寿綾乃という女 第4部 23
つくづく、ひとの力は、大きい…
亡くなった、五井家前当主の建造は、五井本家の力を強めるために、尽力した…
それは、自分が、結婚相手を押し付けられたから…
五井一族の分家に押し付けられたからだ…
本家の当主とはいえ、すでに、両親が、他界した、若き日の建造には、分家の圧力を跳ね返す力がなかった…
それゆえ、建造は、その後、本家の力を強めることに、尽力した…
そして、それは、建造の義理の妹である、和子に、引き継がれた…
本家の力の源泉…
それは、株にある…
五井一族は、五井グループの持ち株会社の株を持っている…
具体的には、五井ホールディングの株を一族で、所有している…
その株の持ち分比率が、一族内で、異なる…
五井十三家で、異なる…
全体を百としたときに、本家は、30%、東西南北の分家が、それぞれ、10%、他の8家の分家が、残りの30%を保有する…
五井は、十三家…
が、
その力の差は、歴然としている…
しかしながら、それは、ひとが、あってのもの…
いかに、本家が、30%の株を所持していても、分家が集まって、本家に詰め寄れば、いかな本家とて、分家に太刀打ちできないと、思うが、それも、ひとがあってのもの…
つまりは、ひと…
以前ならば、建造や、和子がいれば、分家も口を出せなかったろう…
しかしながら、建造は、すでに、死去…
和子も、倒れた…
それゆえ、伸明に、圧力を加えることが、できたのだろう…
つくづく、思った…
そして、そんなことを、思うと、なぜか、昔の戦国時代を考えた…
豊臣秀吉や徳川家康の時代を考えた…
彼らの後継者たちのことを、考えた…
要するに、自分だから、天下を収められた…
が、
その後継者たちが、必ずしも、自分たちと、同じ地位に留まれるか、否かは、わからない…
これは、現在の伸明の置かれた状況を考えれば、わかる…
あくまで、後ろ盾の和子がいたから、分家のひとたちは、本家に、口を出さなかった…
いや、
できなかった…
が、
その和子が倒れた今、それ幸いと口を出す…
それを、考えたのだ…
だから、きっと、あの豊臣秀吉や徳川家康も、自分の死後が、心配で、心配で、仕方がなかったのかも、しれない…
とりわけ、秀吉は、心配だったろう…
後継者の秀頼は、わずか、3歳の子供だったからだ…
しかしながら、家康も、それは、同じではないか?
今、この伸明を見て、思う…
伸明の置かれた状況を見て、思う…
いかに、成人した、立派な大人であっても、その後見人が、いなくなれば、どうなるか、わからない…
はっきり言えば、家康だから、皆、言うことを聞いた…
が、
その息子の代になれば、皆が、言うことを、聞くか、どうかは、誰にも、わからないからだ…
今、伸明の置かれた状況を見て、つくづく、考えた…
考えたのだ…
そして、そんなことを、考えていると、マミさんが、
「…寿さん…」
と、私の名前を呼んだ…
「…なんですか?…」
「…寿さんも、来る?…」
「…えっ?…」
「…伸明さんの縁談…」
「…えっ? どうして、私が?…」
「…縁談は、本家で、するの…だから、五井一族のひとは、集まる…」
「…えっ? 集まる?…」
「…まさか、西家だって、伸明さんの縁談を、一族に、無断で、強引に進めるわけには、いかない…だから、伸明さんの見合いの当日を、一族に、知らせ、本家で、行う算段なの…」
「…本家で、ですか?」
