寿綾乃という女 第4部 194
が、
それを、聞いて、納得した…
なぜ、あのとき、ナオキが、伊豆の別荘に幽閉されたのか?
納得した…
そう言われれば、わかる…
そう、説明されれば、わかる…
要するに、伸明とナオキを、会わせたくなかった…
団郁馬は、二人を会わせたくなかった…
きっと、五井グループ内での、情報関連企業数社を合併する話は、すでに、まとめられ、後は、ナオキの経営するFK興産を、そこに合流させるだけだったのだろう…
FK興産の株は、今、五井に半分、握られている…
FK興産の業績が、悪化して、五井に金を借りたためだ…
その見返りに、資本提携という名目で、五井の重役が、FK興産の取締役に、数人、就任したが、まだ、完全には、五井の傘下には、下っていない…
なにしろ、五井の持つ株は、半分…
残りの半分は、ナオキが、持っている…
だから、力としては、五分五分…
どっちが、上も、下もない…
両者互角だからだ…
株の持ち分が、互角だからだ…
だから、話しあいが、必要…
伸明は、ナオキと話し合いが、必要だった…
が、
それを、嗅ぎ付けた、団郁馬が、それを、邪魔しようとした…
ナオキを伊豆の別荘に、幽閉して、伸明と、ナオキの話し合いを中断させた…
そういうことだろう…
しかし、一つ、疑問が、ある…
なぜ、その計画が、団郁馬に漏れたか?
それが、謎だ…
解けぬ謎だからだ…
そして、私が、そう思っていると、マミさんが、
「…叔母様、それは、わかりましたが、どうして、伸明さんが、この藤原さんと、会社の合併の話をすると、団郁馬は、知ったんですか?…」
と、聞いた…
私が、思っていることを、聞いた…
和子は、あっさりと、
「…仕事は、一人で、するものじゃ、ないでしょ?…」
と、マミさんに、語りかけた…
ニッコリと笑って、語りかけた…
「…例えば、五井グループの中で、伸明と親しい、五人や六人のメンバーで、その計画をまとめたとする…信用できると、思っている、伸明の側近と、いっしょになって、まとめたとする…でも、そのうちの誰かが、団郁馬に漏らせば、ダメでしょ?」
和子が、笑って、続けた…
「…人の口には戸が立てられない…ほら、世間では、とっくに忘れ去られたけれども、以前、日立と三菱重工が、合併すると、報じられたでしょ? アレだって、極秘裏に進めていたものが、合併寸前になって、暴露された…たぶん、合併を反対するものが、マスコミに、リークした…それと、同じ…」
「…同じ?…」
今度も、マミさんが、口を挟んだ…
「…そう、同じ…マミさんも、経営者だから、同じ…ひとりで、仕事はできない…会社の従業員と仕事をする…でも、マミさんが、その従業員を信頼していても、相手は、マミさんを信頼しているか、どうか、わからない…でしょ?…」
穏やかに、和子は、マミさんに、笑いかけて、言った…
マミさんは、なにも、言えなかった…
「…」
と、なにも、言えなかった…
誰もが、身に覚えがあること…
経営者なら、身に覚えがあることだからだ…
信頼していた人間に、裏切られると、言えば、大げさだが、突然、退社するというケースは、頻繁にある…
私が、FK興産で、社長のナオキの社長秘書をしていたときも、優秀な、社員が、突然、退職して、驚いたことがある…
それも、一度や二度ではなく、定期的にあった…
まさか、あのひとが!
そんなひとが、会社を辞める…
そんな光景は、社長に限らず、平社員でも、何度も、目にする光景だからだ…
要するに、信用できない…
心の底から、信用は、できない…
自分以外の人間は、信用できない…
そういうことだ…
日立と、三菱重工の合併を世間に、リークして、潰したものも、そうだろう…
合併の情報に、事前に触れることのできる人間は、ごく少数…
限られた人間だからだ…
秘密を、守れる人間が、集められた…
誰もが、そう、考える…
選んだ人間は、そう、考える…
にもかかわらず、合併は、事前に漏れた…
合併寸前で、漏れた…
つまりは、合併を嫌う人間が、合併の情報をマスコミにリークして、合併を潰したということだ…
経営者にしてみれば、信頼している人間に裏切られた…
その一言だろう…
だが、それは、ありがちなこと…
世間では、ありがちなことだからだ…
誰もが、見たり、聞いたりする、ありがちなことだからだ…
私は、思った…
私は、考えた…
すると、だ…
和子が、突然、ナオキに、向かって、
「…でも、安心しなさい…藤原さん…」
と、声をかけた…
…安心?…
…一体、なにを安心するんだろ?…
私が、思っていると、マミさんが、
「…叔母様…藤原さんが、なにに、安心するの?…」
と、聞いた…
「…FK興産と、五井グループ内の情報関連企業との合併…どうなるか、わからない…先が、見えなくなった…」
「…先が、見えない? どういうことですか?…」
と、マミさん。
