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寿綾乃という女 第4部  作者: トモサン


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217/225

寿綾乃という女 第4部 217

 私たちは、その後ろ姿を見送った…


 呆気に取られて、見送ったと言っていい…


 まさか、こんなにも、呆気なく、団郁馬が、この場から、去るとは、思わなかった…


 こんなにも、あっさりと、この場から、逃げ出すとは、思わなかったからだ…


 だから、全員が、呆気に取られて、団郁馬の逃亡を見送った…


 と、思った…


 と、思ったが、違った…


 昭子だけが、違った…


 「…相変わらず、逃げ出しが、早い…」


 と、団郁馬を嘲った…


 「…自分が、都合が悪くなると、すぐに、逃げ出す…」


 と、団郁馬を悪しざまに、言った…


 それを、聞いた、マミさんが、


 「…叔母様…そんな言い方は…」


 と、やんわりと、昭子をたしなめた…


 が、


 昭子は、平気だった…


 「…マミさん、なにを、言っているの!…」


 と、真逆に、マミさんを叱った…


 「…あの男は、本家に逆らったの! アナタのお父様に逆らったの! …そんな男を許しちゃ、ダメ!…五井の序列が崩れて、やがて、五井そのものが、崩壊する…」


 「…叔母様…そんな…」


 「…そんなも、こんなもない…団郁馬のやろうとしていたことは、蟻の一穴(いっけつ)よ…」


 「…蟻の一穴(いっけつ)?…」


 「…団郁馬が、望んだのは、分家である、五井北東家の取り分を、増やすこと…五井ホールディングスの株の配分を増やすこと…」


 「…えっ!…」


 「…でも、そんなことを、認めれば、他の分家も黙っちゃいない…みんな自分の取り分を増やせと言ってくる…」


 「…」


 「…だから、どんなことがあっても、団郁馬の言い分を認めるわけには、いかない…それが、建造さんの遺言…」


 「…父の遺言…」


 と、マミさん。


 「…そう、建造さんの人生は、五井をまとめあげることだった…五井十三家をまとめあげることだった…そのために、すべてを捨てた…自分の欲望を、すべて、捨てた…」


 「…」


 「…それを、このバカが…」


 と、いきなり、昭子は、伸明を見た…


 バカと、呼ばれたのは、伸明…


 自分の息子の伸明だった…


 私は、驚いた…


 いや、


 私だけではない…


 この場にいる、マミさんも、ナオキも、驚いた…


 「…バカ?…」


 と、マミさん。


 「…どうして、伸明さんが、バカなんですか?…」


 「…この伸明は、誤解したの…」


 「…誤解? なにを誤解したんですか?…」


 と、マミさん。


 「…建造さんの真意…」


 「…父の真意?…」


 と、マミさん。


 「…なにが、真意なんですか?…」


 その質問には、答えず、昭子は、私を見た…


 私、寿綾乃を見た…


 「…この伸明は、寿さんを憎んだ…」


 「…えっ? 伸明さんが、寿さんを憎んだ?…どうして、憎んだんですか?…」


 と、マミさんが、聞く…


 「…建造の寿さんに、対する態度…」


 「…態度?…」


 「…実に、優しく、寿さんに、接する…まるで、大切なもののように、寿さんに、接する…」


 「…」


 「…それを、見て、伸明は、嫉妬した…自分は、建造さんに、大事にしてもらった…血の繋がりが、ないにも、かかわらず、大事にしてもらった…でも、建造さんの寿さんに、対する態度とは、比較にならない…寿さんは、比較にならないほど、建造さんに、溺愛されている…それで、嫉妬した…同時に、憧れた…猛烈に憧れた…団郁馬に、たぶらかされてね…」


 「…」


 「…マミさんも同じでしょ?…」


 「…えっ? 同じ?…どうして、同じなんですか?…」


 「…アナタも、団郁馬に、伸明と、同じように、寿さんのことを、言われたんでしょ? 建造さんが、いかに、寿さんを可愛がったか、聞いたのでしょ?…」


 昭子の質問に、マミさんが、黙った…


 「…」


 と、黙った…


 「…」


 と、なにも、言わなかった…


 が、

 

