…
「…いえ、そんなことを、するなんて、西家の叔父様も、叔母様も、伸明さんを舐めすぎ…いくら、和子叔母様が、倒れたからって、伸明さんを、舐めすぎ…」
マミさんが、激怒した…
たしかに、ありえない…
見合い相手の写真が、ないなんて、ありえない…
だから、マミさんが、怒るのは、わかる…
実に、わかる…
が、
意外にも、伸明は、怒ってなかった…
少しも、怒ってなかった…
私は、それが、不思議だった…
実に、不思議だった…
そして、それは、マミさんも、同じだったようだ…
「…伸明さん、どうして、怒ってないの?…」
と、不思議そうに、聞いた…
伸明は、笑いながら、
「…断る口実ができたから…」
と、言った…
「…断る口実ができたって、どういうこと?…」
と、マミさん。
「…だって、この見合い…スーツも着なくていい…事前に、相手の女性の写真も、見せない…なにから、なにまで、型破りというか…こんな見合い、ありえないでしょ?…」
と、伸明。
「…それは、そうよね…」
と、マミさんが、相槌を打った…
「…だから、それを、理由に、断りやすい…まして、ボクは、自分で、言うのも、なんだけれども、五井本家のひと…五井家の当主だ…いくら、西家といえども、これは、あまりにも、ボクに対して、礼を失しているのでは、と、文句を言うことが、できる…」
「…」
「…まあ、もっと、簡単に言えば、ボクシングの試合のコメントではないが、勝った場合は、こう言う…負けたときは、こう言うと、決めたようなものだけれども…」
と、言って、笑った…
実に、楽しそうに、笑った…
私は、そんな伸明を見て、もしかしたら、これが、生まれなのかも、と、思った…
心の底から、そう、思った…
私のような庶民なら、激怒するところを、軽く、受け流す…
やはり、これは、生まれの差なんだろうか?
考える…
余裕があると、いうか…
簡単に、怒らない…
これは、もしかしたら、訓練のたまもの…
五井家の本家に生まれたものが、簡単に、感情をむき出しにするのは、おかしい…
みっともない…
それゆえ、子供の頃から、感情を抑える術を叩きこまれる…
感情を抑えることを、周囲から、要求される…
そういうことでは、ないか?
そう、思った…
これは、おおげさにいえば、天皇陛下と、同じ…
日本の頂点に立つひとが、簡単に、自分の感情を周囲に、むき出しにしては、おかしい…
それゆえ、幼い頃から、自分の感情を抑制することを、周囲から、要求される…
そして、それは、この伸明も同じ…
同じだ…
五井本家に生まれたゆえに、将来は、五井家の当主になる可能性が、高い…
それゆえ、道徳性を求められる…
高い道徳性を求められる…
その結果、伸明は、こうなった…
極端に自分の感情を抑える術を身につけた…
そう、思った…
そう、思ったのだ…
そして、私が、そう思っていると、マミさんが、
「…そう…そうよね…」
と、ひとり、ブツブツと、言っていた…
「…伸明さんの言う通り…たしかに、こんなことをされるのは、頭に来るけど…だけど、その方が、断りやすい…」
マミさんが、言う…
「…たしかに、見合いで、スーツを、着る必要は、ないかも、しれないけれども、写真を、事前に見せないのは、ありえない…だけれども、それを、口実に、見合いを断れるなら、それも、ありかも、しれない…」
マミさんが、続ける…
それから、伸明を、見て、
「…伸明さんも、やるわね…」
と、笑いかけた…
「…それは、もう40を過ぎた男だから…」
と、伸明は、笑いながら、返す…
が、
私は、違った…
この寿綾乃は、違った…
この矢代綾子は、違った…
「…案外、もの凄い美人が、やって来るかも…」
と、私は、言った…
つい、口走った…
そして、この言葉は、二人にとって、意外だったようだ…
二人とも、驚いた表情で、私を見た…
そして、先に、マミさんが、口を開いた…
「…寿さん、どうして、そう思うの?…」
「…どうして、そう思うって、言われても…」
と、私。
「…でも、考えてみて、下さい…」
「…なにを、考えるの?…」
と、マミさん。
「…ほら、ビックリ箱って、あるでしょ?…」
「…ビックリ箱が、どうかしたの?…」
「…あのビックリ箱って、なにが、出てくるか、わからないじゃ、ないですか? だから、ドキドキする…」
「…」
「…手品も、同じ…なにを、やるのか、ドキドキしながら、見ている…」
「…」
「…そして、手品も、ビックリ箱も、見ているひとが、思っているよりも、凄いものを、出すから、みんな驚く…ですよね?…」
「…そ、そうね…」
と、マミさん。
