寿綾乃という女 第4部 201
私は、思わず、
「…ウソ!…」
と、呟いた…
小さく、呟いた…
ナオキを見ると、ナオキもまた、絶句していた…
テレビの画面に流れたテロップを、見て、絶句していた…
絶句して、顔色が、変わっていた…
それは、そうだろう…
なんと言っても、ナオキは、公式には、これから、あのハルカと結婚することになっていた…
公式というのは、以前、テレビで、ハルカと、共に、ナオキは、結婚すると、宣言したこと…
これは、伸明に頼まれたから、そうしたと、ナオキは、言っていた…
伸明は、ハルカの兄である、長谷川センセイを、味方につけたかった…
長谷川センセイは、あの五井北東家の団郁馬と、繋がっていたからだ…
さらには、ユリコとも、繋がっていたからだ…
ナオキに頼んで、あのハルカと、結婚宣言をすることで、長谷川センセイを味方に、つけられると、踏んだのだ…
団郁馬やユリコとタッグを組んでいた、長谷川センセイを、こちら側に、寝返らせると、踏んだのだ…
それゆえ、ナオキは、ハルカと結婚することになっていた…
実際は、することは、ありえないが、そう、なっていた…
そのハルカが、自殺するとは?
ありえない!
まずは、ありえないと、思った…
が、
テロップが、流れている以上、事実…
事実なのだろう…
なにより、驚いたのが、ハルカの自殺が、テレビのテロップに流れたこと…
これは、私が、思っていたより、大事…
はるかに、大事になっている事実だった…
五井ホールディングスの社長、諏訪野伸明を、襲った、容疑者の長谷川ハルカが、自殺したことが、テレビのテロップに流れるほどの大事だとは、思わなかった…
まったく、思わなかった…
やはり、これは、身近だからだろう…
あまりにも、身近だからだろう…
だから、その凄さが、わからない…
諏訪野伸明の凄さが、わからない…
諏訪野伸明の置かれた地位の凄さがわからない…
そう、思った…
あらためて、そう、思った…
そして、そう、考えると、さきほど、ナオキが、クルマの中で言ったこと…
長谷川センセイを、このまま、五井一族とは、認められないということ…
そう、言ったナオキの言葉が、あらためて、わかった…
たしかに、これほどの肩書の有名人の諏訪野伸明を傷付けたと、なれば、いかなる理由があっても、その傷付けた当人の兄を、五井一族と、公式に、認めることは、できない…
伸明本人が、それを、認めたくても、周囲の目があるから、できない…
そう、思った…
が、
真逆に言えば、このハルカが、自殺したことで、もしかしたら、あの長谷川センセイは、五井の一族と、認められるかも、しれない…
そうも、思った…
ハルカは、たしかに、伸明を、傷付けたが、その当人のハルカが、自殺した…
それゆえ、言葉は、悪いが、障害がなくなった…
ハルカ当人が、いなくなったことで、障害が、なくなった…
また、日本は、当人が、亡くなれば、許す文化がある…
すでに、亡くなった以上、当人が、生前、犯した罪を許す文化がある…
だから、もしかしたら、有利…
長谷川センセイに有利になるかも、しれない…
ハルカが、亡くなったことで、長谷川センセイが、五井一族と公式に名乗ることが、できるかも、しれない…
不謹慎ながら、そう、思った…
そう、思ったのだ…
そして、そう、思いながら、ナオキを見ると、ナオキは、ナオキで、考え込んでいた…
難しい顔で、考え込んでいた…
だから、ナオキに、
「…どうしたの? ナオキ、そんな難しい顔をして?…」
と、聞いた…
当たり前だった…
ナオキの答えは、
「…ボクの周辺が、うるさくなる…」
と、難しい顔をしたまま、呟いた…
「…ナオキの周辺って?…」
「…忘れたの? 綾乃さん?…ボクが、あのハルカさんと、結婚会見をしたこと…」
「…それは、もちろん、覚えているわよ…」
「…だったら、この後、マスコミが、ボクの元に、殺到することは、綾乃さんにも、わかるでしょ?…」
言われてみれば、その通り…
その通りだった…
「…これで、会社にも、当面、行けなくなるな…」
ナオキが、呟く…
「…マスコミが、会社に殺到する…だから、その前に、手を打たなきゃ…」
「…手を打つって?…」
「…会社に電話をかけて、社長不在でも、いいように、連絡する…あと、ホテル…」
「…ホテル?…」
「…どこかに、身を隠さなければ、ならない…自宅は、当然、突き止められていると、思って、間違いないから…」
「…だったら、当面、ここにいれば?…」
「…ここに?…」
「…だって、ここなら、すぐには、突き止められないでしょ?…」
私が、言うと、ナオキが、考え込んだ…
それから、
「…たしかに、綾乃さんの言う通りだ…」
と、言って笑った…
「…でしょ?…」
私も、ナオキに相槌を、打ったが、すぐに、
「…でも、こんなことを、言うのは、不謹慎かもしれない…」
と、告げた…
「…不謹慎?…」
