寿綾乃という女 第4部 218
ナオキの言葉に、伸明が、反応した…
これまで、能面のように、無表情だった、伸明が、反応した…
「…ウソだろ?…」
と、言って、反応した…
「…ウソじゃないですよ…」
と、ナオキが、穏やかに、言った…
「…彼女は、ボクに、言いました…」
「…なんて、言ったんですか?…」
「…藤原さんも、お金持ちで、イケメンだけれども、私は、藤原さん以上のお金持ちを知っているってね…」
「…」
「…もちろん、この世の中には、ボク以上のお金持ちは、ごまんといる…でも、彼女が、言うには、そのお金持ちは、ボクに負けないぐらいの長身のイケメンだと、言った…そう言われると、選択肢が、限られてくる…」
「…で、それが、伸明さんだと、わかったの?…」
と、私は、ナオキに、聞いた…
「…まさか?…」
ナオキが笑う…
「…そんな都合よく、諏訪野さんと、結び付けないよ…」
「…だったら、どうして?…」
「…綾乃さんだよ…」
「…私?…」
「…そう、綾乃さんが、諏訪野さんの見合いの話をボクに、しただろ? それと、さっきも言ったネットニュース…それで、ピンと来たんだ…」
ナオキが、説明する…
「…彼女は、ひとあしらいがうまかった…ボクも、短い間だけれども、彼女と接して、それを、感じた…たぶん、水商売が慣れているんだと、感じた…」
「…」
「…でも、それだけ…まさか、その彼女が、諏訪野さんの見合い相手で、しかも、諏訪野さんの子供を身籠っていたなんて、考えも、しないよ…」
ナオキが、言った…
実に、納得することを、言った…
それを、聞いて、ポツリと、伸明が、聞いた…
「…失礼ですが、藤原さんは、ハルカさんを抱いたんですか?…」
と、聞いた…
この質問には、仰天した…
あまりの直球な質問に仰天した…
が、
ナオキは、驚かなかった…
冷静に、首を横に振った…
「…いいえ…」
と、言って、首を横に振った…
「…どうして、ですか?…」
と、今度は、伸明が、ナオキとは、真逆に、熱を帯びた感じで、聞いた…
「…どうして、ハルカさんを、抱かなかったんですか? 彼女は、美人ですよ…」
伸明の問いかけに、ナオキは、笑った…
不敵に、笑った…
「…ボクも、諏訪野さんと、同じですよ…」
と、言って、不敵に笑った…
「…同じ? なにが、同じなんですか?…」
「…相手選び…口の軽い女と、そういう関係には、ならない…」
「…」
「…ボクは、綾乃さんが、思っているほど、女関係に奔放な男じゃないですよ…」
ナオキが、笑って言う…
私に対して、言うというより、伸明に対して、言う…
それゆえ、私ではなく、伸明が、
「…それは、どういう意味ですか? 藤原さん?…」
と、聞いた…
「…今も言ったように、ボクも、諏訪野さんと、同じです…」
「…同じ? なにが、同じなんですか?…」
「…諏訪野さんほどじゃないですけれども、守るべきものが、ある…」
「…守るべきもの?…」
「…諏訪野さんが、五井家を守ろうとしているように、ボクは、ボクの経営する会社やボクのブランドイメージを、守ろうとしている…」
「…藤原さんのブランドイメージ?…」
「…これでも、少しは、世間に名前が知られているものですから…」
ナオキが、笑う…
たしかに、ナオキは、週一で、テレビで、キャスターをしている…
しかしながら、著名な芸能人ほどの知名度はない…
言わば、知る人ぞ、知るという感じ…
圧倒的な知名度はないが、そこそこに、世間に知られている…
そして、それが、目的…
ナオキが、テレビのキャスターを受けた目的だ…
イケメンな自分のルックスを武器にして、テレビに出演して、自分の経営する会社の知名度を上げる…
それが、目的だ…
つまりは、自分自身が、広告塔になる…
FK興産の広告塔になる…
それが、目的…
だから、今、ナオキが、言ったように、どこでも、誰とでも、美人なら、寝るわけはない…
その美人が、マスコミに垂れ込んだり、ネットで、暴露されては、困る…
藤原ナオキのブランドイメージに、傷がつくからだ…
だから、慎重になる…
たとえ、女遊びをするにしても、慎重になる…
が、
おそらくは、このナオキと伸明の差…
この差がなにかと、問われれば、生まれの差…
平凡な家庭に生まれたのか?
お金持ちの家庭に生まれたか?
