寿綾乃という女 第4部 27
が、
本当なんだろうか?
本当だとしたら、いくらなんでも、物騒すぎる…
物騒すぎるのだ…
「…だから、ナオキ、それ、本当?…」
と、念を押した…
さすがに、五井の別荘に監禁されたと、言うのは、おおげさ過ぎると、思ったからだ…
なにしろ、五井だ…
天下の五井だ…
まさか、そんな犯罪みたいな真似をするだろうか?
そう、思ったからだ…
すると、ナオキが、
「…監禁は、おおげさ過ぎるかも、しれないけれど、あれは、事実上の監禁だよ…」
と、訂正した…
「…どうして、監禁なの?…」
「…伊豆の山の中の別荘に招かれて、ちっとも、帰してくれない…」
「…」
「…伊豆の山の中だから、ボクには、土地勘もないし、たとえ、逃げ出したとしても、どこへ行ったら、いいのかも、わからない…だから、ずっと、そこにいるしか、なかった…」
「…でも、どうして、ナオキが、そんな場所に?…」
「…リンちゃんだよ…」
「…えっ?…」
「…菊池リンちゃん…」
「…菊池さん?…」
「…彼女は、五井一族だろ? 彼女を通じて、五井一族の別荘に招かれたんだ…なにしろ、今、FK興産には、五井の金が入っている…資本提携の名目で、入っている…わがFK興産の大株主だ…だから、彼女に別荘に来ないかと、招かれたら、断るわけには、いかなかった…」
「…」
「…ぶっちゃけ、まさか、こんなことになるとは、夢にも、思わなかった…」
菊池さんは、五井一族…
五井の女帝、和子の孫だ…
だから、その孫に誘われれば、断るわけには、いかなかったのは、わかる…
なにより、菊池さんは、以前、FK興産にいた…
FK興産で、働いていた…
私を見張るためだ…
五井の血を引く、私の従姉…
本物の寿綾乃と、私を間違えて、私を見張っていた…
私が、五井の前当主、建造の娘だと思っていたからだ…
建造の娘なら、遺産を相続する権利が、生じる…
莫大な遺産を、娘の寿綾乃に、譲る義務が生じる…
五井は、それを、恐れたのだ…
それを、恐れたゆえに、私を見張った…
私、寿綾乃を見張った…
私を本物の寿綾乃と思っていたからだ…
だから、見張った…
そういうことだ…
そして、私が、そんなことを、考えていると、
「…まさか、ボクだって、こんなことになるとは、夢にも、思わなかった…」
と、ナオキが、続けた…
「…やっと、解放されて、会社に電話したら、てんやわんやの大騒ぎだった…ずっと、別荘にいて、会社と連絡が取れなかったからね…」
「…電話は、貸して、もらえなかったの?…いえ、その前に、そもそも、ケータイで、連絡することは、できなかったの?…」
「…それは、できなかった…」
「…どうして、できなかったの?…」
「…ケータイが、つながらなかった…」
「…えっ? ウソ?…」
「…ホント…」
「…イマドキ、そんな場所が…」
「…別荘が、山奥過ぎたから、ケータイの電波が届かない場所かも、しれなかったし、もしかしたら、ケータイが、繋がらないように、別荘に、妨害電波を出す装置が、設置してあったのかも、しれない…」
「…ウソ? …そんなもの、あるの?…」
「…コンサートホールとか、舞台では、使うと聞いたことがある…コンサートの最中とか、舞台で、役者が、劇をしている最中に、ケータイの呼び出し音が、鳴ったら、興ざめだからね…」
「…だったら、電話を、貸して、もらえば?…家の電話を、貸して、もらえば?…」
「…それが、できたら、とっくに、綾乃さんに、連絡しているよ…」
「…」
「…たぶん、刑事事件に発展することを、恐れたんだと思う…」
「…どうして、そう思うの? ただ、電話を貸して、もらうだけでしょ?…」
「…電話を貸せば、ボクが、別荘に、幽閉されているのを、言うだろうし、それを、事前に、ボクに口止めするのも、事件になる…」
「…それじゃ、一体、ナオキ、その別荘で、なにをしていたの?…」
「…ハッキリ言えば、接待漬け…」
「…接待漬けって?…」
「…若い女のコを何人も、呼んで、毎日、彼女たちが、とっかえひっかえ、やって来ては、夜は、別荘で、酒を飲んで、どんちゃん騒ぎ…昼は、バーベキューや、魚釣りをして、ボクを楽しませた…」
「…ウソ?…」
「…ホント…」
「…だから、傍から見れば、監禁なんて、言葉は、出ない…誰が、どう見ても、ボクを接待して、楽しませているふうにしか、見えない…」
「…」
「…でも、ボクは、いっときも早く、別荘から、脱出したかった…ボクを幽閉している間に、彼らが、なにか、仕掛けていることは、わかっていたからね…」
「…どうして、わかっていたの?…」
「…諏訪野さん…」
「…諏訪野さんって、伸明さんのこと?…」
「…そう…彼が、言っていた…」
「…なにを、言っていたの?…」
「…諏訪野和子さん…あの五井の女帝が、突然、倒れて、潮目が変わったと、言っていた…」
「…潮目が変わったって、一体、どういうこと?…」
「…諏訪野さんも、西家の人間に、縁談を押し付けられて、困惑していると、嘆いていた…これまで、そんなことは、まったくなかったのに、と、戸惑っていた…」
「…」
「…そして、ボクは、リンちゃんに誘われて、五井の別荘に、招かれて、そこで、何日も、過ごした…それで、ようやく解放されて、会社に連絡すると、てんやわんや…しかも、ボクが、五井家の人間と結婚したという誤報まで、あったそうじゃないか?…」
「…」
「…ボクにも、なにが、なんだか、さっぱりわからない…」
ナオキは、そう嘆いて、頭を抱えた…
が、
真相は、わかっている…
ナオキにも、もちろん、真相は、わかっている…
すべては、あの和子が、倒れたから…
五井の女帝が、倒れたからに、他ならない…
五井の女帝が倒れたことで、五井内部のパワーバランスが、崩れたからに、他ならない…
本当は、ナオキも、わかっている…
バカでは、ないから、わかっている…
が、
さすがに、それを、口にすることは、できない…
なにより、和子が倒れたからと、言って、まさか、五井内部が、こんなに、揺れるとも、思っていなかったに違いない…
いや、
仮に、思っていても、実際に、誰が、どう動くは、誰にも、わからない…
それは、あの伸明にも、わからない…
五井の当主にも、わからない…
だから、伸明自身が、困惑していた…
和子が倒れたことで、いきなり、自分が、西家の人間と、縁談をさせられることになると、困惑していた…
和子が、倒れたことで、五井家内のパワーバランスが、崩れ、伸明を取り込もうとする勢力が現れた…
伸明と、自身の分家出身の娘を結婚させることで、自分の所属する分家が、有利になろうとした…
そういうことだ…
私は、そう考えると、このナオキを見た…
ナオキを凝視した…
そして、考えた…
このナオキを幽閉すること…
一時的とは、いえ、このナオキを幽閉することに、なんの意味があるのだろうか?
