寿綾乃という女 第4部 221
長谷川センセイの完敗だった…
別に、昭子と、長谷川センセイが、勝負しているわけでも、なんでもなかったが、昭子の圧勝だった…
この勝負、昭子の圧勝だった…
が、
これだけでは、終わらなかった…
昭子の追及は、終わらなかった…
昭子は、さらに、言った…
「…長谷川センセイは、今、五井一族として、認められたと、言いましたが、そもそも、その前提は、長谷川センセイの妹さんが、五井一族だと言うことが、前提でしょ?…伸明の見合い相手として、西家の当主に、紹介するのだから…」
と、長谷川センセイに、問いかけた…
長谷川センセイは、
「…」
と、無言だった…
答えられなかった…
「…ですが、そもそも、その前提が、崩れている以上、長谷川センセイを五井一族として、認められないんじゃ…」
と、昭子が言った…
伸明を、見て、言った…
私は、それを、聞いて、
…それが、狙いか!…
と、悟った…
…それが、目的だったか!…
と、悟った…
なぜ、わざわざ、この昭子が、長谷川センセイに、ハルカの話題を持ち出したか、わかった…
長谷川センセイは、絶句した…
絶句して、言葉が、出なかった…
が、
すぐに、気を取り直して、
「…でも、ボクには、五井の血が流れています…」
と、訴えた…
自らの正統性を訴えた…
が、
その言葉は、昭子には、届かなかった…
「…それは、知っています…」
と、にべもなかった…
「…それよりも、アナタのウソ…」
「…ボクのウソ?…」
「…五井の血が流れていない妹さんを、伸明の見合い相手として、紹介した、ウソ…」
と、昭子は、長谷川センセイに詰めよった…
「…そんなウソを言う人間を信じられますか? そんな大切なことを、ウソを言う人間を、五井一族として、認めることができますか?…」
と、昭子は、激しく、長谷川センセイをなじった…
「…どうですか?…」
と、長谷川センセイに、詰め寄る…
しかし、長谷川センセイは、
「…」
と、なにも、言えなかった…
「…」
と、黙ったままだった…
次に、昭子は、伸明に聞いた…
「…伸明、アナタは、どう、思う?…」
と、聞いた…
伸明はあっさりと、
「…そんな人間は、信用できませんね…」
と、答えた…
昭子は、さらに、
「…だったら、五井一族としては、どう? 認められる?…」
と、聞いた…
伸明は、無言で、首を横に振った…
それを、見た、長谷川センセイは、その場に崩れ落ちんばかりに、落ち込んだ…
「…そんな…」
と、言って、落ち込んだ…
「…そんな、バカな…」
と、言って、その場に、へたりこみそうに、なった…
「…ボクは、ただ…」
「…ただ、なんですか?…」
昭子の質問に、長谷川センセイは、黙った…
「…」
と、黙った…
昭子は、それを、見て、
「…妹さんを、伸明に紹介したのは、アナタの提案ですか?…」
と、聞いた…
長谷川センセイに、直球で、聞いた…
これもまた、長谷川センセイは、答えられなかった…
「…」
と、黙ったままだった…
それを、見た、昭子は、
「…案外、誰かの入れ知恵かしら?…」
と、言った…
まるで、鎌をかけるように、言った…
その問いかけに、明らかに、長谷川センセイは、動揺した…
ピクリと、カラダを動かした…
そして、昭子は、続けた…
「…まさか、女?…」
と、続けた…
まるで、長谷川センセイを、からかうかのように、続けた…
長谷川センセイは、なにも、言わなかったが、伸明が、昭子に、
「…どうして、女なんですか?…」
と、聞いた…
不思議そうに、聞いた…
昭子は、間髪入れずに、
「…だって、犯罪の陰に女ありって、昔から、言うでしょ?…」
と、答えた…
それを、聞いて、ますます、長谷川センセイは、動揺した…
「…そうでしょ? 藤原さん…」
と、今度は、昭子は、ナオキに、語りかけた…
それで、ようやく、わかった…
ようやく、ピンと来た…
それゆえ、すぐに、言った…
間髪入れずに、すぐに、
「…まさか、ユリコさん…」
と、私は、口にした…
たしかに、以前、この長谷川センセイとユリコさんが、二人で、仲睦まじく、スーパーで、買い物をしている姿を見たことがある…
