寿綾乃という女 第4部 1
…生き残ってしまった…
言葉で、表せば、そんな気持ちか…
最近は、いつも、そう考える…
これは、やはり、歳のせい…
いや、
そんなわけはない…
私は、まだ、32歳…
33歳にも、なっていない…
でも、癌患者…
生存率は、決して、高くない…
だからか…
つい、そんな気持ちになる…
つい、絶望的になる…
美人薄命…
実に、いい言葉だ…
しかし、死んだ当人は、きっと、たまったものでは、なかっただろう…
なぜなら、美人は、誉め言葉だが、薄命は、誉め言葉ではない(苦笑)…
薄命という言葉の意味は、若くして、死ぬこと…
だから、誉め言葉では、ない…
美人薄命と言う言葉は、決して、誉め言葉では、ない…
よく、世間では、長生きをして、醜く、老いたくはない…
ぶっちゃけ、若く、キレイな姿のまま、死にたい…
おじいちゃん、おばあちゃんの姿になりたくない…
そんなことを、言う人間が、いる…
そんなことを、言う、若い男女がいる…
ルックスの良い、若い男女がいる…
言っていることは、わかるが、歳を取れば、老いるのは、当たり前…
誰もが、永遠に、二十歳の姿では、いられない…
当たり前のことだ…
昨今は、男も、女も、若い…
一昔前、二昔前よりも、若い…
ぶっちゃけ、三十年前に、ミニスカを履いている、三十を過ぎた女は、いなかった…
三十を過ぎて、婚活をしている男も女もいなかった…
三十を過ぎた男も女も、大半は、結婚していた…
それが、普通だった…
だから、そんな社会で、三十を過ぎて、結婚もしていなければ、変わり者扱い…
会社でも、ご近所でも、変わり者扱い…
社会に馴染めない者…
あるいは、
社会のルールを守れない者と、認定される(苦笑)…
だから、それを、考えれば、今の時代の方が、よっぽどいい…
三十や、四十を過ぎた独身者でも、変わり者扱いされない(苦笑)…
そんな風に、世間が、変わったからだ…
そんな風に、時代が、変わったからだ…
しかし、
しかし、だ…
誰もが、永遠に二十歳の姿で、いられないのは、わかるが、それでも、いつまでも、若く美しくいたい…
それが、老若男女の願い…
とりわけ、ルックスの良い老若男女の願いだ(笑)…
かくいう私も、その願いを持つ一人…
私、寿綾乃も、その一人だ…
私は、よく世間で、美人と呼ばれているし、それを、否定するつもりもない…
だからだろうか…
余計に歳を取ることに、恐れを抱く…
なぜなら、歳を取れば、取るほど、ルックスが、損なわれるからだ…
さっきの二十歳のときのルックスではないが、三十歳と二十歳では、ルックスが、異なる…
若さが、違うからだ…
若さが、失われてゆくからだ…
それゆえ、いかに、美人と呼ばれようと、二十歳のときのルックスには、及ばない…
だから、余計に歳を取りたくない…
生きていれば、歳を取るのは、当たり前だが、歳を取りたくない…
そんな気持ちが、一方にある…
が、
実は。問題は、そこではない…
私のルックスではない(苦笑)…
問題は、私の病状…
私の現在の病状だ…
実は、私は、今、ベッドの上…
ベッドの上で、生活している…
だから、文字通り、美人薄命が、現実に迫っている(涙)…
世間のひとから、
「…美人薄命って、言うけれども、ホントね…」
と、言われたくない(苦笑)…
一日でも、長生きしたい…
それが、本音…
それが、私、寿綾乃の本音だ…
私、寿綾乃、32歳の本音だ…
ハッキリ言えば、死にたくない…
まだ、生きていたい…
そして、それは、なぜか?
それは、私には、まだ、やり残したことがある…
それが、大きい…
では、やり残したこととは、なにか?
それは、子供を産むこと…
子供を産んで、お母さんになることだ…
これは、自分でも、笑ってしまう…
二十歳のときには、こんなこと、考えたことも、なかった…
私は、天涯孤独…
中学生のときに、シングルマザー
いわゆる、シンママの母を亡くした…
それ以来、一人で、生きて来た…
誰かを頼ることなく、一人で、生きて来た…
その自負がある…
その自信がある…
だから、そんな私が、子供を欲しがるとは、思わなかった…
夢にも、思わなかった…
きっと、これは、私が、病気になったから…
癌になったからに、違いない…
余命いくばくもないと、言えば、おおげさだが、これは、もしかしたら、自分は、死ぬかも、しれない…
そう、考えたとき…
あるいは、
そう、覚悟したとき、
無性に、子供が、欲しくなった…
無性に、子供が、産みたくなった…
これは、ないものねだり…
手に入らないから、欲しい…
それと、似ている…
例えば、ブランドの限定品とか…
滅多に、手に入らないレアものを、手に入れる…
それと、似ている…
しかし、バカバカしい…
一方で、そう、考える自分がいる…
それは、なぜか?
例え、私が、子供を産んだとしても、その子供を誰が、育てるのか?
