寿綾乃という女 第4部 214
そんな私の葛藤を目の前にして、団郁馬は、さらに、
「…ウソでは、ありませんよ…」
と、続けた…
団郁馬が、続けた…
「…これは、伸明クンを見ていれば、わかることです…」
団郁馬の言葉に、
「…叔父様…それ以上は…」
と、マミさんが、言った…
マミさんが、牽制した…
が、
この団郁馬は、その牽制を、遮った…
「…マミさんも、知っているはずです…」
と、言って、遮った…
マミさんは、それに、対して、なにも、言わなかった…
それが、驚きだった…
実に、驚きだった…
マミさんが、なにも、言わないのは、事実に、違いないからだ…
この団郁馬が、言った…
「…私が、伸明の羨望と嫉妬の対象…」
と、言ったのが、事実に、相違ないからだ…
それが、驚きだった…
実に、驚きだった…
何度も、言うように、私が、羨望の対象というのは、わかる…
私は、自分で、言うのも、おかしいが、美人だからだ…
しかしながら、嫉妬の対象と言うのは、わからない…
さっぱり、わからない…
私は、伸明に嫉妬されるような女ではない…
伸明に嫉妬されるような人間ではない…
嫉妬されると言うのは、伸明が、ないものを、私が、持っているということ…
大金持ちの息子として、生まれ、長身で、イケメンの伸明が、持っていないものを私が、持っているということだからだ…
しかしながら、それは、ありえない…
ありえないことだからだ…
が、
私が、そんなことを、考えていると、団郁馬が、
「…それは、このマミさんも、知っていますよ…」
と、あっさりと、続けた…
「…えっ? マミさんも、知っている?…」
私は、素っ頓狂な声を上げた…
それから、さらに、続けて、
「…このマミさんも、寿さんに、嫉妬しています…」
と、言った…
「…マミさんが、私に嫉妬? ウソ?…」
と、私は、声に出して言った…
それから、急いで、マミさんを、見た…
が、
マミさんは、硬い表情のまま、なにも言わなかった…
その表情が、肯定を意味した…
団郁馬の言葉の肯定を意味した…
団郁馬の言葉が、正しいことを、意味した…
団郁馬の言葉が、間違っていないことを、意味した…
私は、驚いた…
心の底から、驚いた…
…このマミさんが、私に嫉妬している?
それは、ありえないことだからだ…
なにより、そんなことがあれば、私に対する態度が変わるはず…
いや、
態度に見せるはずだ…
しかしながら、これまで、マミさんが、そんな態度を私に見せたことは、なかった…
一度もなかった…
が、
それは、これまで、そうだったに、過ぎない…
あくまで、これまで、そうだったに、過ぎない…
それが、変わった…
なぜか、変わった…
つまりは、なにか、あった…
最近、なにか、あったに、違いない…
それが、答え…
答えに、違いない…
そして、その答えは、伸明が、握っている…
これから、会う伸明が、握っている…
私は、そう、見た…
私は、そう、睨んだ…
そして、私が、そう、考えていると、団郁馬が、
「…さあ、中に入りましょう…」
と、真っ先に言った…
「…このマミさんと、いっしょに、藤原さんと、寿さんを、待っていて、疲れてしまいました…」
「…疲れる? どうして、疲れるんですか?…」
と、ナオキが、聞く…
「…だって、藤原さんが、いつ、到着するか、わからないじゃないですか?…」
「…でも、あらかじめ、到着する時間は、マミさんに、言っているはずですが…」
「…それでも、予定通りに、来るか、どうか、わからないでしょ?…」
「…それは、そうですが…」
「…ドラマじゃないんだから、そう、都合よく、現れませんよ…現実は、ずっと、外で、立ちっぱなし…そんなものです…」
団郁馬が、語る…
それは、わかる…
実に、わかる…
何事も、そんなに、都合がよくはいかない…
当たり前のことだ…
が、
それを、躊躇うことなく、口にするのは、やはり、お坊ちゃまだから…
生まれが、良いからだと、思った…
普通のひとは、口にできない…
まして、初対面同様の私や、ナオキの前では、口にできない…
それを、躊躇いもなく、あっさりと、口にできるのは、お坊ちゃまの証拠…
生まれつき、苦労知らずのボンボンの証拠だからだ…
だから、それを、思うと、怒る気にも、なれなかった…
ハッキリ言えば、生まれの違い…
育ちの違いに他ならないからだ…
いや、
他人に、配慮するのが、常識でしょ?
