寿綾乃という女 第4部 222
思い起こせば、ユリコは、以前、恥をかかされた…
五井の女帝、諏訪野和子に恥をかかされた…
五井の分家…
五井十三家の下位の分家から、五井ホールディングスの株を買い取り、和子に買い取りを迫ったのだ…
五井ホールディングスは、五井家の持ち株会社…
五井ホールディングスが、五井の主要事業の会社の株を持つことによって、五井のグループ会社を支配できる…
その支配の源泉である、五井ホールディングスの株は、五井一族が、握っている…
五井一族が支配している…
それが、外部に、流出することは、ありえない…
五井一族以外の人間が、持つことは、ありえない…
が、
ユリコは、五井十三家の下位の分家から、一部の株を買い取った…
そして、それを、再び買い取ることを、和子に迫った…
五井の女帝に迫った…
購入時の4倍の価格で、買い取れと迫った…
が、
和子の方が、一枚上手だった…
和子は、あらかじめ、ユリコの動きを察知していて、ユリコが、どこから、その株の購入資金を手に入れたか、掴んでいた…
ユリコが、金を借りた相手は、あろうことか、暴力団…
経済ヤクザだった…
高尾組という経済ヤクザだった…
それを掴んでいた、和子は、ユリコに、言った…
「…2倍で、買い取りましょう…」
と、言った…
当然、ユリコは、反発した…
烈火のごとく、怒って、反発した…
が、
和子が、ユリコが、株の購入資金を高尾組から、借りていて、その支払い期限まで、把握していると、知ると、黙った…
反論できなかった…
いついつまでに、借りていた金を返さなければ、ならない…
その期限を守らなければ、どうなるか、わからないからだ…
借りた相手は、ヤクザ…
経済ヤクザと言っても、ヤクザであることに、変わりは、ないからだ…
それを、逆手に取り、和子は、ユリコに迫った…
結果、ユリコは、ぐうの音も出なかった…
せめて、3倍の価格で、と、買い取りを、迫ったが、和子に、相手にも、されなかった…
そして、ユリコは、その屈辱を忘れなかった…
執念深いユリコは、その屈辱を忘れなかった…
ひそかに、虎視眈々と、和子に復讐する機会を窺っていたのだろう…
それが、好機を得た…
和子が、倒れた情報を得た…
それを、最大限に活用した…
抜け目のない、ユリコは、その機会を最大限、活用したということだ…
以前から、知り合いだった、この長谷川センセイが、五井家に認められることを、悲願としていたことを、利用した…
おそらくは、あのハルカが、この長谷川センセイと血が繋がってないにも、かかわらず、それを隠して、伸明と見合いをさせたのも、ユリコの入れ知恵だろう…
要するに、五井を混乱させたかった…
和子を苦しめたかった…
それが、動機だろう…
それを、思うと、今さらながら、ユリコの執念深さが、思い知らされる…
自分に恥をかかせたものに、対する執念深さを思い知らされる…
そして、なにより、そんなユリコを天敵とした自分の不運を痛感する…
せめて、もう少し、弱い相手なら、と、考える…
ユリコは、有能…
しかも、執念深い…
ホントなら、敵に回したくない相手…
しかしながら、私とユリコは、敵同士…
生まれながらの敵同士だ…
とにかく、そりが合わない…
相性が合わないのだ…
学校のクラスでも、職場でも、間違いなく、敵対するタイプ…
そんなユリコと、ナオキを巡って、三角関係になった…
これは、宿命…
我ながら、逃れられない宿命だと、感じる…
そして、そんなことを、考えている間に、いつのまにか、長谷川センセイが、消えていた…
この病室から、去った…
きっと、この病室にいるのが、いたたまれなかったのだろう…
長谷川センセイの夢は、潰えた…
あっけなく、潰えた…
五井一族の一員と、公式に認められるという夢は、潰えた…
それゆえ、この場から、逃げ出したのだろう…
そして、私が、そんなことを、考えていると、昭子が、
「…藤原さん…」
と、再度、声をかけた…
「…あまり、心配をなさらないで…」
と、声をかけた…
「…藤原さんを、心配させるような真似は、しない…そうでしょ? 伸明…」
と、昭子は、声をかけた…
いきなり、話を振られた、伸明は、驚いた…
明らかに、驚いて、昭子を見た…
「…どういうことですか?…」
と、伸明は、聞いた…
昭子に、聞いた…
「…藤原さんの会社、FK興産を、今、五井グループに入れることは、できない…」