「…だから、それを、今日の伸明さんの見合いに当てはめれば、きっと、伸明さんを、驚かすような、ひとが、やって来ると、思うんです…」
「…驚くようなひとって?…」
と、マミさん。
「…だから、もの凄い美人とか…とにかく、こんな、ひとが、やって来たんだと、思うような、ひと…つまり、想像した以上のひと…」
私が、力説した…
すると、それまで、黙って聞いていた、伸明が、
「…それも、あるかも、しれない…」
と、ポツリと言った…
「…写真を見せないというのは、いやがおうにも、期待値が高まる…どんな女性が、やって来るのかと、待っているボクたちは、期待する…」
「…」
「…だから、もし、それを、狙ったとしたら、見合いの相手は、ボクたちが、思っている以上の相手を、紹介する必要が、ある…ちょうど、今、寿さんが、手品やビックリ箱に例えたように、それを、待っているお客さんは、どんなことが、起こるか、ドキドキして、待っている…だから、手品師などは、お客さんが、想像しているよりも、上のことを、やらなければ、ならない…つまりは、西家は、ボクたちが、想像するより、上の女性を連れてこなければ、ならない…」
伸明が、力説する…
そして、この伸明の言葉は、私と、マミさんにも、響いた…
実に、響いた…
伸明の言葉は、私や、マミさんを、十分に納得させる言葉だったからだ…
だから、響いた…
すると、今度は、マミさんが、私を見た…
私を見ながら、笑いかけた…
「…でも、伸明さん…」
と、伸明さんに、語りかける…
「…なに、マミさん?…」
と、伸明。
「…寿さん以上の美人を連れてくるなんて、なかなか、難しいよ…」
「…そんな私なんて…」
私が、そう、抗弁すると、伸明が、至極、真面目な顔で、私を見た…
そして、言った…
「…たしかに、顔は、寿さん以上の女性を連れて来ることは、なかなか難しい…」
と、真面目な顔で、言った…
「…でも、寿さんには、失礼だけれども、寿さんと、同じように、キレイな女性は、たまにいる…」
と、続ける…
「…だから、もし、美人ということで、ボクを驚かすと言ったら、寿さんと、同じレベルの美人を連れて来るか、あるいは、それに、プラスアルファ…」
「…プラスアルファって、なに?…」
と、マミさん。
「…マミさんには、失礼だけれども、背の高い美人とか…」
マミさんを、見て言う…
小柄なマミさんを、見て、言う…
「…背の高い、美人って?…」
と、マミさん。
「…だって、顔は、寿さん並みの美人で、背の高い、モデル体型の女性を連れてくれば、ボクたちも、驚くでしょ?…」
伸明が、笑いながら、言う…
そう、言われると、納得した…
私も、マミさんも、納得した…
と、思ったが、マミさんは、納得しなかったようだ…
「…でも、寿さん並みの美人って…」
と、言ったからだ…
だから、すぐに、私は、
「…いますよ…」
と、言った…
「…いる?…」
と、マミさん。
「…います…それなりに、います…私が、この世の中で、一番の美人なはずは、ないじゃないですか?…」
私は、笑った…
事実、街を歩いていて、
…なんて、きれいなひと…
と、思った女性を見たことが、何度かある…
当たり前のことだ…
いくら、自分が、美人でも、この世の中で、自分が、一番の美人だと、思っているわけではない…
大抵は、自分より上な女性が、身近に、いないだけ…
ただ、それだけだ…
この私にしても、それは、十分、わかっている…
肝に銘じている…
しかしながら、田舎では、いなかった…
自分より、キレイな女は、いなかった…
それは、田舎だから…
田舎=人口が、少ないからだ…
だから、いなかった…
自分の周囲にいなかった…
それだけだ…
都会に出てきて、街を歩いていれば、稀に、自分と同じか、自分以上の美人をみかけることがある…
そして、それを、見て、つくづく世の中は、広いと、感じたものだ…
なにしろ、田舎では、私以上の美人は、いなかった(苦笑)…
だから、思う…
やはり、都会は、凄いと、思う…
私は、そんなことを、考えた…
私は、そんなことを、思った…
そして、そんなことを、思っているときだった…
この諏訪野のお屋敷のお手伝いさんが、
「…ただいま、西家の方たちが、やって来ました…」
と、告げた…
その言葉で、私は、思わず、伸明を見た…
また、私と同じく、マミさんも、伸明を見た…
肝心の見合い相手の伸明が、どんな反応をするのか、見たかったからだ…
伸明は、薄ら笑いを浮かべながら、
「…いよいよ、やって来たか?…」
と、告げた…
続けて、
「…果たして、寿さんが、言うように、ボクたちの想像以上の女性が、やって来るか、否か、お手並み拝見…」
と、言いながら、笑った…
不敵に、笑った…




