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寿綾乃という女 第4部  作者: トモサン


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181/225

寿綾乃という女 第4部 181

 ナオキの言葉とは、裏腹に、顔色が、変わっていた…


 怒気色に、変わっていた…


 そして、その顔色こそが、ナオキの心情を表していた…


 言葉ではなく、ナオキの心のありようを、表していた…


 私は、それを、見て、いかに、ナオキが、怒っているのかが、わかった…


 以前、ナオキは、私に、五井は、FK興産を完全に、子会社にして、五井グループの情報関連企業を数社集めて、合併して、その社長に、ボクを据えると、いう話をした…


 淡々とした…


 そのときは、ナオキは、動揺していなかった…


 ただ、淡々と、事実を告げるのみだった…


 むしろ、会社を完全に、五井に売却したら、どうするか?


 これから、どうやって、生きるか?


 それを、笑い話にして、私に語った…


 しかしながら、今のナオキは、それとは、別…


 まったく、別の顔だった…


 明らかに、怒っていた…


 明らかに、激怒していた…


 以前、笑い話にしていたときとは、雲泥の差…


 まさに、雲泥の差だった…


 が、


 これが、普通かも、しれない…


 これが、当たり前かも、しれない…


 誰でも、ナオキと同じような状況になった場合、最初、聞いたときは、驚いたり、動揺したりするが、まだ、現実化していない…


 正式に、聞いていない…


 だから、言葉は、悪いが、高を括っている…


 もしかしたら、違うのでは、ないか?


 もしかしたら、その情報が、間違っているのでは、ないか?

 

 そんなふうに、考えて、事態を、甘く考える…


 あるいは、なんとかなるのでは、ないかと、甘く見る…


 自分に都合よく考える…


 大抵の人間が、そうだ…


 もちろん、私も例外ではない…


 そして、目の前のナオキも、例外ではなかったと、いうことだろう…


 以前、私に、同じことを、話したときは、笑っていた…


 まるで、冗談を言うように、笑っていた…


 が、


 今は、その余裕は、ない…


 まるで、ない…


 それは、その情報が、確実に、なったから…


 仮定の話が、現実化したからだろう…


 だから、追い詰められた…


 逃げ場が、なくなった…


 そういうことだろう…


 だから、怒気色に、なった…


 ナオキの顔が、怒気色に変色した…


 そういうことだろう…


 と、


 そこまで、考えて、気付いた…


 今さらながら、気付いた…


 まさか、ナオキは、私と別れるということは、ナオキは、私を伸明さんに、献上する?…


 昔の献上品でないが、伸明さんに、私を譲って、FK興産の買収を考え直してもらう…


 伸明さんに、考え直して、もらう…


 まさか?


 まさに、まさかだが、そう、思った…


 そう、思ったのだ…


 そして、そんなことを、考えながら、ナオキを見た…


 藤原ナオキを見た…


 私のパートナーを見た…


 すると、ナオキが、違って見えた…


 まるで、長年連れ添ったナオキとは、違って見えた…


 あくまで、私の主観だが、違って見えた…


 そして、考えた…


 ナオキに、とって、今回の件は、かつてない危機…


 今まで、経験したことのない危機だと、気付いた…


 もちろん、創業してから、危機は、何度となく、訪れたことはある…


 会社を起業して、順風満帆なんて、ありえない…


 何度も、倒産の危機を迎えている…


 しかしながら、今度のような危機は、ない…


 会社が潰れることはないが、買収される…


 そんな危機は、ない…


 もちろん、買収に際し、巨万の金が、五井から、支払われるだろう…


 しかしながら、社長を続けても、これまでのように、オーナー社長ではない…


 雇われ社長に、なる…


 それが、どれほど、辛いものか?


 想像を絶する…


 普通なら、耐えられるものでは、ない…


 自分の作った会社が、自分のもので、なくなるのだ…


 権限が、大幅に縮小されるのだ…


 これは、誰しも、耐えられるものでは、ない…


 だから、以前、ナオキは、FK興産が、完全に、五井に買収されるかも、しれないと、聞いたときに、店でも、やるかと、減らず口を叩いた…


 つまりは、人手に渡ったFK興産に居座るつもりはない…


 まったくない…


 それを、意思表示したということだ…


 そして、そんなことを、思い出しながら、ナオキを見た…


 そして、言った…


 「…ナオキ…アナタ、私に別れようと言ったでしょ? アレは、もしかして、私を、伸明さんに、譲って、FK興産の買収を考え直して、もらうとか、思っているわけじゃ、ないでしょうね?…」


