寿綾乃という女 第4部 190
私は、マミさんの顔色が、変わったのは、わかったが、
「…どうしたんですか?…」
とは、聞かなかった…
あえて、聞かなかった…
それは、なぜか?
私にそんな余裕がないからだった…
たった今、めまいが、したばかり…
お世辞にも、体調が、よくない…
だから、自分のことで、精一杯…
他人のことに、どうこう言える状態では、なかった…
マミさんは、
「…わかった…行きましょう…」
と、言ったが、その声は、心なしか、小さかった…
現に、この後、エレベーターで、最上階の下の階に、向かったが、そこでも、マミさんの表情は、変わらなかった…
私たち三人は、目的の階に、辿り着いて、エレベーターを降りた…
その階のフロアは、たしかに、異様だった…
異様というのは、部屋数が、少ないのだ…
いや、少なすぎるのだ…
私も、この病院に入院していたから、わかる…
いわゆる、部屋の数…
部屋の出入り口の数が、一目見て、少ない…
おそらくは、VIP専用…
VIP専用=特別室なのだろう…
つまり、一部屋、一部屋を、他の部屋より、大きく取っている…
それで、他の部屋より、プライバシーを重視している…
それゆえ、入院費も、他の部屋と違って、目の玉が、飛び出るほど、高いに違いない…
貧乏人の私は、思った…
貧乏人の私は、こんなときに、真っ先に、お金の勘定をする…
…いったい、いくら、するんだろ?…
と、まずは、お金の話を考える(苦笑)…
今は、億ションに住み、日々の生活の金など、心配する身分では、まったくないにも、かかわらず、まず、金のことを、考える…
変わらない…
お金がある身分になっても、お金がない時代と、変わらない…
母とふたりきりで、過ごした、貧乏な時代と、まったく、変わらない…
つくづく、人間は、変わらないと、思った…
お金が、あっても、お金がない時代と、同じ金銭感覚…
それが、変わらない…
歳をとっても、まったく、変わらない…
これは、自分でも、笑えるが、おそらくは、皆、そう…
皆、同じだ…
歴史上の偉人も、皆、同じだ…
貧乏だったものが、金持ちになっても、根底にある、金銭感覚は、同じ…
これは、おそらく、一生、変わらない…
派手にお金を使っても、心の底では、
…こんなこと、しちゃ、ダメ!…
という、もう一人の自分が、いる…
金銭感覚が、貧乏だった頃の自分がいる…
大抵が、そんなものだ…
ほぼ、例外は、ないに違いない…
私は、そんなことを、考えながら、マミさんの後について、病室に向かった…
伸明のいる、病室に、向かった…
「…ここよ…藤原さん、寿さん…」
と、マミさんが、ある病室の前で、立ち止まった…
私とナオキも、マミさん同様、その病室の前で、立ち止まった…
それから、マミさんに、従って、病室に入った…
「…失礼します…」
と、マミさんが、言い、私とナオキが、その後に、ついて、入った…
マミさんと同じく、
「…失礼します…」
と、言ってから、入った…
病室は、想像通り、広かった…
いや、想像した以上に、広かった…
なにしろ、個室だ…
ベッドは、一つだけ…
にも、かかわらず、部屋が、広い…
異常に、広い…
そして、部屋の傍らには、来客用の椅子とテーブルが、ある…
この部屋は、貴賓席…
VIP席だ…
だから、入院する人間も、高名だから、来客も、多い…
本来、多い…
そのためだろう…
私は、思った…
私は、考えた…
そして、そんな椅子とテーブルを横目に見ながら、ベッドに近寄った…
が、
そこにいたのは、伸明では、なかった…
和子だった…
いや、
昭子だった…
が、
どっちだか、わからない…
ホントは、どっちだか、わからない…
なにしろ、外見は、瓜二つ…
双子だから、瓜二つ…そっくりだからだ…
ベッドに寝ていた和子、いや、昭子は、私たちを見て、ニッコリと、笑った…
そして、私たちの隣にいた、マミさんに、
「…ご苦労様…」
と、告げた…
が、
マミさんは、戸惑ったように、
「…叔母様…」
と、声をかけた…
その顔は、今にも、泣きそうだった…
今にも、涙が、溢れてきそうだった…
私は、それを、見て、
「…失礼ですが、昭子さんですか? それとも、和子さんですか?…」
と、聞いた…
聞かざるを得なかった…
「…和子よ、寿さん…」
あっさりと、和子が、言った…
「…和子さん?…」
私が、繰り返す…
「…入院したのは、私なの…」
「…えっ? 昭子さんじゃ、なかったんですか? たしか、このマミさんから、そう伺ってましたが…」
「…それは、私が、マミさんに、頼んだの…」
「…えっ? ウソ?…」
