寿綾乃という女 第4部 216
その瞬間、時が、止まった…
この病室の時が止まった…
そんな気がした…
誰もが、絶句して、カラダが、固まったからだ…
数十秒だが、カラダが、固まったからだ…
それを、破ったのが、マミさんだった…
またも、マミさんだった…
静寂を破ったのが、マミさんだった…
「…まさか?…」
と、笑った…
硬い表情で、笑った…
が、
それを、団郁馬が、否定した…
「…ウソじゃない!…」
と、否定した…
「…それで、精神的に、参った、伸明クンの姿を他人様に、見せるわけには、いかないと、思って、この病院に隔離したんだ…」
と、団郁馬が、仰天の事実を語った…
これまで、考えたことのないことを、語った…
それゆえ、誰もが、今まで以上に、固まった…
あまりの想定外の事実に、固まった…
言葉も、出なかった…
が、
その沈黙を破ったのは、またも、マミさんだった…
やはり、同じ五井の一族ゆえに、発言しやすいからだ…
「…叔父様、伸明さんに頼まれて…ですか?…」
と、遠慮しがちに、言った…
が、
団郁馬は、無言で、首を横に振った…
それを、見た、マミさんが、
「…だったら、誰に?…」
と、聞いた…
目に涙を浮かべて、聞いた…
「…それは、私が、頼んだのよ…」
と、言いながら、誰かが、やって来た…
この病室にやって来た…
聞き覚えのある、声…
一体、誰だったろうか?
慌てて、声のした方を見た…
そこには、昭子が、いた…
伸明の母の昭子がいた…
私たちは、全員が、仰天した…
まさか、この場に、昭子が現れるとは、夢にも、思わなかったからだ…
伸明の産みの親である、昭子が現れるとは、夢にも、思わなかったからだ…
そして、昭子を見た瞬間、思い出した…
以前、昭子が、私に会った際に、
「…寿さんは、まだ、伸明と、寝ていないんでしょ?…」
と、私に直球で、聞いたことを、思い出した…
あのときは、あまりにも、直球な質問で、驚いたが、今、考えれば、あの時点で、この昭子は、伸明が、あのハルカと、いい関係であることを、知っていたのでは、ないか?
あのときは、まだ、ハルカのお腹の子供が、伸明の子供であることを、知らずとも、伸明が、ハルカと、男女の関係であることを、知っていたのではないか?
それゆえ、わざと、あんな質問を私にしたのでは、ないか?
私は、そう、気付いた…
今さらながら、気付いた…
そして、私が、そんなことを、考えていると、
「…寿さん、お久しぶり…」
と、昭子が、真っ先に、私に挨拶をした…
私より先に、同じ五井の一族である、マミさんや、団郁馬に挨拶をするのが、普通だと、思うが、なぜか、真っ先に、私に挨拶をした…
が、
そんなことは、どうでもよく、私は、機械的に、
「…こちらこそ、お久しぶりです…」
と、丁寧に、腰を折って、挨拶をした…
これも、機械的…
反射的に、だ…
ツーと言えば、カー…
そんな具合だ…
昭子の姿を見た、マミさんは、目に涙をためて、
「…叔母様…」
と、昭子に、話しかけた…
その姿を見た、昭子は、
「…マミさん、どうしたの? その涙?…」
と、不思議そうに、聞いた…
それを、聞いたマミさんは、戸惑った…
「…これは…」
と、指で、涙を拭きながら、戸惑ったように、答えた…
が、
昭子は、遠慮がなかった…
「…泣くようなこと?…」
と、言って、遠慮がなかった…
「…マミさん、アナタは、五井一族…とりわけ、建造さんの血を継ぐ、唯一の娘…アナタには、今後とも、伸明の妹として、本家を支えてもらいたい…伸明を支えてもらいたい…それが、こんなことで、泣いちゃダメ!