 それで、わかった…


 さっき、なぜ、マミさんが、まるで、私を敵視するように、見たか、わかった…


 それまで、マミさんは、私をそんな目で見ることは、なかった…


 だから、驚いた…


 だから、当惑した…


 マミさんは、私を羨望した…


 亡き父の建造が、私を溺愛したのを、知って、羨望した…


 そういうことだった…


 昭子が、次いで、


 「…あの団郁馬は、ひとの弱点を探るのが、うまい…」


 と、語った…


 「…うまい…どういうことですか?…」


 それまで、黙って、私たちのやりとりを聞いていた、ナオキが、口を挟んだ…


 「…団郁馬は、嫉妬の塊(かたまり)…コンプレックスの塊(かたまり)…だから、同じように、他人のコンプレックスを見つけるのが、うまい…なにを言えば、その人間のコンプレックスを刺激するのか、よく、わかっている…)


 「…」


 「…だから、団郁馬は、伸明にも、マミさんにも、言った…いかに、建造が、寿さんを可愛がったか、言った…それで、マミさんの嫉妬心をかきたてた…血の繋がった実の娘以上に、建造さんが、寿さんを溺愛することを、言った…違う?…」


 昭子に聞かれて、マミさんは、なにも、言わなかった…


 おそらく、事実ゆえに、なにも、言わなかった…


 そういうことだろう…


 それを、見た、昭子は、今度は、伸明を見た…


 ベッドの上で、寝ている伸明を見た…


 そして、言った…


 「…バカなコ…」


 と、言った…


 が、


 そのバカは、愛情の裏返し…


 少しも、バカな感じじゃなかった…


 「…あんな、団郁馬の手に、簡単に乗って…」


 と、伸明を、非難した…


 「…あの男は、コンプレックスの塊(かたまり)…他人のコンプレックスを見つけて、それを、刺激する…そんな簡単なことも、わからないなんて…」


 「…」


 「…バカもバカ…大バカ…」


 昭子が、吐き捨てる…


 が、


 伸明は、なにも、言わなかった…


 無言で、私たちのやりとりを見ていた…


 まるで、心、ここにあらずと言った感じだった…


 私は、そんな伸明に、驚いた…


 これは、マミさんも、同じだった…


 ナオキも、また、同じだった…


 「…どうしたの? 伸明さん?…」


 と、マミさんが、心配して、伸明のベッドに駆け寄った…


 「…どうして、なにも、言わないの?…」


 マミさんが、涙を流して、伸明に、聞いた…


 それでも、伸明さんは、なにも、言わなかった…


 無言だった…


 ただ、黙って、私たちのやりとりを、見ていた…


 私は、唖然とした…


 同時に、疑問だった…


 …なぜ、なにも言わないのだろう?…


 それが、疑問だった…


 すると、その答えを、昭子が、言った…


 ずばりと、言った…


 「…恥ずかしいのよ…」


 と、ずばりと、言った…


 「…そして、どういう顔をして、いいのか、わからない…藤原さんは、ともかく、マミさんや、寿さんは、女性…その女性の前で、自分が、二人に、隠れて、女遊びをしていたことが、バレた…しかも、その相手は、自分の失態で、自殺した…こんな状態で、誰に対しても、どんな顔をしていいのか、わからない…だから、なにも、言わない…違う、伸明?…」


 昭子が、指摘した…


 伸明の心の中を冷静に、指摘した…


 が、


 それでも、伸明は、なにも、言わなかった…


 「…」


 と、黙ったままだった…


 そこで、ナオキが、


 「…ハルカさんのお腹の子供の父親は、やはり、諏訪野さんだったんですね?…」


 と、いきなり、言った…


 私が、考えても、いないことを、いきなり、言った…


 これには、驚いた…


 いや、


 そもそも、ナオキが、どうして、いきなり、この話題に触れたのか?