と、いうひともいるかも、しれないが、その常識が、通用しないひとも、世の中には、案外多いものだ(苦笑)…
そして、なぜ、世の中の常識が、通用しないかと、考えれば、誰もが、生まれを思う…
育ちを思う…
どんな家庭に生まれて、どんな育ち方をしたのかと、思う…
ただし、この団郁馬の言動に、嫌味はない…
あっさりと、それを、口にしているだけ…
嫌味や、皮肉は、ない…
そして、それこそが、育ち…
育ちなのかも、しれない…
あるいは、それは、ただ、この団郁馬のキャラクターなのかも、しれない…
だから、違うかも、しれない…
それゆえ、ホントのことは、わからない…
ただ、私が、見た、金持ちは、基本的に、性格がいい…
この団郁馬も、野心はあるが、陰湿な性格ではない…
だからかも、しれない…
私とナオキは、この団郁馬とマミさんの後を歩いて、病院の中を歩きながら、そんなことを、考えた…
生まれと育ちのことを、考えた…
そして、私とナオキは、二人の後を追い、病院のエレベーターに乗り、病院の最上階で、降りた…
最上階といっても、5階…
決して、高くは、ない…
何度も、言うように、この北東病院は、立派だが、あの五井記念病院と比べたら、チンケ…
実に、チンケ…
比べようが、ない…
そして、最上階にある、病室に入った…
おずおずと、入った…
そこに、伸明がいた…
たしかに、いた…
団郁馬が、少し前に、
「…あの部屋です…」
と、歩きながら、人差し指で、指差した…
少し先の部屋を指差した…
その部屋に、伸明が、いた…
あれほど、会いたかった、伸明がいた…
私は、ドキドキした…
伸明に、会えた…
やっと、会えた…
それまで、一歩一歩、歩くごとに、期待が、高まっていたからだ…
私は、大きく、深呼吸をした…
もちろん、心の中で、だ…
さすがに、ドラマの中では、ないのだから、そこまで、わざとらしく、深呼吸をするものは、いない(苦笑)…
「…さあ、いよいよ、伸明クンとの対面です…」
と、団郁馬が言った…
わざとらしく、言った…
芝居がかって言ったと、言っても、いい…
団郁馬は、もっともらしく、言ったが、行動は、そこまで、芝居がかっては、いなかった…
なぜなら、普通に歩いて、部屋の中に、入ったからだ…
部屋に入って、すぐに、伸明の姿が、見て取れた…
部屋は、当たり前だが、一人部屋…
だだっ広い部屋に、伸明一人しか、いなかった…
そして、これも、当たり前だが、私たち、4人が、部屋に入って行くと、伸明は、すぐに、私たちの姿に気付いた…
ベッドの上に、寝ていて、手持無沙汰で、暇そうに、している、伸明の姿が、そこにあった…
伸明は、私たち4人の姿に気付くと、
「…やあ、ようやく、来ましたか?…」
と、言って、笑った…
「…今か今かと、待ちかねてましたよ…」
と、爽やかに、言った…
病室で、ベッドの上に、パジャマ姿でいるにも、かかわらず、伸明は、爽やかだった…
いつもの、爽やかな印象だった…
これは、往年の映画スター…
とりわけ、昔の青春スターを見るようだった…
伸明は、すでに、40歳には、なっている…
それが、二十歳の若者と言えば、言い過ぎだが、それでも、30歳の青年でも、四十歳の伸明よりも、老けて見える人間が、いる…
そう、思うほど、若々しかった…
とても、ベッドの上で、それまで、寝ていた男には、見えなかった
…
なにより、やつれた感じが、なかった…
元気いっぱいというわけでもないが、さりとて、弱弱しくはない…
病人特有の弱弱しさが、皆無だった…
それを、見て、私は、拍子抜けした…
実に、表紙抜けした…
そして、それは、私と同伴したナオキも、同じだった…
「…諏訪野さん…」
と、小さく呟いて、驚いていた…
伸明は、ナオキを見て、
「…これは、藤原さんも、来ましたか?…」
と、呟いた…
が、
特段、驚いた様子でも、ない…
事実を淡々と、受け入れた様子だった…
それは、
「…やはり、来ましたか…」
と、続けて、言った、伸明の言葉に現れていた…
「…ボクの親しい友人にして、ボクの最大のライバル…」
と、笑って、伸明が言った…
「…ライバル?…」
と、私とナオキが、ほぼ同時に、呟いた…
「…寿綾乃さんを、巡る三角関係のライバル…」
と、言って、実に楽しそうに、笑った…




