寿綾乃という女 第4部 3
そして、私が、そんなことを、考えていると、傍らのマミさんが、
「…寿さん、なにを、考えているの?…」
と、わざと、無邪気に、まるで、子供に訊ねるように、聞いた…
私は、とっさに、
「…子供…」
と、言いたかったが、止めた…
こんなときに、子供が、欲しいも、なにも、あったものじゃない…
自分の置かれた状況が、わからないのか?
と、言われるのが、オチだ…
もちろん、マミさんのことだ…
たとえ、思っても、口にはしないだろう…
が、
それが、わかっても、さすがに、それは、口にできない…
それゆえ、私は、黙って、微笑んでいると、
「…伸明さんのことね…」
と、マミさんが、言った…
私は、違うと言いたかったが、言わなかった…
あえて、言わなかった…
マミさんが、なんて、言うか、知りたかったからだ…
「…伸明さん…寿さんが、倒れたと聞いたら、ビックリして…ホントは、今すぐにでも、ここに来たいんだろうけれども…」
と、言ってから、
「…でも、無理なの…」
と、続けた…
「…会社が、忙しくて、今すぐには、来れないみたい…」
マミさんが、悲しそうに、言う…
あるいは、
実に、申し訳なさそうに、言う…
私は、どうして、いいか、わからなかった…
どう、反応して、いいか、わからなかった…
だから、黙った…
「…」
と、何も、言わなかった…
ただ、微笑んだ…
ベッドの上から、マミさんを、微笑んで、見た…
そんな私の笑顔を見て、マミさんが、
「…ごめんね…」
と、泣きそうな顔で、言った…
「…ホントに、ごめん…」
と、繰り返す…
「…寿さんが、こんな大変なときに、伸明さんが、やって来れないなんて…」
私は、黙って、首を横に振った…
大丈夫と言いたかったのだ…
うまく、言葉を発することが、できないから、動作で、伝えることにした…
そして、それは、すぐに、マミさんに伝わった…
マミさんは、すぐに、
「…優しいのね…寿さん…」
と、涙を流す寸前の表情で、言った…
「…自分が、こんなに、大変なときに、伸明さんが、来てくれないことに、文句ひとつ、言わない…」
マミさんが、告げる…
が、
ホントは、どうでも、よかった(苦笑)…
私にとって、伸明さんが、来てくれようと、来てくれまいと、どうでも、よかった…
それが、本音だった…
もちろん、伸明さんは、好き…
長身のイケメンで、大金持ち…
なんと言っても、五井家の当主だ…
まだ、四十代半ばの若き当主だ…
が、
そこまで、好きでは、ない…
それが、本音…
もちろん、嫌いではない…
なぜなら、伸明さんが、私を、好きだから…
だから、好き…
それが、本音…
ただ、伸明が、どうして、私を好きか?
それが、わかっているから、私が、伸明さんを盲目的に、好きになれないのかも、しれない…
伸明が、私を好きな理由…
それは、伸明が、慕う、先代当主の父だった建造が、私を好きだったから…
私を、血の繋がった実の娘のように、大切にしていたから…
それが、伸明が、私を好きな理由だ…
伸明は、建造の子供ではない…
先代当主、建造の子供ではない…
もちろん、戸籍上は、建造の子供になっている…
が、
伸明の母、昭子は、建造と、結婚する前に、すでに、お腹の中に、伸明を身籠っていた…
が、
そんな事実を知ってか、知らずか、建造は、伸明の母の、昭子と結婚した…
いや、
結婚せざるを得なかった…
それは、五井本家が、弱かったから…
五井本家は、五井グループを率いる持ち株株会社、五井ホールディングの株の30%を握っている…
そして、他の五井家が、残りの70%を、握っている…
それゆえ、他の五井一族が、結託して、本家の意向に逆らえば、本家といえども、太刀打ちができない…
そして、それが、建造と、その弟の義春の結婚のときに、表面化した…
建造、義春兄弟の結婚の際には、すでに、二人の両親は、鬼籍に入っていて、この世にいなかった…
それゆえ、他家が、本家の二人の結婚を強要した…
具体的には、五井東家が、主導権を握った…
五井は、五井本家を中心に、東西南北の分家がある…
それが、主要な五井家…
さっきも言ったように、五井本家が、五井家が、持つ株の30%を、握り、他の東西南北の分家が、それぞれ、10%ずつ、握る…
つまり、本家を含めた5家で、全体の70%の株を持つ…
五井は、十三家…
本家と東西南北の分家以外に、8家あるわけだが、それ以外の分家は、株をあまり、持っていない…
つまりは、残りの8家で、30%の株を分け合っているのだ…
それゆえ、本家を除けば、強いのは、東西南北の分家…
結局、五井東家が、本家に、娘二人を送り込んだ形になった…
要するに、本家の建造、義春兄弟は、五井東家の昭子、和子姉妹と、結婚したわけだ…
