寿綾乃という女 第4部 31
夜になる前には、ナオキが、起きた…
私は、それまで、ナオキ同様、ベッドで、寝ていた…
真っ昼間から、ベッドで、寝ていた…
だから、ナオキが、起きたことに、気付かなかった…
やはり、外出して、疲れていたのだろう…
ぐっすりと、寝ていた…
それが、起きたのは、近くで、ひとの気配がしたから…
誰かが、私の近くにいる…
寝ているにも、かかわらず、そのことに、気付いた…
これは、防衛本能…
犬や猫のような動物同様、防衛本能…
誰かが、近くにいることに、無意識に気付く…
無意識に、危険を察知する…
人間が、生まれつき、持っている力だ…
私は、その防衛本能で、目を覚ました…
近くに、誰か、いると、思って、目を覚ました…
すると、当然のことだが、目の前には、ナオキの顔があった…
私の事実上の夫である、藤原ナオキの顔があった…
「…お目覚めですか? シンデレラ…」
ナオキが、茶目っ気たっぷりに、言う…
私は、それを、聞いて、
「…あら、シンデレラは、王子様が、キスをしないと、目覚めないのよ…」
と、返した…
すると、それを、聞いた、ナオキが、
「…じゃ、綾乃さん、一度、目をつぶって…」
と、言った…
「…どうして、目をつぶるの?…」
と、私。
「…だって、シンデレラは、王子様が、キスをしなければ、目覚めないんだから、綾乃さんは、一度、目をつぶって…ボクが、綾乃さんに、キスをするから、それで、目覚めて…」
ナオキが、真顔で言う…
私は、それを、聞いて、思わず、
「…プッ!…」
と、吹き出した…
「…ナオキ、アナタ、一体、今、いくつ?…」
「…40…」
「…40で、そんなこと、言うの?…」
「…歳は、関係ない…」
「…ウソ、関係あるわ…」
「…どうして、関係があるの?…」
「…40の男と32の女が、シンデレラのまねごとをしても、画にならない…歳を取り過ぎている…」
「…なるほど…」
そう、言いながら、ナオキは、私にキスをした…
いきなり、私の唇に、軽く、唇を重ねた…
私は、驚いた…
だから、すぐに、文句を言った…
「…こら、ナオキ、ルール違反…私は、まだ、目をつぶっていないわ…」
と、文句を言った…
「…じゃ、目をつぶったことにしよう…」
「…えっ?…」
「…世の中には、あったことを、なかったことにすることが、多いけれども、これは、なかったことを、あったことにする…」
「…」
「…そういうことにしよう…」
ナオキは、言いながら、また、私の唇に、軽く、唇を重ねた…
私は、ナオキと、唇を重ねてから、ベッドの上から、起きた…
そして、言った…
「…その、謎々、なにか、意味があるの?…」
と、ナオキに、聞いた…
「…やはり、気付いた?…」
「…当たり前よ…」
「…五井のやりクチ…」
「…五井のやりクチって?…」
「…今回、ボクが、五井家の人間と、結婚することになっている…なかったことが、あったことになっている…そのやりクチ…」
「…」
「…それが、誰が、流したか、わかった…さっき、綾乃さんが、寝ている間に、いろいろ、電話をして、わかった…」
「…誰が、流したの?…」
「…リンちゃん…」
「…リンちゃんって、菊池さん?…」
「…そう…」
「…そんな、どうやって?…」
「…彼女、ホントは、テレビ局に、就職を希望してただろ? それゆえ、テレビなど、マスコミに、彼女と懇意にする関係者が、多いらしい…なにしろ、五井一族のお嬢様だ…五井に仕事をもらっている関係者は、星の数ほど、いる…彼女に、頼まれれば、ウソの情報も、流すさ…」
ナオキに、言われて、思い出した…
そうだ…
菊池さん…
彼女は、最初、テレビ局に、就職を希望していた…
それが、五井一族の命令で、私を監視するために、FK興産に入社した…
だから、その命令が、なければ、彼女は、間違いなく、テレビ局に、入社していた…
当然、彼女は、テレビ局に、人脈はあるだろう…
そして、ナオキ…
この藤原ナオキ…
このナオキも、テレビ局で、週一で、キャスターをしていた…
だから、当然、テレビ局に、人脈はある…
その関係で、掴んだ情報なのだろう…
そう、思った…
そう、気付いた…
が、
菊池さんの狙いが、わからない…
これは、菊池さんが、単独で、仕掛けた?
それとも、誰かに、指示された?