 私は、笑いながら、言った…


 が、


 笑いながらも、真剣だった…


 あくまで、笑いながら、言うことで、冗談に、見せかけただけだ…


 本気ではないと、見せかけただけだ…


 が、


 その質問に、ナオキは、黙った…


 「…」


 と、黙った…


 無言で、ビールを飲んでいた…


 あるいは、無言で、ビールを飲むフリをした…


 私は、徐々に、いら立ってきた…


 もしや、私を献上品のように、差し出す…


 このナオキが、それを、本気で、するのかと、思ったら、腹が立った…


 むかっ腹が、立った…


 思わず、バンとテーブルを叩いて、


 「…ナオキ…どうして、答えないの? さっさと、答えなさい!…」


 と、怒鳴った…


 我慢できずに、怒鳴った…


 それを、見たナオキが、思わず、プッと吹き出した…


 飲んでいた、ビールを、口から、プッと吹き出した…


 それから、笑った…


 実に、楽しそうに、笑った…


 「…やっぱり、綾乃さんだ!…」


 と、言って、笑った…


 「…これが、綾乃さんだ!…」


 と、言って、爆笑した…


 私は、頭に来た…


 まさに、怒髪天を突くほど、頭に来た…


 「…どういう意味よ!…」


 と、怒鳴った…


 思わず、怒鳴った…


 が、


 効果は、なかった…


 まるで、なかった…


 効果どころか、逆効果…


 かえって、楽しそうに、ナオキが、笑うだけだった…


 私は、頭に来て、ナオキから、缶ビールを取り上げた…


 「…ひとが、真剣に、聞いているのに、笑うんじゃない!…」


 と、怒鳴った…


 が、


 それでも、ナオキは、楽しそうに、笑うのを、止めなかった…


 私の我慢は、限界だった…


 限界だったのだ…


 ナオキに、顔を近付けて、思いっきり、平手で、ぶった…


 珍しく、ぶった…


 いかに、私でも、ナオキを平手で、ぶった経験は、あまりない…


 ぶった経験は、あまり、覚えていない…


 一回や二回は、あったかも、しれない…


 でも、例えば、十回を超えることは、ない…


 そんなに、多く、ぶてば、覚えているはずだからだ…


 その証拠に、ナオキは、私にぶたれて、正気になった…


 正気に、戻った…


 「…綾乃さんは、やっぱり、綾乃さんだ…」


 と、言いながら、笑うことを、止めた…


 「…でも、そんなキレイな顔を近づけて、ボクをぶつのは、反則だよ…」


 ナオキが、やはり、笑いながら、言う…


 「…反則? どうして、反則なの?…」


 「…そんなキレイな顔は、ぶてない…男は、みんなぶてない…だから、反則…反則だよ…」


 そう、言われると、どうして、いいのか、わからなかった…


 怒って、いいのか、どうか、わからなかった…


 ほめているのか、どうか、わからなかったからだ…


 だから、


 「…それ、ほめてるの?…」


 と、聞いた…


 「いや、ほめてない…」


 ナオキが、即答する…


 「…ほめてない…事実を言っただけ…」


 そう、言われると、またも、どうして、いいのか、わからなかった…


 だから、固まった…


 どうして、いいか、わからず、固まった…


 ナオキは、私が握った缶ビールを、私から、奪って、それを、飲んだ…


 「…やっぱり、美味い…」


 と、言って、嬉しそうに、飲んだ…


 「…このビールは、いつ飲んでも、うまい…綾乃さんも、それと、同じ…綾乃さんは、いつも、綾乃さん…寿綾乃さん、ブレることは、ない…」


 そう、言って、笑った…


 それから、真剣な口調で、


 「…綾乃さんの言うことは、考えたことが、あった…たしかに、あった…」


 と、私が、聞いたことを、認めた…


 私を伸明さんに。献上しようと、考えたことを、認めた…


 「…でも、考えたのは、一種、一瞬だけ…」


 ナオキが、笑った…


 「…どうして、一瞬なの?…」


 「…綾乃さんは、瞬間湯沸かし器…怒ると、自分の感情が、抑えられない…諏訪野さんも、綾乃さんを、扱えない…」


 ナオキが、言った…


 まるで、私を猛獣のように、言った…


 これは、怒るところ…


 私の怒るところだが、怒る気になれなかった…


 もはや、怒る気になれなかった…


 怒るには、体力が、必要…


 その体力が、私には、もうなかった…


 「…ボクが。綾乃さんと、別れようと、言ったのは、ボクの進路…ボクの将来…」


 「…ナオキの将来?…」


 「…FK興産の株を五井に売って、完全に、FK興産の経営から、手を引く…その後、なにをやるか、まるで、わからない…それでも、ボクといっしょに、いてくれる?…」


 ナオキは、言った…


 真剣な表情で、言った…


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