寿綾乃という女 第4部 191
私は、なぜ、マミさんが、そんな表情をしたのか、知りたかったが、まさか、それを聞くわけには、いかない…
和子の目の前で、聞くわけには、いかない…
が、
和子も、当然のことながら、マミさんの表情に、気付いた…
だから、
「…マミさん、そんな顔をしないで…」
と、優しく叱った…
「…叔母様…」
「…壁に耳あり…障子に目あり…どこで、誰が、見たり、聞いたりしているか、わかったもんじゃない…」
「…叔母様…」
「…それを、証明してくれたのが、伸明…」
「…伸明さん?…」
と、私は、つい口を挟んだ…
もしかしたら、口を挟んでは、いけないのかも、しれないが、口を挟んだ…
「…そうよ…」
和子が、不機嫌そうに、言う…
「…伸明は、私が、倒れると、焦って、先走って、行動して、見ていられなかった…」
と、和子が、思いもしないことを、言った…
「…見ていられなかったって、一体?…」
私が、声を上げると、再び、マミさんが、
「…叔母様…それは…」
と、和子を制止しようとした…
が、
和子は、止まらなかった…
「…いいのよ…マミさん…」
と、言って、マミさんの制止を振り切って、止まらなかった…
「…伸明は、私が、倒れて、焦った…と、同時に、自分の力を見せつけようと思ったのね…五井西家から、見合いの件を聞き、これ幸いと受けた…自分の権力を、周囲に見せつけようとした…」
「…叔母様…」
「…でも、運もなかったのね…」
「…運が、なかった? どういうことですか?…」
と、私。
「…伸明の見合い相手…たまたま、伸明の知り合いだった…それが、運がなかった…」
「…」
「…まさか、相手が、知り合いだったなんて、お互い、思わなかった…予想も、しなかった…それが、今回の不幸の始まり…」
「…不幸…」
「…まあ、私が、倒れたことで、それを、外部に知られないように、姉を呼び寄せた私も、悪かった…姉が…昭子が、伸明を心配するあまり、これもまた、変な行動を起こして…」
和子が、言う…
まるで、誰かに、聞かせるように、言う…
私や、ナオキではなく、別の誰かに、聞かせるように言う…
私は、それを、聞いて、
…もしや?…
と、思った…
…もしや、この部屋に、誰か、別のひとが、いるのでは?…
ここにいる、私たち4人以外に、誰か、いるのでは?
そう、思った…
なぜなら、さっき、この和子が、
「…壁に耳あり障子に目あり…」
と、言ったからだ…
そのときは、そうは、思わなかったが、まるで、それは、皮肉にも、聞こえなくは、ない…
誰かが、いれば、その人間に、わざと、言っている…
そう、取れなくもない…
まして、この個室は、大きい…
特別に大きい…
それゆえ、隠れることが、できる…
そして、今、気付いたことだが、この病室には、トイレも、風呂も完備している…
まるで、ホテルのように、完備している…
だから、そこに隠れることができる…
隠れようとすれば、隠れることが、できる…
私は、そのトイレと、お風呂の方向を見た…
なにげに、見た…
すると、だ…
やはりというか…
扉が、開いた…
ゆっくりと、開いた…
そして、その中から、出て来たのは、予想通りというか…
この和子と瓜二つの顔の持ち主…
いや、
顔だけではない…
カラダも、同じ…
同じ身長、同じ体形の女…
和子の姉の昭子だった…
和子の双子の姉の昭子だった…
伸明の生母の昭子だった…
「…和子…黙って聞いていれば、随分なことを、言うわね…」
昭子が、文句を言いながら、出て来た…
が、
その言葉とは、裏腹に、全然、怒っているようには、見えなかった…
むしろ、笑っていた…
楽しそうに、笑っていた…
そして、それを、見た、和子も、また、笑っていた…
楽しそうに、笑っていた…
そして、
「…似た者同士ね…」
と、和子が、昭子に、言った…
「…似た者同士? なにが、似た者同士なの?…」
と、昭子…
昭子は、ゆっくりと、私たちのいる、場所に、やって来た…
「…それは、姉さんと、伸明のことよ…」
と、和子…
「…まあ、それは、母子だから、似た者同士は、当たり前ね…」
と、昭子が、笑いながら、言う…
が、
和子は、笑わなかった…
「…私が、似た者同士と言ったのは、伸明に、姉さんの血が、あんなにも、流れているとは、思わなかったってこと…」
と、和子…
「…あら、それは、どういう意味?…」
と、昭子…
「…私が、倒れたことを、知った、伸明が、五井西家と、見合いをした…それは、いい…でも…」
「…でも、なに?…」
「…姉さんは、それを、どこからか、聞いて、伸明の見合い相手の素性を確かめたでしょ? 五井北東家の団郁馬に頼んで…」
和子が、仰天の事実を言った…
それまで、聞いたことのない、仰天の事実を言った…
私は、唖然とした…
それゆえ、慌てて、傍らのナオキと、マミさんを見た…
が、
二人とも、驚いた表情をしていなかった…
驚いた表情をしているのは、私だけだった…
もしかして、知っていた?
