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寿綾乃という女 第4部  作者: トモサン


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200/225

寿綾乃という女 第4部 200

 「…反故? 反故って、なに? もしかして、約束を破るってこと?…」


 「…そうだ…」


 「…どうして、約束を破るの? だって、和子さんが、約束したことでしょ?…」


 「…でも、それを、諏訪野さんは、反故にするかも、しれない…」


 「…伸明さんが?…」


 「…そうだ…」


 「…どうして、伸明さんが、約束を破るの?…」


 「…面子…」


 「…面子?…」


 「…五井の当主にけがを負わせた面子…」


 「…それって、ハルカさんが、伸明さんに、けがを負わせたこと?…」


 「…そうだ…」


 「…でも、どうして、それが、長谷川センセイを五井一族と、認めないことに、繋がるの?…」


 「…面子だよ…」


 「…面子?…」


 「…五井の当主に、けがを負わせたことを、全国に、知られた…諏訪野さんとしても、そのケリをつけなければ、ならない…」


 「…ケリ?…」


 「…ヤクザではないけれども、五井の当主に、けがを負わせて、そのままというわけには、いかない…」


 「…どういうこと?…」


 「…諏訪野さんに、けがを負わせた、ハルカさんは、長谷川センセイの妹…血は繋がっていないけれども、妹であることは、変わりがない…だから、それを、考えると、長谷川センセイを、このまま、五井一族と名乗らせることは…」


 「…難しいってこと?…」


 「…だよね…」


 ナオキが、相槌を打った…


 「…これは、ボクだって、諏訪野さんの立場なら、認めることは、できない…」


 「…ナオキでも?…」


 「…自分に、けがを負わせて、それが、マスコミで、報道された…いわば、恥をかかされたわけだ…それなのに、そのけがを負わせた当人の兄を、いくら、血が繋がってないからと言って、五井の一族と名乗っていいと、認めれば、どうして? って、なる…だから、断じて、認めることは、できない…」


 「…」


 「…まあ、諏訪野さんが、どうするかは、知らないよ…でも、普通は、できないと、思う…」


 ナオキが、断言した…


 そして、私は、そのナオキの言葉に、納得したが、それでは、終わらないのでは?


 と、考えた…


 この騒動が、うまく、終わらないのでは?


 と、考えた…


 あくまで、この騒動の決着の一つに、あの長谷川センセイを五井一族と公式に、認めることがある…


 それを、反故にすれば、禍根が残る…


 あるいは、恨みが、残る…


 長谷川センセイが、恨みに、思う…


 そして、その恨みが、さらなる恨みを呼び込む可能性がある…


 具体的には、伸明に敵対する勢力が、今回のように、再び、集結する可能性がある…


 面子を変えて、伸明に立ち向かってくる可能性がある…


 まさに、負の連鎖…


 終わりのない、負の連鎖…


 永遠に、終わらない、負の連鎖…


 が、


 あるいは、そういうものかも、しれない…


 有名企業グループの会長の地位にあれば、誰かが、傷付く…


 自分は、知らなくても、誰か、知らない人間が、別の企業で働いていて、その有名企業グループの会社に、仕事を奪われて、会社が、倒産したり、あるいは、会社の業績が、下がったからといって、リストラされたりするかも、しれない…


 結果、自分では、見たことも、会ったこともない人間から、恨みを買う可能性もある…


 そういう可能性もある…


 それゆえ、無傷では、すまないかも、しれない…


 まあ、そこまで、いかなくても、私だって。あるかもしれない…


 例えば、私を好きだった男…


 私を好きだからと、言って、その男をゲットしようとした女が、私をダシにして、振られれば、それを、理由に、私が、その女に恨まれる可能性がある…


 自分の知らないところで、他人から、恨まれる可能性がある…


 だから、それを、気にしても、仕方がない…


 そんなことを、気にしては、生きていけない…


 そういうことだ…


 そして、そう考えれば、事態は、複雑…


 思ったよりも、複雑だった…


 私は、暗澹とした…


 すっかり、意気消沈した…


 それを、隣で、ハンドルを握るナオキが、気付いた…


 「…綾乃さん、大丈夫?…」


 と、言って、気付いた…


 私は、大丈夫ではなかったが、さりとて、


 「…大丈夫よ!…」


 と、言って、ナオキを安心させるようなことも、しなかった…


 なんといっても、十五年の付き合いだ…


 お互いの性格が、わかっている…


 だから、わざわざ、相手の機嫌を取るといっては、なんだが、そこまで、相手を気遣わなくても、いいと、思ったからだ…


 「…全然、大丈夫じゃないわ!…」


 とも、言いたかったが、そこまで、言うのも、大人げない…


 結果、なにも、言わなかった…


 「…」


 と、なにも、言わなかった…


 それを、見たナオキが、


 「…綾乃さんも、案外、子供だな…」


 と、笑った…


 「…子供? 私が?…」


 予想もしないことを、言われた…


 まさに、想定外のことを、言われた…


 「…事業をやる以上、誰も、傷付けないなんて、できない…そんなことは、無理…」


 ナオキが、笑う…


 「…綾乃さんだって、そんなことは、わかっているはずでしょ?…」


 そう、言われると、なにも、言えなかった…


 まさに、なにも、言えなかった…


 それから、ずっと、黙ったままだった…


 家に、着くまで、黙ったままだった…


 お互い、会話もなかった…


 要するに、不機嫌…


 不機嫌だったのだ…


 

