寿綾乃という女 第4部 179
今、私の目の前にいる、藤原ナオキの元の妻…藤原ユリコ…
そして、私をクルマで、はねて、轢き殺そうとした、ジュン君の母親…
私の天敵…
この私、寿綾乃の天敵…
この私、矢代綾子の天敵だ…
間違いなく、天敵だ…
私は、ユリコの夫のナオキを寝取った…
当時、女子高生だった、私は、ナオキと関係した…
そして、結果的に、ナオキをユリコから、奪った…
ユリコの息子であるジュン君も、また、奪った…
ジュン君を奪ったというのは、私が、ジュン君と、何度か、関係を持ったからでは、ない(苦笑)…
ジュン君が、私を慕っているから…
私を母親同様に、慕っているからだ…
ユリコは、幼いジュン君を残して、失踪した…
いきなり、いなくなった…
それは、きっと、あてつけ…
私とナオキに対する当てつけに違いない…
私とナオキが、男女の関係になり、自分は、蚊帳の外…
頭がよく、感の鋭いユリコが、それに、気付くのは、早かった…
それゆえ、いきなり、失踪した…
幼いジュン君を残して、失踪した…
そうすれば、困ると、思ったからだ…
私と、ナオキが、困ると、思ったからだ…
が、
困らなかった…
全然、困らなかった(苦笑)…
幼いジュン君は、すぐに、私になつき、私とナオキの仲も、良好だった…
つまり、ユリコが、いなくなった穴を私が、埋めた…
たやすく、埋めた…
ユリコの代わりに、私が、ナオキの妻となり、ジュン君の母親になった…
ユリコの目論見は、一気に崩れた…
ユリコの失踪は、なんの意味も、もたなかった…
ユリコの嫌がらせは、なんの意味も、もたなかった…
それを、知ったユリコが、激怒しないわけはない…
プライドの高いユリコが、激怒しないわけはなかった…
だから、今度のことも、ユリコが、仕掛けたことだと、すれば、納得する…
実に、納得するのだ(苦笑)…
私が、そう、思っていると、ナオキが、
「…ユリコは、復讐の機会を窺っていた…」
と、語った…
「…復讐の機会?…」
「…五井に対する復讐の機会…五井の女帝、諏訪野和子さんに、対する復讐の機会…」
ナオキが、手短に、言う…
私は、それを、聞いて、あらためて、思い出した…
あのユリコ…
あの藤原ユリコは、過去に、五井の女帝、諏訪野和子に、恥をかかされている…
和子から、屈辱を受けている…
それは、五井の本家と、東西南北の主要な分家を除いた、分家から、株を譲り受け、それを、和子に、高値で、買い取らせようと、したのだ…
それは、あえなく、失敗したが、その屈辱は、大きかったに、違いない…
なにしろ、本来、五井一族が所有する、株をユリコは、手に入れ、それを、手に入れた、額の4倍で、五井に買い戻させようとしたのだ…
流出した株は、五井ホールディングスの株…
本来、五井一族しか、持ちえない株だ…
五井は、五井一族が、仕切る会社…
そして、その力の源泉は、株…
五井一族の所有する株だ…
五井は、五井グループの頂点に、五井ホールディングスを置く…
その五井ホールディングスは、持ち株会社…
その持ち株会社の株は、五井一族しか、持ち得ない…
外部に流失することは、ありえない…
にもかかわらず、かつて、ユリコは、その株を手にした…
五井の下位の分家から、譲り受けた…
高値で、譲り受けた…
そして、その譲り受けた株を、さらに、高値で、和子に、買い戻させようとした…
途方もない金額で、買い戻させようとした…
しかしながら、それは、あっけなく、失敗した…
ユリコが、誰から、株を譲り受ける資金を借りたか、その金の出資者を、すでに、和子は、掴んでいたからだ…
ユリコが、金を借りた相手は、ヤクザ…
高名な経済ヤクザだった…
だから、ヤクザといっても、ケンカは、しない…
暴力は、行使しない…
が、
ヤクザは、ヤクザ…
基本、暴力を使わないだけだ…
暴力を使うときは、使うに、決まっている…
その弱点を和子は、突いた…
いつまでに、ユリコが、借りた金を返さなければ、ならないか、事前に、把握していたのだ…
そして、それこそが、五井の力…
さまざまな社会に、ネットワークを張っている…
五井の力だった…
そして、五井を仕切る、和子の力だった…
その和子の力の前に、あっけなく、ユリコは、屈した…
ユリコにとっては、屈辱以外のなにものでも、なかったろう…
それを、プライドの高いユリコが、忘れるわけはない…
絶対にない!…
と、そこまで、考えて、気付いた…
ユリコと、五井家の接点だ…
あのとき、ユリコは、五井の下位の分家から、株を譲ってもらった…
下位の分家というのは、五井の本家と、主要な東西南北の4つの分家を除いた、分家のこと…
なぜ、下位の分家と言うのか?
