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寿綾乃という女 第4部  作者: トモサン


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192/225

寿綾乃という女 第4部 192

 「…私が、外を飛び回る? 姉さん、なにを言っているの?…」


 和子が、言った…


 当然のことを、言った…


 が、


 その言葉を聞いて、昭子は、笑った…


 楽しそうに、笑った…


 「…入院していると、周囲に、思わせるのは、都合がいい…実に、都合がいい…」


 昭子が、言う…


 「…なにが、都合が、いいの?…」


 「…だって、和子は、今、入院している…五井記念病院に入院している…それを、誰もが、信じているから、都合がいい…」


 「…」


 「…それで、私になりすませて、団郁馬に会ったでしょ?…」


 「…」


 「…団郁馬に会って、団郁馬の狙いを探った…違う?…」


 「…」


 「…まあ、私と和子は、外見が、そっくり…一卵性双生児だから、外見が、そっくり…瓜二つだから、昔から、入れ替わったことが、ある…若い頃は、お互いに付き合っていた、恋人に、入れ替わって、デートして、その恋人が、途中で、気付くか、どうか、試したことがある…」


 昭子が、楽しそうに、言う…


 実に、楽しそうに、過去の経験を振り返る…


 私は、それを、聞いて、思い出した…


 この話は、以前、聞いたことを、思い出した…


 この昭子が、以前、私に会ったとき…


 脳梗塞の予防で、散歩が、いいと、センセイに言われ、市役所を、目的地にして、散歩していたときに、この昭子と会った…


 そのときに、聞いた…


 今と、同じ話を聞いた…


 これを、初めて、聞いたときは、驚いたが、同時に、あり得ること…


 実に、あり得ることだと、思った…


 あるいは、ありがちなことだと、気付いた…


 外見が、そっくりな人間が、二人いる…


 だったら、入れ替わってやれ、とも、思う…


 ときには、入れ替わって、周囲の反応を見ようと、思っても、おかしくはない…


 誰もが、考えることだ…


 誰もが、同じように、自分と、同じ外見の人間が、いれば、入れ替わって、周囲の反応を見ようとするものだ…


 とりわけ、それが、当時、自分たちが、付き合っていた、恋人なら、相手が、気付くか、試すのも、ありがちなこと…


 実に、ありがちなことだからだ…


 私は、思った…


 私は、考えた…


 そして、私が、そんなことを、考えていると、


 「…それで、和子は、今度は、北東病院に行った…私になりすませて、北東病院に行った…五井北東家の経営する北東病院に、患者として、行った…違う?…」


 「…おや、よく調べたわね…姉さん…褒めて、あげるわ…」


 「…私になりすませて行った…後で、わかったわ…団郁馬に聞いて、わかった…」


 「…」


 「…そこで、長谷川センセイに、会ったんでしょ?…和子?…」


 「…えっ? 長谷川センセイ?…」


 思わず、素っ頓狂な声を出した…


 あまりにも、場違いな素っ頓狂な声を出した…


 が、


 誰も、なにも、言わなかった…


 おそらくは、ナオキも、マミさんも、驚いたかも、しれないが、それは、問題ではない…


 問題なのは、この昭子と和子だが、その二人は、なんの反応も、示さなかったからだ…


 だから、問題では、なかった…


 「…そこで、和子…アナタは、長谷川センセイと、取引をしたでしょ?…」


 「…取引? 一体、なんの取引をしたと、言うの?…」


 「…あの長谷川センセイの悲願…」


 「…悲願? なに、それ?…」


 「…五井に認めて、もらうこと…」


 「…」


 「…五井の女帝、諏訪野和子が、長谷川センセイを、五井一族と、認めると言えば、長谷川センセイの悲願が、叶う…」


 「…」


 「…同時に、それは、長谷川センセイに、五井北東家と、五井本家のどっちかを、取れと、迫るのと、同じこと…そして、どっちを取ると、迫られれば、誰もが、五井本家を取る…力のある方を取る…まして、あの長谷川センセイは、名誉欲の塊…五井北東家を、裏切るに決まっている…団郁馬を裏切るに、決まっている…」