マミさんは、ともかく、ナオキも、知っていた?
だとしたら、驚き以上に、ショック…
ショックだった…
が、
それは、さておき、話は、続いた…
和子と昭子の話は。続いた…
昭子は、
「…私が、団郁馬になにを頼んだと、言うの?…」
と、和子に、聞いた…
「…見合い相手の素性…長谷川ハルカの素性…」
と、和子が、答える…
「…見合い相手の素性…どうして、そんなことが、団郁馬にわかるの?…」
「…五井北東家は、メディアを支配している…東都新聞を支配している…東都新聞の記者を使って、探らせたでしょ?…」
「…」
「…でも、それで、五井北東家も、調子に乗った…」
「…どうして、調子に乗ったの?…」
「…あのハルカの素性を掴んだ…あのハルカには、一滴も、五井の血が、流れていないことを、掴んだ…」
「…それが、どうしたの?…」
「…それを、知った、団郁馬は、西家に近付いた…ハルカを、本物の五井一族の末裔と信じていた西家夫妻に近付いて、西家を利用しようとした…」
「…」
「…でも、そのきっかけを作ったのは、姉さん…伸明の産みの親である、姉さんよ…」
和子が、言った…
和子が、断言した…
私は、それを、聞いて、思い出した…
以前、聞いたことを、思い出した…
それは、この昭子が、団郁馬と親しいと、いうこと…
この昭子が、唯一、五井一族の中で、団郁馬と親しいということを、思い出した…
二人とも、規格外というか…
変わっている…
この昭子は、若い頃に、男関係に奔放だったと言うし、伸明以外にも、子供がいたが、すべて、父親が、違っていた(苦笑)…
また、団郁馬は、五井一族の中でも、浮いていた…
あまり、一族の人間と、関わりを、持たなかった…
その中で、唯一、親しいのが、この昭子だった…
私は、それを、聞いたときに、
…変わり者同士だから、気が合うんだ…
ぐらいにしか、思わなかった(苦笑)…
だが、その二人が、手を組み、伸明のために、動いた…
一方は、真剣に伸明をサポートするために、動いた…
が、
もう一方は、真逆だった…
伸明の見合い相手が、五井の血を引き継いだ娘と言いながら、それが、ウソだと、わかっていた…
おそらくは、それを、利用して、伸明に、なんらかの、圧力を加えようと、思ったのかも、しれない…
五井北東家は、メディアを支配している…
東都新聞、東都ラジオ、東都テレビを支配している…
にもかかわらず、五井一族の中では、序列が下…
それゆえ、序列をもっと上げたい…
それが、団郁馬の悲願だった…
五井北東家の悲願だった…
それゆえ、ハルカが、五井の血を引いていないことを、知ると、それを、利用しようとしたのだろう…
団郁馬の立場に立てば、当たり前だった…
ひどく、当たり前だった…
私は、思った…
私は、考えた…
そして、そう、考えていると、今度は、昭子が、
「…そういう和子こそ、私を利用しようとしたでしょ?…」
と、言った…
「…姉さんを利用?…」
「…自分が、倒れたことを、隠して、極秘裏に、私を、呼び寄せて、私を自分の身代わりにした…誰かが、見舞いに来ても、諏訪野和子が、そこにいるように、見せかけた…外部の人間で、私の存在を知っている人間は、少ない…それを、利用した…」
「…」
「…まあ、和子が、それを、したのも、わからなくは、ない…病院に入院しているフリをして、外に、飛び回るのは、実に、都合が、いいから…」
仰天の事実を、昭子が、語った…




