寿綾乃という女 第4部 207
まあ、それも、仕方がないかも、しれない…
ハルカさんは、偽りの結婚会見をした仲だが、ナオキと親しかったわけでも、なんでもない…
ただ、伸明に頼まれて、偽りの結婚会見をしたさけ…
それは、あの長谷川センセイを、仲間にするため…
ユリコや、団郁馬と組んでいた、長谷川センセイを、こちらの陣営に誘い込むために、長谷川センセイの妹のハルカと、ナオキを結婚すると、世間に、公表したに、過ぎないからだ…
が、
もしかしたら?
もしかしたら、あの伸明は、本気で、このナオキとハルカを結婚させたかったのかも?
そう、気付いた…
なぜなら、あの伸明は、あのハルカと、関係があった…
男女の関係があった…
普通に、考えれば、嫌いな人間とは、男女の関係には、ならない…
たとえ、好きでは、なくても、嫌いではない…
そういう間柄だから、男女の関係になる…
セックスをする関係になるからだ…
嫌いな人間とセックスをする人間は、いない…
普通は、いない…
そういうことだ…
そして、もし、それが、真実ならば、納得するが、同時に、伸明のずるさも、感じる…
言葉は、悪いが、自分の女を、友人のナオキに押し付けたことになるからだ…
あくまで、私の妄想だが、それが、伸明の狙いだとしたら、私の伸明に対する印象が、変わる…
大きく、変わる…
そんな人間だったんだと、思って、伸明の印象が、だだ下がりに、なる…
そう、思った…
そう、思ったのだ…
そして、私が、そう、思っていると、ナオキが、
「…どうしたの? 綾乃さん…なにを、考えているの?…」
と、聞いてきた…
私は、ちょっとばかり、考え込んだ…
こんな話を、ナオキに言っていいものか、どうか、考えたからだ…
だから、躊躇った…
ナオキに、言うことを、躊躇った…
「…どうしたの?…綾乃さん?…」
当然のことながら、ナオキが、再度、聞く。
私は、
「…もしかして…もしかしてよ…」
と、ナオキに、念を押してから、
「…もしかして、伸明さん、本気で、ナオキと、ハルカさんを、結婚させるつもりだったのかも…」
と、言った…
迷わず、言った…
それを、聞いたナオキは、
「…ウソ!…」
と、発した…
即座に、発した…
「…あくまで、可能性よ…」
と、再び、念を押した…
「…でも、どうして、綾乃さんは、そう、思ったの?…」
「…それは…」
「…それは、なに?…」
「…だって、伸明さん、ハルカさんと、関係していたでしょ? 男女の関係だったでしょ?…」
「…それが、どうしたの?…」
「…誰だって、嫌いな女とセックスは、しないでしょ?…」
「…それは、そうだけれど…」
「…それを、考えれば、少なくとも、伸明さんは、ハルカさんを、嫌いじゃない…」
「…それが、どうして、諏訪野さんが、ボクとハルカさんを、本気で、結婚させたかったと、思うの?…」
「…だって、少なくとも、嫌いでなければ、その相手に、幸せになってもらいたいと、思うでしょ? ナオキと、結婚すれば、ハルカさんは、玉の輿に乗れる…そう、思ったんじゃないかな?…」
私は、言った…
あくまで、私の推測だが、言った…
ナオキは、私の考えを聞いて、考え込んだ…
目を閉じて、ゆっくりと、考え込んでいた…
それから、少しして、
「…なるほどね…」
と、呟いた…
「…あり得るかも…」
と、続けた…
「…自分の好きだった女には、幸せになって、もらいたい…だから、いいひとが、いれば、紹介したい…それが、諏訪野さんの気持ちだったのかも…」
と、ナオキが、伸明の気持ちを語る…
伸明になりきって、語る…
そして、そこまで、考えると、
「…もし、それが、事実だったとしたら?…」
と、ナオキが、続けた…
「…もしかしたら、ハルカさんの自殺は、それが、原因かも…」
と、続けた…
「…それが、原因って?…」
と、私。
「…もし、それが、本当なら、それを、諏訪野さんが、ハルカさんに、言ったとしたら?…」
「…えっ?…」
「…いや、そもそも、諏訪野さんが、ハルカさんに、襲われて、怪我をしたのも、案外、それを、諏訪野さんに、言われて、逆上、したんじゃ…」
あり得る…
実に、あり得る…
あり得る話だ…
しかしながら、それは、まだ、想像…
まだ、想像の段階だ…
まだ、伸明に確認が取れていない…
伸明の言葉を聞いていない…
伸明から、なにひとつ、伸明が、ハルカに襲われた理由を聞いていない…
しかしながら、その可能性が高い…
実に、高い…
私は、思った…