「…ホント、五井の女帝が、倒れたとあっては、色々、困るでしょ? だから、対外的には、姉の昭子が、倒れたけれど、姉は、五井を追放された身…だから、私になりすまして、この五井記念病院で、治療を受けていると、言うことにしたの…」
その言葉を受けて、しばし、考え込んだ…
以前、昭子と会ったことを、思い出していた…
以前、私が、軽い脳梗塞で、倒れた後、散歩が、カラダにいいと聞き、市役所の近くまで、散歩して、自宅に帰るつもりだった…
その日のことを、思い出した…
別に、目指すのは、市役所でも、なんでも、よかったが、散歩をするには、目的地が、必要だった…
ただ、ぶらぶらするのは、嫌…
それゆえ、目的地が、必要だった…
市役所は、自宅から、行って、戻って来るまで、一時間ぐらい…
散歩をするには、打ってつけだと、思ったのだ…
その途中で、昭子にあった…
伸明の生母の昭子にあった…
私は、その後、このマミさんから、実は、昭子は、体調を崩して、この五井記念病院に入院していたと、聞いた…
しかしながら、昭子は、この和子から、五井を追放された身…
五井一族とは、いえ、五井記念病院に入院することは、できない…
もちろん、一般人としては、入院しても、構わないかも、しれないが、五井一族の人間としては、できない…
だから、双子の妹の和子の名前で、入院した…
そう、マミさんから、聞いて、それを、私は、信じた…
そして、あの散歩のときに、私に会ったことも、体調が、回復して、病院を抜け出したんだと、思っていた…
勝手に、思っていた…
それは、マミさんの説明を信じていたから…
心の底から、信じていたからに、他ならない…
まったく、疑わなかったからに、他ならない…
が、
冷静に考えれば、おかしい…
なにが、おかしいか?
あのとき、会った昭子は、調子が、悪そうには、見えなかった…
直前まで、入院していたようには、見えなかった…
後で、聞いたマミさんの説明を疑いなく、信じた私は、体調が、良くなったから、あのとき、病院を抜け出したのだと、勝手に、思っていた…
が、
それは、誤りだった…
まったくの誤りだった…
だから、気付くべきだった…
マミさんのウソに気付くべきだった…
私が、マミさんを見ると、マミさんは、バツの悪そうな顔をしていた…
実に、嫌そうな顔をしていた…
そして、
「…寿さん、ごめんね…」
と、私に謝った…
私は、正直、頭に来たが、マミさんを責めることは、なかった…
マミさんには、マミさんの立場がある…
マミさんは、間違いなく、この和子に頼まれたのだろう…
この五井の女帝に頼まれて、私に、そう、言ったのだろう…
それぐらい、誰にでも、わかる…
私にも、わかる…
だから、マミさんを責めるつもりは、なかった…
まったく、なかった…
私は、代わりに、和子に、
「…お加減は、どうですか?…」
と、聞いた…
なにしろ、見舞いに来たのだ…
見舞い相手は、伸明ではなく、和子だったが、見舞いに、来たのは、変わらない…
ベッドに寝ている見舞い相手が、伸明か、和子かの違いだけだった…
それゆえ、
「…お加減は、どうですか?…」
と、聞くのが、当たり前だった…
私の言葉を聞いた、和子は、
「…大丈夫、全然、大丈夫よ…」
と、あっさりと、言った…
その言葉通り、和子の調子は、良さそうだった…
顔色が、良かったのだ…
だからだろう…
「…私は、大丈夫だけれども、寿さんこそ、顔色が、悪いけれど、大丈夫?…」
と、真逆に、和子に、心配された…
「…随分、顔が青白い…寿さん、色が白いけれど、そこまで、白くはないわ…私が、言うのも、なんだけれども、寿さんこそ、病人みたい…」
と、続けた…
私は、その通りかも、思ったが、まさか、
「…その通りです…」
と、答えるわけには、いかない…
だから、私は、黙った…
なにも、言わなかった…
その代わりに、傍らのナオキが、
「…実は、今、ここへ来るときに、綾乃さんが、めまいがして、倒れそうだったんです…」
と、私の病状を告げた…
「…寿さんが?…」
和子が、驚いた…
「…綾乃さんは、脳梗塞の後遺症というか…薬の副作用と言ってました…」
ナオキが、私の病状を、性格に、報告する…
ナオキの言葉に、和子は、私を見た…
心配そうに、見た…
「…こんなこと、言うのも、おかしいかも、しれないけれども、奇遇ね…」
と、私に言った…
「…奇遇…ですか?…」
と、私。
「…私も、寿さん同様、脳梗塞で、この病院に入院したの…」
和子が、告げた…
自分の入院した理由を、告げた…
が、
それを、聞いた、マミさんが、なぜか、表情をしかめた…
なぜか、わからないが、表情をしかめた…