と、昭子は、言った…
いきなり、言った…
これには、驚いた…
まさか、昭子が、そんなことを、口にするとは、思わなかった…
双子の妹の和子では、ない…
五井の女帝では、ない、昭子が、そんなことを、言うとは、思わなかったからだ…
「…叔母様…なにを、いきなり…」
マミさんが、言った…
マミさんが、口を挟んだ…
和子ではない、昭子が、そんなことを口にすることに、違和感を、感じたのだろう…
昭子は、和子ではない…
五井の女帝では、ない…
それどころか、和子から、五井を追放された身…
そんな身分の和子が、五井の経営に口を出すことに、マミさんが、違和感を、感じて、当然だった…
一方、和子も、そのことは、わかっていた…
すぐに、マミさんに、
「…安心しなさい…私は、なにも、今、五井の経営に、口を出すわけじゃない…自分の立場は、わかっている…」
と、言って、マミさんを、安心させた…
「…叔母様…」
と、マミさん。
「…私が、今、伸明に言いたいのは、今は、FK興産を、五井グループに入れることは、できないと、言うこと…」
「…できない? どうして、できないんですか? 叔母様…」
「…この伸明の様子を見なさい…」
「…伸明さんの様子…」
「…今、伸明は、ハルカさんに、刺されて、この病院に入院している…しかも、その原因は、伸明にある…ハルカさんを、妊娠させて、それが、原因で、ハルカさんは、自殺した…そんな報道が、マスコミに知られて、世間にでも、出てごらんなさい…五井は、世間から、思いっきり、叩かれるでしょう…そのタイミングで、藤原さんのFK興産を、買収することは、できない…」
「…どうして、できないんですか?…」
と、ナオキが、聞いた…
昭子は、ナオキに、向かって、
「…藤原さん、アナタは、有名人なのよ…」
と、言った…
「…アナタは、自分が、思っている以上に有名人…世間に知られている…」
「…それと、五井が、FK興産を、買収するのと、なんの関係が…」
と、ナオキ。
「…今、FK興産を、五井が、買収すれば、伸明が、ハルカさんに、襲われたことが、話題になる…そして、今は、ネットの時代…仮に、週刊誌で、伸明が、ハルカさんと関係して、子供を孕ませたことを、嗅ぎつかれても、五井の力で、その記事を抑えることができても、ネットにその記事が流れれば、抑えることが、できない…」
「…」
「…結果、五井が叩かれる可能性が高い…伸明が、世間から、叩かれる可能性が、高い…それが、わかっているのに、今、FK興産を、買収することは、できない…」
「…」
「…なにより、FK興産は、五井グループからすれば、小さな会社…藤原さんには、悪いけれども、小さな会社…その会社を買収して、伸明が、世間から、叩かれ、おまけに、五井グループのイメージが、失墜する…そんなバカな真似をできるはずがない…」
昭子が、断言した…
そう言われると、納得した…
誰もが、納得した…
マミさんも、伸明も、なにも、言えなかった…
「…」
と、無言だった…
その通り…
昭子の言う通りだったからだ…
「…ただし…」
と、昭子は、付け加えた…
「…それは、今…今だけ…」
と、昭子は、念を押した…
「…一年後、三年後は、わからない…それは、あくまで、今だけのことよ…」
昭子が、付け加えた…
またも、納得のできることを、付け加えた…
「…そして、それを切り抜けることができるかどうかは、藤原さん、アナタの経営手腕次第…」
とも、付け加えた…
「…だから、藤原さんの立場に立てば、五井に飲み込まれないように、頑張ること…私の立場からは、それ以上は、言えない…」
昭子が、断言した…
それを、聞いて、ナオキは、
「…ありがとうございます…」
と、頭を下げた…
まるで、軍隊の軍人のように、直立不動の姿勢で、昭子に、頭を下げた…
昭子は、ただ、
「…頑張りなさい…」
と、ナオキを励ました…
それから、
「…誰にも、立場がある…自分の置かれた立場がある…伸明は、五井家を守り、五井グループを発展させる立場…藤原さんは、FK興産を守り、発展させる立場…」
と、言った…
当たり前のことを、言った…
そう、思った…
そう、思ったが、そうでは、なかった…
昭子が、伸明を、見て、
「…伸明は、その当たり前が、できない…」
と、怒り出したからだ…
烈火のごとく、怒り出したからだ…
私には、意味不明…
さっぱり、わからなかった…




