寿綾乃という女 第4部 184
まして、伸明は、子供の頃から、五井北東家の団郁馬を知っていると、たしか、マミさんが、言っていた…
つまりは、顔なじみ…
幼い頃からの顔なじみだ…
ひらたく、言えば、子供の頃から、知っている、親戚のオジサンだ…
そのオジサンを、伸明が、切ろうとした…
おおげさでなく、五井家から、追放しようとした…
これは、ショック…
二人の関係を知っているものから、すれば、大きなショックだろう…
伸明の立場から、すれば、子供の頃から、知っている、親戚のオジサンを、事実上、リストラしようとするのと、同じ…
それを知った一族のものたちは、ショックを受けるだろう…
二人は、親しい関係と、周囲の人間は、見ているからだ…
そのオジサンを、五井家から、追放しようとした伸明は、まさに、血も涙もない人間なのだが、当主としては、合格…
冷徹な当主と、見ることができる…
団郁馬は、五井の秩序を乱そうとした、極悪人…
それを、成敗したからだ…
五井家内部で、伸明の評価は、上がったに、違いない…
と、ここまで、考えて、気付いた…
いや、
思い出した…
たしか、あの昭子は、団郁馬と、仲がいいと、マミさんは、言っていた…
昭子は、奔放というレッテルを、貼られている…
五井家内部で、貼られている…
そして、それは、団郁馬も、同じ…
同じだ…
五井家内部で、変わり者と、言われていると、言っていた…
それゆえか、二人は、仲がいい…
気が合うのかも、しれない…
お互い、既存の枠にとらわれないから、気が合うのかも、しれない…
変人同士だから、気が合うのかも、しれない(苦笑)…
いや、
もしかしたら、それならば、今回の件…
もしかしたら、昭子が、動いた…
なんらかの形で、動いた…
そう、気付いた…
遅ればせながら、気付いた…
そして、そんな妄想が、次から、次へと、浮かんだ…
考えたくもないのに、浮かんだ…
ホントは、もう寝たいのに、次から次へと、浮かんで、考えたくもないのに、考え込んだ…
そして、いつのまにか、寝入った…
すやすやと、寝入った…
翌朝は、不調…
不調だった…
いつのまにか、寝入ったが、寝不足…
いつまで、寝なかったのか、わからない…
いつ、寝入ったのか、さっぱりわからない…
それは、ナオキも、同様だった…
明らかに、寝ぼけまなこで、起きて来た…
昨夜、よく寝ていないのは、明らかだった…
誰の目にも、明らかだった…
私は、ナオキを一目見て、
「…昨夜、寝れなかったようね…」
と、突っ込んだが、それは、ナオキも、同じ…
「…綾乃さんこそ、寝れなかったんでしょ?…」
と、真逆に言い返された…
私は、当然のことながら、ナオキより、早く起きて、朝食の準備をしている…
すでに、顔も、洗った…
が、
その程度では、寝ぼけまなこの顔は、隠せない…
顔を洗った程度では、隠せるわけは、なかった…
「…まあ、昨夜は、色々あったから…」
私は、曖昧に、話して、それ以上は、言わなかった…
このナオキにしてみれば、FK興産の株をすべて、五井に売り、創業社長の身から、雇われ社長の身になる…
それが、ショック…
大きなショックだったに違いない…
だから、飲んだ…
先に、私が、寝室に消えても、一人で、飲んだ…
一人で、酒を飲んで、酔っ払った…
それが、顔に出ていた…
昨夜の深酒が、顔に出ていた…
それゆえ、
「…ナオキ…アナタも、早く、顔を洗ったら? 顔が、むくんでいるわよ…せっかくのイケメンが、台無しよ…」
と、笑いながら、言った…
すると、
「…美人の綾乃さんに、ボク程度の男が、イケメンと呼ばれるのは、皮肉だよ…」
と、こちらも、笑った…
笑いながら、顔を洗うために、私の前から、消えた…
そして、しばらくして、さっぱりした顔で、私の前に、戻ってきた…
私は、それを見て、
「…ナオキ…水でも、飲む?…」
と、聞いた…
「…ああ、お願いするよ…」
と、ナオキが、答えたから、私は、冷蔵庫から、冷えたペットボトルを取り出した…
そして、ペットボトルの中に入った水を、グラスに注いだ…
それを、ナオキに、渡した…
ナオキは、受け取って、すぐに、一気に、グラスの中の水を、飲み干した…
それを、見た、私は、
「…もう一杯飲む?…」
と、聞いた…
「…頼むよ…」
と、ナオキが、答える…
私は、空になったグラスに、再び、冷えたペットボトルの水をグラス一杯に、注いだ…
ナオキは、グラスを掴むと、再び、一気に飲み干した…
私は、それを、見て、
「…もう、一杯、飲む?…」
と、笑いながら、聞いた…
「…いや、もう、いいよ…」
ナオキが、苦笑する…
「…冷たくて、美味い…二日酔いには、最適だ…」
「…でしょ?…」
私は、ナオキに、相槌を打った…
「…ちなみに、どこの銘柄?…」
「…銘柄? そんなものは、ないわ…」
「…ない? どういうこと?…」
「…前に買った、オレンジジュースが入ったペットボトルが、空になったから、代わりに、水道の水を入れて、冷蔵庫で、冷やしているだけ…」
私が、言うと、ナオキが、苦笑した…
それから、
「…さすが、綾乃さんだ…こんな、億ションに住むような贅沢な暮らしが、できるように、なっても、昔と、変わらない…生活は、質素…質素のまま…」
「…ナオキ、それって、私を褒めてるの?
