寿綾乃という女 第4部 187
「…どうしたの? 綾乃さん、驚かないの?…」
ナオキが、聞く…
「…驚かないわ…」
「…どうして、驚かないの?…」
「…今日、昼間、マミさんから、電話があったの…」
「…マミさんから、電話?…」
「…そう、そして、今、ナオキが、言ったことと、同じことを、言った…」
「…マミさんが?…」
「…要するに、最初にナオキに連絡をとって、ナオキの都合を聞いてから、私に、電話してきた…」
私が、言い終わると、ビックリした顔をしたが、すぐに、
「…なるほどね…」
と、言って、笑った…
「…なにが、なるほどなの?…」
「…マミさんのこと…やることが、すばやい…やることが、はしっこい…」
「…はしっこい?…」
「…知っている? 綾乃さん?…」
「…なにを、知っているの?…」
「…マミさんは、小柄だろ?…」
「…それが、どうかしたの?…」
「…小柄な女性は、動きが、すばしっこい…カラダが、軽いからね…会社でも、若くて、小柄な女性は、用事を言いつけられれば、席から立ち上がって、飛び跳ねるように、動く…マミさんが、小柄だから、行動も、思考も、すばしっこい…」
「…だったら、大柄な女性は?…」
「…滅多に、走らない…カラダが、重いからだろう…まあ、大柄な女性が、走れば、ヒールを含めれば、180㎝にもなるひとも、多い…それが、全力で、会社の中を走られたら、見ものと言うか、壮観だ…」
ナオキが、笑う…
「…さすが、女好き…よく、女を見ているわ…」
私が、褒めると、ナオキが、苦笑した…
「…まあ、たしかに、マミさんは、芸能人で、言えば、AKBの高橋みなみさんに、似ている…小柄で、頭の回転もよく、仕事も早い…」
私が、言うと、ナオキが、頷いた…
「…まさに、綾乃さんの言う通り…」
と、頷いた…
そして、そんなおしゃべりを続けていると、まだ、ナオキが、会社から、帰ってきたばかりだということに、今さらながら、気付いた…
ナオキは、私と同じく、会社から、帰ると、まずは、お風呂に入って、それから、晩酌をするのが、いつものルーティン…
それを、すっかり、忘れていた…
だから、
「…ごめんなさい、ナオキ…つい、長話に夢中になって…お風呂に入る用意をするわ…」
と、謝った…
が、
ナオキは、それを、全然、気にした様子は、なかった…
「…綾乃さん、一刻も早く、知りたいことだよ…なにも、風呂から出てから、知らされるよりも、よっぽどいい…」
ナオキが、助け舟を出す…
ホントか、どうかは、わからない…
本心か、どうかは、わからない…
ただ、私に寄り添った言葉を出す…
私は、それが、嬉しくもあり、じれったくもあった…
それは、なぜか?
それが、ナオキの本心か、どうかは、わからないからだ…
このナオキとは、何度も言うが、十五年の付き合い…
知り合って、十五年経つ…
が、
ナオキのことが。すべて、わかっているかと、言われれば、そんなことはない…
やはり、わからないこともある…
当たり前だ…
だから、今の会話だって、本心かどうかは、わからない…
私の言葉を優先してくれるのは、嬉しいが、本心が、わからない…
ホントは、なんと、考えていたのか、わからない…
まあ、これは、家族だって同じ…
血の通った家族だって、同じく、自分以外の人間が、なにを考えているのかは、正確には、わからない…
ただ、アイツだったら、こんなとき、こういうだろう…
とか、思うだけだ…
ホントのところは、わからない…
ただ、推測するだけだからだ…
そして、あっという間に、週末になった…
待望の週末になった…
待ちかねた週末になった…
私とナオキは、ナオキの運転するクルマに乗り、五井記念病院に向かった…
ナオキの運転するBMWに乗って、五井記念病院に向かった…
その車内で、考えた…
ナオキの運転するBMWに乗りながら、考えた…
ずっと、以前も、こんなことが、あったと、考えた…
ナオキといっしょに、ナオキの運転するBMWで、五井に、向かう…
病院ではない、五井に向かう…
五井の関連施設に、向かう…
アレは、いつだったろうか?
