寿綾乃という女 第4部 178
ナオキと、別れる=私の結婚に話を戻した…
「…別れよう…」
と、言った、最初の話に、戻った…
「…ナオキ、どうして、そんなことを、言うの?…」
私は、言った…
当然のことながら、言った…
ナオキは、
「…諏訪野さんの病状だ…」
と、顔をしかめた…
「…伸明さんの病状? そんなに、悪いの?…」
「…それは、わからない…ただ…」
「…ただ、なに?…」
「…人間不信に陥っているらしい…」
「…人間不信?…」
「…自分は、駒…五井の当主という駒だと、周囲に、漏らしているらしい…」
「…駒?…」
「…そう…」
「…どうして、そんなことを、言っているの?…」
「…それは…」
「…それは、なに?…」
私が、問い詰めると、
「…綾乃さん、もう少し、のんびりと、ビールを飲ませてくれ…」
と、言って、ナオキは、苦笑した…
私も、ナオキの言葉に、同じように、苦笑せざるを得なかった…
夜は、長い…
そして、この話も、長い…
おそらく、長い…
まさか、夜が、明けるまで、話しているとは、思えないが、すぐに、終わる話でも、な
い…
だから、私も、オレンジジュースに、口をつけて、飲んだ…
何度も、言うように、夜は、長い…
オレンジジュースを飲んで、体力をつけようと、思った(笑)…
同時に、これでは、何杯、オレンジジュースを飲むか、わからないなとも、思った(苦笑)…
そして、おそらく、それは、ナオキも、いっしょ…
いっしょだった…
缶ビールを一気に、呷って、次の言葉を話し出したからだ…
「…今度の一件、すべては、五井の女帝、諏訪野和子さんの、入院が、発端だった…」
「…それは、わかっているわ…」
「…でも、和子さんは、入院していなかった…」
「…えっ? どういうこと?…」
「…入院したのは、昭子さん…和子さんの双子の姉…和子さんじゃ、なかった…」
「…ウソ!…」
思わず、叫んだ…
「…ウソじゃない!…」
今度は、ナオキが、力強く、断言した…
「…昭子さんは、五井を追放されただろ? だから、五井記念病院に、入院するのは、体裁が、悪い…だから、妹の和子さんの名前で、五井記念病院に入院したんだ…」
「…ウソ?…」
「…ホント…」
「…そして、当然ながら、和子さんは、身を隠した…まさか、入院していることになっている、当人が、平然と家にいるわけには、いかないからね…」
「…」
「…そして、それが、すべての発端だった…」
「…発端…」
「…そう、始まり…」
「…」
「…和子さんが、倒れたと、誤解した五井家の連中は、すぐさま、動いた…西家の夫妻が、真っ先に、諏訪野さんに、縁談を強要したのが、そのいい例…」
「…」
「…でも、これは、諏訪野さんも、予想していたことだった…今の五井は、和子さんが、リーダー…実質的なリーダーだ…そのリーダーが、倒れれば、反乱が、起こる…これは、事前に、わかっていた…」
「…」
「…でも、予想外のことが、次々と起こった…」
「…なにが、起こったの?…」
「…あのハルカと、いう女性…諏訪野さんの、見合い相手…」
「…ハルカさんが、どうしたの?…」
「…顔なじみだったらしい…諏訪野さんの、なじみの店に、勤務していた娘だったらしい…」
「…えー! ウソ!…」
「…ホント…今日の昼間、マミさんから、聞いた…」
…そうか! だから、きっと、あんな芝居をしたんだ…
だから、あのハルカは、あんな態度を取ったんだ…
私は、とっさに、思った…
普段、店で、会っている…
それが、見合いの席で、会う…
見合い相手として、会う…
おそらく、想定外…
互いに、想定外のこと…
予想も、しないことだろう…
これでは、互いに、照れくさくて、仕方がない…
だから、あのハルカは、あの見合いのときに、わざと、高飛車な態度に出た…
それは、照れ隠し…
照れ隠しの裏返しに他ならない…
普通に、見合いをすれば、下手をすれば、吹き出してしまいかねないからだ…
お互いの顔を見れば、吹き出してしまいかねないからだ…
だって、そうだろう…
いつも、店で、ホステスと客として、会っている男と女が、見合い相手だと、したら、互いに、驚くし、なにより、どう対応したら、いいか、わからない…
二人きりなら、プッと、吹き出すことが、できる…
プッと、吹き出して、笑い話にすることが、できる…
が、
その場に、二人以外の人間が、いれば、それは、できない…
まして、伸明の立場もある…
五井の当主としての、立場もある…
だから、余計に、それは、できない…
と、そこまで、考えて、気付いた…
だったら、あのハルカ…
事前に、気付かなかったのだろうか?
