寿綾乃という女 第4部 2
きっかけは、ほんのささいなことだった…
いや、
きっかけと言うのは、違うかも、しれない…
きっかけと、言う言葉は、違うかも、しれない…
要するに、どこで、倒れたか、だ…
それが、問題だ…
私が、倒れたのは、自宅…
自宅で、一人で、いるときだった…
突然、倒れ、カラダが、動かなくなった…
声も出なくなった…
これでは、困る…
自分では、なにも、できなくなる…
誰にも、連絡できなくなる…
救急車も、呼べなくなる…
が、
それを、回避できたのは、偶然ではない…
私は、あらかじめ、緊急のときのために、警備会社と契約をしておいたのだ…
一日、一回、夜、決まった時間に、連絡する…
それが、なければ、私の身になにか、あったわけだから、自宅まで、やって来て、もらいたい…
そう、契約していた…
なにしろ、私は、癌患者…
おまけに、今は、一人暮らし…
なにか、あったら、困る…
困るというのは、なにか、あったら、誰も、私を助けてくれるものが、いない…
だから、困る…
それゆえ、事前に、対策を打っておいた…
私の身に、なにか、あったときに、どうすれば、よいか、対策を打っておいた…
それが、功を奏した…
なにしろ、女の一人暮らし…
32歳の女の一人暮らしだ…
それなりに、対策は、打っておいてある…
私が、倒れたときに、どうすれば、良いか、対策は、打ってある…
だが、まあ、これも、万が一のためだった…
もし、私の身になにか、あったときのためだった…
これは、例えば、地震対策で、家に、食料品を置いて、おくのと同じ…
万が一、地震が起きた時に、その食料の入ったリュックサックを持って、家を出るのと、同じ…
あくまで、万が一のための対策…
しかし、それが、現実になるとは、思わなかった…
夢にも、思わなかった…
だが、結局、それが、役に立った…
最初は、自宅近くの病院に運ばれたが、やがて、私は、五井記念病院に運ばれた…
五井記念病院に、転院したのだ…
これは、事前に、契約しておいた警備会社に頼んでいたから、できた…
また、万が一のために、私の数少ない、友人、知人の名前を、警備会社に教え、私が、病院に入院するような羽目になったら、この人物たちに、連絡するように、手配しておいた…
それが、よかった…
それが、功を奏した…
それゆえ、今、私は、こうして、五井記念病院にいる…
五井記念病院の個室にいる…
そして、傍らに、マミさんが、いる…
五井一族の諏訪野マミさんがいる…
これは、良かった…
実に、良かった…
なにが、良かったか?
私は、今も言ったように、事前に、この諏訪野マミさんと、諏訪野伸明さん、そして、藤原ナオキの名前を挙げて、私の身に、万が一のことがあったときは、連絡をするように、手配をしておいた…
そして、その結果、今、傍らに、諏訪野マミさんがいる…
これは、当然と言えば、当然の結果なのだが、いくら、私が、事前に、彼ら、彼女らに、私の身に、万が一、なにか、あったときには、よろしくお願いしますと、頼んでも、
「…ああ、わかった…」
という言葉だけで、実際、動かないものも、多い…
これは、家族でも、なんでもないのだから、ある意味、当たり前…
期待する方が、おかしいのかも、しれない…
血の繋がった家族でも、なんでもないのだから、いくら、事前に、約束しても、簡単に、その約束を反故にしても、ある意味、仕方がない…
世の中、そんなものだと、諦めるしかないのかも、しれない…
が、
私の場合は、それが、なかった…
それに、当てはまらかった…
だから、ラッキー…
ラッキーに他ならない…
これは、おそらく、私が、友人が少ないため…
友人が少ないゆえに、その友人たちと、深く、交わっている…
そういうことかも、しれない…
どうしても、その真逆で、交際範囲が、広い人間になると、交流も浅い…
ぶっちゃけ、交流も、広く、浅く、なりがちだ…
それゆえ、顔見知り程度の仲と言えば、言い過ぎだが、まあ、似たようなものだろう…
いわゆる、交際範囲は、広いが、自分のために、親身になってくれる人間は、いない…
そんなところだろう…
だから、私は、真逆…
交際範囲が、狭いゆえに、交流が、深い…
それゆえ、今、諏訪野マミさんが、隣にいる…
そう、思った…
そう、自画自賛した…
が、
それを、言葉にできない…
それを、言葉にすることが、できない…
長く、言葉をしゃべれないからだ…
だから、短く、
「…ありがと…」
と、言った…
マミさんに、感謝の言葉を告げた…
すると、
「…寿さん、何度目?…」
と、マミさんが、笑った…
わざと、笑ったのだろう…
「…もう、さっきから、何度も、聞いたよ…」
と、笑いながら、告げた…
きっと、私に心配させまいと、わざと、明るく、振る舞っているのだろう…
このマミさんは、小柄…
32歳の私より、たしか、2、3歳は、年上…
にも、かかわらず、若い…
実に、若い…
もしかしたら、私より、若く見えるのかも、しれない…
そして、なぜ、そう見えるかと、問われれば、彼女が、小柄だから…
これに、尽きる…
150㎝前半の身長…
だが、エネルギッシュ…
それゆえ、私より、年上にも、かかわらず、よくミニスカを履いているが、それが、おかしくない…
むしろ、似合っている…
ちょうど、芸能人で、言えば、元AKBの高橋みなみさんに、近い印象…
彼女に、近い印象だ…
それゆえ、小柄だが、エネルギッシュな印象…
そんな印象がある…
私が、あまり、しゃべれないから、黙って、マミさんを、見た…
傍らのマミさんを、見た…
そして、もう一度、
「…ありがと…」
と、言った…
私のその言葉を聞いて、
「…寿さん、もう、いい言って…」
と、マミさんが、繰り返した…
「…無理しないで…」
と、言う…
泣き笑いの表情で、言う…
私は、その顔を、見て、つくづく、良かったと、思った…
なにが、良かったのか?
