寿綾乃という女 第4部 175
「…伸明さんの、見舞いって?…」
私は、素っ頓狂な声を出した…
なにしろ、早過ぎる…
たった今、テレビで、伸明が、襲われたニュースを見たばかり…
見たばかりだ…
それなのに、もう、お見舞いなんて…
わけが、わからなかった…
さっぱり、わからなかった…
それを、察したのだろう…
ナオキが、察したのだろう…
「…マミさんが…」
と、私に言った…
「…マミさんが、どうしたの?…」
「…マミさんが、お見舞いについて、ボクに、言ったから…」
「…えっ? マミさんが?…」
ということは、軽い?…
怪我は、軽い?
そう、思った…
そう、考えた…
考えてみれば、伸明は、長身…
ナオキと、同じ長身だ…
身長も、180㎝近くは、あるだろう…
片や、ナオキを襲ったとされる、あのハルカは、小柄とまでは、言わないが、私と同じくらい…
身長、160㎝超の私と同じくらいだ…
つまりは、高くは、ない…
決して、低くは、ないが、高くはない…
そんな160㎝程度の身長の女が、180㎝近くの男を襲うのは、無理がある…
それは、例えば、いきなり、刃物で、刺すことは、あるかも、しれない…
私とナオキが、そうだが、いつも、親密にしていて、その私が、いきなり、ナオキを包丁か、なにかで、刺せば、ナオキは、避けることは、できないだろう…
もしかしたら、殺すことも、できるかも、しれない…
ナオキより、20㎝も、小柄な私でも、大柄なナオキを殺すことも、できるかも、しれない…
と、
そこまで、考えて、気付いた…
と、いうことは、もしかしたら、親密?
伸明とハルカは、親密な関係なのだろうか?
私とナオキのように、近くで、話す間柄なのだろうか?
そうも、思った…
そうも、気付いた…
そう、考えれば、納得する…
例え、小柄なハルカでも、長身の伸明に、近付ける…
相手が、警戒することなく、近付ける…
その結果、伸明を殺害することも、できる…
そう、思った…
そう、思ったのだ…
そして、私が、そう、思っていると、ナオキが、
「…それは、まだ、仮定の話だ…」
と、付け加えた…
私は、思わず、
「…えっ?…」
と、絶句した…
「…マミさんも、まだ、詳しいことは、なにも、聞いてないらしい…」
「…だったら、どうして、お見舞いなんて…」
「…マミさんが、諏訪野さんと、親しくないからだろう…」
「…えっ? 親しくない? だって、兄妹よ…」
「…でも、血は繋がっていないでしょ?…」
「…それは…」
「…いっしょに、暮らしたことも、ないと、諏訪野さんも、言っていた…それならば、赤の他人といっしょ…誰が、どう考えても、親しいわけはない…」
ナオキが、断言した…
これまで、あまり、考えたことのない、二人の関係を、断言した…
たしかに、そう、言われれば、わかる…
そう、言われれば、納得する…
マミさんは、五井家先代当主の建造が、外に作った子供…
愛人の子供だ…
そして、伸明も、また、建造の子供ではない…
血が繋がった、子供ではない…
伸明は、伸明の母の昭子が、建造とは、違う男との間にできた息子…
戸籍上は、親子だが、現実は、違う…
だから、二人とも、いっしょに、暮らしたこともない…
愛人の子供である、マミさんが、本家で、暮らすことは、ありえないからだ…
それゆえ、冷静に考えれば、二人の関係は、微妙…
微妙に違いない…
なにより、二人が、
「…マミさん…」
「…伸明さん…」
と、さん付で、呼び合うのが、二人の距離感を示しているのでは、ないか?