伸明が、自分の見合い相手だと、気付かなかったんだろうか?
それとも…
私が、考えていると、ナオキが、
「…諏訪野さんは、その店で、自分の正体は、名乗らなかったらしい…」
と、続けた…
「…五井は、ビッグネーム…日本中、誰もが、知る名前だ…気軽に飲みに行くのに、そんな名前を、名乗るわけには、いかない…」
ナオキが、説明する…
だからか?
納得した…
実に納得した…
だから、あの見合いの席についた…
あのハルカは、見合いの席についた…
そういうことだろう…
店の馴染みの客が、自分の見合い相手だとしれば、普通は、誰もが、見合いは、しないだろう…
なにしろ、互いに、面子がある…
ハルカの方は、お水の商売をしていたのは、周囲に隠したいし、伸明にしても、それは、同じ…
同じだ…
しかしながら、二人とも、照れくさい…
だから、さっきも、言ったように、ハルカは、あの見合いの席で、高飛車な姿をとった…
自分の照れを見せたくないために、高飛車な態度を取った…
そういうことだ…
そういうことだと、思った…
そして、そういうことだと、私が、一人で、納得していると、当然のことながら、まだまだ、ナオキの話が、続いた…
「…マミさんが、言うには、驚きは、それだけじゃなかった…」
「…まだ、なにか、あるの?…」
「…あの、ハルカさん…彼女は、長谷川センセイの妹じゃ、なかった…」
「…えーっ! ウソ!…」
私は、素っ頓狂な声を出した…
同時に、そんなことは、ありえない…
そんなバカなことは、ありえないと、思った…
まさか、長谷川センセイが、自分の妹でも、ない女を、自分の妹として、紹介するわけがないと、思ったのだ…
長谷川センセイは、五井記念病院の私の担当医…
私が、ジュン君の運転するクルマに、はねられて、五井記念病院に運ばれたときに、お世話になったセンセイだ…
半年以上、入院して、お世話になった…
だから、ひととなりは、わかっている…
わかっているつもりだ…
が、
やはり、本当のところは、わからない…
本当のところは、さっきも、言ったように、いっしょに、暮らしてみなければ、わからないからだ…
ただ、わかっているのは、野心家だと、いうことだけ…
五井西家の血を継ぐ、五井西家の末裔にも、かかわらず、今は、五井家は、ともかく、五井西家とも、なんの関係もない…
それが、不満なのだ…
それゆえ、現在の五井西家の当主と、知り合い、自分も、五井西家の末裔だと、語った…
その結果、妹のハルカを、西家夫妻が、伸明に紹介した…
今現在、西家に、伸明と、釣り合う年齢の女性は、いない…
しかしながら、あのハルカを、伸明に、紹介することで、西家は、本家に、影響力を行使できる…
あのハルカを、事実上の、娘として、伸明に紹介できるからだ…
それゆえ、あのハルカは、西家夫妻にとっては、渡りに船…
まさに、渡りに船の存在だと、思った…
にもかかわらず、ホントは、兄妹でも、なんでもなかったなんて…
いくらなんでも、考えも、しなかった…
まさか、あの長谷川センセイが、野心家でも、そこまでのウソを言うとは、考えも、しなかったからだ…
私は、思った…
私は、考えた…
と、そう、考えていると、ナオキが、
「…と、言っても、ウソではないんだ…」
と、続けた…
「…ウソじゃない? どういうこと?…」
「…兄妹というのは、まったくの、ウソじゃないっていうこと…」
「…それ、どういうこと?…」
「…兄妹と言っても、血が繋がってない…両親が、再婚したときの連れ子らしい…だから、長谷川センセイは、ともかく、あのハルカには、五井の血は、一滴も、流れていない…」
ナオキが、仰天の事実を言った…
これまで、考えたことのない、仰天の事実を言った…
これでは、前提が、崩れる…
伸明と、見合いとするのは、五井の血を継ぐもの…
五井の血を継ぐことが、前提だからだ…
五井の血を継ぐもの同士が、結婚して、一族の団結を図る…
それが、前提だからだ…
それが、血が繋がってないのなら、前提が、崩れる…
しかし、まさか、そんなことが?…
そんなウソを、長谷川センセイが、つくとは、思いも、しなかった…
そんな致命的なウソをつくとは、考えも、しなかった…
私が、そう、思っていると、
「…けしかけたのは、ユリコだよ…」
と、ナオキが、付け加えた…
「…えーっ! ユリコさん!…」
と、これも、また、素っ頓狂な声を上げた…
同時に、考えた…
やはり、ここで、ユリコの名前が出て来たかと、思った…