それを、忘れている…
それを、しっかり、忘れている…
が、
たしかに、私が、子供を産めば、おそらく面倒を見てくれる人物には、心当たりがある…
その筆頭は、やはり、ナオキ…
藤原ナオキだ…
私の事実上のパートナー…
私が、高校時代から、知り合い、その後、事実上の夫婦の関係になった…
そして、ナオキは、IT企業の創業者として、成功…
上場して、巨万の富を得た…
が、
今は、株の大半を売り、五井の傘下に入った…
日本の名門企業、五井グループの傘下に入った…
しかしながら、お金持ちであることに、変わりはない…
私が、今、子供を産み、仮に、その子供が、男で、あろうと、女であろうと、仮に、100歳まで、生きて、一生働かずとも、十分に食べれる、財産を残してくれるだろう…
心の底から、そう、思う…
そして、なにより、ナオキは、優しい…
自分の子供、とりわけ、男のコではなく、女のコならば、余計に、可愛がってくれるだろう…
溺愛してくれるだろう…
ナオキは、すでに、前妻のユリコさんとの間に、ジュン君という息子がいる…
そのジュン君は、二十歳…
色々あって、今は、刑務所の中にいる…
どうして、刑務所の中にいるのか?
詳細は、省く(苦笑)…
次には、やはり、五井家の当主、諏訪野伸明を上げなければ、ならない…
諏訪野伸明は、言わずとしれた、五井グループの総帥だ…
まだ四十代の若き総帥だ…
藤原ナオキ同様の長身のイケメン…
二人とも、肩書も財力もあるが、それが、なくても、顔だけで、モテる…
そんな二人だ…
おまけに、二人は、親友…
いや、
親友とは、二人とも、思っていないかも、しれないが、二人は、馬が合う…
傍から、見ても、馬が合うふたりだ…
とても、気が合うのが、私の目から、見ても、わかる…
そんな五井グループ総帥の諏訪野伸明が、私の第二の子供の父親候補…
といっても、いまだかつて、諏訪野伸明とは、ぶっちゃけ、一度も寝たことがない…
ぶっちゃけ、一度も男女の関係になったことが、ない…
だが、伸明が、私を好きなのは、わかる…
私だけでない、誰の目にも、わかる…
そして、
そして、だ…
事実上の私のパートナーだった、藤原ナオキも、私が、諏訪野伸明と結婚することを、後押ししてくれている…
ナオキとは、腐れ縁…
高校時代、ナオキと知り合って、男女の関係になって以来だから、もう人生の半分以上を、ナオキと過ごしていることになる…
最初の頃は、いっしょに、住んでいたが、その後、ナオキは、別に、マンションを借りて、家を出た…
女遊びが、盛んだったからだ…
だが、会社では、いつも、いっしょだった…
ナオキが、社長…
私が、社長秘書…
そんな関係だ…
だからだろうか?
ナオキとは、恋人でも、夫婦でもなく、同士…
いっしょに、この世の中を生きてきた同士という言葉が、似合う…
すでに、男女の関係うんぬんではなく、お互いに、兄妹のようというか、父娘のようというか…
とにかく、身内になっている…
仲の良い、事実上の身内になっている(爆笑)…
だから、応援する…
私と、諏訪野伸明の仲を応援する…
そういうことだ…
そして、今、私のベッドの横には、諏訪野マミさんが、いる…
五井一族のマミさんが、いる…
このマミさんは、おそらく、五井一族の中で、私と唯一、気が合う…
あるいは、馬が、合う…
だから、だろう…
今、私の隣にいる…
私のベッドの隣で、椅子に座っている…
そして、私の顔を、実に、心配そうに、見ている…
私は、マミさんの顔を、見て、微笑んだ…
そんな心配な顔をしてくれるな、と、微笑んだ…
きっと、それが、マミさんに通じたのだろう…
「…寿さん、なにを、笑っているの?…」
と、実に、心配そうに、私に話しかけてきた…
私は、
「…別に…」
と、短く、言って、笑った…
これでは、まるで、沢尻エリカだ…
大昔に、沢尻エリカが、言って、大騒ぎになった言葉だ…
しかし、この沢尻エリカの騒動を、もはや、今の若いひとは、誰一人、知るまい…
いや、
沢尻エリカを知っていても、あの騒動のことを、知るまい…
いや、
それは、ないか?
ネットで、調べれば、すぐに、わかるからだ…
だが、それは、知識…
体験ではない…
だから、あのとき、いかに、沢尻エリカが、バッシングされたかは、当時、テレビや雑誌を見ていないものには、わかるまい…
同時代を体験したものでしか、わかるまい…
少々、話が、脇に逸れた…
いつものことだ…
私が、今、入院して、
「…別に…」
と、短く言ったことには、理由がある…
ぶっちゃけ、しゃべれないのだ…
長い話が、できないのだ…
意識は、しっかりしている…
が、
言葉が、出ない…
短い、言葉しか、出ない…
以前、脳梗塞になったものが、そんなふうだと、聞いたことがある…
あるいは、読んだことがある…
だから、もどかしい…
実に、もどかしい…
自分で、言いたいことが、言えない…
これが、もどかしい…
おまけに、カラダも動かない…
ベッドの上から、動けない…
せいぜい、寝返りがうてる程度…
だから、このマミさんも、心配して、この病室にやって来て、くれたのだろう…
ありがたい…
実に、ありがたいことだ…
私は、カラダが、満足に、動けないし、会話も、まともに、できない…
が、
意識はある…
意識だけは、しっかりしている…
だから、今、こうして、言っている…
自分の思ったことを、言っている…
自分の心の声を言っている…