それが、わからない…
ただ、わかるのは、誤報を、わざと、流したこと…
藤原ナオキが、五井一族の娘と結婚したという誤報を流したことだけだ…
それだけだ…
それだけが、わかった…
「…彼女の狙いは、一体?…」
思わず、呟いた…
決して、隣にいる、ナオキに、答えを聞きたいわけではない…
ただ、呟いただけだ…
独り言に、近い…
が、
ナオキは、すぐに、
「…それは、わからない…」
と、即答した…
続けて、
「…ただ…」
と、すぐに、言った…
「…ただ、なに?…」
と、私。
「…五井は、一枚岩じゃない…」
と、ナオキ。
「…それは、わかっている…」
と、私。
当主の伸明の後ろ盾である、和子が倒れたことで、他家が、動き出した…
他の五井の分家が、動き出した…
五井西家が、動き出した…
そして、おそらく、あのリン…菊池リンは、今、西家のために、動いている…
東家の人間にも、かかわらず、西家のために、動いている…
菊池リンの狙いは、わからないが、西家のために、動いている…
「…でも、面白いな…」
と、いきなり、ナオキが、言った…
「…面白い? …なにが、面白いの?…」
「…諏訪野さん…」
「…伸明さん? 伸明さんのなにが、面白いの?…」
「…諏訪野さんの見合い相手…」
「…伸明さんの見合い相手って? ナオキ…伸明さんが、誰と、見合いをするのか、知っているの?…」
「…いや、知らない…」
「…だったら、どうして?…」
「…監禁されていた、五井の別荘でも、諏訪野さんのことが、話題になったんだ…」
「…どんな話題になったの?…」
「…諏訪野さんの、見合い相手が、誰だと、いうこと?…」
「…どうして、そんな話題になったの?…」
「…鈍いな、綾乃さん…」
「…鈍い? 私のなにが、鈍いの?…」
「…西家に女性は、いない…」
「…いない…」
「…もちろん、全然、いないわけじゃない…子供や、高齢の女性は、いるかも、しれないが、諏訪野さんと、結婚できる、年齢の女性は、いない…」
「…それは、以前、聞いた…」
「…綾乃さんも、知っていた?…」
「…ええ、知ってた…」
私は、それを、言いながら、気付いた…
このナオキが、幽閉されていた、五井の伊豆の別荘…
それは、西家以外…
もしかしたら、西家以外の、五井一族の別荘かも、しれないと、気付いた…
もし、このナオキが、幽閉されていた別荘が、西家のものであるならば、そんな会話するわけが、ないからだ…
だから、気付いた…
「…ナオキ…アナタが、幽閉されていた、伊豆の別荘って、西家のものじゃ、なかったの?…」
「…たぶん、違う…」
「…どうして、たぶんなの?…」
「…ボクを接待した側は、明確に、西家と断言は、しなかった…」
「…じゃ、どうして、西家の別荘に、監禁されてたって、ナオキは、言ったの?…」
「…それは、ボクを招いた側が、なんとなく、仄めかしたからさ…」
「…仄めかしたって?…」
「…決して、明確には、言わなくても、なんとなく、話の中で、匂わすというか…」
「…」
「…でも、その中で、諏訪野さんの見合いの話が出て、一体、どんな女と、見合いをするだろ? と、いう話になったことが、あったんだ…それで、わかった…」
「…ナオキを監禁した相手が、西家の人とじゃ、ないことが、わかったってこと?…」
「…そういうこと…」
ナオキが、言う…
私は、それを、聞いて、考えた…
五井は、十三家ある…
五井は、本家と、主要な、東西南北の分家…
さらに、それ以外の分家が、8家もある…
だから、もし、今回、西家が、本家の当主である、伸明を取り込もうと画策するにあたって、他の分家が、西家の側についていることも、ありえる…
十分、ありえる…
遅まきながら、そう、気付いた…
気付いたのだ…
そして、それは、ナオキも同じだったようだ…
遅まきながら、気付いたようだ…
「…五井は、十三家もあるからな…」
と、皮肉めいたことを、言った…
「…実の家族だって、例えば、十三人もいれば、仲が、いいヤツと、仲が、悪いヤツの派閥ができる…」
「…」
「…それが、他人だ…五井は、同じ一族だと、言っても、共通の先祖は、四百年前のひと…今では、血の繋がりは、他人に近い…仲がいい分家と仲が悪い分家が、いても、おかしくはない…」
「…」
「…だから、たぶん、今回、西家に協力した、他の分家が、いたのかも、しれない…諏訪野さんも、頭が、痛くなるはずだ…」
「…頭が、痛くなるって、どういうこと?…」
「…諏訪野さんも、今回の西家の騒動…西家だけじゃなく、他の分家の中でも、西家に協力して、本家に牙を、剥くものがいると、気付いていたんじゃないかな…」
「…そんなこと…」
「…それに、西家だって、自分たちだけでは、本家に牙を、剥けなくても、他家が、西家といっしょになって、本家に牙を剥けるとなると、やりやすくなる…本家に、牙を剥きやすくなる…」
「…」
「…ひとで、言えば、一人より二人、二人より三人いれば、心強くなる…それと、いっしょさ…」
ナオキが、言った…
実に、明確に、言った…
私は、それを、聞いて、
…その通り…
…その通りだ…
と、思った…
一家より、二家…
二家より、三家…
本家に牙を剥けているのかも、しれない…
そして、あの伸明は、それに、気付いている…
だから、あのとき、私が、五井記念病院に入院しているとき、私に対して、愚痴をこぼした…
そういうことかも、しれない…
そう、思った…
そう、思ったのだ…




