寿綾乃という女 第4部 212
が、
いつもまでも、考え続けても、仕方がない…
たぶん、まもなく、答えが出る…
この後、伸明と、会えば、答えが出る…
そう、思った…
なぜ、そう、思ったのか?
ユリコが、なにを、狙っているにしろ、それには、間違いなく、伸明が、関わっている…
あるいは、五井が、関わっているからだ…
それは、間違いない…
絶対に、間違いない…
私は、思った…
私は、考えた…
そして、つい、言った…
つい、聞いた…
「…ねえ、ナオキ…アナタ、ユリコさんのことを、好き? それとも、嫌い?…」
と、聞いた…
直球で、聞いた…
「…なに? 綾乃さん、いきなり?…」
と、ナオキが、戸惑って、言う…
「…いえ、今、学生時代の話をしたから、その延長線上で、ユリコさんのことを、考えて…」
「…そうか…そうだよね…」
と、ナオキは、納得する…
「…ボクは、ユリコは、嫌いじゃないよ…綾乃さん…」
と、ナオキは、言った…
仰天の言葉を言った…
「…もちろん、綾乃さんが、ユリコを嫌いなのは、わかるし、ユリコが、綾乃さんを、嫌いなのも、わかる…でも、ボクは、ユリコは、嫌いじゃない…」
「…どうして、嫌いじゃないの? だって、ジュン君は、ナオキの子供じゃなかったのよ…ナオキは、ずっと、ジュン君を自分の子供だと、思っていたでしょ? ナオキ…アナタは、ユリコさんに騙されていたのよ…それなのに、どうして?…」
「…どうしてと、言われても、わからない…自分でも、わからない…」
「…自分でも、わからないって?…どういうこと?…」
「…ただ、嫌いになれない…それが、すべて…」
「…ユリコさんに、あんなことを、されても…」
「…もちろん、頭には、きたさ…でも、心の底から、嫌うことは、できない…心の底から、憎むことは、できない…」
「…どうして? どうして、なの?…」
「…これは、自分でも、わからない…たぶん、相性だろう…」
「…相性って?…」
「…嫌いじゃないから、結婚した…それが、すべて…」
「…すべてって?…そんな…」
「…綾乃さんが、理解できない…あるいは、受け入れられないのは、わかる…でも、これが答え…ボクの答え…」
「…」
「…友達の友達は、友達じゃないんだよ…綾乃さん…」
「…どういう意味?…」
「…自分は、その人間を好きでも、その人間が、付き合っているひとを、自分は、好きとは、限らないだろ?…」
「…ええ…」
「…恋愛でも、同じこと…」
ナオキが、断言した…
が、
それを、聞いて、思ったのは、まさかとは、思うが、ナオキが、まだ、ユリコと、繋がっている?
私の知らないところで、繋がっているかも?
と、思った…
考えた…
ありえない話ではない…
十分、ありえる話だ…
私の目の届かないところで、ユリコと連絡を取り合っていても、おかしくは、ない…
以前は、会社では、社長秘書として、社長のナオキの傍にいた…
それゆえ、ナオキが、仕事では、どこで、誰と会うのか、すべて、私が、把握していた…
もちろん、プライベートは、わからない…
すでに、別居していたからだ…
しかしながら、ユリコさんと、繋がっていれば、普段、どこかで、ユリコさんの話題が出る…
出ないということは、繋がってないのでは?