それは、私の傍らに、私の身を本気で、心配しているものが、いる…
それが、嬉しかった…
心の底から、嬉しかった…
さっきも、言ったが、私は、ひとりぼっち…
頼れる肉親は、ひとりもいない…
兄弟姉妹も、いない…
唯一の肉親である、母は、私が、中学時代に亡くなった…
だから、ひとりぼっち…
そんな私の身を、肉親でも、姉妹でも、なんでもない、マミさんが、心配してくれている…
それが、嬉しかった…
実に、嬉しかった…
そして、そんなことを、思うと、私は、以前の生活を、思い出した…
私は、高校時代に、後のIT企業の社長として、成功した、藤原ナオキと、知り合った…
そして、高校生にも、かかわらず、十歳近く年上のナオキと男女の関係になり、その結果、妻子持ちのナオキから、妻のユリコさんを、家から、追い出す羽目になった…
それゆえ、ユリコさんには、恨みを買った…
当たり前のことだ…
が、
それは、あくまで、結果…
実は、それ以前に、私は、ユリコさんとは、相性が悪かった…
ちょうど、今、傍らにいる、マミさんとは、真逆で、相性が悪かった…
私が、まだ、高校生時代に、出会った、藤原ナオキは、いわゆるベンチャー企業の社長…
気の合う仲間、数人で、会社を、興したばかりだった…
それが、偶然、アルバイトを探していた私が、友人の紹介で、ナオキの会社で、働くことになった…
それが、ナオキと知り合うきっかけになった…
会社といっても、ナオキの学生時代の仲間数人で始めた、小さな会社…
それゆえ、ナオキの妻のユリコさんも、そこで、いっしょに、働いていた…
だから、私は、ナオキと、男女の関係になる前に、ナオキの妻のユリコを知ったことになる…
そして、ナオキと、ユリコさんの間には、ジュン君がいた…
まだ、幼いジュン君がいた…
その幼いジュン君を残し、ユリコさんは、突然、失踪した…
ある日、突然、いなくなった…
仕事が最優先のナオキは、困った…
息子のジュン君の面倒を見るものが、誰もいないからだ…
それゆえ、困ったナオキは、高校生の私に、ジュン君の面倒を見ることを、頼んだ…
すでに、天涯孤独だった私は、それを、了承した…
それを了承した私は、ナオキの家に入り、ナオキと、ジュン君の3人で、暮らした…
いわゆる、家族…
私は、血が繋がってないので、疑似家族だった…
なぜ、今さら、そんなことを、言うのか?
それは、私は、中学時代に母を亡くしてからは、天涯孤独と言っていたが、それは。違ったかも、と、言いたかったからだ…
高校時代に、ナオキと、ジュン君と暮らした…
だから、家族ができた…
疑似家族が、できた…
そう、言いたかった…
そう、言い直したかった…
が、
所詮は、疑似家族…
まもなく、3人の関係は、破綻した…
最初に、ナオキが、家を出た…
女遊びが盛んだったナオキは、3人で、暮らすよりも、別に家を、借りた方が、都合が、良かったからだ…
ぶっちゃけ、自宅に、女を呼べるからだ…
だから、家を出て、一人暮らしをした…
残された私とジュン君は、長い間、暮らしたが、それも、破綻した…
原因は、ここでは、あえて、言わないとしよう…
結果として、ジュン君は、刑務所に入り、私は、またも、ひとりぼっちになった…
それゆえ、子供が、欲しい…
私の家族が、欲しい…
そんな気持ちになった…
病院で、ベッドの上で、寝ながら、そんな気持ちになった…
癌患者で、おまけに、カラダが、動かなくなって、病院に運ばれて、今、満足に会話もできない状態にも、かかわらず、そう思った…
まさに、ないものねだり…
手に入れられないから、手に入れたい…
その典型だった…