私は、実に、そう、思った…
そして、そう、思っていると、ナオキが、
「…いずれにしろ、時間は、たっぷりある…なにしろ、今日は、会社は、休み…出社しない…ずっと、この家に閉じ籠っているだけだから…」
と、言って、笑った…
私は、それを、聞いて、
「…いつまで、いるつもり?…」
と、聞いた…
あまり、考えることなく、聞いた…
「…わからない…」
ナオキが、即答する…
「…マスコミが、ボクを追わないと、わかれば、すぐにでも、出社するつもりだよ…」
と、当たり前のことを、言う…
それから、ふと、思いついた様子で、
「…そう言えば、あのハルカさん、お通夜は、どうするんだろ?…」
と、呟いた…
私は、それを、聞いて、すぐに、
「…やらないんじゃない…」
と、返した…
「…だって、葬式も、やらないと、言っているんだから、お通夜なんて、するはずも、ないでしょ?…」
私が、言うと、ナオキが、
「…なるほどね…」
と、言って、肩をすくめた…
「…綾乃さんの、言う通り…葬式も、しないのに、お通夜をするはずもない…当たり前だな…」
ナオキが、納得したように、言う…
「…まあ、これが、イマドキってやつかな…」
「…イマドキって?…」
「…お通夜も、葬式も、しない、イマドキの事情…」
「…えっ? どういうこと?…」
「…直葬って、いって、遺体を直接、火葬場に、送る…それで、お骨にしてもらう…」
私は、ナオキが、言ったことを、黙って聞いていた…
絶句して、聞いていた…
「…どうして、そんな…」
かろうじて、声に出した…
「…友達から、聞いたんだ…」
と、ナオキ。
「…友達?…」
「…もちろん、友達だけじゃなく、会社の部下も、そう…ボクも、四十を超えている…だから、ボクと、同世代のひとたちも、早ければ、親が亡くなる…それで…」
「…それで?…」
「…要するに、お金だよ…お金…」
「…お金?…」
「…葬儀も、通夜も、金がかかる…おまけに、今は、人間関係が希薄…昔みたいに、会社の同僚や、上司が、葬式に出席するわけでも、ない…だから、こじんまりとした家族葬が、主流…」
「…」
「…その家族葬も、もちろん、ただじゃないから、それもしない…だから、直葬…火葬場で、遺体を焼いて、もらうだけ…せちがらい、世の中だよ…」
ナオキが、しんみりと、言った…
そして、それを、聞くと、母を思い出した…
母の葬儀を思い出した…
私も、同じ…
似たようなものだった…
ひとりぼっちだった…
母が、死んだときに、すでに、叔母も、従姉も、亡くなっていた…
従姉の寿綾乃も、亡くなっていた…
それゆえ、私は、上京して、寿綾乃と名乗った…
矢代綾子の名前を捨て、寿綾乃と名乗った…
それが、きっかけで、五井の前当主、諏訪野建造が、私に気付いた…
私に、興味を持った…
私のルックスが、叔母そっくりだったから、建造は、私に、興味を持った…
私の叔母は、かつて、建造が、愛した女性だったから、私に、興味を持った…
それが、始まり…
私が、五井家と、縁を持った始まり…
そして、それが、わかったのは、建造が、亡くなってから…
今、思い出せば、私を実の娘のように、大切に、扱った…
当時は、その理由が、わからなかった…
なぜ、建造が、私に優しく接するのか、わからなかった…
それが、わかったのは、建造が亡くなってから…
建造が、亡くなって、だいぶ、経ってからだった…
つまりは、叔母のおかげ…
叔母のおかげで、今がある…
今の私が、ある…
今、私が、五井と繋がれた関係がある…
だから、それを、思えば、複雑…
ちょっぴり複雑だった…
なぜなら、今の私があるのは、母のおかげではなく、叔母のおかげなんて…
大好きな母のおかげじゃないなんて…
複雑…
実に、複雑だった…
そして、そんなことを、私が、考えていると、ナオキが、
「…綾乃さん…」
と、私に声をかけてきた…
「…なに? ナオキ?…」
我に返った私が、聞く…
「…諏訪野さん…」
と、いきなり、ナオキが、言った…
「…伸明さんが、どうしたの?…」
「…見舞いに、行こう…」
「…えっ? 見舞い?…」
「…だって、諏訪野さんは、元気だろ? なにしろ、ハルカさんと、会ったぐらいだから…」
そう、言われると、納得した…
納得せざるを得なかった…
元気だから、あのハルカと会った…
元気だから、自分を襲ったハルカと、会った…
そういうことだからだ…
元気でなければ、会おうとするわけがない…
当たり前だった…
当たり前だったのだ…