そう、思った…
そう、思ったのだ…
そして、そう、思ってから、考えた…
なぜ、ナオキが、ケータイではなく、家の固定電話に、電話をかけてきたのか、考えた…
だから、聞いた…
「…ナオキ…話は、変わるけれども、今、どうして、家の固定電話にかけてきたの? 私のケータイじゃないの?…」
と、聞いた…
「…どうしてって…」
と、ナオキが、戸惑う…
ナオキが、一瞬、間を置いてから、
「…だって、綾乃さんのケータイ、電源が、切られているだろ…」
と、言った…
「…えっ?…」
「…最初に、電話したら、電源が、切られているか、電波の届かない場所に、いるって、メッセージが流れて、それで…」
言われてみて、気付いた…
私は、すでに、家に帰ってきた…
だから、ケータイの電源は、切ってある…
なにしろ、私は、今、無職…
働いていない…
それゆえ、基本、誰からも、電話がかかって来ない…
無職の私に、プライベートで、電話をするものは、少ない…
数えるほど、しかいない…
片手で、数える数のひとしか、いない…
だから、外出するときは、ケータイは、持ち歩くが、基本、電源を切ってある…
なにしろ、私に電話をかけて来るものが、いないのだ…
それゆえ、ケータイの電源を入れていても、仕方がないからだ…
会社を辞めた当初は、そうでは、なかった…
家にいるときも、含めて、基本、ケータイの電源を入れっぱなしにしていた…
これは、会社員時代の習慣が抜けなかったから…
だから、つい、一日中、ケータイの電源を入れっぱなしに、していた…
が、
当然のことながら、会社を辞めれば、会社の関係者からは、電話は来ない…
会社員時代の同僚も、会社を辞めれば、関係は、一瞬で、切れるのが、大半…
これは、私だけでなく、大抵の人間が、同じ…
同じだ…
どんなに、親しくても、会社員時代の繋がりは、一瞬で切れる…
それが、わかったから、最初は、一日中、ケータイの電源を入れていた私も、いつのまにか、ケータイの電源を切るようにした…
ケータイの電源を入れて、電話を待っていても、誰からも、電話が来ないからだ…
だから、電源を切ることにした…
そして、今は、外出するときですら、基本、電源は、入れない…
外出していても、誰からも、電話が、来ない…
だから、なにか、用事が、できたときに、使うから、持ち歩くだけ…
それだけだからだ…
そして、私が、そんなことを、考えていると、
「…じゃ、綾乃さん、これで、切るから…」
と、突然、ナオキが、言って来た…
「…えっ? 切る?…」
「…だって、これ以上、電話をしても、仕方がないでしょ? 仕事中だし、また、なにか、あったら、連絡する…いや、家に戻ったら、話す…」
ナオキは、慌てて、言って、電話を切った…
私は、置いてきぼりでは、ないが、呆然として、その場に立ち尽くした…
たしかに、ナオキは、仕事中…
私は、暇…
なにも、仕事を、していないから、暇だ…
それは、わかっているが、実感がない…
会社員時代の実感がない…
だから、相手の事情も、呑み込めず、つい、長話をしてしまう…
つい、相手も、自分と同じように、暇だと、考えてしまう…
つい、自分と同じだと、思ってしまう…
要するに、主婦になっている…
専業主婦の感覚に、なっている…
私は、思った…
今さらながら、思った…
そして、そんなことを、思いながらも、私は、主婦…
事実上の主婦…
ナオキの妻=主婦に他ならないと、気付いた…
つまり、主婦であることが、間違っていない…
なにしろ、今日も、ナオキは、この家に帰って来る…
また、この家から、会社に出勤する…
これで、私が、主婦でないはずはない…
ナオキの妻でない、はずはない…
が、
これは、一時的…
一時的だ…
なにしろ、ナオキは、別に、自宅を持っているからだ…
私が、今、病気で、大変だから、家に来ただけ…
本来は、いっしょに、暮らしていない…
が、
そこまで、考えると、もしかして、愛人?…
私の立場は、愛人かもと、気付いた…
もちろん、私は、これっぽちも、そんなことは、考えたことはない…
今、初めて、考えた…
が、
それは、私が、そう、思うだけ…
それは、私が、そう、考えるだけ…
他人の目から、見れば、間違いなく、愛人だろう…
いや、
これは、会社員時代も、そう、だった…
会社員時代も、同じだった…
社長秘書の私は、周囲から、社長の愛人と見られていた…
社長のナオキの愛人と見られていた…
しかしながら、私が、それを、まったく、気にしないのは、私が、ナオキに、優位に立っているから…
要するに、力関係…
恋人関係、
夫婦関係も、同じだが、男女対等はない…
大抵が、どっちかが、優位に立っている…
相手をリードしている…
だから、私は、ナオキの愛人と周囲から、見られていても、まったく、気にしていなかった…
それは、私が、優位に立っているから…
大げさに言えば、ナオキを従えているからだ(笑)…
だから、気にしなかった…
これが、一般的な愛人ならば、どうしても、卑屈になる…
どうしても、下手に出る…
当たり前だ…
相手から、金をもらっているからだ…
だから、社長と、従業員のような関係になる…
私の場合も、ハタから、見れば、それと、同じだが、私の場合は、ナオキよりも、いつも、優位に立っている…
私の方が、いつも、威張っている(苦笑)…
それゆえ、自覚がない…
私が、ナオキに養ってもらっている自覚が、ない…
それに、尽きる…
尽きるのだ…
私は、思った…
私は、考えた…
そして、考えながら、ふと、思った…
もしかしたら、あのハルカと、伸明…
あの二人も、同じかも?
そう、思った…
そう、思ったのだ…