 それが、わからなかった…


 それが、謎だった…


 それは、この伸明も、同じだったようだ…


 これまでの能面のような表情から、一転して、興味ありげに、ナオキを見た…


 興味津々にナオキを見た…


 私は、驚いたが、


 「…ナオキ…どうして、アナタ…そんなこと?…」


 と、言った…


 当たり前だった…


 なぜ、ナオキが、そんなことを、言い出したのか、さっぱり、わからなかったからだ…


 私の質問に、ナオキは、私を見て、言った…


 「…綾乃さんも、知っているように、ボクは、一時、伊豆に幽閉されただろ? この病院のオーナーの五井北東家の伊豆の別荘に、幽閉されただろ?…」


 「…それは、当然、知っているわ…でも、それと、ハルカさんと、一体、なんの関係が?…」


 「…伊豆の別荘に、幽閉されていたときに、女のコたちに、接待されていたと、綾乃さんに、言ったでしょ?…」


 「…ええ、聞いたわ…」


 「…若い女のコたちを、何人も集めて、乱痴気騒ぎ…セックスまではないけれども、昼は、近くの川で、渓流釣りや、バーベキュー大会…夜は、夜で、酒を飲んで、乱気騒ぎ…若い美女たちを数人集めて、ボクを接待した…接待漬けにした…」


 「…それが、一体、今、なんの関係が?…」


 と、私。


 「…いたんだよ…その中に?…」


 「…いた? なにが、いたの?…」


 「…ボクを接待漬けにした、美人の女のコたちの中に、そのハルカさんが?…」


 「…えーっ! ウソ!…」


 私は、素っ頓狂な声を上げた…


 私は、唖然として、ナオキを見た…


 私のパートナーを見た…


 「…でも、そんな話…これまで、全然…」


 「…ボクだって、なにがあったか、すべて、綾乃さんに、話すわけじゃないさ…」


 ナオキが、言う…


 至極、当然のことを、言う…


 「…伊豆の別荘に幽閉されて、若い女のコに囲まれて、接待漬けだったことは、綾乃さんに、言っただろうけれども、女のコたちの素性は、わからなかった…」


 「…だったら、どうして?…」


 「…ネットで、ハルカさんの顔を偶然、見たからさ…ハルカさんが、自殺したことで、ニュースになった…それで、彼女のことを、思い出した…」


 ナオキの言葉で、たしかに、このナオキは、あのハルカさんに、会ったことは、ないと、思った…


 なにしろ、あの伸明の見合い…


 五井西家が仕掛けた伸明の見合い…


 あの席に、このナオキは、いなかったからだ…


 だから、ナオキは、ハルカさんを、知っているはずがなかった…


 私が、ナオキに、ハルカさんの話はしても、ハルカさん自身と、ナオキは、会ったことがないと、思っていた…


 それが…


 しかし、そう、考えれば、わからない話ではない…


 なにしろ、あの伸明の見合い…


 あの見合いは、五井西家が、伸明にハルカを、嫁として、押し込み、自分は、ハルカさんの事実上の親代わりになり、本家に、食い込もうとした…


 が、


 あのハルカを、知ったのは、偶然、長谷川センセイと、知り合ったから…


 五井西家の血を引く、長谷川センセイと知り合ったからだ…


 長谷川センセイは、ハルカが、自分と血が繋がらないことを、隠し、あの西家の当主に、ハルカを紹介した…


 しかしながら、あの長谷川センセイは、北東家の団郁馬と組んでいた…


 だから、団郁馬が、仕組んだ、ナオキを伊豆の奥深くの別荘に幽閉する計画に、ハルカが、加担しても、おかしくはない…


 むろん、団郁馬の権力を駆使すれば、若い美人を何人も、集めることは、容易いだろう…


 しかしながら、ナオキを伊豆の山奥の別荘に幽閉して、接待漬けにする…


 逃げられないように、接待漬けにする…


 そんな胡散臭いことに、加担する女性は、限られる…


 しかも、普通に、考えれば、当然、口の堅い女性を求めるに、決まっている…


 そんなことを、ベラベラと、外で、喋られたら、困るからだ…


 そう考えると、選択肢は、限られてくる…


 それゆえ、あのハルカが、ナオキを接待する女性の中のひとりとして、参加していても、おかしくはない…


 彼女の経歴を考えれば、おかしくない…


 いや、


 おかしいどころか、最適…


 最適解だ…


 私は、思った…


 私は、考えた…


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