話を元に、戻そう…
伸明が、血が繋がっていない、父の建造を慕う理由…
それは、建造が、自分と血が繋がった、伸明の弟の秀樹ではなく、血の繋がっていない、伸明を、自身の後継者としていたからだ…
それを、伸明は、恩に着ていた…
だから、伸明は、私を、娘のように、可愛がった建造の気持ちを慮る気持ちで、私を大事にした…
私、寿綾乃を大事にした…
つまりは、伸明が、私を好きなのは、私自身ではなく、私の背後に、父の建造がいたから…
それゆえ、私を愛した…
私を好きになったということだ…
真逆に言えば、父の建造がいなければ、伸明が、私を好きになったか、どうかは、怪しい…
そういうことだ…
つまりは、父の建造あっての、私…
父の建造あっての、寿綾乃ということだ…
もちろん、私自身、憚りながら、ルックスには、自信がある…
私のルックスを一言で、言えば、フリーアナウンサーの近藤サトさんの若い頃に、似ている…
自分で言うのも、なんだが、目鼻立ちの整った正統派の美人…
だが、歳は、すでに、32歳と、決して、若くはない(苦笑)…
それより、なにより、五井家当主の諏訪野伸明だったら、私以上に、若く、私以上に、美人な女を、いくらでも、手に入れることが、できる…
にも、かかわらず、私に固執する…
父の建造がいたから、私に固執する…
だから、ハッキリ言って、複雑…
私の伸明に関する思いは、複雑だった…
実に、複雑だった…
伸明に、好かれるのは、嬉しい…
が、
今も、言ったように、どうしても、伸明の背後に、死んだ、建造の姿を見てしまう…
だから、複雑…
いくら、伸明が、私を好きだと、言っても、実に、複雑な気分だった…
そして、
そして、さっきも、言ったが、伸明は、私が、結婚したのと、同様の、ナオキと、仲がいい…
実に、仲がいい…
だから、それを、思うと、また、複雑だった…
これは、ちょうど、別れた、元の夫と、再婚した今の夫が、親友なようなもの…
それゆえ、どうしても、複雑…
二人の関係を考えると、複雑な気分だった…
私は、今、マミさんが、伸明のことを、言うものだから、つい、そんなことを、考えた…
いや、
考えただけじゃない…
このマミさんこそ、伸明が慕う、血の繋がっていない、伸明の父の建造の忘れ形見…
建造が、愛人との間に作った、子供が、マミさんだったからだ…
それゆえ、伸明は、このマミさんとも、仲がいい…
このマミさんが、建造の血が繋がった娘だからだ…
だから、仲がいい…
建造の娘だから、仲がいい…
建造の娘だから、伸明は、マミさんに、気を許している…
少なくとも、私は、そう見ていた…
少なくても、私は、そう睨んでいた…
また、それゆえ、マミさんも、また、伸明に、気を許している…
伸明と仲がいい…
誰もが、自分を好きで、いてくれる人間は、好き…
嫌いになれない…
その典型だった…
また、そんな関係ゆえに、このマミさんは、今も、私に伸明さんの名前を出したのだろう…
伸明が、私を好き…
あるいは、
伸明が、私を、気にかけているゆえに、今、伸明の名前を出したのだろう…
が、
マミさんは、知らない…
私が、本音というか、心の底で、伸明を、どう思っているのか、知らない…
あるいは、知りたくないのかも、しれない…
なぜなら、そんなことは、どうでも、いいのかも、しれない…
伸明が、私を好き…
伸明が、私、寿綾乃を好き…
それだけで、十分なのかも、しれない…
そして、それ以上のこと…
伸明に好かれる、私、寿綾乃が、伸明をどう思っているのか?
それを、聞くのが、もしかしたら、怖いのかも、しれない…
なぜなら、私の伸明に接する態度を、見れば、私が、伸明をどう思っているのか、わかるからだ…
私は、伸明が、嫌いではない…
が、
好きかと、言われれば、微妙…
実に、微妙だ…
もちろん、嫌いでは、ない…
好きだ…
が、
結婚したいと、思うほど、好きかと、問われれば、微妙…
そんなところだ(苦笑)…
そして、おそらく、このマミさんは、私のそんな気持ちを見抜いている…
私の伸明さんに、対する態度を見れば、なんとなく、わかるからだ…
だから、聞かない…
「…寿さん、伸明さんが、好き…」
と、直球で、聞かない…
そういうことだ…
私は、今、ベッドの上で、横になりながら、マミさんを、見て、そう、思った…
そう、思ったのだ…
そして、そう思っていると、コンコンと、誰かが、私のいる病室の部屋のドアを叩く音がした…
ドアを叩いた後、
「…失礼します…」
と、言って、白衣を着た長身の男が、入って来た…
この五井記念病院での、私の担当…
私の担当医の長谷川センセイだった…
五井西家の遠い末裔だった…