その差だ…
そして、その差が、おそらく、二人の女選びに出る…
平凡な家庭に生まれたナオキの方が、女を見る目がある…
ひとを、見る目がある…
片や、お金持ちのボンボンに生まれた伸明の方が、女を選ぶ目がない…
それは、環境による…
育った環境による…
一般人の中で、育ったナオキの方が、色々な人間に属性がある…
免疫がある…
それが、伸明には、ない…
その差だ…
だから、伸明は、ハルカに騙され、ナオキは、騙されなかった…
それが、大きい…
もちろん、伸明だって、ナオキ、同様、警戒する…
いや、
ナオキ以上に、警戒する…
五井の当主だからだ…
五井の看板を背負っているからだ…
伝統ある五井の看板を背負っているからだ…
だが、甘い…
ナオキに比べて、甘い…
しかしながら、それを、責めることは、できない…
伸明は、全力でやっているが、甘い…
ひとを見る目が甘い…
それが、答えだからだ…
それが、現実だからだ…
そして、私が、そんなことを、考えていると、マミさんが、
「…でも、意外だった…」
と、ポツリと、漏らした…
「…意外? なにが、意外なんですか?…」
と、ナオキ。
「…伸明さんの女関係…これまで、一度も、聞いたことがないから、意外だった…驚いた…」
マミさんが、実感を込める…
私は、それに、同意した…
激しく、同意した…
たしかに、これまで、伸明の女関係は、聞いたことが、なかった…
それが、こんな形で…
こんな形で、明るみになるなんて、夢にも、思わなかった…
まさに、夢にも、思わなかったのだ…
そして、マミさんの発言を聞いた昭子が、一言、
「…脇が甘いのよ…」
と、吐き捨てた…
「…脇が甘いって、そんな叔母様…」
と、マミさん。
「…今、藤原さんが、言ったように、女を見る目…他人を見る目が、欠けている…圧倒的に、欠けている…だから、あんな女に騙される…」
昭子が、辛辣に、言った…
が、
それに、伸明が、反論した…
それまで、ほぼ、沈黙を守ってきた、伸明が、反論した…
「…わからなかったわけじゃない…」
と、反論した…
これには、驚いた…
いや、
驚いたのは、私だけじゃない…
マミさんも、ナオキも、驚いた…
そして、マミさんが、
「…どういうこと?…」
と、伸明に、聞いた…
直球で、聞いた…
「…彼女が、あのハルカさんが、誰かの差し金で、動いていたのは、わかった…」
と、伸明が答える…
「…誰かの差し金って、どういうこと?…」
と、マミさん。
「…ボクに近寄って来る女は、皆、疑ってかかる…」
「…えっ?…」
と、マミさん。
「…背後に、誰かいないかとか、ボクの地位を知って、近寄ってくるのか、考える…」
「…」
「…彼女の場合は、それを、感じさせなかった…だから、付き合えた…」
「…それって、もしかして、それほど、彼女が、自分の素性を隠すのに、長けていたと、いうことですか?…」
と、ナオキが、聞く。
「…たぶん、そうかも、しれない…」
伸明が、答える…
「…でも、ボクには、わからなかった…ただ、いっしょに、酒を飲んで、騒ぐには、楽しい相手だったと、いうほかは、ない…」
伸明が、弁明する…
「…だから、見合いの席に、彼女が、やって来たことは、仰天したし、彼女の態度にも、仰天した…」
「…仰天したって、どう仰天したの?…」
と、マミさん。
「…ボクを、まったく、知らない人間のように、接したことに、まずは、驚いた…」
「…えっ?…」
「…それまで、見知った相手…男女の関係にあった相手だ…それが、さも、初めて、会ったような感じで、ボクに接した…これで、戸惑わなければ、どうかしている…」
「…」
「…でも、しばらく、彼女の態度を見ていると、彼女も、緊張していることが、わかった…緊張しながらも、ボクと、知り合いだと、いうことが、周囲に、わからないように、わざと、高飛車な態度で、ボクに対して、演技をしていることが、わかった…」
「…」
「…だから、それに、ボクも、乗っかることにした…彼女の態度に、合わせることにした…あんなことは、人生、初めてだった…」
「…」
「…それで、あの場は、収まった…」
「…」
「…でも、当然、後で、連絡はする…なぜ、あのとき、やって来たのか? どうして、あんな態度を取ったのか、問い詰めた…」
「…」
「…でも、彼女は、知らなかったらしい…」
「…知らなかったって、ウソ!…」
と、マミさん。
「…いや、ホント…」
と、伸明。
「…どうして、知らなかったんですか?…」
と、ナオキが、聞く。
「…事前に、彼女に教えなかった…見合い相手が、ボクだってことを…写真も、見せなかったらしい…」
「…そんな…」
と、マミさん。
「…でも、彼女は、見合いを依頼した兄に、恩義があり、そんな条件でも、見合いを断れなかったらしい…」
「…恩義って、なに?…」
昭子が、聞いた…
「…ずばり、お金…学生時代の学費…」
「…えっ? 学費ですか?…」
と、私。
まさか、学費の話が、ここで、出て来るとは思わなかった…
「…彼女が、言うには、親と、うまくいっていなかったらしい…それで、歳の離れた兄に、援助してもらって…それが、あるから、見合いの件を断れないし、条件もなにもない…自分は、ただ、従うだけだと、言っていた…」
伸明が、告白する…
あの日の見合いの内側を告白する…
私は、仰天した…
いや、
私だけではない…
その場にいる全員が、仰天した…
伸明以外の全員が、仰天した…