 それは、家に着いても、変わらなかった…

 全然、変わらなかった…


 ナオキも、私に対して。さじを投げたとまでは、言わないが、あえて、機嫌を取らなかった…


 きっと、そんなことは、したくないのだろう…


 また、私も、そんなことは、してもらいたくなかった…


 何度も、繰り返すが、すでに、十五年の付き合いだ…


 お互いの性格が、わかっている…


 だから、ナオキは、放っておくのが、一番だと、判断したのだろう…


 私も、また、そうしてもらえるのが、一番…


 一番だった…


 変に、機嫌を取られるのも、嫌だ…


 それは、置いておいても、私は、家に帰ると、実に、ホッとした…


 安心した…


 私は、ずっと、キャリアウーマンだった…


 私の意思とは、別にキャリアウーマンだった…


 あのユリコが、ナオキの家を出て、突然、失踪した…


 それゆえ、ユリコと入れ替わりに、ナオキの家庭に入った…


 幼いジュン君の面倒を見るために、ナオキの家庭に入った…


 だから、当初は、専業主婦のようなものだったが、ジュン君が、大きくなって、手がかからなくなると、同時に、ナオキの会社を手伝う時間が、増えた…


 だから、冷静に、考えれば、専業主婦というより、ベビーシッターに、近いかも、しれない…


 ベビーシッターゆえに、キャリアウーマン…


 他人の子供の面倒を見るのだ…


 それが、仕事だ…


 だから、そう考えれば、キャリアウーマン…


 私は、若いときから、働いてきた…


 ずっと、働いてきた…


 が、


 どうしても、身内同然の間柄の仲では、自分をキャリアウーマンと、思えなかった…


 考えたこともなかった…


 しかしながら、ジュン君の運転するクルマにはねられて、五井記念病院に入院…


 さらには、癌の治療のために、オーストラリアまで、行った…


 それゆえ、最近は、ずっと仕事をしていない…


 そのせいだろう…


 それまで、仕事人間だった私は、自分が、案外、家が好きだったことに、気付かなかった…


 ひとりぼっちで、家にいることが、好きだったことに、気付かなかった…


 誰にも、気を使わず、ひとりぼっちで、過ごす、心地よさに気付かなかった…


 それは、私のそれまでの、人生が、常に、誰かが、近くにいたことへの裏返しでも、ある…


 ずっと、ひとりぼっちは、寂しいが、それでも、誰にも、気を使わない生活は、楽…


 楽だ…


 それが、わかると、私は、家が好きになった…


 家に帰って、ひとりで、いるのが、好きになった…


 今日は、ナオキがいるが、それでも、家に帰ると、ホッとした…


 心の底から、安心した…


 おそらく、ナオキは、それを、見ていたのだろう…


 私の表情の変化を見ていたのだろう…


 「…おっ! 綾乃さん、ようやく、機嫌が直ったね…」


 と、言ってきた…


 が、


 私は、それには、答えず、


 「…お茶でも、入れるわ…」


 と、答えた…


 「…いえ、お茶は、面倒臭い…缶コーヒーでも、飲まない?…」


 と、ナオキに提案した…


 ナオキは、笑いながら、


 「…ずぼらな綾乃さんらしい…」


 と、笑った…


 私は、それにも、反論せずに、


 「…今、帰って来たばかりなのに、熱いお茶や、コーヒーは、嫌…私は、冷たい、コーヒーが、好き…ナオキは、違う?…」


 と、聞いた…


 ナオキは、


 「…それは、わかる…」


 と、笑った…


 「…ボクも、同じ…冷たいコーヒーの方がいい…」


 と、言ってくれた…


 二人の意見が一致した…


 それゆえ、冷蔵庫の前に、行き、冷蔵庫の中から、缶コーヒーを二つ、取り出した…


 それを、テーブルの前に座る、ナオキの前に出した…


 「…ありがとう…綾乃さん…」


 と、ナオキは、私に礼を言った…


 私もまた、自分の缶コーヒーをテーブルの上に置いたが、このままでは、つまらない…


 このまま、二人きりでは、クルマの中にいたときと、なにも、変わらない…


 だから、暇つぶしに、テレビをかけることにした…


 なにもないより、マシだからだ…


 テレビでは、テロップが、流れていた…


 なにか、大変なことがあったのだろう…


 私は、急いで、そのテロップを読んだ…


 そこには、


 …先日、五井ホールディングス社長、諏訪野伸明氏を襲った、長谷川ハルカさんが、自殺…


 と、書いてあった…


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