しかし、さすがに、ユリコが、そこまで、やるとは、思わなかった…
いや、
そもそもの発端が、ユリコだとは、思わなかった…
まさか、思わなかった…
まさか、考えも、しなかった…
それから、昭子は、ナオキを見た…
藤原ナオキを見た…
そして、言った…
真剣な表情で、言った…
「…藤原さん、女選びは、大切ですよ…」
と、昭子は、子供に言うように、言った…
「…藤原さんは、経営者…一代で、FK興産を立ち上げた、立派な経営者…でも、そのFK興産が、今、五井グループに飲み込まれるか、否かの、瀬戸際…それゆえ、誰かを頼るのは、わかる…誰かに、経営の相談をしたくなるのは、わかる…」
と、昭子は、諭すように、続けた…
「…でも、さすがに、前の奥様では、それが、よくないんじゃ…」
昭子の指摘に、ナオキは、困惑した…
長谷川センセイ同様、顔色が変わった…
「…藤原さんには、失礼な物言いですが、藤原さんには、ここに、良いパートナーの方が、いらっしゃるでしょ?…」
昭子は、私を言った…
明らかに、私のことを、言った…
が、
それを、聞いたナオキが、ポツリと漏らした…
「…綾乃さんに、会社の経営のことを、相談しても…」
と、漏らした…
当たり前のことを、漏らした…
たしかに、私に会社の経営の相談をされても、答えようがない…
会社の経営に関しては、素人…
素人そのものだからだ…
まして、私は、高卒…
頭も、良くない…
ナオキや、ユリコのように、難関大を卒業したわけでも、なんでもない…
だから、とても、相談相手には、なれない…
ナオキの会社の経営に対する相談相手には、なれない…
いかに、ナオキと、十五年、FK興産に、関わっていても、できない…
私は、ナオキの秘書…
単なる社長秘書に、過ぎないからだ…
それに、比べ、ユリコは、パートナー…
ナオキの経営のパートナーだった…
だから、十分に、ナオキは、ユリコに、相談できる…
ユリコは、会社の経営の相談をするには、打ってつけの相手…
それだけの技量がある…
それだけの知識がある…
しかしながら、まさか、ユリコとは?
まさか、ユリコが、ナオキの相談相手として、ナオキと接していたとは?
夢にも、思わなかった…
考えもしなかった…
いや、
前兆はあった…
予感は、あった…
私は、それを、見過ごしただけ…
私は、それに、気付かなかっただけだ…
その予感とは、以前、ナオキに、ユリコについて、聞いたとき…
「…ユリコさんを嫌い?…」
と、聞いたとき…
「…嫌いじゃない!…」
と、ナオキは、ハッキリと、答えた…
私は、ナオキに、
「…どうして、嫌いじゃないの? ナオキ、アナタは、ジュン君を、自分の息子だと、ユリコさんに騙されて、育てた…自分の息子でもない、ジュン君を、自分の息子と、思って育てた…それなのに、どうして、嫌いじゃないの?…」
と、聞いた…
ナオキの答えは、
「…好きでも、嫌いでもない…」
だった…
そして、そう、考えれば、わかる…
そもそも、嫌いならば、結婚など、しない…
好きだから、結婚する…
当たり前のことだ…
そして、ナオキが、ユリコに騙されていても、嫌いになれないのは、そもそも、二人の相性が合うのだろう…
そうでなければ、受け入れられない…
自分を騙した女を、受け入れるはずがないからだ…
つまりは、窮地に陥ったナオキは、かつての女房に相談した…
相談相手として、選んだということだ…
その結果、私の情報は、ダダ洩れ…
いや、
私だけじゃない、私を通じて、ナオキに話した五井の情報は、ユリコにダダ洩れだった…
そして、ユリコは、それを逆手に取ったわけだ…
あの和子…
五井の女帝が、倒れたことを、契機に、和子という後ろ盾を失った、伸明に、この長谷川センセイを通じて、お見合いを迫り、あわよくば、成功させる…
自分の息のかかった娘を、伸明の妻にする…
そして、あの和子に復讐する…
自分に恥をかかせた和子に。復讐する…
そういう手筈だったのだろう…
私は、思った…
私は、考えた…
そして、今さらながら、ユリコの執念深さを思った…