こんな些細なことで、涙を流しちゃ、ダメ!…」
と、マミさんを叱った…
強く、叱った…
叱られたマミさんは、
「…叔母様…」
と、言って、余計に、涙を流した…
「…だから、泣いちゃ、ダメだって…」
と、昭子が、重ねて、言う…
「…マミさん、アナタは、経営者…そして、五井一族…五井一族は、他人様の上に立つのが、使命…生まれながらの宿命…そんな他人様の上に立つ人間が、簡単に、泣いちゃダメ! 他人様に弱い姿を見せちゃ、ダメ…それでは、誰も、ひとが、マミさんに、ついていかなくなる…マミさんを頼りなく思って、しまう…」
昭子が、強い口調で、言った…
それを、聞いたマミさんが、余計に、
「…叔母様…」
と、それまで以上に、涙を流した…
それを見た、昭子が、
「…だから、泣いちゃ、ダメだって…」
と、言って、苦笑した…
それから、昭子は、団郁馬に、向き直った…
「…相変わらず、やんちゃね…」
と、言って、向き直った…
「…本気で、本家を敵に回すつもりだったの?…」
と、笑いながら、団郁馬に聞いた…
「…五井本家に歯向かうつもりだったの?…」
と、笑いながら、聞いた…
が、
その目は、怒っていた…
明らかに、怒っていた…
それを、見た、団郁馬は、たじろいだ…
明らかに、昭子の迫力に、圧倒された…
それゆえ、
「…そんなことは…」
と、否定した…
ためらいがちに、否定した…
「…建造さんが、生きていれば、この程度じゃ、すまなかったわよ…」
と、昭子が、笑いながら、警告した…
「…建造さんが、生きていれば、躊躇なく、五井から、追放した…五井北東家を追放した…」
昭子が、笑いながら、断言した…
口元は、笑っていたが、目は、笑って、いなかった…
目は、怒っていた…
昭子は、さらに、続けた…
「…今回のことは、伸明のこともあるから、大目に見てあげる…伸明の面倒を見てくれたから、許してあげる…」
私は、昭子の言葉を聞いて、ピンとした…
おそらくは、この団郁馬を、誅したのは、伸明ではなく、昭子だと、気付いた…
本家に弓を引く、この団郁馬を、制圧したのは、伸明ではなく、昭子だと、気付いた…
おそらくは、伸明の面子を考えて、対外的には、伸明が、団郁馬に頭を下げさせたことに、したのだろう…
それを、マミさんは、同じ五井一族から、聞いて、伸明が、この団郁馬に直接、頭を下げさせたと、思ったのだろう…
だが、現実は、この通り…
この昭子が、動いた…
脳梗塞で、倒れた、妹の和子の代役で、動いた…
双子の妹である、五井の女帝の和子の代わりに、動いた…
つまりは、代役…
和子の代役だ…
五井の女帝の代役だ…
昭子に、指摘された、団郁馬は、
「…昭子さんは、相変わらずだな…」
と、薄ら笑いを浮かべて、言った…
「…なにが、相変わらずなの?…」
と、昭子。
「…相変わらず、手厳しい…」
と、団郁馬が、薄ら笑いを浮かべて、答える…
が、
それを見た、昭子が、
「…なんなら、北東家を正式に、五井から。追放しましょうか?…」
と、提案した…
「…五井グループは、グループを挙げて、西都新聞を応援する…その際に、東都新聞を管理する、五井北東家は、正式に、五井グループから、独立しましたとでも、宣伝するわ…それで、世間からは、東都グループは、五井から、外れたと、わかる…」
昭子が、笑いながら、団郁馬に迫った…
団郁馬の顔色が変わった…
真っ青になった…
「…まさか、そこまで…」
と、言って、真っ青になった…
しかし、昭子は、
「…本気よ…」
と、一言。
「…冗談なんかじゃない!…」
昭子が、断言した…
それを、見た、団郁馬が、
「…昭子さん、そんな…ボクと、キミの仲じゃないか?…」
と、突然、泣きを入れた…
「…私とアナタが、どんな仲なの?…」
と、昭子。
「…あんなに、親しかったじゃないか?…」
と、団郁馬。
それを、聞いて、この昭子が、かつて、この団郁馬と、親しかったことを、思い出した…
そう、このマミさんから、聞いたことを、思い出した…
が、
団郁馬の発言を聞いた、昭子は、せせら笑った…
「…アレは、建造さんに頼まれたから…」
と、せせら笑いながら、言った…
「…建造さんに…頼まれた?…」
団郁馬が、驚愕する…
「…親しくなければ、情報は、得られないから…」
と、続けた…
さらに、昭子は、追い打ちをかけた…
「…さもなければ、アナタのように、コンプレックスの塊で、上昇志向の強いだけの男と、仲良くなんて、なるもんですか!…」
と、断言した…
「…コンプレックスの塊…」
と、言って、団郁馬が、絶句した…
「…もっと、身の丈にあった生き方をしなさい…生まれだけは、いいのだから…」
昭子が、追い打ちをかけると、団郁馬は、いたたまれないようだった…
慌てて、この病室から、逃げるように、出ていった…
二度と、戻って、来なかった…