そう、考えた…
そして、リン…
菊池リン…
彼女の狙いは、どこにあるのだろうか?
考えた…
考え続けた…
なにしろ、彼女、菊池リンは、和子の孫…
五井の女帝の孫だ…
だから、普通に考えれば、味方…
伸明の味方だ…
五井一族の中で、伸明の側に立つ、味方だ…
五井本家は、今、和子の出身母体である、五井東家が支えている…
本家に次ぐ、家格の東西南北の分家の一つの、五井東家が、支えている…
菊池リンは、その東家出身…
当然のことながら、伸明を支えると、思いけや、確信が、持てない…
なぜなら、あの菊池リンは、食わせ者だからだ…
最初、会ったときは、愛くるしく、頼りない、感じの女のコだった…
五井家出身のお嬢様だと、聞いて、納得した…
実に、納得した…
世間知らずの、深窓のお嬢様と、言われると、納得した…
実に、そのイメージ通りの女のコだったからだ…
大学を卒業したばかりの、愛くるしい、女のコだったからだ…
が、
それは、仮面だった…
私に近付くための仮面だった…
私を油断させるための仮面だった…
素顔は、したたか…
実に、したたかな女だった…
そして、その仮面を捨ててから、私は、彼女に近付くことはなかった…
彼女の祖母、諏訪野和子は、信頼できるが、彼女は、別…
まったく、信用できなかった…
正直、なにを、考えているか、わからない、食わせ者…
だから、今、仮に、西家が、伸明と、自分の一族の娘を結婚させようとするなら、それを、阻止するのが、役目なのに、そうしない…
ゆえに、わからない…
彼女が、なにを考えているのか、わからない…
謎だった…
そして、私が、そんなことを、考えていると、
「…綾乃さん…」
と、ソファに寝転がったままのナオキが、声をかけてきた…
「…なに、ナオキ?…」
「…カラダの方、随分、よくなったみたいだね?…」
「…ナオキ…私は、まだ、32歳よ…いつまでも、病院のベッドの上で、寝ているなんて、まっぴら…」
私が、言うと、ナオキが、マジマジと、私の顔を見た…
それから、爆笑した…
「…綾乃さんらしい…」
と、言って、爆笑した…
「…実に、綾乃さんらしい…いつもの綾乃さんだ…寿綾乃さんだ…」
と、言って、爆笑した…
私は、頭に来たが、ここで、怒るべきか、否か、悩んだ…
なにしろ、相手のナオキは、ソファに寝転がったまま…
よほど、疲れているのだろう…
そんな相手に、怒るのも、どうかと、思ったのだ…
そして、そんなことを、考えていると、ナオキが、
「…綾乃さん…」
と、私に声をかけた…
「…なに、ナオキ?…」
「…今度の敵は、手ごわいよ…」
と、いきなり、言った…
「…なに、いきなり、どうして、そんなことを、言うの?…」
「…敵は、すでに、リンちゃんを取り込んだ…だから、リンちゃんを通じて、ボクを監禁した…その一方で、諏訪野さんに、縁談を強要した…諏訪野さんの叔母様の五井の女帝が、倒れた隙を見つけてね…」
「…」
「…全部、最初から、仕組んでいたんじゃ、ないか?…」
「…えっ? 仕組んでいた? どういう意味?…」
「…五井の女帝が、倒れたら、どう、動くか? あらかじめ、シュミレーションを立てていたんじゃないか?…」
「…ウソ? どうして、そう思うの?…」
「…だって、五井の女帝が、倒れて、すぐに、諏訪野さんの縁談と、諏訪野さんと、仲がいい、ボクを伊豆に幽閉するなんて、用意が、良すぎる…あらかじめ、こんな事態になったら、どうするか、考えていたんじゃないか?…」
「…まさか?…」
「…ボクも、そう、思いたいが、誰かが、事前にシナリオを描いていたとしたら、納得するね…」
ナオキが、言った…
実に、意味深に、言った…




