寿綾乃という女 第4部 215
伸明は、実に、楽しそうに、笑った…
が、
それは、同時に、皮肉だった…
ナオキに対してではなく、私に対しての皮肉だった…
伸明が、初めて見せる、私に対する皮肉だった…
私は、内心、驚くと同時に、
…やはり…
とも、思った…
強く、思った…
これまで、伸明は、あまりにも、紳士的過ぎた…
私に対しても、ナオキに対しても、紳士的過ぎた…
おそらく、誰に、対しても、紳士的過ぎた…
それは、おそらく、演じていた…
自分の心の中を、誰にも、見せず、完璧な五井の当主を演じていた…
それだから、誰にも、紳士的過ぎた…
が、
それが、今、なくなった…
素の伸明と言えば、言い過ぎだが、それまで、伸明が、決して、私たちの前で、見せなかった、もう一つの顔を見せた…
皮肉屋の顔を見せた…
おそらく、それが、伸明のもうひとつの顔なのだろう…
頭の良い、伸明のもう一つの顔なのだろう…
頭の良い人間には、ありがちな、顔…
金持ちには、ありがちな素顔だ…
他人をディスる素顔だ…
それゆえ、私は、それを、見て、驚かなかった…
少しも、驚かなかった…
誰もが、良い面と悪い面がある…
誰もが、性格の裏と表がある
学校や会社では、絵に描いたような品行方正な人間が、家庭内暴力の常習者だったり、そこまでいかなくても、裏では、他人の悪口三昧だというのは、よく聞く話だ…
だから、驚かなかった…
こんな皮肉を言う伸明の姿を見ても、驚かなかった…
が、
マミさんは、違ったらしい…
「…伸明さん…」
と、言いながら、涙目になった…
今にも、涙を流さんばかりの表情になった…
片や、もう一人の当事者である、団郁馬の表情に、変化はなかった…
ただ、楽しそうに、笑っているだけだった…
唇に、笑みを浮かべて、笑っているだけだった…
「…伸明クン、マズいよ…」
と、言って、笑っているだけだった…
それを、見た、私は、この団郁馬が、伸明と、懇意の仲であることに、気付いた…
たしか、伸明の産みの母である、昭子が、この団郁馬と、仲が、いいと、マミさんが、言っていた…
その言葉を思い出した…
それを、考えれば、納得がゆく…
この団郁馬が、なぜ、伸明のこんな姿を見ても、驚かないのか、納得がゆく…
おそらくは、この団郁馬は、伸明が、幼いときから、親しかったのでは、ないか?
おそらくは、母の昭子が、団郁馬と親しかったというから、子供の頃から、母の昭子と共に、この団郁馬と会うときに、いつも、いっしょに、いたのではないか?
そう、思った…
幼い子供を、普通は、ひとりでは、家に置けない…
もちろん、五井は、大金持ちだから、ベビーシッターや、お手伝いさんは、身近に、いるだろう…
しかしながら、今、この団郁馬の態度を見る限り、そう、考えるのが、自然…
この団郁馬が、幼いときから、この伸明を、知っていた…
身近に、知っていた…
そう、思うのが、自然…
実に、自然だ…
つまりは、距離感が近い…
それゆえ、知っていた…
伸明が、実は、皮肉屋であることを、知っていた…
その可能性が、強い…
実に、強い…
私は、そう、見た…
私は、そう、睨んだ…
そして、そう、考えて、伸明を、見た…
あらためて、見た…
同時に、マミさんも、見た…
目に涙をためている、マミさんを、見た…
伸明は、薄ら笑いを浮かべていたが、同時に、追い込まれた感じがあった…
私たちが、やって来たことで、いよいよ、追い込まれた感じがあった…
私たちが、ここに到着することを、あらかじめ、わかっていたようなことを、言ったが、それは、強がり…
もしかしたら、強がりかも、しれなかった…
その証拠に、薄ら笑いを浮かべていたが、それは、変な話、強盗犯など、犯罪を犯したものの元に、刑事がやって来て、
「…ようやく、やって来ましたか?…」
と、犯罪者が、刑事に、言ったようにも、思えたからだ…
そんな姿に、重なって見えたからだ…
そんな伸明の姿を見た、私は、つい、
「…しっかり、しなさい!…」
と、伸明に劇を飛ばした…
それから、
「…伸明さん、アナタのやったことに、真摯に向き合いなさい!…」
と、続けた…
まるで、教師が、生徒に、言うように、続けた…
