寿綾乃という女 第4部 180
たしかに、そう、考えれば、納得する…
そう、考えて、伸明の立場に、立てば、納得する…
納得するのだ…
自分は、形だけ…
形だけの当主…
それゆえ、落ち込む…
落ち込むに、違いないからだ…
と、私が、考えていると、ナオキが、
「…でも、綾乃さん…」
と、いきなり、言った…
「…なに? ナオキ?…」
「…諏訪野さんが、落ち込んでいるのは、それだけではないよ…」
「…えっ? どういう意味?…」
「…昭子さん、諏訪野さんの産みの母親…」
「…昭子さんが、どうかしたの?…」
「…昭子さんは、和子さんの名前で、五井記念病院に、入院したけれども、手術が、終わって、たびたび病院を抜け出したことが、あったらしい…」
「…病院を抜け出した? ウソ?…」
「…ホント…」
「…どうして、抜け出したって、わかるの?…」
「…昭子さんの行動は、事前に、マークされている…」
「…えっ? マークされている?…」
「…ひとを雇って、昭子さんが、病院を抜け出しても、構わないように、準備していたってこと…」
「…ウソ?…」
そう、言いながら、それは、ウソではない…
ホントのことだろうと、自分自身に突っ込んだ…
なにしろ、あの昭子は、奔放…
実に、奔放だ(笑)…
周囲の人間が、手を焼くほど、奔放だ(爆笑)…
仮に、手術が、成功したら、体力が、回復したと、自分で、判断すれば、勝手に、退院しかねない…
現に、私は、散歩中に、昭子に会った…
偶然、会った…
が、
あれが、偶然のわけはない…
偶然、会うわけはない…
きっと、事前に、私の行動を、見張っていた…
ひとを、使って、見張っていたに、違いない…
それゆえ、偶然を装って、私に会った…
そういうことだろう…
あくまで、偶然…
偶然を装っていたに、過ぎない…
そして、なぜ、病院を抜け出してまで、昭子は、あんな、行動を、取ったのか?
それは、間違いなく、伸明のため…
自分の産んだ、息子のために、他ならない…
伸明が、私を好きであることを、知っているから、気になった…
私が、どうしているか、気になった…
それゆえ、会いに来た…
偶然を装って、会いに来た…
そういうことだろう…
私は、思った…
私は、考えた…
そして、そこまで、考えて、気付いた…
あるいは、伸明が、そのことを、知ったのでは、ないかと、気付いた…
今さらながら、気付いた…
そして、もし、私が、伸明の立場なら、落ち込む…
やはり、落ち込む…
入院している、自分の母親が、病院を抜け出して、私に会いに来た…
私が、気になって、会いに来た…
それも、これも、私が、伸明のお気に入りだから…
だから、私が、どうなっているか、気になって、会いに来た…
私が、どんな様子で、いるか、気になって、会いに来た…
それを、知れば、誰でも、落ち込む…
いや、
心配になる(苦笑)…
自分が、体調が、悪いにも、かかわらず、自分の息子が、好きな女に、会いに行った…
それが、わかれば、自分の母親が、そこまで、したのかと、考え込む…
考え込むのだ…
それゆえ、伸明は、落ち込んだのでは、ないか?
私は、そう、思った…
私は、そう、考えた…
同時に、肝心なことに、気付いた…
伸明が、あのハルカに刺されたこと…
なぜ、伸明が、ハルカに刺されたのか?