 「…」


 「…どう違う? 和子?…」


 「…違わないわ…姉さん…」


 あっさりと、和子が、認めた…


 五井の女帝が、認めた…


 「…やっぱり、姉さんね…頭の回転が、早いというか…昔から、変わらない…」


 「…和子…どうして、ひとを使わなかったの? そのカラダじゃ、外での活動は、きつかったでしょ?…」


 「…私が、姉さんと、瓜二つだからよ…」


 「…」


 「…姉さんに、成りすませば、有利…あの団郁馬も、最初は、気付かなかった…」


 「…最初は、気付かなかった…ということは、途中で、気付いたと、いうこと…」


 「…たぶんね…あの男は、バカじゃない…長く話をすれば、矛盾を感じる…」


 「…」


 「…だから、ホントは話をしなければ、いい…黙っていれば、いい…そうすれば、わからない…でも、そういうわけには、いかないでしょ?…」


 「…」


 「…まあ、それで、団郁馬対策は、すんだけれども、問題は、伸明よ…」


 「…伸明?…」


 「…伸明は、あの長谷川ハルカと、知り合いだった…長谷川ハルカの勤める店の常連だった…つまり、あの長谷川ハルカに、弱みを握られていたということ…」


 「…弱み…」


 「…五井ホールディングスの社長であり、五井家の当主の伸明が、誰も連れないで、ひとりで、酒を飲みに行く…しかも、身分を隠して…」


 「…」


 「…伸明の立場なら、それをするのも、わからないわけでも、ないけれど、今回は、相手が悪すぎた…」


 「…相手が、悪すぎた?…」


 「…ハルカの素性…」


 「…どういうこと?…」


 「…彼女が、思いのほか、したたかだったってこと…」


 「…したたか? なにが、したたかなの?…」


 「…伸明が、店の女のコを、よくお持ち帰りして、楽しんでいたということ…」


 「…それが、どうかしたの? 男なら、当たり前じゃない?…」


 「…たしかに、男なら、当たり前かも、しれないし、取り立てて、目くじらを立てることじゃないかも、しれない…でも…」


 「…でも、なに?…」


 「…それが、五井ホールディングスの社長だとしたら、まずいでしょ? 世間に知られれば、まずいでしょ?…」


 「…」


 「…あのハルカは、伸明のそんな行動を間近に、見ていた…そして、それを、元に、伸明をゆすろうとした…」


 「…えっ? ゆすろうとした?…」


 思わず、声を上げた…


 私が、声をあげてしまった…


 まさか、そんな…?


 あのハルカが、そんなことを、するなんて、夢にも、思わなかった…


 あのハルカは、品行方正とまでは、言わないが、そんなイメージは、なかった…


 伸明を、ゆするような真似をする、イメージは、なかった…


 「…貧すれば鈍するという言葉があるけど、生まれは、大事よ…寿さん…いえ、育ちかな?…」


 和子が、突然、私に向かって言った…


 私を振り向いて、言った…


 「…育ち…」


 と、私も、つい、呟いて、しまった…


 私も、正直、育ちは、よくない…


 お世辞にも、よくはない…


 母は、シングルマザー…


 一人っ子の私は、母と二人きりで、生きて来た…


 だから、正直、貧乏…


 お金に、余裕がある、生活では、なかった…


 それゆえ、どうしても、生まれとか、育ちとか、言われると、ピンとくる…


 私のことを、言われていないにも、かかわらず、ピンとくる…


 私が、そう考えていると、


 「…寿さん、別に、アナタのことを、言っているんじゃないのよ…」


 と、和子が、声をかけた…


 「…例え、同じような環境に生まれても、人それぞれ…貧乏に生まれれば、モノを盗んだり、犯罪を犯すものじゃないでしょ?…」


 「…それは、そうですけれど…」


 「…あのハルカさんの場合は、たまたま、運が、悪かった…」


 「…運が、悪い?…」


 「…悪い男に、引っかかって、お金が、必要だった…」


 「…失礼ですが、どうして、それを?…」


 「…さっき、刑事さんが、あのハルカさんを、連れて来たの…ここに、伸明が、入院していると、思って…」


 …そうか!…


 …だからか!…


 だから、さっき、この五井記念病院の出入り口で、あのハルカと、会ったんだ…


 言われて、みて、わかった…


 言われて、みて、納得した…


 そして、私が、この和子の話に納得していると、ふいに、ナオキが、口を出した…


 「…あの…ひとつ、お聞きして、いいですか?…」


 と、口を出した…


 「…なにかしら?…」


 と、和子。


 「…あのハルカさんが、お金に、困っていたとしたら、どうして、お兄さんに、相談しなかったんですか?…」


 「…お兄さん?…」


 「…長谷川センセイです、この五井記念病院に、勤務していた…」


 「…それは、兄妹といっても、名目だけだからよ…」


 「…名目だけ? それは、どういう…」


 今度は、マミさんが、口を挟んだ…


 「…兄妹といっても、歳が離れているし、血も繋がっていない…たぶん、いっしょに、住んだこともなかったみたい…」


 「…えっ? ウソ?…」


 と、マミさんが、呟いた…


 これは、マミさんと、同じ…


 マミさんと、伸明と同じ…


 同じだからだ…


 兄妹といっても、名前だけ…


 血も繋がっていなければ、いっしょに、住んだこともない…


 まさに、名前だけ…


 兄妹という名前だけ…


 たしか、法律上は、結婚できないかも、しれないが、ホントは、結婚できる…


 赤の他人だから、結婚できる…


 そういうことだ…


 兄妹は、名前だけ…


 実に、名前だけだ…


 そして、そこまで、聞いて、考えた…


 あの伸明の見合い…


 伸明とハルカの見合いを考えた…


 あのとき、なぜ、長谷川センセイが、同席しなかったのか?


 考えた…


 それは、今の話から、考えれば、ただ、ハルカと、親しくないから…


 それに、尽きるのではないか?


 兄妹といっても、形だけ…


 血も繋がっていなければ、いっしょに、暮らしたこともない…


 それが、あの席で、いっしょに、なれば、二人が、親しくないことが、バレてしまう…


 ハルカと、長谷川センセイとの、ちょっとした、やりとりで、それが、周囲の人間に、わかってしまう…


 長谷川センセイは、それを、恐れたのではないか?


 私は、思った…


 今さらながら、思った…


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