考えた…
アレは、昨年のことだった…
五井の迎賓館に、向かったのだ…
このナオキといっしょに、向かったのだ…
そして、あのときは、建造が、私たちを、出迎えた…
五井の前当主の建造が、私とナオキを出向かえた…
それを、思い出した…
あのとき、建造は、私たちに優しかった…
驚くほど、優しかった…
ナオキではなく、私に優しかった…
そして、当時は、なぜ、建造が、私に優しかったのか、わからなかった…
が、
後で、わかった…
私が、叔母とそっくりだからと、気付いた…
叔母は、私そっくりの美人…
外見は、私と瓜二つだった…
私の外見は、母ではなく、叔母に似ていた…
それゆえ、建造は、気付いたのだろう…
私が、叔母の娘ではなくとも、叔母の血縁者だと、気付いたのだろう…
叔母は、若き日の建造が、愛した女性だった…
建造と建造の弟の義春が、愛した女性だった…
憧れた女性だった…
それゆえ、私を可愛がった…
私を優遇した…
そのときは、わからなかった…
なぜ、建造が、私を可愛がるのか、わからなかった…
まるで、娘のように、扱うのか、わからなかった…
そして、それは、建造の死後に、わかった…
なにより、謎だったのが、私が、カワイイタイプの女ではないことだった…
男が、かわいがったり、面倒をみたくなる女は、基本、可愛い系…
決して、美人系ではない…
美人は、恋人や奥さんにするには、憧れるが、可愛いはない…
それは、可愛くないからだ…
むしろ、下心…
私と建造は、父子ほど、歳が、違うが、下心が、建造にあったのなら、納得できた…
私を可愛がる理由が、納得できた…
しかしながら、建造には。下心がなかった…
私に対する下心がなかった…
それは、当事者である、私自身が、誰よりも、わかっていることだ…
自分自身が、下心=性的な対象として、見られているか、否かは、誰しも、簡単に、わかるものだからだ…
建造には、誰が、見ても、下心がなかった…
私に対する下心がなかった…
ただ、まるで、娘のように、私を扱った…
まるで、溺愛する、自分の娘のように、扱った…
そして、そのときに言ったのが、
「…秀樹には、気をつけろ!…」
と、いうものだった…
自分の血が繋がった、実の息子の秀樹には、気をつけろと、言うものだった…
私は、ただ、それを、聞いていた…
当時は、ただ、無言で、聞いていた…
建造は、
「…秀樹は、野心家で、ずる賢い…秀樹には、五井の当主は、務まらない…」
とも、言った…
本気で言った…
建造は、伸明に、五井の当主の座を譲りたかった…
自分の血が繋がった秀樹ではなく、血の繋がらない伸明に譲りたかった…
それが、建造の偽らざる本音だった…
私は、それをあらためて、思い出したのは、伸明が、以前、私に漏らしたこと…
伸明が、五井の当主になり、当主の重責に苦しんだときに、
「…こんなに、大変だったのなら、もしかしたら、父の建造は、自分と血が繋がった秀樹には、こんな辛い思いは、させたくなかった…だから、後継者に、ボクを選んだのでは、ないか?…」
と、言ったことだ…
つまりは、伸明が、誤解した…
建造の真意を誤解した…
建造が、伸明を後継者に指名したのは、秀樹に五井の当主の重責を担わせたくないのでは、なかったのでは、ないか?…
そう、誤解した…
ホントは、建造は、ただ、純粋に、秀樹では、当主は、務まらないと、見ていただけだ…
しかしながら、いざ、当主となって、当主の重責に苦しんだ、伸明は、誤解した…
建造の意図を誤解した…
そして、もし、誤解したままの伸明の行動
が、今回の件に、なんらかのかかわりが、あったとしたら?
私は、そこまで、考えて、震撼した…
あるいは、恐れた…
なにが、あったのか、恐れた…
まもなく、病院に着いた…
五井記念病院に着いた…
正直、懐かしい…
昨年は、この病院に入院していた…
ジュン君の運転するクルマにはねられて、入院していた…
しかしながら、それからも、何度も、お世話になった…
昨今では、軽い脳梗塞で、この五井記念病院に運ばれたし、あの和子の見舞いにも、訪れた…
和子と面会は、できなかったが、訪れた…
結局、入院していたのは、和子ではなく、姉の昭子だったが、私が、お見舞いに、やって来たことに、変わりはない…
だが、懐かしくは、なかった…
今、感じたように、懐かしくは、なかった…
この差は、どうしてだろう?
考えた…
それは、今、傍らに、ナオキが、いるからだと、気付いた…
私が、脳梗塞で、運ばれたときや、和子の見舞いに、訪れたときは、当然のことながら、私一人だった…
だから、懐かしさよりも、義務感というか…
この病院に、行かなければ、ならないという気持ちが強かった…
それは、考えてみれば、余裕…
余裕が、なかったのかも、しれない…
しかし、今は、余裕がある…
ナオキといることで、余裕がある…
そういうことかも、しれない…
やはり、一人より、二人…
二人で、いることで、心強くなったのかも、しれない…
私は、駐車場で、クルマから、降り、ナオキといっしょに、五井記念病院の建物に、向かって、歩きながら、そう、考えた…
そう、思った…
そして、そう、思いながら、建物の入り口に、向かって歩いているときに、ふと、見覚えのある、顔に、出会った…
ありえない顔に出会った…
ありえないと、言うのは、今、ここで会うことのない、顔だったからだ…
すでに、警察に、連れていかれたはずの人物の顔だったからだ…
その顔は、ハルカ…
長谷川ハルカ…
伸明を刺した、女だった…
今、見舞いに行く、諏訪野伸明を刺した、女だった…




