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寿綾乃という女 第4部  作者: トモサン


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34/225

寿綾乃という女 第4部 34

 私は、どう違うか、聞きたかった…


 が、


 聞かなかった…


 いや、


 聞けなかった…


 それほど、マミさんの表情が、硬かったからだ…


 マミさんの表情が、真剣というか、深刻というか…


 つまりは、第三者が、聞ける状態では、なかったからだ…


 私が、それを、察して、黙っていると、マンションの地下駐車場から、出たフェラーリが、地上に出て、道路に乗った…


 クルマの列に、乗った…


 それから、マミさんが、


 「…さっき、そう言ったのは、今度のことがあるから…」


 と、ぶっきらぼうに、言った…


 「…今度のことって?…」


 と、私。


 「…五井西家が、伸明さんに、縁談を持ちかけたこと…」


 「…それが、一体?…」


 「…いえ、別に、伸明さんに、縁談の話を進めるのは、全然構わない…これが、普通だったら、全然構わない…なんてったって、伸明さんは、独身なんだから…全然、構わない…」


 「…」


 「…でも、和子叔母様が、不在なときに、伸明さんに縁談を進めるとは、思わなかった…夢にも、思わなかった…」


 「…」


 「…これじゃ、見え見え…和子叔母様の不在時に、伸明さんを西家に取り込もうとしているのは、見え見え…まさか、西家が、そんなことをするとは、思わなかった…そんな卑怯な真似をするとは、夢にも思わなかった…」


 マミさんが、激白する…


 強い調子で、激白する…


 「…まさか、和子叔母様が倒れたからって…まさに、鬼のいぬ間になんとかって、やつ…まさか、西家が、そんなことを、するとは、思わなかった…」


 マミさんが、続ける…


 「…私も、伸明さんも、西家の叔父様や叔母様を、子供の頃から、知っている…それが、こんな…こんな卑怯な真似をするなんて…」


 マミさんが、怒りの表情で、激白する…


 「…まさに、まさか…まさかよ…」


 「…」


 「…信じていたひとに、裏切られた感じ…」


 マミさんは、やるせない表情で、語る…


 「…私も、35歳…これまで、ひとを信じて、裏切られた経験は、何度もある…でも、これは、その中でも、最悪…最悪の出来事…」


 「…」


 「…ひとって、信じられないんだ…そう、思わせるに、十分な出来事よ…」


 マミさんは、断言した…


 強い、口調で、断言した…


 私は、それを、聞いて、今さらながら、私が、軽い脳梗塞で、五井記念病院に入院したときに、伸明が、見舞いにやって来て、愚痴をこぼしたことを、思い出した…


 私は、軽い脳梗塞で、しゃべれない…


 だから、必然的に、伸明が、一方的に、しゃべることになる…


 言葉は、悪いが、自分語り…


 一方的に、自分だけが、しゃべり続けることになる…


 それゆえ、これまで、あまり、自分のことを、私に語らなかった伸明の心情が、明らかになった…


 思ったより、弱い伸明のことが、明らかになった…


 が、


 それも、今、このマミさんの言う通りなら、仕方がないと、思う…


 納得する…


 なまじ、子供の頃から、見知った、人間なら、やはり、信頼する…


 あるいは、信用する…


 にもかかわらず、伸明の後ろ盾である、和子が、倒れたと、知ると、すかさず、自分の家の娘と、伸明を結婚させようとする…


 これでは、誰もが、驚くし、落胆する…


 まさか、こんなひとだったの?


 と、思う…


 そして、裏切られたと、思う…


 それが、当たり前だ…


 それゆえ、あのとき、伸明は、落ち込んだ…


 心底、落ち込んだんだと、思う…


 そして、幸か不幸か、あのとき、私は、しゃべれなかった…


 軽い脳梗塞の影響で、しゃべれなかった…


 だから、伸明は、しゃべった…


 一方的にしゃべった…


 心の内をしゃべった…

 

 それゆえ、初めて、伸明の心の内を知れた…


 おおげさに、言えば、伸明が、なにを、考えているか、わかった…


 そう、思った…


 そう、思ったのだ…


 そして、そう思うと、これは、僥倖?


 もしかしたら、僥倖かも、しれない…


 僥倖=つまり、不幸中の幸いかも、しれない…


 なまじ、私が、しゃべれないばかりに、伸明の心の内を聞けたからだ…


 だから、僥倖…


 不幸中の幸いだった…


 そして、私が、そんなことを、考えていると、マミさんが、


 「…伸明さんは、基本、おとなしいひとよ…」


 と、いきなり、言った…


 「…それは、寿さんもわかるでしょ?…」


 「…どうして、わかるんですか?…」


 「…それは、藤原さん…」


 「…ナオキが、どうか、したんですか?…」


 「…藤原さん、おとなしいでしょ?…」


 「…ハイ…」


 「…その藤原さんと、伸明さんは、仲がいい…だから、おとなしい…二人とも、おとなしいもの同士だから、気が合う…でしょ?…」


 「…それは…」


 「…でしょ?…」


 「…ハイ…」


 「…そのひとが、どんな人間か、誰と、仲がいいか、見れば、わかる…おとなしいひとは、おとなしいひとと、仲が、いいし、癖が強いひとは、やはり、同じように、癖が強いひとと、仲がいい…要するに、自分と同じだから、気が合うのよ…」


 「…」


 「…伸明さんは、基本、おとなしい…だから、西家にみくびられたと言うと、言い過ぎかも、しれないけれど、そんな感じ…」


 「…」


 「…だから、今回のことを、考えると、正直、頭に来る…伸明さんのことなのに、自分のことのように、頭に来る…」


 マミさんは、言った…


 きつい口調で、言った…


 このマミさんは、気が強い…


 だから、余計に、頭に来るのかも、しれない…


 あの和子が、倒れたから、すかさず、伸明を、西家に取り込もうとする…


 そんな西家のひとたちに、頭に来たのかも、しれない…


 私は、あらためて、そう、思った…


 そう、思ったのだ…


 

 私とマミさんを、乗せた、真っ赤なフェラーリは、やがて、五井本家に着いた…


 諏訪野のお屋敷に、着いた…


 このお屋敷にやって来たのは、いつ以来だろう?