「…今も言ったように、FK興産を買収して、五井グループ内の情報関連企業数社と合わせて、巨大な情報関連企業を作る…それは、団郁馬の有する、メディアに対抗するためだった…でも、団郁馬は、すでに、白旗を上げた…敗北を認めた…だから、合併の必要は、なくなった…違う?…」
そう、言われれば、その通り…
たしかに、合併の必要はなくなった…
あくまで、合併は、団郁馬の有するメディアに対抗するため…
その団郁馬が、敗北を認めれば、合併は、必要なくなるからだ…
私が、そう、思っていると、
「…でも…」
と、和子が、続けた…
「…でも、伸明の気持ちは、わからない…」
と、続けた…
「…なにが、わからないの?…」
と、今度は、昭子が、口を挟んだ…
伸明のことだから、口を挟んだ…
「…たしかに、団郁馬は、白旗を上げた…だから、団郁馬に対抗することは、なくなった…でも、五井グループ内の情報関連企業を集めて、合併する案は、止まらない…」
「…どうして、止まらないの? 和子?…」
と、昭子。
「…それは、やはり、その方がいいと、伸明が、判断したからよ…それは、団郁馬の件が、なくなっても、同じ…」
「…」
「…ただ、外部である、藤原さんのFK興産を五井グループ内の情報関連企業と、合併させるかどうかまでは、わからない…」
「…どうして、わからないの? 和子?…」
と、昭子。
「…だって、外部の会社を無理やり合併させれば、ゴタゴタを産む…ゴタゴタが、避けられない…」
と、和子。
「…だから、それを、避けるか、それとも、伸明が、避けないか? それは、伸明しか、わからない…」
「…だったら、この藤原さんが、安心することは、できないじゃない!…」
と、昭子が、口を出した…
「…そう言われれば、その通り…姉さんの言う通り…」
と、和子が、言う。
「…だから、今の発言は、間違っていた…藤原さん、ごめんなさい…」
和子が、詫びた…
ナオキに、詫びた…
それを、見て、マミさんが、
「…叔母様は、どうなの?…」
と、聞いた…
「…どうって? なにが?…」
「…藤原さんのFK興産を五井グループ内の情報関連企業と、合併させるか、どうか?…」
と、マミさん。
「…それは、伸明が、判断すること…」
と、和子が、言い切った…
「…叔母様は、口を出さないんですか?…」
と、マミさんが、聞く。
「…出さない…」
と、和子が、即答。
「…どうして、出さないの?…」
と、今度は、昭子が、聞いた…
和子の双子の姉の昭子が、聞いた…
「…今回の件よ…姉さん…」
と、和子。
「…なにが、今回の件なの? 和子?…」
と、昭子。
「…今、ここで、私が入院していること…」
「…それが、どうかしたの?…」
「…今回の件で、私も歳を実感した…脳梗塞で、倒れたことで、実感した…」
「…」
「…だから、これからは、伸明を育てる意味で、なるべく、口を出さないことにしようと思う…もちろん、表舞台に立つことをやめるわけじゃない…ただ、出番を減らしていくというか…徐々にフェードアウトして、伸明に、権限を委譲してゆくつもり…」
和子が、言った…
断言した…
が、
その言葉に、すぐに、昭子が、反論した…
「…和子は、それで、いいの?…」
と、反論した…
「…いいも悪いも、私も姉さんも、いずれは、伸明よりも先に、逝く…私が、生きている間に、少しずつ、伸明に権限を委譲させて、伸明を育てなきゃ、ならない…それが、私の使命…私の宿命…」
「…叔母様…」
マミさんが、泣きそうな顔になった…
私は、それを、目の当たりにして、なんと言っていいか、わからなかった…
この和子の決断は、わかる…
今回、脳梗塞で、倒れたことで、自分の年齢を実感したのだろう…
私も、軽い脳梗塞で、倒れたが、私と和子では、歳が、違う…
私は、まだ、32歳…
もうすぐ、33歳になる…
それに対して、この和子は、どう見ても、六十代後半…
生きていれば、私の母親より、上だ…
人生百年時代と、言われるが、誰もが、百年、元気でいられるわけではない…
最期の数年は、寝たきりになるひとも、多いだろう…
なにより、寿命は、わからない…
いつ死ぬか、誰にも、わからない…
私の母など、40歳にも、ならずに、死んだ…
それを、目の当たりにしたからだろう…
私も、自分の寿命を考える…
もしかしたら、あと数年で、死んでしまうのではないか?
その思いが、頭の中をよぎる…
常に、よぎる…
これは、もはや、宿痾と言ってもいい…
私の頭の中に、こびりついているからだ…
…もしかしたら、死ぬかも?…
そんな思いが、常にある…
若くして、母を看取った経験から、いつもある…
これは、逃れられない、私の宿痾…
おまけに、それを証明するように、軽い癌にも、カラダが、蝕まれている…
だから、私が、死を恐れるのは、わかるだろう…
常に、頭の片隅で、死を意識するのが、わかるだろう…
私は、思った…
あらためて、思った…
そして、私が、そんなことを、思っていると、今度は、ナオキが、
「…諏訪野さんは、今、どこにいらっしゃるんですか?…」
と、口を出した…
これまで、ほぼ沈黙を守ってきたナオキが、口を出した…