肝心のことを、忘れていた…
すっかり、忘れていた…
私が、そんなことを、考えていると、ナオキが、
「…夜は、長い…もう、一本、ビールを飲もう…」
と、言った…
すでに、缶ビールは、飲み干した…
その証拠に、私に向かって、缶ビールを振って、見せた…
空になった、缶ビールを振って、見せた…
私は、立ち上がり、冷蔵庫から、缶ビールを、もう一本取って来て、ナオキの前に置いた…
「…綾乃さん、ありがとう…」
ナオキが、礼を言う…
私は、
「…どういたしまして…」
と、答えた…
これも、いつものこと…
いつものことだ…
私は、まるで、姉さん女房のように、威張って、ナオキに接しているが、やることは、やっている…
ナオキに、気を使っている…
こうして、二人きりで、飲んでいるときも、基本、私が、動く…
いつも、動く…
それゆえ、ナオキは、私に、感謝しているとまでは、言わないが、納得しているのだろう…
これが、いつでも、どこでも、私が、上なら、納得しない…
女王様ではないが、いつでも、どこでも、私が、上では、納得しない…
会社の上司と部下ではないが、そんな関係が、いつまでも、続くのならば、男も女も、大抵の人間が、うんざりするからだ…
そう言いながらも、思ったのは、実際に、私とナオキの関係は、会社の上司と部下の関係だったと、いうこと…
ナオキは、FK興産の社長で、私は、社長秘書だった…
にも、かかわらず、家庭では、立場が、逆転していた…
家庭では、私が、主人で、ナオキが、部下だった(笑)…
だが、まあ、世の中、そんなものかも、しれない…
会社では、部長で、いつも、威張っている男が、家では、妻に、頭が、上がらない…
そんな人間は、世の中に、ありふれているからだ(爆笑)…
だから、驚くものでも、なんでもないのかも、しれない…
私は、思った…
私は、考えた…
そして、私が、そう、考えている間に、ナオキは、プシューと、缶ビールを、開けて、二本目のビールを飲み出した…
美味しそうに、飲み出した…
それを、見て、私も、ビールを飲みたいと思ったが、まさか、飲むことは、できない…
今日の昼間、病院に行ってきたばかりだ…
脳梗塞には、なっていないが、脳梗塞になる可能性は、非常に、高い…
それゆえ、普段の生活に、気をつけること…
アルコールは、原則禁止…
状態が、安定していると、思えるまで、飲まないこと…
そう、昼間、センセイに、言われたばかりだ…
いくらなんでも、医者のセンセイに、そう言われて、半日も、経たないで、アルコールを、口にするほど、私は、勇者ではない(苦笑)…
仮に、そんなことをするものが、いれば、単なるバカか、自暴自棄になって、飲むかの、いずれかだろう…
そして、今の時代、人生に行き詰って、自暴自棄になり、こんな状態でも。アルコールを飲む人間も、いるかも、しれないが、私は、まだ、そこまで、追い詰められてはいない…
これは、運…
一重に、私の運が、いいからに、他ならない…
私は、思った…
真剣に、思った…
そして、思いながら、私は、ナオキに、負けじと、オレンジジュースを飲んだ…
冷蔵庫から、取り出して、飲んだ…
自分で、言うのも、おかしいが、こんなときも、つい、ナオキに対抗してしまう…
ナオキに、負けまいと、つい、対抗してしまう…
これって、どうなんだろ?
私は、ホントは、ナオキを愛していないのだろうか?
それとも、ただ、気が強いだけ?
ナオキに、負けたくないだけ?
だから、張り合っている?
ナオキのビールに、対抗して、オレンジジュースで、張り合っている?
私は、思った…
私は、考えた…
そして、そんなことを、思っていると、ナオキが、
「…明日、早速、諏訪野さんの見舞いに行こう…」
と、ナオキが、突然、言った…
「…明日、見舞いに?…」
「…そう…」
「…でも、明日、もう、見舞いに、行けるのかしら? まだ、警察の取り調べも、終わっているのか、どうか、わからないのに…」
そう、言うと、ナオキが、沈黙した…
「…」
と、沈黙した…
「…それより、マミさんに、聞いて、面会が、可能に、なったら、見舞いに、行きましょう…いっしょに、見舞いに、行きましょう…」
私は、言った…
私は、断言した…
そういうと、ナオキは、なにも、言わなかった…
黙ったままだった…
私は、なぜか、そのほうが、不気味だった…
なぜ、黙っているのか、そのほうが、不気味だった…
あるいは、不思議だった…
そして、今さらだが、さっき、このナオキが、家に、戻ってきたときに、
「…別れよう…」
と、言ったことを、思い出した…
突然、思い出した…
だから、私は、その話題に、触れることにした…
だから、私は、ナオキに、その話題を振ることにした…
「…ナオキ、話は、変わるけれども、さっき、帰ってきたときに、別れようと、言ったけれども、アレは、どうして、言ったの?…」
と、聞いた…
直球で、聞いた…
ナオキのカラダが、一瞬、ピクッとした…
明らかに、硬直した…
私は、驚いたが、それ以上に、驚いたのは、ナオキの顔色が、変わったことだ…
明らかに、怒ったように、怒気色に、変わった…
私は、それを、見て、なんで、こんなにも、怒ったような、顔をしたんだろ?
と、思った…
内心、思った…
が、
それは、すぐに、わかった…
ナオキが、私に、向かって、
「…今日、ボクが、会社にいるときに、正式に、五井から、連絡があったんだ…FK興産を軸に、五井グループの情報関連企業を数社集めて、会社を再編する…ついては、ボクに、社長に、なってくれないかとね…」
と、言った…
淡々と、言った…
が、
その声は、淡々としていたが、その顔は、激怒していた…
明らかに、顔色が、変わっていた…
怒気色に、変わっていた…