そうも、考えた…
そして、そんなことを、考えていると、私は、まるで、ナオキの妻…
結婚もしていないのに、ナオキの妻同然だと、思った…
その妻が、前のナオキの妻だった女と、ヨリを戻していないのかと、疑う…
それと、同じだと、気付いた…
そして、そう考えると、自分が、いかに、図々しいかと、思って、愕然とした…
これは、私が、もっとも、嫌うタイプの女…
その嫌うタイプの女に、自分自身が、なっていることに、愕然とした…
だから、これ以上、ナオキにユリコに、ついて、聞くのは、やめにした…
同時に、これ以上、この件について、考えるのは、止めにした…
なるようにしか、ならない…
それが、答えだからだ…
だから、これ以上は、考えない…
これ以上は、悩まない…
そう、考えた…
まもなく、答えが出る…
そう、思ったからだ…
伸明の元に、訪れたのは、翌日だった…
あの後、マミさんから、電話が来た…
病院の方でも、OKが、出たそうだ…
それを、聞いて、私は、ナオキと、いっしょに、伸明の、見舞いに、行くことにした…
伸明の入院する北東病院に、行くことになった…
正直、感慨深い…
北東病院…
団郁馬の経営する、北東病院…
北東病院の名前の由来は、五井北東家から、来ている…
団郁馬のいる、五井北東家から、来ている…
思えば、今回の一件は、すべて、団郁馬が、陰で、糸を引いていた…
伸明の見合いも、そう…
伸明が、五井西家の当主の血縁者と思われた、長谷川センセイの、血の繋がっていない、妹のハルカと、見合いをしたのも、そう…
陰で、団郁馬が、糸を引いていた…
そして、その団郁馬と、ユリコは、繋がっていた…
二人で、タッグを組んでいたわけだ…
そのタッグに、長谷川センセイが、加わった…
長谷川センセイは、とにかく、自分が、五井の一族であることを、認められたかった…
日本有数の資産家であり、日本屈指の長い歴史のある、五井家…
その五井家に、自分が、名を連ねることに、より、きっと、莫大な恩恵が、得られるのだろう…
仮に、それが、今すぐ、金銭に直結しなくても、将来的には、間違いなく、直結する…
五井の名前を得ることによって、医学界等で、有名になることが、できる…
五井の歴史は、四百年…
その四百年の歴史の中で、さまざまな、業界に、影響力が、ある…
さまざまな業界に、影響力が、及んでいる…
それを、長谷川センセイは、欲したのだ…
それゆえ、ユリコと、団郁馬と組んだ…
が、
今は、その関係も、消滅した…
長谷川センセイが、寝返ったからだ…
本家側に、寝返ったからだ…
そして、団郁馬も、伸明に、屈した…
本家に、屈した…
伸明は、今、勝者として、敗者の団郁馬が、経営する、北東病院に入院している…
どういう意図が、あるのか、わからないが、入院している…
そういうことだ…
私は、ナオキと共に、北東病院まで、クルマで、向かい、そこで、降りた…
そして、この北東病院を前にして、立った…
すると、まるで、松尾芭蕉が、詠んだ、
…夏草や兵どもが、夢の後…
と、いう句が、私の脳裏に浮かんだ…
この五井北東家が、管理する、北東病院は、立派…
確かに、立派だ…
個人の所有する、病院としては、かなり、大規模…
立派だ…
が、
五井一族が、所有する、五井記念病院から、すると、劣る…
比較も、できないほど、劣る…
それでも、団郁馬が、この北東病院を作ったのは、本家に対抗するため…
本家に、近い、五井記念病院に対抗するため…
それゆえ、本家に負けまいと、この北東病院を作ったが、それでも、五井記念病院に比べれば、チンケ…
正直、比較にならない…
それでも、本家に、対抗しようとする、気持ち…
本家に、負けまいとする、気持ちが、この北東病院の建物に、現れていた…
東都新聞、東都テレビ、東都ラジオを有する、日本のメディア王の気持ちが、現れていた…
気概が、現れていた…
それゆえ、この北東病院の建物を見て、松尾芭蕉の詠んだ、
…夏草や兵どもが、夢の後…
と、いう句が、私の脳裏に浮かんだ…
つまりは、この北東病院が、兵どもが、夢の後のように、思えたのだ…
本家に対抗しようとして、敗北した、分家の五井北東家の夢の後のように、思えたのだ…
私は、そう見た…
私は、そう、睨んだ…
そして、そんなことを、考えながら、私は、ナオキと共に、病院の入り口に、向かって歩いていた…
まもなく、病院の入り口まで、ナオキと共に、近付くと、マミさんが、立っていることが、わかった…
小柄なマミさんが、立っていることが、わかった…
マミさんは、小柄…
ちょうど、元AKBの高橋みなみさんに、似ている…
小柄で、エネルギッシュ…
そんな感じが、ピッタリだ…
高橋みなみさんに、そっくりだ…
が、
そのマミさんの隣に、見慣れぬ男のひとが、立っていた…
いや、
見慣れぬでは、ない…
かつて、一度、見たことが、ある…
その平凡な容姿を見たことが、ある…
普通なら、一度見ただけでは、印象がさっぱりない男…
言葉は、悪いが、箸にも棒にも掛からぬ、平凡な印象の男…
そして、その平凡な印象ゆえに、本家に対抗しようとした…
本家の当主の伸明に対抗しようとした…
それが、団郁馬…
五井北東家当主だった…
おそらくは、コンプレックス…
平凡に生まれたゆえのコンプレックス…
それが、大きいのだろうか?
平凡ゆえに、少しでも、自分を大きく見せたい…
あるいは、より、地位を得たい…
それゆえ、日本のメディア王と呼ばれ、東都新聞、東都テレビ、東都ラジオを有しているにも、かかわらず、今度は、自分の所属する五井一族の中でも、地位の向上を目指した…
さらなる高見を目指した…
そんな上昇志向の塊の人物、団郁馬が、マミさんの隣に、いた…
マミさんの隣に立っていた…




