寿綾乃という女 第4部 174
私は、驚いた…
思わず、プッと、吹き出すほど、驚いた…
口の中に、含んだビールを、吹き出しかねないほど、驚いた…
同時に考えた…
今、なぜ、伸明が、テレビに映っているのか、考えた…
それは、やはり、FK興産の買収だろうか?
FK興産を、正式に、買収して、五井グループに組み込み、五井の情報関連会社数社と、合併して、ナオキを、社長に置く…
その発表だろうか?
私は、そう、見た…
私は、そう、思った…
が、
違った…
全然、違った…
伸明が、テレビに映ったのは、けがをしたから…
正確には、襲われたからだった…
そして、その襲った犯人の顔が、映った…
見覚えのある、顔が、映った…
その顔は、ハルカ…
あのハルカだった…
伸明の見合い相手のハルカだった…
そして、今、現在、ナオキと、結婚すると、先日、発表した、ハルカだった…
あの、長谷川センセイの妹のハルカだった…
五井西家の血を継ぐ、長谷川センセイの妹のハルカだった…
これには、驚いた…
文字通り、仰天した…
驚天動地の出来事と、言っても、いい…
文字通り、驚天動地の出来事にふさわしい…
しかし、なぜ、ハルカが?
ハルカが、伸明を襲ったのだろうか?
わけが、わからなかった…
さっぱり、わからなかった…
誤報?
もしかしたら、これは、誤報かも、しれない…
そんな思いが、頭をかすめた…
文字通り、頭の中をよぎった…
なぜなら、こんなことを、信じることは、できないからだ…
絶対、できないからだ…
だから、誤報かも、と、思った…
その方が、納得する…
自分が、納得するからだ…
だが、訂正は、なかった…
テレビの中で、訂正はなかった…
私は、慌てて、パソコンを立ち上げて、ネットで、検索してみようかと、考えた…
今、見ているテレビは、スマートテレビでも、なんでもない…
まったくの普通のテレビ…
だから、ネットに、繋がらないからだ…
それゆえ、慌てて、パソコンを立ち上げて、検索をしようかと、思った…
伸明のことを、検索しようかと、思った…
が、
止めた…
それは、なぜか?
それは、今、パソコンを立ち上げて、ネットに繋いでも、テレビで、見たことと、同じ情報しか、載ってないと、思ったからだ…
だったら、このまま、テレビを見続ける方が、いい…
もし、今のニュースが、間違っていれば、続報が、入る…
だから、このまま、待った方が、いい…
缶ビールを、飲みながら、待った方が、いい(苦笑)…
私は、思った…
私は、考えた…
が、
いくら、待っても、続報は、なかった…
その変わりと、言っては、なんだが、私の飲む缶ビールの本数だけ、増えた(爆笑)…
1本が、2本になり、3本になった(爆笑)…
しかしながら、飲んでいるのは、350㎖の缶ビール…
たいした、量ではない…
そう、自分に言い聞かせた…
その一方で、先日、初めて、脳梗塞で、倒れたときに、
「…寿さん、なるべく、お酒を控えて下さい…アルコールを控えて、下さい…」
と、いう医者の言葉を思い出した…
今さらだが、思い出した…
正直、忘れていない…
常に、頭の片隅にある…
にもかかわらず、守らなかった…
つい、飲んでしまった…
これは、自分に甘い証拠…
まさに、自分に甘い証拠だった…
やはり、後遺症がないのが、大きい…
私は、何度も言うように、32歳…
七十代や八十代のお爺ちゃん、お祖母ちゃんとは、違う…
だから、病気を甘く見る…
脳梗塞を甘く見る…
そういうことだろう…
後遺症があったりすれば、話は別…
例えば、歩けなくなったり、歩くのが、しんどくなって、杖を使うようになれば、話は、別だ…
それが、ないから、甘く見る…
そういうことだ…
私は、思った…
今さらながら、思った…
そして、そう思いながらも、その一方で、テレビのニュースに、ずっと、見ていた…
ぼんやりと、見ていた…
いつ、伸明のことを、やるか、わからないからだ…
だから、一刻も、気が抜けない…
片手で、ビールを飲みながらも、気が抜けなかった(笑)…
そんなときだった…
自宅の電話が鳴った…
ケータイでは、ない…
自宅の電話だった…
自宅の固定電話だった…
率直に言って、自宅の固定電話が鳴るのは、珍しい…
稀…
実に、稀だ…
あるのは、大抵が、迷惑電話…
どうでもいい、電話だ…
後で、電話があった電話番号をネットで検索してみると、迷惑電話と書いてあるようなものばかりだ…
だから、今も、そうだろう…
そう、思った…
だから、放っておいた…