「…そう、本家…たしか、寿さんも、行ったことが、あるでしょ?…」
「…それは、ありますけれど…」
「…西家も、さすがに、一族で、無断で、伸明さんの縁談を進めるわけには、いかない…だから、一族を呼ぶことにしたんだと、思う…」
「…どういうことですか?…」
「…ほら、結婚式じゃ、ないけれども、参加しそうなひとに、手紙を送って、出席の有無を尋ねる…そうでなければ、大勢、集まれば、食事の用意も、何人分、用意すれば、いいか、わからないでしょ?…」
「…それは、そうですが…」
「…それと、同じ…」
「…でも、だったら、何人ぐらい、集まるんですか?…」
「…それは、私にも、わからない…」
「…わからない?…」
「…五井は、十三家、あるけれども、主要な家は、本家と、東西南北の4家の合計、5家だけ…それは、寿さんも、知っているでしょ?…」
「…ハイ、知っています…」
「…だから、その5家の人間は、集まると、思うけれども、ホントのところは、わからない…」
「…どうして、わからないんですか?…」
「…だって、これは、伸明さんの縁談でしょ?…」
「…ハイ…縁談です…」
「…それを、当事者でも、なんでもない、人間が、見に行っても、仕方ないでしょ?…」
「…それは、そうですけれど…」
曖昧に、言葉を濁した…
たしかに、当事者でも、なんでもない、人間が、伸明の見合いを見に行っても、仕方がない…
これが、伸明の結婚ならば、話は、変わる…
なんと言っても、五井家の当主の結婚式だ…
帝国ホテルや、ホテルオークラなど、著名なホテルで、大勢、ひとを、呼んで、豪華な結婚式をしなければ、ならない…
要するに、格式…
五井の格式が、問われるからだ…
伸明自身は、派手にやるつもりは、なくても、派手にやらなければ、五井の名前に、傷が、つきかねないからだ…
だから、派手にやらざるを得ない…
が、
さすがに、見合いは、違うだろう…
伸明が、誰と見合いをしようと、その相手と、伸明が、必ずしも、結婚するとは、限らないからだ…
と、
そこまで、考えた、気付いた…
その五井西家の、仕掛けた、伸明の見合いに、出席の是非を問うということ…
これは、形だけ…
形だけのものに、過ぎないのでは、ないかと、気付いたのだ…
あくまで、形だけ…
西家が、他の分家に先駆けて、伸明を、自分の家の人間と、見合いをさせる…
が、
それを、内緒にして、一族から、文句が、来たら、困る…
だから、事前に、通告する…
他の一族に、通告する…
この日、伸明と、うちの娘が、縁談をする…
用事が、なければ、見に来ればいいよ、と、言っているのでは、ないか?
私は、そう、見た…
私は、そう、睨んだ…
そして、西家の人間が、そう言ったからと、言って、他家の人間が、やって来ることは、あまりないのでは、ないか?
何度も、繰り返すが、これは、結婚式ではない…
見合いだ…
縁談だ…
その縁談に関係者でも、なんでもない、人間が、やって来ることは、そもそも、おかしい…
そう、思ったのだ…
だから、西家の人間が、伸明の見合いに、やってくれば、いい、と言ったのは、単なるブラフ…
ブラフ=ハッタリだ…
おそらく、最初から、誰も、来ないと、思っているのでは、ないか?
本家と、西家の人間以外、誰も、来ないと、思っているのでは、ないか?
それを、前提に、
「…ウチ(西家)の娘が、伸明と、見合いをするから、気になるのなら、見に来れば、いいと、言っているのでは、ないか?