伸明は、ビックリして、私を見た…
ハンサムな伸明の姿が、まるで、子供に、見えた…
母親に、叱られた、子供に、見えた…
それは、驚きだった…
伸明を、叱った私から、見ても、驚きだった…
まるで、ベッドの上の伸明が、子供に返ったように、見えたからだ…
だから、驚きだった…
実に、驚きだった…
そして、伸明はいうと、それから、少しして、
「…まるで、母親だな…寿さんは…」
と、呟いた…
「…ボクのお母さん…」
と、続けた…
それから、
「…で、お母さんは、ボクが、なにをしたか、わかる?…」
と、私に対して、挑戦するようなことを、言った…
挑戦する、眼差しで、私を見た…
私は、即座に、
「…ハルカさんを、妊娠させた…」
と、告げた…
「…そして、捨てた…」
と、言った…
「…自分に、都合が悪くなって、捨てた…」
と、伸明を、非難した…
が、
伸明は、平気だった…
私の言葉に無反応だった…
罪の意識がなかった…
私は、頭に来た…
私は、女…
やはり、女の立場で、考える…
ハルカさんの立場で、考えるからだ…
だから、頭に来た…
実に、頭に来た…
が、
伸明は、違った…
明らかに、違った…
「…は? 妊娠? それが、どうした?…」
と、私に、対して、食ってかかったからだ…
私は、唖然とした…
まさか、ここまでとは、思わなかった…
まさか、ここまで、伸明が、卑劣な人間だとは、思わなかった…
まさか、伸明の裏の顔が、ここまで、卑劣な人間だとは、思わなかったからだ…
だから、唖然とした…
が、
伸明は、すぐに、
「…誰の子供なのか、わかったもんじゃない!…」
と、吐き捨てた…
それを、目の当たりにした、マミさんが、咎めるように、
「…伸明さん…」
と、伸明を制した…
「…そんな言い方は…」
と、目に涙を浮かべて、伸明を制した…
が、
それを、見た、伸明は、言った…
冷静に、言った…
「…あの女は、生まれてくる、子供の父親として、ボクに、認知してと、言ってきた…だから、ボクは、言った…」
「…なんて、言ったの?…」
と、マミさんが、聞く…
「…生まれてきた子供のDNA鑑定をしてボクの子供だと、わかれば、認知するとね…そしたら、あの女は…」
「…あの女は、どうしたの?…」
「…散々、私を抱いて、そんな言い草は、ないんじゃない! って、激怒したんだ…」
「…激怒した?…」
「…そう…文字通り、激怒して、怒鳴りまくった…ボクのことを、人間じゃないって、言ってね…」
「…それで、刺されたんですか?…」
と、冷静な口調で、ナオキが、言った…
実に、落ち着いた感じで、言った…
「…その通り…」
と、伸明も、冷静に返した…
「…でも、それじゃ、ハルカさんが、怒るのも、無理はないんじゃ…」
と、マミさんが、遠慮がちに、呟く…
やはり、マミさんも、女…
同じ女の立場で、ものを言う…
ハルカさんと、同じ立ち場で、ものを言う…
が、
それを、聞いた、伸明が、笑った…
「…芝居だよ…」
と、言って、笑った…
「…どうして、芝居なの?…」
と、マミさんが、伸明に、食ってかかった…
当たり前だった…
ハルカの立場に立つなら、当たり前だった…
「…答えは、簡単さ…」
伸明が、笑って、答えた…
「…簡単って、なんですか?…」
と、今度は、ナオキが、口を挟んだ…
伸明は、すぐさま、種明かしをした…
「…あの女…ボクが、五井家の当主と、知ると、いきなり、言い出したんだ…それまで、一度も、そんなこと、言わなかったのにね…」
私は、唖然としたが、納得した…
実に、ありがちな話だからだ…
相手が、金持ちの男だとわかると、女が、誰もが、やりがちなことだからだ…
だから、誰もが、納得した…
ここにいる、全員が、納得した…
そう、思った…
そう、思ったのだが、違った…
実は、違った…
伸明の告白を聞いて、団郁馬が、言った…
「…でも、ハルカさんの言葉は、真実だった…」
と、言った…
「…えっ? 真実?…」
マミさんが、素っ頓狂な言葉を上げた…
それを、受けて、団郁馬が、
「…そう、真実です…自殺したハルカさんの胎児を、DNA鑑定をして、父親が、伸明クンだと、わかりました…」
と、仰天の告白をした…