 考えた…


 が、


 すぐに、答えは、出なかった…


 思い出せなかった…


 これは、やはり、脳梗塞の影響?


 すぐに、思い出せないのは、脳にダメージを受けたから?


 そう、思った…


 そう、思ったのだ…


 しかしながら、いつまでも、そんなことを、考えている時間は、なかった…


 なぜなら、マミさんが、すぐに、


 「…着いたわ…降りましょう…」


 と、言ったからだ…


 だから、思い出している暇は、なかった…


 いや、


 そもそも、思い出そうとしていること自体、思い出せない証拠…


 普通は、思い出そうと、しなくても、思い出す…


 そういうものだからだ…


 私は、この諏訪野のお屋敷を見て、実に、感慨深かった…


 なぜなら、この平凡な、寿綾乃…


 矢代綾子が、こんなお屋敷に招かれること自体、ありえないことだからだ…


 思えば、シングルマザーだった母と、過ごした日々は、ハッキリ言って、お金にあまり、縁のない生活だった(苦笑)…


 それが、今、こんなお屋敷に招かれるとは?


 つくづく、自分も、出世したんだと、思う(爆笑)…


 ひとは、私をどう見るか、わからないが、私は、二十年前の矢代綾子のまま…


 寿綾乃と名乗る前のままだ…


 だが、たぶん、これは、誰もが、同じ…


 たぶん、同じだ…


 お金持ちや、有名人になっても、同じだ…


 子供の頃のことは、忘れない…


 ただ、思い出さないだけ…


 普段は、思い出さないだけだ…


 それが、なにかを、きっかけに、ふと、思い出すことがある…


 そして、そのなにかと言うのは、大抵、子供の頃の友人や、知人と再会したとき…


 同窓会に行ったときは、別にして、街で、偶然、再会したとき…


 仮に、言葉を交わさずとも、顔を見て、思いだす…


 そんな感じだ…


 が、


 私には、それは、ない…


 この寿綾乃には、それがない…


 それは、私が故郷を捨てたから…


 矢代綾子と名乗った当時の故郷を捨てたから、それはない…


 都会に出てきて、田舎の友人、知人で、会ったことは、ない…


 これまで、一度もない…


 私は、思った…


 私は、考えた…



 諏訪野のお屋敷に、上がると、まもなく、伸明が、私とマミさんを、迎えた…


 伸明は、意外にも、普段着だった…


 スーツでも、なんでもなかった…


 私は、驚いたし、それは、マミさんも。同じだった…


 「…伸明さん…その恰好…」


 と、マミさんは、咎めるように、言う…


 「…スーツじゃ、ないの?…」


 マミさんが、私が、思ったのと、同じことを、聞いた…


 すると、伸明が、待ってましたと、ばかりに、


 「…いや、ボクも、そうしたかったんだが…」


 と、切り出した…


 「…でも、西家の叔父様や、叔母様が、普段通りの格好で、いてくれと…スーツを着たりすると、どうにも、格式ばって、いかにも、見合いという感じになってしまうので…」


 と、言った…


 たしかに、その通り…


 その通りだと、思った…


 たしかに、なまじスーツを着てしまうと、いかにも、見合いの雰囲気になってしまうからだ…


 だから、普段着のほうが、いい…


 変に、緊張しない…


 互いに、見合いだということを、忘れる可能性が、ある…


 いや、さすがに、それは、ないか(笑)…


 まあ、いずれにしても、スーツを着るよりは、いい…


 互いに、緊張しない…


 そう、思った…


 そう、思ったのだ…


 私たちは、居間にいた…


 豪華な居間…


 お金持ちの居間…


 正直、緊張する…


 庶民の私は、緊張する(苦笑)…


 私たち三人は、この家のお手伝いさんが、持ってきた、紅茶を飲んだ…


 そして、紅茶を飲みながら、マミさんが、聞いた…


 「…伸明さん、今日、この家にやって来る女性って、どんな女性…」


 と、聞いた…


 「…どんな女性って言われても…」


 と、伸明。


 「…伸明さん、写真はないの? 見せて、もらえる?…」


 マミさんが、聞く…


 当たり前のことを、聞く…


 が、


 伸明の返答は、意外なものだった…


 「…それが、ないんだ…」


 「…ない? ウソ?…」


 「…ホント…」


 「…西家の叔父様も、叔母様も、その方が、変に緊張しなくて、いいんじゃないかって…」


 伸明が、言うと、私とマミさんが、互いに、顔を見合わせた…


 そんな私たち二人の態度を見て、伸明が、


 「…たしかに、ボクも、それは、おかしいと、思うよ…でも、西家の叔父様と叔母様が、そう言うものだから、ボクも、それ以上、言えなくて…」


 と、弁解した…


 私は、それを、聞いて、


 「…おかしい…」


 と、思った…


 実に、おかしいと、思った…


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