それは、株の配分…
五井ホールディングスの株の、4割を本家が、東西南北の4家が、それぞれ、3割、持っている…
つまりは、この5家だけで、全体の7割を所有している…
残りの3割を、8家で、所有している…
五井十三家のうちの8家が、所有している…
だから、下位の分家という言い方になる…
言葉は、悪いが、五井の中で、地位が、低いからだ…
そして、その中に、あの五井北東家があった…
あの北東家の団郁馬が、いた…
北東家は、東都新聞を有し、東都ラジオ、東都テレビと、メディアを支配している…
にもかかわらず、五井では、序列は、低い…
これでは、団郁馬でなくても、誰でも、不満を抱くに、決まっている…
団郁馬と、同じ立場になれば、不満を抱くに、決まっている…
と、ここまで、考えて、気付いた…
前回の株の一件…
ユリコが、五井の下位の分家から、株を買い取った一件…
この一件を境に、ユリコは、五井の下位の分家の人間と知り合ったのでは、ないか?
そう、思ったのだ…
そして、さらに言えば、ユリコが、五井の人間と知り合ったのは、私が原因…
私が、ジュン君の運転するクルマに、はねられて、五井記念病院に入院した…
ジュン君の母親である、ユリコは、驚いて、私を、見舞いに来た…
私に見舞いをして、ジュン君の刑の減刑を狙ったのだ…
私を轢き殺そうとしたジュン君は、当然、刑務所に行くことになる…
しかしながら、被害者である、私が、ジュン君を宥恕すると、言えば、刑が、軽くなる確率が、高い…
宥恕=許すと言えば、刑が、軽くなる確率が高い…
ユリコは、それを、狙ったのだ…
そして、私が、入院した五井記念病院には、五井家の若き当主である、諏訪野伸明を始め、五井家の面々が、見舞いに来た…
私が、五井家の前当主の諏訪野建造と知り合い、建造は、私を自分の娘と、誤解して、始まった縁…
それが、私と五井家のひとたちと、繋がった縁だ…
その縁をユリコは、利用した…
計算高いユリコは、その縁を利用して、五井家のひとたちと、知り合い、五井家のひとたちに、食い込んだ…
その結果、株を得た…
そういうことだ…
そして、私が、そんなことを、考えていると、ナオキが、
「…ユリコは、執念深い…」
と、呟いた…
「…一度、受けた屈辱を二度と忘れることが、ない…」
と、喝破した…
私は、その通り…
その通りと、思った…
さすがに、ユリコの元の夫…
ユリコのことが、よくわかっている(笑)…
私は、思わず、笑いそうに、なった…
つい、笑いそうに、なった…
が、
ここは、笑うところではない…
だから、耐えた…
必死になって、耐えた…
同時に、考えた…
同時に、気付いた…
五井の力に、ついて、気付いた…
今、このナオキが、言ったこと…
ナオキが、説明したこと…
これ、すべて、マミさんから、聞いたに、違いない…
なにより、その情報力に、感嘆する…
その情報のネットワークに、感嘆する…
おそらくは、すでに、ユリコの行動を読んでいたのでは、ないか?
すでに、ユリコの行動に、事前に、目を光らせていたのでは、ないか?
と、ここまで、考えて、さらに、気付いた…
そのユリコの行動に、誰が、目を光らせていたか、考えた…
それこそ、和子…
五井の女帝に、違いない…
五井の女帝が、ユリコの行動に、目を光らせていたに、違いない…
事前に、目を光らせていたに違いない…
だから、掴んだ…
ユリコの行動を、掴んだ…
事前に、注意していなければ、掴めない…
事前に、誰か、ひとを使って、調べなければ、掴めない…
そして、そんなことが、できる和子は、やはり、入院していなかった…
このナオキが、言うように、入院していなかったと、思った…
仮に、和子が、入院していれば、指揮を取れるわけがない…
事前に、ユリコの行動を把握して、それに、対抗する術を講じられるわけがないからだ…
そして、そこまで、考えると、なんとなく、見えて来た…
あの伸明が、なぜ、
「…自分は、駒…五井の当主という駒に、過ぎない…」
と、嘆いたわけが、見えて来た…
つまりは、形だけ…
形だけの当主…
形だけの五井の若き当主に、過ぎない…
五井を守る実力もなく、形だけの当主に、過ぎない…
おそらく、伸明は、今度の一件に、ほとんど、関係していないのでは、ないか?
五井北東家の団郁馬に、引導を渡したのは、伸明だが、そのお膳立てを、事前にしたのは、亡くなった、前当主の建造と、和子…
伸明は、そのお膳立てに、乗ったに、過ぎない…
自分の力ではない…
伸明の力ではない…
だから、落ち込んだのでは、ないか?
自分の力で、五井を守ったのでは、ないので、それで、落ち込んだのは、ないか?
私は、そう、思った…
私は、そう、思ったのだ…