そのままにした…
固定電話は、いつも、留守電にしてある…
それゆえ、用事があれば、相手が、メッセージを入れるからだ…
しかしながら、電話の大半は、メッセージを入れない…
迷惑電話だからだ…
あるいは、詐欺電話だからだ…
「…このままでは、電話が、繋がらなくなります…至急、こちらへ、返信してください…」
と、いうような詐欺電話だからだ…
そして、そこに連絡したら、どうなるか、わからない(苦笑)…
わかるのは、おそらく犯罪に巻き込まれることだけ…
それだけだ…
私は、テレビのニュースを見ながら、その一方で、電話に耳を傾けていた…
どんなメッセージが、吹き込まれるのか、否か、耳を澄ませていた…
が、
私の予想に反して、メッセージには、
「…綾乃さん、ボクだ…ナオキだ…藤原ナオキだ…」
と、いうものだった…
私は、慌てて、家の固定電話の元に、走って、電話の受話器を取った…
「…ナオキ…私、綾乃です…」
と、言って、電話を取った…
「…綾乃さん、大変なことが、起こった…諏訪野さんが…」
と、ナオキが、言っていると、
「…知っているわ…伸明さんが、襲われたんでしょ?…」
と、返した…
ナオキの話が、終わらない間に、返した…
「…綾乃さん、どこで、それを、知ったの?…」
「…テレビよ…さっき、病院から、帰って来て、家で、テレビをつけたら、伸明さんが、映っていて…」
「…諏訪野さんが?…」
「…そう…」
短く言った…
それで、ナオキも納得できたのだろう…
電話の向こう側にいるナオキも、納得できたのだろう…
一瞬、間ができた…
私の言葉に、納得ができたからだろう…
「…なにが、なんだか、わからない…」
と、ナオキが、電話の向こう側から、絞り出すように、言った…
「…なにが、なんだか、さっぱり、わからない…」
ナオキが、続ける…
「…なぜ、諏訪野さんが、襲われたのか、わからない…しかも、その相手が、あのハルカさんだって…」
文字通り、絶句した様子だった…
これは、わかる…
私にも、わかる…
伸明が、襲われたのも、驚きだが、それ以上に、襲った相手が、あのハルカだと、言うのも、驚きだった…
まさに、驚天動地の出来事だった…
まさに、言葉も、出ない、驚天動地の出来事だった…
私が、なにを、言って、いいか、悩んでいると、
「…綾乃さんは、諏訪野さんが、襲われたことを、テレビで、知ったんだ…」
と、確認するように、私に、聞いた…
「…そうよ…ナオキは、どこから、聞いたの?…」
「…マミさんから…」
「…えっ? マミさん?…」
「…彼女も、電話で、知ったらしい…なにしろ、あのマミさんは、諏訪野さんの妹だ…血は、繋がってないけれど、妹だ…だから、諏訪野さんの関係者から、連絡が、来たらしい…」
…そうなんだ!…
内心、思った…
あの諏訪野伸明の家族で、今、健在なのは、母と、あのマミさん…
伸明の産みの母の昭子は、今日の昼間、会ったばかり…
五井記念病院で、会ったばかりだ…
私は、それを、思った…
あの昭子は、伸明の、そんなニュースを聞いて、どう思っただろう…
取るものも、とりあえず、五井記念病院に向かったのだろうか?
そして、五井記念病院は、果たして、あの昭子を受け入れるのだろうか?
考えた…
あの昭子は、五井家を追放された身…
五井一族から、追放された身だ…
昼間、昭子が、あの五井記念病院で、会ったのは、和子になりすましたから…
だから、会えたと、思った…
あの五井記念病院にいたと、思った…
が、
そこまで、考えて、気付いた…
あの昭子が、仮に、双子の妹の和子になりすまして、私に会ったとする?
が、
仮に、和子が、入院していれば、あのお芝居は、できない…
なぜなら、和子は、まだ、あの五井記念病院に入院しているからだ…
入院している和子が、勝手に、すでに、退院したように、振る舞うことは、できない…
となると、和子は、すでに、退院している…
すでに、あの五井記念病院を退院している…
私は、思った…
今さらながら、思った…
そして、私が、そんなことを、考えていると、ナオキが、電話の向こう側から、
「…綾乃さんは、どうする?…」
と、聞いてきた…
いきなり、私は、
「…綾乃さんは、どうする?…」
と、言われても、意味が、わからなかった…
なにを、どうするのか、意味が、わからなかった…
だから、
「…どうするって、なにを、どうするの?…」
と、聞いた…
当たり前だった…
すると、間髪入れずに、
「…諏訪野さんの見舞い…」
と、答えた…