そう、気付いたのだ…
そして、それを、今、私に言った、このマミさんは、参加するのだろう…
だから、私に、そう、言ったのだろう…
私は、気付いた…
遅まきながら、気付いた…
それゆえ、私は、マミさんに、
「…マミさんは、伸明さんのお見合いに、行くんですか?…」
と、聞いた…
聞かざるを得なかった…
「…うん…」
と、マミさんは、即答した…
「…私は、伸明さんと、血は、繋がってないけれども、伸明さんの父親の建造の血が繋がった娘だし、本家の人間で、私以外で、伸明さんに、姉妹は、誰もいない…だから…」
そう、言われると、納得した…
たしかに、本家の人間は、伸明とマミさんだけ…
他に誰もいない…
いかに、血が繋がっていなくても、兄妹なのだから、伸明の縁談に出席しないのは、ある意味、おかしいのかも、しれない…
なにしろ、伸明のただ、一人の身内だ…
血は、繋がっていないかも、しれないけれども、ただ一人の身内だ…
私は、思った…
思ったのだ…
だから、マミさんが、出席するのは、当たり前…
当たり前だった…
いや、
もう一人、いた…
伸明の母が、いた…
伸明の実の母が、いた…
あの和子の姉がいた…
和子の双子の姉の昭子が、いた…
が、
あの昭子は、すでに、五井家を出た…
妹の和子に、そう宣言した…
だから、おそらく、本家の数少ない、伸明の身内であるが、伸明の見合いにやって来ないだろう…
すると、やはり、残されたのは、このマミさんだけ…
伸明と血が繋がっていない、マミさんだけとなる…
そして、そんなことを、考えていると、
「…寿さんも、伸明さんの、見合いに、来る?…」
と、マミさんが、私に聞いた…
「…でも、部外者の私が、どうして、伸明さんの縁談に、行くことが、できるんですか?…」
「…見合いと言っても、単なる顔合わせよ…」
「えっ? 顔合わせ?…」
「…そう、顔合わせ…きっと、西家の人間以外、誰も、来ないと、思うわ…」
マミさんが、さっき、私が、思った通りのことを、口にした…
「…今も、寿さんに、西家が、伸明さんの見合いを、他家にも伝えたと、言ったけれども、それは、形だけ…他家を出し抜いて、自分たちが、伸明さんを、取り込もうとしているのが、見え見えだけれども、さすがに、それを、内緒で、やるのは、気が引けるんでしょ?…」
「…」
「…だから、他家に、伸明さんとの、縁談を伝えた…そういうことよ…」
「…そういうこと?…」
「…そうよ…」
「…」
「…でも、本家の人間と言ったって、私と、伸明さんだけじゃ、心細い…だから、寿さんも、来てくれないかな?…」
「…でも、私は、五井一族の人間でも、なんでもないですし、さすがに、そんな場所に、顔を出すわけには…」
「…お願い…」
マミさんが、いきなり、私に両手を合わせて、拝むような仕草をした…
「…お願い、寿さんも、来て…私と伸明さんだけじゃ、心細いの…」
まさか、マミさんが、私を拝むような仕草をするとは、思っても、みなかった…
だから、驚いた…
驚いたが、さすがに、うんと言うわけには、いかなかった…
「…私は、部外者ですよ…マミさん…」
「…それは、わかっている…」
「…でも、だったら、一体、どういう立場で、私は、参加するんですか?…」
「…それは、友人代表ということで…」
「…友人代表ですか?…」
「…そう…」
「…だったら、一体、私は誰の友人なんですか?…」
「…それは、伸明さんの…」
と、マミさんは、言いかけて、さすがに、それは、マズいと、気付いた…
それゆえ、慌てて、
「…私と、伸明さんの共通の友人として…」
と、続けた…
「…共通の知人ですか?…」
「…それなら、おかしくないでしょ?…」
「…たしかに、伸明さんの女友達が、伸明さんの縁談の席にやって来るなんて、おかしいですものね…」
私が、言うと、マミさんが、
「…」
と、絶句した…
それから、少し置いて、
「…寿さん、来てくれる?…」
と、私に懇願した…
私は、どうして、いいか、迷った…
私の立場で、顔を出すことの意味を考えた…
正直、図々しい女…
そういうイメージがある…
が、
同時に、伸明の見合い相手が、どんな女か、見てみたい…
そんな気持ちも、あった…
実に、あった…
いわゆる、興味津々というやつだ…
一体、どんな女が、伸明と見合いをするのだろうという思いが、あった…
だから、
「…いいですよ…」
と、つい、言ってしまった…
マミさんに、根負けする形だが、やはり、伸明の見合い相手が、どんな女か、気になった…
どんな女が、伸明と、見合いをするのか、実に気になった(苦笑)…




