寿綾乃という女 第4部 211
「…ビジネス友達って?…」
と、ナオキが、呆気に取られた表情で、聞いた…
まさか、いきなり、そんなことを、聞かれるとは、夢にも、思っていなかったのだろう…
「…つまりは、メリットがあるから、付き合うということ…」
私が、断言すると、ナオキが、ちょっと、考えてから、
「…それも、あるかも…」
と、否定をしなかった…
私は、それが、意外だった…
「…ナオキ、否定は、しないの?…」
「…できないね…」
あっさりと、言った…
「…男が、美人と付き合うのと、いっしょさ…」
「…どういう意味?…」
「…会社の同僚や、大学の友人でも、美人と、接していれば、どっかで、下心があると、いうか…完全に、頭の中から、消すのが、難しい…」
「…つまり、ナオキと伸明さんの関係も、それだと…」
「…その通り…」
「…その通りって?…」
「…諏訪野さんとは、気が合うし、会社抜きで、付き合っても、いいひとだと、思う…でも…」
「…でも、なに?…」
「…会社があるから、付き合える…それが、本音…」
「…それは、なければ、付き合わないってこと?…」
「…たぶん…」
「…たぶんって?…」
「…きっと、それは、諏訪野さんも、同じだと思う…」
「…」
「…率直に言って、利害関係のある人間と、付き合うのは、利害関係があるから…それが、なくなれば、付き合わない…」
「…そんなもの?…」
「…そんなものさ…」
「…」
「…だから、学生時代の友人が、一番いい…」
「…どうして、いいの?…」
「…利害関係がない…純粋に気が合うから、付き合う…」
「…」
「…綾乃さんの言う、ビジネス友達と言うと、嫌な言い方だが、大抵は、そういうものさ…現に、綾乃さんだって、会社で、付き合いのあった社員と、今は、全然、付き合いがないだろ?…」
「…ええ…」
「…誰もが、いっしょさ…会社を辞めて、付き合いを続けるひとは、稀…めったにいない…それと、同じさ…」
「…同じ?…」
「…ビジネス友達と言うと、嫌な言い方になるけれども、会社でも、学校でも、その中で、気が合うひとと、付き合う…でも、その会社とか、学校とかの、共通の土台がなくなれば、付き合わなくなる…それが、大半じゃないかな…」
「…だったら、ナオキと、伸明さんの関係も、そうなるの?…」
「…それは、わからないけれども、たぶん、なる…今のように、利害関係がなくなれば、付き合わなくなる…」
「…」
「…諏訪野さんも、それが、わかっていると、思う…だからこそ、孤独なんじゃないかな…」
「…どういう意味?…」
「…自分の立場…自分の立ち位置…それに憧れて、ひとが、寄って来る…それが、辛いんじゃないかな…」
「…」
「…でも、それを言えば、綾乃さんだって、一緒だよ…」
「…一緒? 私が?…」
「…美人の綾乃さんだから、男が寄って来る…美人でなければ、男は、寄って来ない…」
「…」
「…だから、美人は、すべからく、言う…外見でなく、もっと、私の中身を好きになってって…」
ナオキが、笑った…
…たしかに…
たしかに、そういう気持ちになったときは、あった…
若いときは、あった…
もっと、外見ではなく、私の中身を見て!
と、言いたい気持ちはあった…
そして、それは、たぶん、伸明も、同じ…
同じかも、しれない…
金持ちの自分ではない、自分を見て欲しい…
それを、欲したのではないか?
私が、美人の私ではなく、私の中身を見て欲しいと、欲したのと、同じように、欲したのではないか?