それとも、けなしてるの?…」
「…もちろん、褒めているのさ…」
ナオキが、笑った…
「…お金があるからって、生活レベルをあげれば、下げるのが、大変だから…」
「…よく、知っているわね?…」
「…以前、ITバブルで、一時的に成功した、昔の知り合いが、会社に訪ねてきたことが、あったんだ…そのときに、そいつが、言って…」
「…そんなことが、あったの? 知らなかった…私が、会社で、社長秘書をしていたのに…」
「…実は、綾乃さんに、内緒で、会ったんだ…」
「…どうして、私に内緒で、会ったの?…」
「…言葉は、悪いけれど、そいつは、落ちぶれてね…」
「…落ちぶれた? どうして、落ちぶれたの?…」
「…会社が、倒産して、落ちぶれた…」
「…で、どうして、会社で、会ったわけ? 相手が、お金でも、借りに、来たの?…」
「…いや、新しく、立ち上げる会社の事業計画を、ボクに、見せて、融資を頼んだんだ…だから、会社で会うのが、いいと思って…」
「…で、どうしたの?…」
「…話を聞いただけ…」
「…えっ? 聞いただけ?…どうして?…」
「…会社の事業内容が、浅かったし、成功するとは、思えなかった…それに…」
「…それに、なに?…」
「…疑いたくはないけれど、ボクから、金だけ、引き出して、実際は、会社を作らない可能性も、考えて…」
「…それって、詐欺ってこと?…」
「…疑いたくはないけれど、その可能性を、捨てきれなかった…」
「…でも、ナオキ…会ったということは、当然、そのひとの人柄は、知っていたでしょ?…」
「…それは、当然、知っているさ…」
「…だったら、どうして、そんなことを?…」
「…貧すれば鈍する…人間、誰しも、追い込まれれば、性格も、変わるよ…」
「…」
「…結局、そのときを最後に、そいつとは、会っていないし、現在、なにをしているのかも、わからない…」
「…だったら、なぜ、私に内緒で、会社で、会ったの?…」
「…会えば、綾乃さんが、反対すると、思ったんだ…」
「…どうして、私が、反対するの?…」
「…落ちぶれた人間に、今さら会っても、仕方ないと、言われると、思って…」
「…」
「…まあ、綾乃さんは、わからないけれど、女の人は、男より、シビアというか、現実家が、多いから…」
「…どういう意味?…」
「…そんなひと、今さら会っても、仕方がないでしょ? 下手をすれば、金を、無心されるだけよ、とかね…」
「…」
「…まあ、そんなことは、なくて、まったくの杞憂だったけれども、そう言われるのは、わかるし、ボクも、それを、否定しない…」
「…だったら、どうして、会ったの?…」
「…仲間だったからさ…」
「…仲間?…」
「…会社を作った頃の仲間…」
「…もしかして、創業メンバーのひと?…」
「…いや、違う…仲間といっても、同じ頃に、会社を立ち上げた仲間…いわゆる、起業家仲間…」
「…起業家仲間?…」
「…あの頃は、会社を興す人間が、多かった…でも、大半は、失敗して、消えた…残った、大物は、ソフトバンクの孫だったり、楽天の三木谷だったり、ごく一部だけ…まあ、ボクも、傍から、見れば、成功者の端くれかも、しれないけれども、孫や三木谷から、比べれば、比較にも、ならない…」
ナオキが、苦笑した…
「…でも、まあ、成功者の端くれになれたのは、嬉しかったけれど…」
ナオキが、まとめた…
今の話をまとめた…
私は、その話を聞きながら、つくづく、運…
運に恵まれたと、思った…
運に、恵まれて、成功したと、思った…
このナオキの会った、元の起業家仲間…
ナオキが、わざわざ、会うほどの人間だから、真面目で、頭が、良かったに違いない…
それでも、成功しない…
失敗した…
それゆえ、成功したナオキと、そのひとの差は、なに?
一体、なに?
考えれば、運ぐらいのものだろう…
頭が良くても、成功しない…
もちろん、最初は、成功しただろう…
小さな成功は、しただろう…
だが、おそらく、最初だけ…
最初の数年だけで、後は、失敗する…
それが、普通だからだ…
そして、私は、たまたま、その成功したナオキの傍にいた…
事実上の妻として、傍にいた…
それも、運…
ただ、運が、良かったに、過ぎない…
つくづく、思った…
私の運の強さを思った…