「…だって、ハルカさんが、亡くなったのよ…それが、私たち、自分のことばかり、言って…」
私が、言うと、ナオキも、
「…それは、そうだった…」
と、言った…
「…ちょっと、自分勝手過ぎた…」
「…でしょ?…」
「…でも、こんなことを、言っては、なんだけれども、ボクも綾乃さんも、ハルカさんのことを、知らなすぎる…だから、共感が、沸かないんじゃないかな…」
言われてみれば、その通り…
その通りだった…
私も、ナオキも、ハルカさんのことを、知らな過ぎた…
何度か、会っただけ…
それでは、彼女が、いくら亡くなっても、その死に、涙を流すことは、できない…
あまりにも、知らなすぎるから、共感を呼べないからだ…
だから、ハルカさんには、悪いが、共感できない…
あまりにも、知らないから、共感できない…
そういうことだ…
そして、私が、そう、思っていると、ケータイの電話が鳴った…
私のケータイの電話が鳴った…
…一体、誰からだろう?…
私は、急いで、ケータイを取った…
そこにあったのは、マミさんの名前だった…
さっき、五井記念病院で、別れたばかりのマミさんからだった…
私は、急いで、ケータイに出た…
すでに、なんで、電話が、来たのか、用件は、わかっている…
私が、
「…寿です…」
と、名乗ると、すぐに、
「…諏訪野です…諏訪野マミです…」
と、電話の向こう側から、マミさんが、自分の名前を名乗った…
それから、慌てた様子で、
「…あの、長谷川ハルカさんのことだけれど…」
と、続けた…
私は、すぐに、
「…今、自宅で、テレビの電源をつけたら、すぐに、テロップに流れていました…」
と、言った…
「…テロップに流れていた?…」
マミさんが、私の言った言葉を繰り返す…
「…ハイ、そうです…」
私が、答えると、マミさんは、小さな声で、
「…そんな大事になっているんだ…」
と、呟いた…
まるで、独り言を言うように、呟いた…
私は、すぐに、
「…なっていますよ…」
と、返した…
「…だって、ひとが、一人、死んでいるんですよ…」
私の言葉に、やはり、マミさんは、小さく、
「…その通り…寿さんの言う通り…」
と、返した…
相変わらず、小さな声で、返した…
私は、
「…マミさんは、事件をどうして、知ったんですか?…」
と、聞いた…
当たり前だった…
「…私は、警察からの連絡で…」
「…えっ? 警察からの連絡?…」
「…伸明さんに、会った後、ハルカさんが、付き添いの刑事さんが、目を離したすきに、窓から、身を投げて、投身自殺を図ったと、連絡があって…」
「…投身自殺?…」
私は、思わず、大声を出した…
そして、近くにいる、ナオキと顔を見合わせた…
思わず、顔を見合わせた…
「…そうよ…投身自殺…突発的に窓から、身を投げたらしい…伸明さんと、会った後…」
「…伸明さんと、会った後…ですか?…」
「…そうよ…」
マミさんが、力を込める…
伸明と会った後に、自殺するなんて…
そんな…
一体、なにが、あったんだろ?
伸明と、一体、なにが、あったんだろ?
考えた…
当たり前だった…
いや、
そもそも、どうして、警察は、あのハルカさんを、伸明に会わせたのか?
それが、謎だった…
意味が、わからなかった…
それゆえ、私は、
「…あの…マミさん、どうして、警察は、あのハルカさんを、伸明さんの元へ行かせたんですか?…」
と、聞いた…
「…それは、事情聴取よ…」
「…事情聴取?…」
「…ほら…伸明さんは、病院に入院しているでしょ? だから、警察は、伸明さんに、警察に来てくれとは、言えない…それに…」
「…それに、なんですか?…」
「…言いづらいけれども、伸明さんは、五井家の当主…五井ホールディングスの社長…有名人だし、実力者だから、警察も、気を遣ったみたい…」
「…気を遣った?…」
「…だって、普通なら、逮捕された、あのハルカさんを、連れて、病院に入院中の伸明さんに会わせようと、しないでしょ?…」
…それは、そうだ…
言われて、見て、気付いた…
たしかに、普通なら、あり得ないかも、しれない…
しかし、相手が、伸明だから、できた…
五井家の当主だからできた…
そういうことかも、しれない…
が、
そこまで、考えて、気付いた…
これは、もしかしたら、伸明の要望かも、しれないと、気付いた…
もしかしたら、伸明が、ハルカに、会いたいと、言ったのでは、ないか?
そう、気付いた…
それゆえ、
「…マミさん、ひとつ、いいですか?…」
と、聞いた…
「…なに、寿さん?…」
「…ひょっとして、ハルカさんに会いたいと言ったのは、伸明さんですか?…」
私の質問に、少し、置いてから、
「…よくわかったわね…寿さん…」
と、マミさんの驚きの声が上がった…
感嘆の声が上がった…
「…たしかに、伸明さんが、警察に、頼んだらしい…」
「…どうして、ですか?…」
「…あのハルカさん、妊娠してたみたい…」
「…妊娠?…」
「…父親は、伸明さん…」
衝撃的な言葉だった…