いや、
たしかに、欲した…
ずっと、以前、この話をした…
伸明と出会って、まもなく、深夜に、伸明から、クルマで、デートを誘われ、そんな話をした…
金持ちゆえの、苦労を、私に語った…
私は、今、それを、思い出した…
それを、思い出したのだ…
私が、それを、思い出していると、
「…でも、ボクは、モテなかった…」
と、ナオキが、笑って、告白した…
「…ウソ!…」
と、思わず、口にした…
藤原ナオキは、長身で、イケメン…
モテないはずは、ないからだ…
「…ホント…」
と、ナオキが、笑って言う…
「…どうして、モテなかったの?…」
「…オタクだったから…コンピュータおたくだったから…」
あっさりと、笑って、告白した…
「…だから、このルックスでも、女のひとは、ボクを相手にしてくれなかったし、ボクも、女どころじゃ、なかった…」
「…どうして、女どころじゃ、なかったの?…」
「…コンピュータに夢中になれば、女どころじゃない…」
ナオキが、笑う…
「…ほら、学生時代に、一生懸命、勉強をして、東大に入る…その学生たちは、学生時代、勉強がすべて…付き合っている男も女もいないと、思う…」
「…ウソ?…」
「…ホント…若ければ、若いほど、ひとつのことに、夢中になる…夢中になりすぎる…だから、結果が出せる…わき目も振らずに、夢中になるからね…」
「…」
「…だから、男でも、女でも、誰かと付き合っている暇は、ない…そういうこと…」
「…そういうことって?…」
「…綾乃さんは、学生時代、男と付き合わなかったの?…」
「…付き合わなかったわ…」
「…どうして、付き合わなかったの?…」
「…田舎だから…」
「…えっ? 田舎だからって、どうして、田舎だからなの?…」
「…田舎は、うるさいのよ…」
「…うるさいって?…」
「…あそこの子と、あそこの子が付き合っているって、すぐ噂になるの…それが、嫌で…」
まさか、母に、念を押されたからなんて、言えない…
32歳にも、なっても、言えない…
母が、
「…綾子…アンタは、美人だから、男に、気をつけるんだよ!…」
と、しょっちゅう念を押されていたから、なんて、言えない(涙)…
私は、美人の叔母とそっくり…
外見が、よく似ている…
それゆえ、母は、妹の苦悩が、よくわかっていた…
美人に生まれた、叔母の状況が、よくわかっていた…
それゆえ、私を心配した…
変な男に、引っかからないように、心配した…
だから、私は、母の言いつけを守った…
と、同時に、今も言ったように、田舎だからと、言うのが、ある…
誰それの息子は、誰それの娘と付き合っている…
それが、瞬く間に、近所に知れ渡ることに、なりかねない…
まさに、田舎、あるあるだ(爆笑)…
人間関係が、濃密というか、距離が、近いというか…
隠し事が、できない…
私が、そんなことを、思っていると、ナオキが、
「…ボクは、そんなことなかった…」
と、言った…
「…そんなことなかったって、どういうこと?…」
「…そこまで、人間関係が、濃密じゃなかったと、言っていいのかな…そこまで、うるさくなかった…」
「…どうして、うるさくなかったの?…」
「…たぶん、そこまで、田舎じゃなかったからかな…」
「…えっ? でも、ナオキ、地方出身でしょ?…」
「…でも、県庁所在地だったから…」
ナオキが、あっさりと、言った…
だから、違う…
私とは、違う…
納得した…
実に、納得した…
でも、ナオキが、学生時代、モテなかったのは、意外だった…
長身で、イケメン…
周囲の女が、放っておくとは、思えなかったからだ…
それゆえ、
「…ナオキ、アナタ、ホントに、モテなかったの?…」
と、聞いた…
わざと、意地悪く、聞いた…
ナオキは、あっさりと、
「…ホントに、モテなかった…」
と、言った…
「…なにしろ、学生時代は、コンピュータ一筋…プログラミング一筋…なにより、大学の理系に、女は、少ない…びっくりするほど、少ない…それに、男も女も真面目…付き合うなんて、もってのほか…」
そうだったんだ…
ナオキの告白で、初めて、聞いた…
ナオキは、学生時代のことを、私に話したがらない…
それは、高卒の私に気を遣っているから…
大学に行っていない、私に気を遣っているからだ…
「…でも、その後、ユリコと、出会った…」
と、ナオキが、突然、言った…
「…それから、結婚した…」
と、続ける…
要するに、周囲に女が、いなかった…
だから、ユリコと結婚した…
そういうことだろう…
ユリコのルックスは、平凡…
普通なら、イケメンのナオキは、落とせない…
ユリコでは、落とせない…
それが、落とせたのは、ナオキの周囲に女がいなかったから…
それに、尽きる…
が、
ユリコは、ルックスは、平凡だが、頭脳は、明晰…
頭が、いい…
そして、このナオキは、ユリコの頭の良さに惹かれた…
そういうことだろう…
難関大出身のナオキは、頭のいいひとが、好き…
まあ、ナオキに限らす、頭のいいひとは、頭のいいひとが好き…
これが、基本というか、標準…
稀に、そうでないひともいるが、それは、希少…
実に、希少だ…
なにしろ、頭が、違えば、話が合わない…
だから、頭のいいひとと、頭の悪いひとの結婚は、無理…
私が、頭が、良くなくても、ナオキといっしょに、いられるのは、私が、高校生時代に、ナオキと知り合ったから…
だから、ナオキは、私を子供と見た…
私を対等の人間と見なかった…
それが、大きい…
普通なら、ナオキは、私を選ばないだろう…
大人になった今でも、選ばないだろう…
いや、
選ぶかもしれない…
なぜなら、大人になれば、考えも変わる…
また、余裕が出て来る…
それが、現れるのが、歳を取った会社のお偉いさんが、若い女に夢中になること…
学生時代、真面目だった男が、豹変する…
女好きに豹変する(爆笑)…
それが、いい例…
実に、わかりやすい、例だ…
そんなことを、考えながら、私は、ユリコを思った…
まだ、負けてないと、言ったユリコを思った…
アレは、ユリコのブラフ?
ユリコのはったりに、過ぎないのか?
考えた…
それとも、あの発言に根拠が、あるのか?
考えた…
考え続けた…




